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サント・マルスと混沌の邪神
逆らえない運命なら、その運命を受け容れ、自分らしく生きる

書庫第一幕 第二章

第二章
アントニウスは悩んでいた。自分が仕えし君主ヴァルトロ帝国の皇帝ベネディクトゥス
の命により、隣国フォーンスの王クニークルスを討ち取れ、との命令が下ったからだ。
 本来であればその力量にものを言わせ、討ち取る事などいつもの事なのに、相手が
フォーンス王国となると話は別だ。というのもアントニウスの妹がフォーンスの
兵士の妻となっている為だった。もし、王の命を受ければ、義理の弟と剣を交える
事になる。どちらが負けても妹が悲しい思いをするのは目に見えている。
 「困ったものだ。」
思わずため息と共に独り言を呟いた。「あ!!。」
考え事をしながら歩いていた為、人とぶつかってしまった。「あ・・・すまぬ。」
見れば女神のような美しい女性だ。
「申し訳ありませぬ。暫し考え事をしながらだったもので・・・。」
アントニウスは慌てて女性の手を取り、立ち上がらせた。女性は軽く微笑むと、下女達と
共に立ち去った。残り香と美貌の為かアントニウスは暫く呆然と立ちつくしていた。
ふと気付き、足元を見るときらびやかな金色のペンダントが落ちている。
「これは・・・あの方の?。」
アントニウスは急いでその女性を追いかけた。しかし、もう姿は見えない。女性が
向かったと思われる方へ足早に歩いた。途中奴隷と思われる女がこちらへ歩いて来た。
「お尋ねするが、今し方ここを御婦人が通らなかったか?。これを落としていった
らしいが・・・。」
女はアントニウスが差し出したペンダントを見るなり、
「あら、これはイェルマグ様のペンダントですわ。」「イェルマグ様?。」
「ええ、ここから先へいった離れにお住まいですわ。」
「では、これをイェルマグ様に届けていただけないか。」
「あ・・・いえ、そのう・・・。」
女は何故か歯切れの悪いこたえ方をしてくる。
「申し訳ございませんがご自分でお届けにあがってくださいまし。イェルマグ様は
こんな離れに住んでいるので滅多に人に会うことは叶いません。ですからお客様が
いらしたとなるととてもお喜びになりますわ。」
「は、はあ・・・。」
アントニウスは何か府に落ちないものを感じたが、仕方が無いので自分で届ける事に
した。だが、よく考えてみればまたあの美しい人に会える、そう思うと少し心躍った。

 アントニウスはペンダントを片手にイェルマグの部屋を訪れた。すると下女が
出てきた。「これを・・・イェルマグ様が落とされたのをお届けに上がりました。」
そう伝えた。その瞬間アントニウスはしまったと思った。もしこの下女にペンダントを
渡せばあの美しいイェルマグに会えなくなる。今更自分で手渡したいとも言えない。
 ところが、意外な事に下女は
「・・・アントニウス様ですね。」「あ、はい、けど何故私の名を?。」
「それは・・・イェルマグ様から直接お聞きになって下さい。」
アントニウスはまるで狐にでもつままれたような顔をした。「御案内いたします。」
下女の後ろについて行くアントニウス。が、そこは浴室だった。
中は湯気がもうもうと立ちこめ、人の姿がよく見えない。
「アントニウス様がいらっしゃいました。」
「あ・・・いや、私はこれにて失礼・・・。」
婦人の入浴を見るのは無礼であると感じたアントニウスは早々に立ち去ろうとした。
「イェルマグ様から、アントニウスより直接手渡して頂きたいとの事。まず、お渡しに
・・・。」「い、いや・・・入浴中なのであれば、失礼に当たるかと・・・。」
そうしているうちに人影ははっきりと見えるようになった。
「あ・・・。」
あの美しいイェルマグが一糸纏わぬ姿で目の前に現れた。
「お待ちしていましたわ。アントニウス様。」
イェルマグは裸体を隠そうともせずアントニウスに近づいた。アントニウスは見ては
いけないと思いつつも目が離せない。するとイェルマグはアントニウスの両腕を取り、
首元から甲冑の中に手を差し込んだ。そして空いている手で甲冑の紐を少しずつ外して
いった。
「い・・・いけない、あ、あなたは皇帝陛下の・・・。」
そう言い掛けた時、アントニウスはイェルマグに唇を奪われていた。

「正気なのか?。こんな事をしでかして・・・。もし陛下のお耳に入ったなら我等は
ただでは済みませぬぞ。」
 結局、誘惑に打ち勝つ事ができず、イェルマグと愛人関係を結んでしまった
アントニウス。
「あら・・・この大陸にその名を轟かせたアントニウス将軍も、あのベネディクトゥスに
怯えてえているのかしら。それとも、わたくしのような女はお嫌い?。」
「・・・そうでは無くて、我等は陛下を裏切った事になる。陛下のお耳に入れば、
死罪は免れない。」
「そんな事を心配されていらっしゃったの?。わたくしにお任せ下さいな。この事は
わたくしの身の振り方の為にもなる。お分かり頂けて?。」
「イェルマグ様の、為?。」
「ええ、わたくしの一族であるオルケルト族は一人残らずベネディクトゥスに皆殺しに
されてしまいました。わたくしがベネディクトゥスの側室になるという条件で、皆を
殺さないと約束したはずなのに。わたくしはオルケルトの最後の生き残りとしてその
血を絶やしてはいけないのです。けど、あの獣の様なベネディクトゥスの血など、
わたくしの子孫には入れたくない。幸い、あの男には子種が無いようで、今まで誰一人
子を授かった者は居ない。だから、貴方の血でオルケルト族の血を繋げて頂きたいのです。
ここにいる者達は全てわたくしと口裏を合わせています。決してあの男の耳に入らない
ようにいたしますので・・・。お願いです、御協力してください。貴方の子を生ませて
下さい。」
アントニウスは暫く考えた。「本当に・・・本当に気付かれぬように出来るのだな。」
「勿論ですとも。」

 夜伽の為、イェルマグの部屋を訪れていたベネディクトゥス。先日聞いた噂が気に
なり、イェルマグに尋ねた。
「そなたの部屋に占星術師とかいう者が訪れているらしいが、本当なのか?。」
「ああ、その事で陛下にお話がありまして。・・・実はわたくしもなかなか皇帝陛下の
お子が授からないので思い切ってその占い師を頼ってみる事にしたのです。何でも
様々な悩みを解決して下さるとかで評判の占い師だそうです。」
そう言ってイェルマグは話し始めた。
 それによると、占星術師はイェルマグに彼女が今まで居たオルケルト族の信仰神である
大陸神ユーラントとその使走であるゲルマンに祈りを捧げよ、という事らしい。
毎夜毎夜決まった時刻にその祈りを捧げると、その願いが叶うと言う。
「毎夜毎夜か。これではそなたの元へ訪れる時間が無くなるな。」
ベネディクトゥスは困った顔をした。
「けど・・・お世継ぎの為とあらば皇帝陛下には約束を守って頂かなければなり
ませんわ。」
「仕方が無い・・・だが、そなたがそこまで言うなら・・・。」
そう言ってベネディクトゥスはイェルマグの身体を撫で始めた。イェルマグはそれに
夢中になっているベネディクトゥスに対し、意味ありげな微笑を浮かべた。

 イェルマグがオルケルト族の祈りを捧げている間、誰もが部屋に立ち入っては
ならない。そう約束させられたベネディクトゥス。今こうして待っている間も
イェルマグを抱きたくて仕方が無い。いっそこのまま彼女の部屋へ行きたいが、
「世継ぎの為」という訳で流石のベネディクトゥスも我慢するしかなかった。
 一方、誰も立ち入られないはずのイェルマグの部屋には、大柄な女性が訪れていた。
 黒い衣装に身を包み、顔は頭から被ったフードと、顔を覆った布の為誰だか分からない。
ただ、瞳だけが見えていて、何も言わずその瞳で下女に合図を送った。
「イェルマグ様、占星術師様が参られました。」「どうぞ。」
占星術師が被っていたフードを外すと、なんとそこには女装したアントニウスの
姿があった。
「アントニウス様・・・お会いしたかった。」「私もだ。」
二人は抱き合い、唇を重ねた。それだけでもうアントニウスは胸の鼓動が早くなり、
体の一部が変化してくる。抱き合ったままベッドに倒れ込み、逢瀬を重ねた。
 アントニウスの子種が自分の体の中に入って来る。それだけでイェルマグは小さな
希望を感じていた。この逢瀬をいつベネディクトゥスに気付かれるかと恐怖を感じ
ながらも快楽の余韻に浸っていた。

「・・・なんと・・・本当か!!。で、でかしたぞイェルマグよ。」
ヴァルトロ帝国の皇帝として君臨してもうどの位経つだろうか。恐れるものは何も
無いまま名声を轟かせてきたベネディクトゥスだったが、唯一心残りだったのが
自分の跡を継ぐものが居ない、という事だった。一代で築きあげたこの帝国も、跡目を
継ぐ者が居なければ帝国は滅びる。自分が築き上げた努力も儚く消えてしまう
というもの。ベネディクトゥスはこれまでに正室と、他に側室を五人抱えていたが、
誰一人世継ぎを身篭る者は居なかった。だが、今回、イェルマグが世継ぎとなる子を
身篭った。後は強き皇帝として君臨できるよう育てねばならない。
「あ、いや、その前に男の子だ。男の子が生まれればこの国も安泰だ。」
ベネディクトゥスの喜びようは言うまでもなかった。だが、それを複雑な思いで
見ている者が居る事に、ベネディクトゥスは気づく様子も無かった。

 「その占星術師とやらに褒美を取らせよう。是非一目会いたいものだ。イェルマグよ
そう伝えてはくれぬか?。」
するとイェルマグは涼しい顔で答えた。
「わたくしも何度も陛下にお目に掛かるようにお伝えしているのですが、彼女は
ご自分の身分が低いので、陛下にお会いするなど恐れ多くて出来ないと仰るのです。
折角陛下がそう言ったお言葉を掛けてくださるのに、勿体無いともお伝えしているのに。」
勿論、そんな事は嘘に決まっている。イェルマグはベネディクトゥスが何と言って
来るか先読みし、もっともらしい言い訳を伝えていた。そうなれば流石のベネディク
トゥスも気付かない。そう信じていた。

 「皇帝陛下・・・お耳に入れたいことが・・・。」
姿の分からぬ者がベネディクトゥスに近づいてきた。耳元で話す声にベネディクトゥスは
驚き、声を失った。「そ、それは本当か・・・。」
 信じられなかった。今まで愛人を囲ってきた側室達はすぐ気付くことが出来たのに、
イェルマグにはそんな様子は微塵も見えなかった。
「だから・・・だから信用してきたのに・・・自分の子だと、信じていたのに。」
ベネディクトゥスは怒りが頂点に達した。
「イェルマグめ、決して許せるものではない!!。」
そう言うと、剣を手に取り、イェルマグの部屋へ向かった。
 物凄い形相で部屋に入って来たベネディクトゥス。先程の密告者が言った事を捲し立て、
イェルマグに剣先を向けた。イェルマグはあくまでも冷静に答えた。
「誰がそのような事を。陛下ともあろうお方がそんな事を信用するのですか。何の
証拠があってそのような事を仰るのですか!!。」
「証拠だと!!。現にその事を伝えたものが居るのだぞ。その者はそなたが男を部屋に
入れているのを見たと言っている。」
「そんなでまかせを言ってわたくしを陥れようとする者がいるのですか。余りにも
悲しすぎます。その者はきっと陛下を騙して陰で笑っているのでしょう。なんと無礼な
者でしょうか。それに陛下もそんな者の言葉を真に受けて、わたくしと、御自分の子を
殺そうとなさるのですか?。」
その言葉にベネディクトゥスは躊躇った。「分かった・・・。」
そう答え、ベネディクトゥスはやっと剣を降ろした。

 イェルマグの言葉は信じたい。お腹の子は自分の子と信じたい。しかし、一度疑い
始めると、不安が過ぎる。
「一体、誰を信じればよいのだ・・・。」
ベネディクトゥスは頭を抱えた「証拠か。」
 ほとぼりが覚めやらぬまま二、三日が過ぎた。ベネディクトゥスはイェルマグの
部屋を訪れようとしていた。途中の廊下で大柄な女とすれ違った。
「あれが噂に聞く占星術師か・・・。」
暫くその後姿を見つめていたベネディクトゥス。だが、ある事に気付き、その女の
後を追った。やがて、城を出て森に入り、粗末な小屋の中へ入っていった。灯り取りの
窓から中を覗き込む。「あ・・・あれは・・・。」
ベネディクトゥスは危なく大声を上げそうになった。
 イェルマグを殺してしまうのは簡単だ。だが、ここまで用意周到に工夫を凝らし、
自分を欺いた罪は許されるものではない。
「まず、二人を引き離さねば・・・。」

 「なんですって!!。」イェルマグは驚きを隠せない。
「ほほう、アントニウスを知っているのか?。」
「あ、いえ、有能な将軍と聞いています。この国はそのお方で持っていると聞いて
いますが、そのような方が遠征してこの国は大丈夫なのですか?。いつ、列強国に
攻めて来られても大丈夫なのでしょうか。」
「何故、そなたがそのような事を心配するのだ?。しかもアントニウスの事をよく
存じている口振りだな。」
 アントニウスが最果ての地プロフォンドゥムの討伐に出掛けたという。それを聞いた
イェルマグは気が気ではない。
「・・・そう言えばあの占星術師はどうなった?。最近ここを訪れなくなったらしいが。」
「な・・・何でも、旅に出るとか・・・そう仰って・・・。」
流石にイェルマグも占星術師の事を聞かれると思ってなかったらしく、かなり動揺
してしまった。ベネディクトゥスはベネディクトゥスで彼女の態度を注意深く観察した。
案の定、イェルマグの歯切れの悪い答えにベネディクトゥスは確証した。彼女が
アントニウスを愛人にし、子まで身篭った事を。「イェルマグ・・・許さん!!。」
ベネディクトゥスは剣を振り上げた。イェルマグは目をぎゅっと閉じ、頭を低くした。
「・・・うっ・・・。」
床から金属音がした。気になってイェルマグはそっと目を開けた。するとそこには
もがき、自分の胸元を掴み苦しんでいるベネディクトゥスの姿が。息が荒くなり、
冷や汗をかいている。ぜいぜい言いながらもイェルマグを手に掛けようと這いずり回る。
やがて、顔が腫れ、更に形相が恐ろしくなる。成す術も無いままイェルマグは立ち
尽くしていた。

 ヴァルトロ帝国皇帝ベネディクトゥスが死んだという噂は瞬く間に大陸中に広まった。
と、同時にプロフォンドゥムでアントニウスが命を落とした、という話もイェルマグの
耳に入ってきた。この話を聞いた城の者達は慌てふためいた。皇帝ベネディクトゥスと
無敗の将軍アントニウスという二つの要を失ったヴァルトロ帝国は無防備に等しい。
 この状況を列強の国々が見逃すはずもない。帝国はあっという間に滅ぼされた。
全てを失ったイェルマグ。唯一残ったのがアントニウスとの間に授かったお腹の子だけ
だった。
「この女・・・どうする?。」
「ベネディクトゥスの側室だろう。生かしておく価値はないがな。」
「そうなのか?。」
「ああ、俺の故郷はベネディクトゥスに滅ぼされたんだ。生かしてなんてやるものか。
子供を抱えているようだが、あのベネディクトゥスの子なんて生かしておくわけには
いかないだろう。」
どこかの国の兵士達が噂している。
「生かしておけない・・・わたくしの子も殺されるのか・・・。」
イェルマグは絶望した。こうなればオルケルトを再興する夢は果てる。彼女は自分の
運命を呪った。
「せめてこの子だけでも生き延びさせなければ・・・。けど、どうしたら・・・。」
「おい。」
兵士がイェルマグに声を掛けた。
「貴様、ベネディクトゥスの側室か。」
暫く考えていたがイェルマグは頷いた。「子を身篭っているそうだな。」「はい。」
「ベネディクトゥスの子か?。」「・・・いいえ、違います。」
「な・・・何?。・・・どういう事だ。」
イェルマグは正直に答えた。「もっと詳しく話を聞かせてくれ。」
イェルマグはその兵士に今までの事を正直に告白した。
「ベネディクトゥスの子ではないと言う証拠はあるのか?。」
「ありません。」
「・・・詳しく調べる必用がありそうだな。」そう言って兵士は去っていった。
何日かして、その時の兵士が再びイェルマグの元を訪れた。
「貴様の身の振り方が決まった。来い。」
イェルマグは別の兵士に引き渡された。
「本当にベネディクトゥスの子ではないというのか?。」
「ええ、誰に聞いてもベネディクトゥスには子種がなく、子を身篭ったとと言う
話はありませんでした。」「そう言われても、怪しいものだな。」
その話を聞いていたイェルマグは膝を着き、嘆願した。
「お願いです。私はどうなっても構いません。この子だけは生かて欲しいのです。
お願いします。」兵士は暫く考えた。
「ベネディクトゥスの子ではないというその言葉。嘘偽りは無いのだな。」
「勿論です。」
 なんとかイェルマグは生かされる事になった。だが無罪放免になった訳では
ない。条件付でどこかの国の高い塔の上に囚われの身となっただけだった。そして
子が生まれればその子は奴隷として売られる事が決まった。戦乱が続く世の中で
労働力が不足していたこの頃、奴隷は貴重な労働力だった。それ故の為だけに
生かされたのだろう。
 やがて、イェルマグは男の子を生んだ。黒髪と青い瞳がアントニウスによく似ている。
大陸神ユーラントの使徒ゲルマンが唯一勇者と認めた神話の人物の名をそのまま名付けた。
「ロナウハイド。」この日からイェルマグの子はそう呼ばれる事になった。
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