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2019年2月24日(日)にツェル・アム・ゼ―に行って来ました。
ツェル・アム・ゼ―は、ミュンヘンから南東に約170kmにあるオーストリアの湖のほとりの町です。
1月11日に日本帰国の内示を受けた後、2月に入って仕事が多忙で、あっという間にドイツ滞在もあと2週間を残すのみとなってしまいました。
この週末は天気に恵まれたので、最後のバンド・オブ・ブラザーズの聖地巡りに行ってきました。
バンド・オブ・ブラザースは、米国のケーブルテレビHBOが2001年に制作した、米軍の第101空挺師団、第506空挺連隊、第2大隊、E中隊(イージー・カンパニー)の訓練から終戦までを全10話で描くドラマです。
映画「プライベートライアン」のコンビ、スティーヴン・スピルバーグとトム・ハンクスの製作総指揮により、映画並みの1億2000万ドルの制作費をかけて作られました。
昨年の4月から、バンド・オブ・ブラザーズ(以下BoBと省略します)ゆかりの地を回って来ましたが、その締めとして、E中隊が最後に過ごした地の訪問です。
ナチス党の支配した地、ベルヒテスガーデンを攻略した後、101空挺師団は約40km南にあるツェル・アム・ゼ―に移動し、そこで太平洋戦争の終戦を迎えました。
なお、ドラマの中ではE中隊のメンバーが欧州大戦の終戦日を「V(ビクトリー) Day」と言って祝っていましたが、この前の週に日本に出張した際も、日本中が「V(バレンタイン) Day」を祝っていて驚きました。(笑)
(日本では、いつからバレンタインデーをV Dayと呼ぶようになったのでしょうか???)
と、前置きが長くなりましたが、旅行の紹介を始めます。
10:00にツェル・アム・ゼ―に到着しました。
湖の後ろには山が迫り、スキー場になっているので、町はスキーヤーでいっぱいです。
ツェル・アム・ゼ―の町役場「ローゼンベルグ城(Schloss Rosenberg)」です。
町中にある聖ヒッポリュトス教会(Pfarrkirche hl. Hippolyth)。 教会の内部です。
ツェラー湖(Zeller See)です。
他のアルプス地域の湖と同様、この湖も水がきれいなのでしょうが、この日は凍り付いていました。
このところ、晴天が続いてミュンヘンは春の陽気でしたが、アルプス山中はまだ冬ですね。
同じくツェラー湖です。
気温が上がってきて、湖の氷がギシギシ鳴っていました。
湖のほとりにある、エリザベト公園。
かつて、この地には、エリザベト・ホテルがありました。
1885年8月7日にオーストリア帝国の皇妃エリザーベートが数日滞在しました。
ツェル・アム・ゼ―はシシィのゆかりの地でもあったのですね。
湖の北側の景色。
第506大隊のHQが置かれたグランドホテルを背景に記念撮影。
通常、私は自分の写真を撮りませんが、今回は、BoB聖地旅行の最後を飾るために、ノルマンディで購入した空挺ジャケットを着てきたので記念に撮影しました。
気分はE中隊の隊員です。
でも気温が低く、まだ空挺ジャケットでは寒かったので、少しだけバストーニュの気分にも浸りました。(笑)
グランドホテルの裏には、湖に降りる道がありました。(写真右端)
ドラマではウィンターズ小佐が湖で泳いでいましたが、ここから湖に入ったのでしょうか?
北側の景色。
オーストリア・アルプスがきれいです。
ツェル・アム・ゼ―の街並み。
典型的なアルプス地方の風景です。
同じくツェル・アム・ゼ―の街並み。
中央の建物が由緒があるようでしたが、看板を記録するのを忘れました。
11:30にツェル・アム・ゼ―の町を出発。
近くにある、カプルーン城(Burg Kaprun)。
ドイツにはよくある地方領主の城です。
この城を訪問したのは、今回の訪問に当たって、ツェル・アム・ゼ―についてググっていたら、BoBファンのブログ(英語)を見つけたため。
E中隊の欧州での最後の写真が、この地で撮られたそうです。
この日は閉館していましたが、中庭には入る事ができました。
我が愛車です。
この車ともあと少しでお別れです。
この日の夕方に、私の後任者をミュンヘン空港でピックアップするため、少し早いですが12:00にカプルーンを出ました。
1月中は冬の気候が続いて、この地に来れないかと心配しましたが、最後に来れて良かったです。
終わり
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オーストリア旅行記
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2018年10月7日にオーストリアのザルツブルグを訪問しました。
ザルツブルグは、2017年10月29日(日)と31日(火)に訪問しており、以下のブログで紹介しています。
今回は、前回紹介しなかった事を主体に紹介します。
12時過ぎにハルシュタットを出発し、13:30にザルツブルグに着きました。
前回車を停めた、Altstadt のパーキングを目指しましたが、町を北西側から周り込む際に見つけた、駐車場Müllner Bräuに車を停めました。
旧市街の南に広がる丘陵、メンヒスベルク(Mönchsberg)の西側に位置し、旧市街からは遠いですが、大きな駐車場で、日曜の午後でも十分空いていました。
メンヒスベルグの北西の端にある、聖アウグスティヌス教会の横の公園から見たザルツブルグの景色。
メンヒスベルグの山からザルツァッハ川沿いにおり、旧市街に向かって歩くと、クラウセン門(Klausentor)がありました。
この門はメンヒスベルグがザルツァッハ川が最も迫った所に作られています。
恐らく13世紀後半に、ザルツブルグ市街の西の守りとして、この地に要塞が作られましたが、14世紀に強力な門に改築されました。
前回行ったグステッテン門(Gstättentor)が、ザルツブルグの西の守りと思っていましたが、この門が一番西側の守りとなります。
今回の連れの一人が、こちらに来る前にサウンド・オブ・ミュージックを見たと言うので、映画ゆかりの地である、馬の洗い場を通って、ザルツブルグ祝祭劇場(Salzburger Festspiele)に来ました。
前回訪問時は、祝祭劇場の建物がどれか良く判りませんでしたが、この写真がそれ。
(もっとこじんまりとした建物と思い込んでいました。)
祝祭劇場からみた、ホーエンザルツブルグ城。
続いて大聖堂に来ました。
前回訪問時は、大聖堂の前のマリア像がガラスで覆われていましたが、今回はまだ覆われていませんでした。
続いてレジデンツの中庭に入りましたが、改装中で、建物はビニールに覆われていました。
でも、中庭からレジデンツ広場(Residenzplatz)に抜ける門は、今回開いていました。
レジデンツの次は、ホーエンザルツブルグ城に行きました。
まずケーブルカー乗り場に行きましたが、入場券購入の列が長かったので、城まで歩いて登りました。
前回は改装作業の影響で歩道が閉鎖されていましたが、今回は、この城の入場門となるブルガーマイスター門から入城できました。
左:ブルガーマイスター門から城に向かう道。
右:入ってきたブルガーマイスター門。
この坂は非常に急で、雨の日は滑りそうです。
場内を見学後、城の中庭に出てきました。
この中庭も、前回は改装中でしたが、今回はきちんと見る事ができました。
中庭にある聖ゲオルグ教会(St Georgs Kirche)もフェンス無しで見えました。
城のテラスから見たブルガーマイスター門。
樹々が色づいています。
城の見学の後、大聖堂の内部を見学。
写真は大聖堂にあった聖母子の肖像。
モーツァルト広場。
ここから、旧市庁舎、モーツアルトの生家を抜けて、マカルト橋へ。
なお、モーツアルトの生家は表からの記念撮影のみ。
マカルト橋から見た、紅葉のザルツァッハ川。
ここから見る、ホーエンザルツブルグ城が美しいのですが、今回は逆方向を紹介します。
この後、モーツアルトの育った家を外から見学した後、ミラベル宮殿へ。
ミラベル庭園のバラ園でも、まだバラが咲いていました。
ミラベル庭園。
この日は「大理石の間」を覗くことができました。
表のポスターには、この日の17時からコンサートがあるようでしたが、既に17時を回っています。
なぜ?
サウンド・オブ・ミュージックで、ドレミの歌を歌うシーンで出た、通称「ドレミ階段」から見たミラベル庭園。
ザルツブルグの見学を終え、ザルツァッハ川沿いを駐車場に向かって歩きました。
中央に建つ教会が最初に紹介した、聖アウグスティヌス教会です。
ザルツァッハ川から見たザルツブルグの旧市街。
左に見えるのはプロテスタント教会です。
この後、駐車場に戻り、17:40に、ザルツブルグを出ました。
ザルツブルグを出てすぐにあるドイツ国境で渋滞し、キームゼーのパーキングに18:50に着きました。
ここで、キームゼーの夕焼けをしばし堪能し、ミュンヘンに戻りました。
終わり
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2018年10月7日にオーストリアのハルシュタットを訪問しました。 ハルシュタットはミュンヘンから210km東にある小さな湖畔の町です。
湖畔と町の美しい景観から「ザルツカンマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観」として1997年に世界遺産に登録されました。
この日は日本から遊びに来た友人に加え、最近駐在を始めた(正確には、まだ出張扱いですが)人の三人で行きました。
7:00にミュンヘンを出た後、途中渋滞も無く、9:30にハルシュテッター湖(Hallstätter See)に到着。
この日は少し天気が悪く、曇り(朝は小雨もあった)でした。
オーストリアに入って、湖畔や山には霧がかかっていました。
でも、霧のかかった景色も悪くないですね。
アルプス地方の湖である、ハルシュテッター湖も、水はとても綺麗でした。
駐車場から湖に出て、湖に張り出した公園からハルシュタットの町を眺めました。
霧のかかった山が幻想的な雰囲気を作っています。
ゼーレンデ通り(Seelände)を歩いて、町に向かいます(約1km)。
ハルシュタットの対岸には、1522年に築かれたグルプ城(Schloss Grub)が見えます。
ラーン船着き場(Lahn Schiffstation)から見たハルシュタットの美しい町並み。
引き続き、湖畔のゼー通り(Seestraße)を歩きます。
この辺りは崖が湖に迫っており、崖にへばりつくように木造りの家が建っています。
Brau Gasthofの建物。
崖に沿って大きな屋敷が建っています。
町の中心となるマルクト広場(Marktplatz)。
マルクト広場のそばにある、プロテスタント教会(Evangelische Pfarrkirche)の内部。
一般の教会は縦に長く、その奥に祭壇がありますが、この教会では横手の中央に祭壇が設けられています。
ハルシュタットの高台の上には、カトリック教会(Katholische Kirche)が建っています。
教会に上る階段。
木製の屋根付きの階段が珍しかったです。
カトリック教会に着いた時はミサを行っていたので、まずは周囲を散策しました。
高台にあるカトリック教会からは、ハルシュタットの町が見渡せます。
中央の教会が先ほど見た、プロテスタント教会です。
カトリック教会の横の墓地です。
墓は美しい花で飾られていました。
墓地の奥にあるミヒャエル礼拝堂(Michaelskapelle)。
この教会も、祭壇が横に並んでおり、変わったレイアウトでした。
カトリック教会からの下りは別のルートを降りました。
ガストホーフ・ミューレ(Gasthaus Mühle)の壁に這う蔦が綺麗に紅葉していました。
山から流れる水路。
ハルシュタット7000年の歴史を展示しているそうです。
でも、7000千年前は石器時代ぐらいだと思いますが、そこから現在まで、博物館を作ってまで語る歴史が、この町にあるのかな?
甘い匂いに誘われ、スウィーツを食べました。
看板にはドイツ語、英語の他多数の言語が書かれており、中国語と韓国語も、あったのですが日本語は無かったです。残念。
とりあえず、3種類のスイーツ(上からタルト、アップルケーキ、クリームたっぷりのパン)を購入し、三人でシェアしました。どれも、美味しかったです。
駐車場の横にあった立派な建物ですが、何かは不明。
12時過ぎにハルシュタットの見学を終え、出発しました。
上の写真は、帰る途中で車を停車して、撮った写真です。
岬で隠れ、プロテスタント教会の鐘楼しか見えませんでした。
ハルシュタットは人口1000人足らずの田舎の小さな町ですが、世界遺産になった景観は美しかったです。
続いて向かったのはハルシュタットから約70km西にあるザルツブルグです。
続く
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2018年7月1日(日)に、フォーミュラ1 オーストリアGPの本戦を見学してきました。
オーストリアGPは、レッドブル レーシングチームの本拠地であるレッドブル・リンク(Red Bull Ring)で行われます。 (住所:Red Bull Ring Str. 1, 8724 Spielberg, Austria)
2015年からF1に再参戦したホンダですが、3年間の不振の後に昨年マクラーレンより提携を解消されました。
今年からパートナシップを結んだトロロッソと、ここまで、そこそこ活躍している事から、更なる活躍を期待してオーストリアGPの見学を決めました。
すると、6月19日に、レッドブル・レーシングが、2019年度からホンダとパートナーシップを結ぶことを発表!
来年からは、ここがレッドブル-ホンダのホームコースとなると思うと、モチベーションも更にアップしました。 二か月前ぐらいからホテル状況を見ていましたが、100km圏内のホテルは、ほぼ満室状態だったため、日曜日の決勝だけに日帰りで行く事にし、ネットでチケットを購入しました。
チケット代はGeneral Admission(バックストレート横の自由席) (日曜のみ)で95ユーロ/人でしたが、他に税が5.70ユーロかかり、更にDHLでの郵送しか選択できず、輸送代が23.00ユーロ必要となりました。
おまけに一ヵ月前に購入したのに、2週間たっても届かず、不安定に思って事務局に督促したら慌てて送って来ました。
今時、E-チケットのオプションがあっても良いのでは?
送ってきたチケットには85ユーロ(税込み)と書かれていましたが、なぜ?
当日はF1のレースしかないと思っていましたが、主催者から送られたスケジュールを見るとイベントが盛沢山。
特に「Promoter Activity」はレッドブル主催のイベントですが、他のレースでもこのようなイベントがあるのでしょうか?
渋滞を恐れて早く出る予定でしたが、決勝まで退屈しないようです。
<主催者から送ってきたスケジュール>
THURSDAY 28th JUNE 15:30 - 18:00 Promoter Activity 3 Day Ticket Holders Only Pit Lane Walk
FRIDAY 29th JUNE
09:35 - 10:20 GP3 Series Practice Session
11:00 - 12.30 Formula 1 Practice 1
12:40 - 12:50 Promoter Activity Red Bull Drift Brothers
13:00 - 13:45 FIA Formula 2 Practice Session
15:00 - 16:30 Formula 1 Practice 2
16:40 - 16:50 Promoter Activity Red Bull Drift Brothers
16:55 - 17:25 FIA Formula 2 Qualifying Session
17:45 - 18:15 GP3 Series Qualifying Session
18:40 - 19:25 Porsche Mobil 1 Supercup Practice Session
SATURDAY 30th JUNE
10:25 - 11:10 GP3 Series First Race (24 Laps or 40 Mins)
11:15 - 11:25 Promoter Activity Red Bull Drift Brothers
12:00 - 13:00 Formula 1 Practice 3
13:25 - 13:55 Porsche Mobil 1 Supercup Qualifying Session
14:00 - 14:30 FIA Formula 2 Drivers' Parade TBC
15:00 - 16:00 Formula 1 Qualifying
16:45 - 17:55 FIA Formula 2 First Race (40 Laps or 60 Mins)
18:00 - 18:20 Promoter Activity The Flying Bulls Air Show TBC
SUNDAY 1st JULY
09:45 - 10:20 GP3 Series Second Race (18 Laps or 30 Mins)
11:00 - 11:50 FIA Formula 2 Second Race (28 Laps or 45 Mins)
12:15 - 12:50 Porsche Mobil 1 Supercup Race (16 Laps or 30 Mins)
13:00 - 13:20 Promoter Activity Red Bull Legends' Parade
13:30 - 14:00 Formula 1 Drivers' Track Parade 1
14:05 - 14:25 Promoter Activity The Flying Bulls Air Show TBC
14:10 - 14:25 Promoter Activity Starting Grid Presentation
14:56 - 14:58 Formula 1 National Anthem
15:10 - 17:10 Formula 1 Grand Prix (71 Laps or 120 Mins) 前置きが長くなりましたが、7月1日の6:00に一緒に行く会社の同僚をピックアップして、ミュンヘンを出発し、レッドブル・リンクのあるシュピールベルグまで365kmを走りました。
ちなみにシュピールベルグは英語読みでスピルバーグとなり、かの有名監督の祖先もここの出身だそうです。
レース場周辺での長い渋滞を危惧しましたが、幹線であるシュピールベルガー通りを降りるまでは渋滞はゼロ。
シュピールベルガー通りを降りて、若干渋滞はあったものの10:30前にはレッドブル・リンクに着くことが出来ました。
なお、General Admissionに行くには、オーベレ・ザヘンドルファー通り(Obere Sachendorferstraße)にあるP10.1 の駐車場か、ビルカッハ通り(Birkachweg)を上ったP10の駐車場が近いです。(たぶん、パドック席チケットを持っていない客は、無条件にここに誘導されると思います。)
P10の方がレース場に近いので、我々はそちらに駐車しましたが、 帰りの事(後述)を考えると、約1km歩いてもP10.1に停めた方が良いかも。
なお、この周囲にキャンプしている人も大勢いました。
前を歩く人の頭越しに見える建物は、マックス・フェルスタッペン・ヴィレッジ(Max Verstappen Village)と言うホテル。(レッドブルのドライバーの名前)
左から延びる森の所に、レース場への入り口があります。
レース場内で飲食する事は出来ますが、土産物屋は会場の外にしかないので、事前に買うのが良いかも。
(会場に入っても、外に出る事は出来、我々は一旦会場に入った後に、購入のために外に出ました。)
General Admissionは丘の斜面に適当に座るだけ。
ピックニック気分で観戦できます。
なお、上の写真は13:30に撮影したもので、かなり混雑していますが、我々が到着した時は、もう少し空きスペースがありました。
11時になって、F2 のレースが始まりました。
13:00からはレッドブル主催のレジェンド・パレードです。
スケジュール表にはパレードと書かれていましたが、昔のスポーツカーによるレースでした。
70年代後半のスーパーカー・ブームに活躍した名車も走っており、私は満足しました。
なお、各イベントの間には少し間があるので、その間に飲食したり、土産を買ったり出来ます。
13:30からは、F1 ドライバーがトレーラに乗ってパレードをしました。
14:05からはレッドブル主催のエアーショーが始まりました。
レッドブルのペイントを施した単機の飛行機が華麗に飛び回って観客を楽しませてショーは終了、と思いましたが・・・
爆音を響かせ、飛行機の編隊が会場上空に侵入してきました。
先頭からB-25 ミッチェル爆撃機、P-38 ライトニング戦闘機、アルファジェット x 2機の編隊。
B-25とP-38は第二次世界大戦の飛行機で、未だに飛べるだけでも大したものです。
そして単機で戦闘機が侵入してきました。と思ったら、T-28 トロージャン 練習機でした。
1949年に初飛行した大戦後の飛行機です。
B-25 ミッチェルの機首には(他の機もどこかに描かれていますが)、レッドブルが描かれています。
なお、太平洋戦争中の1942年4月18日、ヨークタウン級空母ホーネットから16機が発進し、日本本土を初めて爆撃した爆撃機です。
爆撃機で空母から発艦すると言う危険な作戦に参加したパイロットも勇気がありますが、それを可能にした短距離離陸性もすごいです。
P-38とアルファジェットの曲技飛行。
速度差のあるプロペラ機とジェット機の曲技飛行には技量がいると思います。
さすがエアレース(曲技)を主宰するレッドブルです。
最後はハートマークを空に描いて終わりました。
(日本のブルーエンジェルスでは、ハートの真ん中に矢を射てましたが、ここでは無し。)
エナジードリンクで大成功し、20年で車や航空機のレースでも有名になったレッドブルは、これまでアメリカの企業と思っていましたが、オーストリア発祥なのですね。
ザルツブルグ空港の横には、ハンガー7(Hangar-7)と呼ばれる航空機やレーシングカーの博物館もあるようなので今度行ってみようかな?
14:30からウォームアップ走行(?)が行われました。 15:00、山のほうからヘリコプターの音がし、UH-1 イロコイがオーストリアの国旗を運んできました。
判りにくいかも知れませんが、この時、正面の座席もオーストリア国旗の色に変わっていました。
オーストリア国歌(と思われる)が流れて、いよいよレースの開始を待つだけになりました・・・
と思ったら、もう一つイベントがあり、ジェットパック・マンの飛行デモがありました。
いやー、レース開始まで、観客を飽きさせない演出がすごいです。
他のレースでは、ここまでの演出は無いでしょうね。
レース前のウォームアップ走行中。
15:10に予定通り、オーストリアGPが開催されました。
しかし、1周目の、バックストレート手前の第2コーナーで、トラブル発生。
フェラーリ以下数台がコースアウトする陰で、トロロッソのガスリーにマクラーレンのバンドーンが追突しました。
ガスリーは最後までそのダメージを引きずってレースをしていたそうです。
その後、11周目にルノーのヒュルケンベルグのPUがブローしてコースアウトし、14周目にはメルセデスのボッタスがギアボックスのトラブルでリタイヤと、レースはサバイバル戦の様相となりました。
ゼッケン10番のトロロッソのピエール・ガスリーです。
トロロッソはホンダど協力を始めて関心を持ちましたが、この美しい青のボディーや、本拠地がファエンツァである事もあって好きになりました。
ガスリーは1週目のダメージを感じさせない快走で、一時は8位まで順位を上げ、11位を走るハートレーと共にダブル入賞も期待していました。
ゼッケン33番、レッドブルのエース、マックス・フェルスタッペンも快走します。
一時はリカルドと共に、1位、2位を確保したものの、54週目に4位を走行していたリカルドがギアボックスの不具合でリタイアしました。
この日一番不運だったのはメルセデスチーム。
前述のように14周目にボッタスのリタイヤ後も、トップグループを走っていたハミルトンが、64周目にタイヤの限界で、まさかのリタイヤ。(写真左側にハミルトンの車が止っています。)
運び出されるメルセデスの車。
我々のそばには、レッドブルとフェラーリの応援団がいて、ちょっとぎくしゃくした雰囲気でしたが、この時は両応援団が仲良く話をしていました。
マックス・フェルスタッペンが、レッドブルチームの母国グランプリで初優勝をしてレースは終了しました。
2位はライコネン、3位はベッテルが続き、フェラーリがダブル表彰台を獲得しました。
(上の写真は、レース後のラップです。)
我らがトロロッソは、56周目にハートレーがマシンの不具合でリタイヤし、ガスリーもタイヤの限界により、最後の最後で、マクラーレンのアロンソ、ザウバーのルクレール、エリクソンに抜かれ、11位でゴールし、入賞を逃しました。
皆、渋滞を避けるため、レースの終了と共に、レースの結果発表や表彰式も見らずに会場を後にしていましたので、我々も続きました。
しかし、P10に着いて車に乗り込むものの、駐車場内で車が全く動か無い状態で30分位待っていました。
(ほとんど出口に近い位置に停めたにも関わらずです。)
このようなイベントで渋滞するのは仕方ないですが、全く動かない状況は何とか改善してほしいものです。
待っている間に、レッドブル・レディーが渋滞中の車にドリンクを配ってくれたのはGoodでしたが。
何とかビルカッハ通りに出た後もノロノロ運転で、オーベレ・ザヘンドルファー通りに出てようやく普通に走る事が出来ました。
1km遠くても、この渋滞を考えると、オーベレ・ザヘンドルファー通り沿いにあるP10.1の駐車場の方が良いかも知れませんね。
オーベレ・ザヘンドルファー通りに出た後は、大きな渋滞も無く、ミュンヘンまで365kmを走って帰りました。
今回、購入したお土産です。
本当はトロロッソグッズを買いたかったのですが、マイナーチームの品は売っていませんでした。
ファエンツァに行ったら売っているかな?
終わり。
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2018年5月19日〜21日にウィーンを訪問してきました。
5月21日、13:00にカールスプラッツ駅から地下鉄に乗り、次に向かったのは、ドナウ運河の北側にあるアウガルテン(Augarten)。
タボー通り(Taborstraße)駅で地下鉄を降り、オーベレ・アウガルテン通り(Obere Augartenstraße)を北西に歩きます。
アウガルテンの名前は知っていましたが、どのような場所かも判らず、何となく丘陵地帯を想像していましたが、平地に広がる公園でした。
上の写真は、壁の向こうに見えたアウガルテン宮殿(Augartenpalais)。
元は17世紀後半に狩猟用の城として造られましたが、19世紀にフランツ・ヨーゼフ1世によって、今の宮殿に拡張されました。
今はウィーン少年合唱団の本拠地、兼、学校として使われています。
アウガルテン公園の入り口です。
13:15に到着。
ゲートを抜けると、目の前にアウガルテン磁器工場があります。
アウガルテンの元となる工場は、「ウィーン磁器工房」の名前で、1718年に、マイセンに続く欧州で二番目に古い磁器工場として造られました。
「ウィーン磁器工房」は1864年に一旦閉鎖されましたが、1924年からこの地に移って「磁器工房アウガルテン」として生産を再開しました。
博物館も兼ねているので入って見たかったのですが、この日は残念ながら閉館していました。
工場の前に建つ、アウガルテンの旗。
工場から見た、入り口のゲート。
この建物は、元は宮殿として建てられたため、前には広い庭があります。
入り口の前にあった花。
磁器工房の西は広大な公園になっており、ウィーン市民の憩いの場所になっています。
この日も多くの人が、散歩、日光浴、サッカー等を楽しんでいました。
磁器工房に併設したカフェは開いていたので、ランチ代わりにアイスクリームを買いました。
第二次世界大戦時には、ウィーンを守るために、この地に高射砲台座が造られました。
上の写真は公園の北側に建つ高射砲台座。
これは西側に建つ高射砲台座。
戦いの歴史が好きな私にとっても、緑豊かな公園に建つコンクリートむき出しの巨大な塔には、強い違和感を覚えました。(軍事的にも、ここだけに作っても効果は薄いですし。)
頑丈に作られているので、壊すのもお金がかかるのでしょうね。
いつもは安易な平和主義には違和感を覚えますが、塔の下に書かれた落書き「NEVER AGAIN」には共感しました。
市民が憩う公園と高射砲台座。
広い公園を一回りしたので、結局ここには約1時間おり、14:10に公園を出ました。
地下鉄で、ウィーン旧市街に帰って来ました。
夕方の飛行機まで残り時間も短くなったので、ここからはウィーン旧市街で行き残した所を回りました。
特に、ローマと、皇后エリザベト(シシー)に関わる場所を押さえました。
上の写真はホーハー・マルクト(Hoher Markt)広場にある、仕掛け時計アンカーウアー(Ankeruhr)。
ビルの谷間にひっそりとありました。
そして、この広場にはローマ博物館(Römermuseum)があるので入りました。
入場料は、5ユーロ(Vienna City Card価格)。
ウィーンも元をただせば、古代ローマ時代にドナウ川防衛線に作られた駐屯地が発展して都市になった町です。
上の写真にあるように、旧市街の真ん中(赤い部分)に、ローマ軍団の駐屯地がありました。
この駐屯地も、他のローマ軍団の駐屯地と同様、四角形の城壁と塔に囲まれた城塞です。
工事の際に、ローマの遺跡が見つかった事から、ここに博物館が造られました。
写真は暖房のために二重構造となった建物の床部分。
床と壁が二重構造となって、暖房を行っていた事を説明した看板。
なお、博物館の一部が道路下にはみ出しているようで、見学の途中、常に馬車の蹄の音が響いていました。
でも、ドナウ川に面していたのに、水道橋が必要だったのでしょうか?
小さな博物館で、古代ローマ時代のウィーンを説明しているのみ(モザイク等の目を引く展示はありません)なので、歴史に興味が無い方にはお薦めしませんが、私にとってはウィーンの生い立ちが判って面白かったです。
なお、現在のクラーマーガッセ(Kramergasse)に、駐屯地の東側の城壁があったようで、エルトルガッセ(Ertlgasse)との交差点に、駐屯地の東の出入り口、プリンチパリス門(Porta Principalis)のあったようです。
近くにいたので、行ってみれば良かった。
かつて、この地には1410年に建てられたレーゲンスブルガー・ホーフがありましたが、再開発のために1896年に壊されました。1992-1993年に、かつての建物に似たビルを再建したそうです。
建物の前には、グーテンベルグの像が立っています。
シュテファン広場から延びる大通りの一つ、グラーベン(Graben)通りです。
右:グラーベンからホーフブルグに向かう途中に見えた、ミヒャエル教会の鐘楼。
コールマルクト(Kohlmarkt )通りにある、カフェ・デメル。
かつては、オーストリア−ハンガリー帝国帝室御用達であり、今でもシンボルマークには双頭の鷲を使っています。フランツ・ヨーゼフ1世の皇妃エリザベト(シシー)も足繫く通ったそうで、ここのスミレの砂糖菓子が好物だったそう。今回、私も購入しました。(笑)
また、ホテル・ザッハーから、ザッハートルテの製造・販売権を入手しており、デメルでもザッハートルテを販売しています。
ミヒャエル広場(Michaelerplatz)とホーフブルグの正面門。 初日にホーフブルグを見学しましたが、この広場を見るのは、この日が初めてでした。
広場の中央には、古代ローマの遺跡があります。
聖ミヒャエル教会(Kirche St. Michael)。 この教会も、両側のビルと融合していますね。
ホーフブルグ横にある噴水。
スペイン馬術学校の馬が、ここで飼われています。
左:馬術ショーで使われる、白毛の馬が顔をのぞかせていました。
右:馬術ショーの行われる、馬場への入り口。いわば馬の出勤路です。
その向かいにある1783−1784年に建てられたパラフィキニ宮殿(Palais Pallavicini)。
特に建物の歴史は知りませんが、入り口で肉体労働を強いられている女性たちが不憫で(笑)、写真を撮りました。
ノイアーマルクト(Neuer Markt)にある、ドンナーの泉(Donnerbrunnen)。 ノイアーマルクトにあるケッヒャート宝飾店(Köchert jewelers)。
皇后エリザベトの星の髪飾りを作っている宝飾店です。
ネットで髪飾りをウィンドー越しに見れるとあったので来たのですが、この日は閉店しているためか、見る事が出来ませんでした。
ケッヒャート宝飾店の訪問で、ほぼ観光も終わったので、飛行場に行く前に昼食を取ろうとウロウロしていると、ノイアーマルクトからケルントナー通りを通り過ぎたところに、イタリアレストラン「ダニエリ(Danieli)」を見つけました。
かつてのヴェネチア共和国の名門貴族ダンドロ家の屋敷を改装した、ヴェニスのホテル・ダニエリとは関係ないでしょうが、この名前だけで即決しました。(笑)
まずはビールから。
そしてメインには好物のスパゲッティ・カルボナーラを注文しました。
が、これが、予想以上に美味しかったです。
ダニエリの名前は伊達ではありませんでした。
最後に寄ったのは、ケルントナー通りに直交するヴァイブルク通り(Weihburggasse)にある、カイザリン・エリザベト・ホテル( Hotel Kaiserin Elisabeth)。
歴史的なつながりは無いでしょうが、通りを歩いていて、目に入ったので寄ってみました。
でも、ホテルにとっては、ロビーに入って、写真を撮る日本人はちょっと迷惑だったでしょうね。 17:40にウィーン市街を出て空港に向かいました。
20:25ウィーン空港発のルフトハンザ便でミュンヘンに帰ります。
21時近くで、ようやく日没です。
夏場は日が長くて観光に最適ですね。
ミュンヘン到着。
一旦空港を通り過ぎ、ちょうどダッハウ上空で旋回中。
ダッハウ城が見えています。
これで、三日間にわたるウィーン旅行は終了です。
ハプスブルグ家の帝都で長い歴史を抱えた都であり、特にフランツ・ヨーゼフ1世とエリザト(シシー)に関連した場所が多く、楽しめました。
終わり
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