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第五章
何日も歩き続け、人に道を尋ねながらもようやっとコンワルリスの城下町へ辿り着いた。
これで安心してイーリスを任せられる、という安心感と、彼女との別れへの寂しさで ロナウハイドは胸が詰まった。書状を見せ、コンワリス王との謁見を許された。 王は「ご苦労であったな。」とロナウハイド達に労いの言葉を掛けた。これで安心だ。 ロナウハイドは緊張が少し解れた。強い視線を感じ、ふと王の側を見ると身分の高そうな 若い男がいる。この人物がコンワルリスの王子アングイスらしい。だがロナウハイドは、 彼の冷たい視線に違和感を感じた。 アングイス王子はイーリスに近づいた。「ようこそ、イーリス王女。」 その様子にイーリスは少し戸惑っている。 そして意味ありげな笑みを浮かべた。振り向き、王の方を見た。 「間違いありませんね、父上。」「左様か。」 王は挙手をし、何かの合図を送った。「・・・な、何!!。」 ロナウハイド、エルンテベルグ、イーリスの三人はいきなり槍を構えた兵士に取り 囲まれた。「何の真似だ!!。」 「良くぞ我等の手中に納まってくれた。これでアドウェルサ王国と同盟を結ぶ為の 手土産が出来る。」 「何だって!!。どういう事だ!!。王女と結婚する事で同盟を結ぶはずでは なかったのか?。」 ロナウハイドは怒りを露にした。 「何をのんきな事を言う。我がコンワルリス王国はコルリスのような弱小国などと手を 結ぶ気などさらさら無い。ただアドウェルサと同盟を結ぶにはこの方が都合が良い だけだ。」 「何だと・・・。」 「よりによってコルリスが敵対しているアドウェルサと手を組むなんて・・・。」 ロナウハイドもエルンテベルグも悔しがったがどうする事もできない。 「安心しろ、貴様らは殺しはしない。ただ、人質になって頂こう。そろそろ、アド ウェルサがコルリスを壊滅させている頃だな。」 「そ・・・そんな、酷い・・・。」 イーリスは絶望した。ロナウハイドにとってその姿は、ベネディクトゥスに一族を 壊滅させられた母の悲しみと重なった。 ロナウハイドとエルンテベルグは牢に入れられた。「人質か・・・。」 牢に閉じ込められるのは奴隷時代罰則として何度か経験があったが、イーリスの事を 思うと気が気ではない。彼女を助け出したい。しかし今はどうする事もできない。 「王女を人質に、逆にアドウェルサを乗っ取ってやる!!。」 そう言い放ったアングイス王子の言葉が頭の中に残った。 幾日か過ぎた。ロナウハイドはイーリスの事で頭がいっぱいだった。食事は摂らせて 貰えているのか、辛い思いはしていないか。「殺しはしない」とは言われていたものの それを信じてよいものなのか。ロナウハイドの頭の中には不穏な事ばかり浮かぶ。 「おい・・・何か声がすると思わないか?。」 エルンテベルグが話し掛けてくる。しかし、ロナウハイドはそんな事は耳に入らない。 「重症だな。」 流石のエルンテベルグも呆れている。しかし、その声は少しずつ大きくなってきて、 その声がすぐ側まで近づいているのが分かった。「何かあったのか?。」 人の声だけではない、金属がぶつかり合う音まで聞こえる。流石のロナウハイドも ただ事ではないと感じた。檻の間から外の様子を見る。同じように牢に入れられている 罪人達もざわめき始めた。 大きな音がした。何かが破壊されているような音だ。「え・・・っ。」「まさか!!。」 「聞き間違いじゃ・・・ないよな。」 二人の耳には「アドウェルサが・・・。」と聞こえた。アドウェルサ軍がコンワルリスを 攻撃しているのか?。 「人質を取ったつもりだったが、逆に攻めてこられた訳か・・・。」 エルンテベルグが呟いた。「エル!!。」「何だ?。」 「この混乱に乗じてイーリスを助け出す。」 「お前ならそう言うと思った。付き合ってやるよ。」 二人は、アドウェルサがここを襲撃して来るのを待った。 「こんなところに人がいるのか?。どう考えても牢獄だぞ。」 「しかし、この城の者は全て捕らえろとの命令。ここも例外ではないはず・・・。」 そんな会話が遠くから聞こえる。アドウェルサ兵と思われる兵達は房の中を一つ一つ 見ていく。やがて、自分達が捕らえられている房の前に来た。 兵の一人が松明の明かりを頼りにロナウハイドとエルンテベルグの顔を両方見比べ ている。「・・・ん?。」 兵の一人、どこかで見た事のある顔なのだが思い出せない。「貴様・・・。」 ロナウハイドは思い出そうと、その兵士を見つめた。 「確か・・・ロナウハイド、そう呼ばれていたな。」 「何故俺の名を知っているのか?。アドウェルサの兵に名を名乗った覚えはないが。」 「やはりそうか。貴様は覚えていないようだが、俺の名はケレベル。コルリス殲滅の 際に剣を交えた者といえば思い出すだろう。しかし、コルリスの兵士が今はコンワルリス で囚われの身とは・・・。」「何が言いたい?。」 しかし、ケレベルはそれには答えず、兵達にロナウハイドとエルンテベルグを牢から 出し、身柄を拘束するように命令した。そして 「面白い獲物が手に入った。王に伝えろ。」とだけ言って、二人を連れて行った。 コンワルリスに引き続き、アドウェルサでの囚われの身となったロナウハイド達。 ロナウハイドは気に掛けていたイーリスの事を何度も聞いたが、誰も「知らん。」 と言う返事しか返ってこない。 「生きていてくれ。」そう祈るのがせめてもの願いだった。 アドウェルサに連れて来られたロナウハイド達。拘束されたまま王に謁見する。 「ほほう、こいつらが・・・。ちゃんと使えるのだろうな。」 王が兵士の一人に尋ねる。 「ケレベルの話では、コルリス殲滅戦で互角に戦ったとか。」 「奴と互角にか・・・。とりあえず試してみるか。」 何をされるのだろうか。「使える・・・」とか言っていたが、まさか、奴隷にされて しまうのか?。ロナウハイドは唇を噛み締めた。 何日か過ぎ、二人が連れて来られたのは大きな円形状の建物だ。 「ここは一体・・・?。」 「おや、コロッセウムを知らんのか。まあいい。これからお前達には仕事をくれてやる。」 「仕事?。」 兵士の一人に案内され、コロッセウムの中心へ向かう。そこは大きくすり鉢上になった 場所だった。兵士が指差す。 「あそこから出てくる戦士、まあ、獣の時もあるがな。そいつと戦う。それが仕事だ。」 戦うのが仕事?。戦士?。ロナウハイドもエルンテベルグも納得いかないまま時間が 過ぎた。 「お前達、出番だ。」 そう言われて、コロッセウムの中央に立った。周りには大勢の人々が自分達を見ている。 そうしているうちに戦士、と呼ばれた者が現れた。 「アイツと戦え、いいな。負けるなよ。」 ロナウハイドは訳も分からぬまま戦った。幸いにも然程苦労せずに倒す事ができた。 すると、周囲の人々の歓声が上がる。何だか分からないが、とにかく勝て、という 事らしい。 奴隷の生活がまた始まるのかと恐れていたが、そうでもあり、そうでもないらしい。 勝たなければ酷い目にはあう、しかし、勝てば皆が絶賛する。ロナウハイドは自分が 置かれた状況を受け入れ、このまま生きていくより他に無い、と感じた。 そんな生活もだいぶ続いた。そして、少しずつ分かってきた。これは娯楽なのだと。 多くの貴族や金持ち達が、自分に金貨を賭け、ロナウハイドが勝てばロナウハイドに 掛けた者が儲かる、しかし、負ければ自分に賭けた者は損をする。ロナウハイドは 賭け事の駒になってしまった自分の身の上を嘆いた。しかし、生きなければ。そして イーリスを助け出し、母の故郷を一目見るまでは。 ある晩の事。ロナウハイドが寝泊りしている部屋に何者の影が映った。 「ロナウハイド。起きているのか?。」 エルンテベルグか?。いや、自分もそうだがこの部屋は外側から鍵がかけられており、 自由に出入りは出来ない。 「・・・誰だ?。」「俺だ。」 「その声・・・もしかしてケレベルか。何の用だ。」 「貴様に用がある。」「何だ?。俺は用は無い。」 「実は・・・我等アドウェルサは隣国ルブルムモンスとの決戦に向け、出陣しなければ ならない。ルブルムモンスには強王ラケルタがいる。俺も連勝を重ねてはきていたが、 流石に今度ばかりは命の保障は無い。この世に未練は無いが、貴様と剣を交えて雌雄を つけられなかったことだけが心残りだ。」 「で、俺に何の用だ。ここで雌雄をつけようというのか?。」 「そうだ。」 「残念だが俺は幽閉されている身。その願いは叶えられないな。」 「鍵は・・・ここにある。」 「いいのか。俺を逃がそうとしていると思われるぞ。」「しかし、・・・。」 「悪いが、貴様の感傷に付き合うつもりは無い。心残りだかなんだか知らんが、そんな 事の為に貴様と戦うつもりは無い。」「何故だ・・・?。」 「その戦いに何の意味がある?。貴様は満足かもしれんが、俺には何の得も無い。」 「そ、それだけなのか?。」「他に何がある。」 するとケレベルは黙ってしまった。 「貴様をコンワリスから解放したのはアドウェルサの兵士として王に推薦したかった からだ。だが、王はどういうわけか貴様をコロッセウムの戦士にしてしまった。 兵士になれば、俺と剣を交えることが出来る。俺より強い奴なのか確かめる事が 出来る。そう思っていたのに。」 「兵士か・・・だが何故そんな強い者との戦いに拘る?。自分の実力を確かめたいとか 言うのか?。」「そんなんじゃない!!。」 暫く沈黙が流れた。 「俺の父親はこのアドウェルサでも有能な兵士だった。だが、どういう訳か、娼婦と 駆け落ちし、出陣の前日に消えてしまった。その為、俺達一家は世間から裏切り者と 罵られ、豊かだった生活も奪われた。母親は失意のうちに亡くなり、俺は幼い兄妹達を 食べさせる為、必死で働いた。兵士になったのもその為だ。戦場で相手よりは勿論、 自分に負けない強さを得る為、剣の腕を磨き続けた。この俺を誰も負かす事など出来ない ように。そして俺は『アドウェルサ一の兵士』と呼ばれるまでにはなった。だが、 それで満足はしていない。コルリス戦で貴様の強さを見せ付けられた時、俺が捜し 求めていた最強の兵士、そんな気がした。だからだ。」 「俺を戦わせる為に、そんな話をしたのか?。」「そうだ。」 「・・・最強の兵士、か、買い被るな、俺はそんな者じゃない。」 「だが、俺が認めた兵士だ・・・だから・・。」 「・・・誰かいるのか!?。」 その時、監視員らしき足音が近づいてきた。結局、ケレベルの願いはその時は叶わな かった。 気付けばアドウェルサ・コロッセウムの英雄と呼ばれるようになっていたロナウハイド。 しかし、そこまで名を売っているのにも拘らず自由は無い。 「奴隷の時となんら変わりはしない。」そう嘆く日も多かった。生きる事に執着した ものの、いつも誰かにその自由を奪われてしまう。何故なのだろうか。母は「神」と いうものが全てを救う。そんな風に話してくれたことがあった。しかし、「神」とは 一体何だというのだろう。母が信じ続けた大陸の神は、そしてその使徒は母すらも 救ってはくれなかった。一体何を信じればよいのか。どうやったら自分の運命を 自分の手で切り開く事ができるのか。そんな事を考えるようになっていた。 「最近客の入りが少なくて困るな。」 「まあ、娯楽に金を賭ける者がいなくなってきたって事か。」 そんな噂が流れてきた。確かに、最近はギャラリーにも空席が目立つ。その理由は アドウェルサの王シルールスは好戦的で、近隣の国々を戦争で次々と手中に収めて いくが、その戦争に莫大な資金が掛かる。その負担が国民に強いられる。という事らしい。 自分には関係ない、とも言ってられない。与えられる食事の量が少なくなり、甲冑も あちこち傷んできても修理も出来ない。肩当てなど引っ込んだままだ。 そんなある日、試合に出ようと対戦相手を見て、ロナウハイドは言葉を失った。 「エル・・・まさか。」「ロ・・・ロニー・・・なんでお前が。」 客の入りを増やす為、とんでもない組み合わせの試合を決行しようとしたのか。流石に 親友であるエルンテベルグを相手に闘う事などできない。しかし、ここで勝てなければ ロナウハイドの立場はかなり悪くなる、試合放棄をすれば尚更の事。 ロナウハイドは悩んだ。それはきっとエルンテベルグも同じに違いない。しかし、時間は 待ってはくれない。覚悟を決め、コロッセウムの中央へ向かった。「な・・・何だ?。」 ギャラリーの様子がおかしい。戦士専用の出入り口から民衆が怒涛のように押し寄せた。 「あ・・・いたぞ。」 数人の市民がロナウハイドとエルンテベルグを取り囲んだ。しかし、相手は市民。兵士 などではない。攻撃しても良いものか迷った。 「あんた・・・、もしかして『アドウェルサ・コロッセウムの英雄』のロナウハイド じゃないか?。」「あ・・・そ、そうだが。」 「で、『最強の戦士・エルンテベルグ』って言うのは?。」 「俺だけど。」 「ロナウハイド、エルンテベルグ。二人共・・・頼む。俺達に協力してくれ。」 ロナウハイドとエルンテベルグは何が起こったのかさっぱりわからない。 「どういう事だ?。」エルンテベルグが尋ねた。 「俺達市民はクーデター起こすため蜂起した。しかし、俺達の手では軍隊を打ち落とす 事は出来ない。あんたらの力が必要なんだ。頼む。」 「協力・・・?。一体何の。」 「時間が無いから簡単に説明する。我々は王の采配と市民への扱いに疑問を感じている。 そしてそれは我等の生活は勿論、生きる事さえ難しくなってきている。相次ぐ戦争の 為、王はその資金を掻き集める為我等に重税を課している。年寄りや子供は食う事すら できない。また、病気になっても医者に診せることも出来ない。だから王を倒し、我等 だけの国を創る。その為には大量の軍隊を打ち負かす事のできる力が必要だ。俺達は あんた達に目をつけた。頼む、我々に協力してくれ。平和で豊かな国に戻す為、是非 協力して欲しい。」 「王を討ち取れば、俺達は自由になれるのか?。」 「勿論。但し勝てば、だが。」「分かった。」 すると他の市民達は声を上げた。 城を取り囲んでいる別の市民達と合流したロナウハイド達。他にも同じ戦士達が 何人も一緒に行動している。 「俺の故郷はシルールスに壊滅させられた。ここで一泡吹かせてやる。」 そうだ、とにかく自由を得る事だ。そうしないと一生掛かってもイーリスを探しに 行けない。ロナウハイドは、もう何度目か数え切れない回数の覚悟を決めた。 城攻めは初めてだったが、城の造りりはなんとなく共通のものがあるように思えた。 「脱出口を押さえろ、城の奴ら誰一人として逃がすなよ!!。」 ロナウハイドは叫んだ。コルリスを脱出したときの経験が生かされている。反乱軍の 下級兵士の一人が言った。 「この城は先代の王が造られたもの。平和主義だった先王は城を純粋に居宅としての 利便性を重視し、住居としての役割に徹底した。その為、戦争を意識して建てた城で ない分、攻めには弱いのではないだろうか。」「成る程。」 裏口に回り、王を探した。その間あちこちからアドウェルサ兵が虫が湧くように 出てくる。流石のロナウハイドもエルンテベルグもこう数が多いと体が持たない。 「くそっ・・・。」 その時だった。自分達の後ろから大きな軍勢が現れた。「何だ?。」 「やっと来たか・・・。あれはルブルムモンス王国の軍隊。ラケルタ王に援軍を 頼んでいたのだ。」 「援軍だと・・・?。」 ロナウハイドは思うところはあったものの、自分達が優位に立てる、そう思い、その まま戦い続けた。 兵士を一人、また一人と倒していく。「ロナウハイド!!。俺が相手だ!!。」 その声に振り向くと、そこに居たのはケレベルだ。 「今日こそ貴様を倒す。言っておくが、俺はそこ辺りの兵士とは格が違う。覚悟しろ。」 ケレベルは言うが早いがロナウハイドに斬りかかってきた。流石に格が違うと言う だけあって、その強さは今までの兵士とはだいぶ違う。他の兵士も倒さなければ ならない為、余力を残しておきたい。しかし、ケレベルは長期戦に持ち越したいようで わざと致命的な攻撃をしないようだ。 「やはり俺の目に狂いはなかったようだな。貴様を生かしておいて正解だった。 これだけの腕を持ちながら処刑台に上げるのはつまらんからな。」 「お喋りが多いぞ!!。」 ロナウハイドはそう反撃した。しかし、喋りながらでも隙は見せない。流石のロナウ ハイドも息が切れ始めてきた。「喰らえええっ!!。」 ケレベルは左の脇腹に剣を突き刺してきた。しかし、深く突き刺さらないうちに、 ロナウハイドは左手で剣を掴み、押さえていた。「くっ・・・。」 ケレベルは慌てて剣を抜こうとする。その為、ロナウハイドの左手は切れて血が噴出す。 ロナウハイドはそれでも手を離さない。「小癪な!!。」 予想外の出来事にケレベルは相当慌てたようで一瞬の隙が出来た。ロナウハイドは ケレベルの腹を思い切り蹴り上げた。 地面に叩きつけられるケレベル。かなりの痛みを伴うのか苦痛に顔を歪め、すぐに 起き上がることは出来ない。そこを見切って、ロナウハイドはケレベルの眉間に剣を 突きつけた。「こ・・・殺せ!!。ひと思いに。」 しかし、ロナウハイドは剣を動かさない。「敗北を認めるのか?。」 ケレベルは何も答えない。「もう一度聞く、敗北を認めるのか?。」 「何故、・・・何故殺さぬ。」 「俺はこの戦場を目の当たりにして幾つもの殺し合いを見てきた。殺し合いからは 憎しみしか生まれぬ。貴様を殺したところで、新たな憎しみが生み出されるだけ。 俺は、そんな世の中は望んでいない。」 そう言ってロナウハイドは城の奥へと進んでいった。 やがて、城はあっという間に堕ち、クーデターは成功した。ロナウハイドとエルンテ ベルグはアドウェルサの英雄として讃えられた。 クーデターの指導者であるサルワートルが、ルブルムモンス王国のラケルタ王と条約を 結び、アドウェルサに再び平和が訪れた。自由を手に入れたロナウハイドとエルン テベルグ。エルンテベルグはこれからどうしようかと思ったが、ロナウハイドの事、 十中八九イーリスを探しに行くだろう、と思った。 「エル!!。俺は旅に出る。」「イーリス王女を探しに行くのか。あてはあるのか?。」 「ああ、聞いた話だが、アドウェルサは戦争で負かした国の国民を奴隷として売り飛ばす らしい。最近はフルフィウスという地方で高く買い取ってくれるとかで、もしかしたら そこにいる、或いは手がかりが掴めるのでは、と思う。」 「俺も行く。」「そうなのか?。」 「お前についていけば、なんか良い事がある気がして。奴隷から抜け出せたのはお前の お陰だと思っている。だから。」 「そういうことか、じゃ、出発しよう。」 アドウェルサの人々は二人を引き止めるが、ロナウハイドの決心が固かった事で納得 してくれた。またこの地に帰る。そう約束して。 フルフィウス地方を目指して出発した二人。エルンテベルグはずっと疑問に思って いたことをロナウハイドにぶつけた。 「何故王女に拘る?。彼女を助け出してどうするつもりなんだ?。彼女にはもう両親も 帰る国もないんだぞ・・・。お前の気持ちは解かる。俺だって彼女の事は気になる。 けど、探し出したところでどうなるんだ?。」 ロナウハイドは暫く考えた。 「今の俺にはその答えは出せない。けど、その答え、イーリスを助けたら初めて 出るんじゃないかって信じてる。」 「そうなのか。その答え保留にしておいてやるよ。約束だからな。」 何日も掛かり、フルフィウス地方と思われる場所へ来た。ここで奴隷の売買をして いるかどうかを訪ね歩いた。そこで聞いた話によると、隣国のスコプルスという 国で奴隷を集めていると言う。何でも食料を確保するという理由で、農地を開墾する 為の労働力が必要なのだそう。「そこに行ってみるか。」 ロナウハイドはいても経ってもいられず、すぐに出発した。 スコプルスには何日も掛からずに到着した。そこで役人に話を聞くと、城下町の 一角に、奴隷達の街があるという。ただ、奴隷といっても強制労働や拘束などはなく、 街の出入りに制限があるだけで普通の市民となんら変わりはないらしい。 「いわゆる、自由奴隷というやつか。」 「ただ奴隷とそうでないものとはどうやって区別するんだろう。奴隷は街の出入りに 制限があるなら、奴隷かどうか区別をつける何かがあると思うが、見ただけでは、 分からないよな。」 その事についてもう一度役人に尋ねた。 「奴隷というのは左の腕に金の腕輪を嵌めているんだ。腕輪には所有者の名前が 書いてある。その人物の許可が無いと奴隷の街から出る事はできない。あ・・・ ただ例外があって、奴隷の身元引受人であればいい事もあるが、最近は滅多に無いな。」 奴隷の腕輪か。二人は自分達の腕輪について何か聞かれるんじゃないかと懸念した。 簡単に外せるとは思っていない。だから布を巻いて誤魔化す事にした。 それから二人は、改めて奴隷の街へ行き、そこでイーリスを探した。 しかし、彼女の姿は見当たらない。しかも、他の街を探そうにももう持参してきた 金貨も底を付いている。「どうする?。」 「この街で仕事を探すしかないな。」 僅かな期待を賭け、二人は城下町の中心部へ戻った。「あ・・・。」 城の入り口近くに立て札があり、何か書いてある。エルンテベルグは字が読めな かったので、ロナウハイドが代わりに読んだ。ロナウハイドは母と暮らしていた時に 読み書きを教わってた事もあり、そんな場面はいつも彼の役割だった。 「・・・丁度いいや。この城で傭兵を募集してるってさ。」「本当?。」 二人は城に駆け込んだ。 城では二人を歓迎してくれた。何でも、兵の成り手がいなくて困っていたらしい。 短期間の契約だが、これで食事にありつけるし、イーリスを探し出す軍資金も出来る。 二人はほっとした。が、いいことだけではなかった。この城の兵士の宿舎はかなり 貧弱で傭兵の寝泊りまでは確保できないと言われた。仕方なく二人は下宿屋を探し、 そこを生活の拠点とする事にした。 昼間は城に勤め、夜はイーリスの情報を集めた。そんな暮らしが三日も続いたある日、 奴隷街と城下町を繋ぐ橋の辺りに面影のある人物を見かけた。「イーリス!!。」 しかし、その姿はすぐ人ごみにまぎれて見失ってしまった。 もういても経ってもいられない。翌日、その日の城勤めが終ると、急いで奴隷街へ 向かった。昼間より人が多い気がして、尋ねた。 「女を買いに来る者達が集まってくるのさ。勿論、そういった商売の女、いや、 女とは限らんがな。」 ロナウハイドは息を呑んだ。奴隷にされているのでは、という事も考えてはいたが そんな事はないと勝手に頭の中で打ち消していた。現実を知るのが怖いような気持ちに なったが、それでは彼女を助け出せない。思い切って、奴隷街の中へ入っていった。 「あらあん、お兄さん、ちょっと遊んでいってよ。」 娼婦達が次々とロナウハイドに声を掛ける。それを振り切り、面影だけを手がかりに イーリスを探した。 「おや、」 建物の間の狭い通路から人影が見えた。その間を通り、反対側へ出た。そこは街の 裏側で、人通りも少ない。が、そんな建物の壁に寄りかかって商売している娼婦がいた。 「イーリス!!。」ロナウハイドは娼婦に近づいた。 「な・・・何だお前。順番なら俺が先だぞ。」 相手の男が皆まで言わぬうちにロナウハイドは男を引き離した。 「な、何するんだ!!。」 ロナウハイドは娼婦の顔を見た。「イーリス!!。イーリスだろ!!。」 娼婦はロナウハイドをじっと見つめ、嬉しそうに声を上げた。 「あーロナウハイド・・・どうしてここへ来たの?。」 自分の名を知っている。イーリスに間違いない。しかし、娼婦に身を落としていた なんて。ロナウハイドはショックのあまり暫く言葉が出なかった。 「ロナウハイド、ねえ、どうしていなくなったの?。どこへ行っていたの?。」 その言葉に違和感を感じるロナウハイド。「一体・・・どうして。」 「お前、こいつの知り合いか?。まあ、なんだか分からねえけどよ。そいつは頭が イカれちまってるようで、こんな商売してて、金を払わねえで逃げられても気が つかねえのさ。だから、金が無えのに女が欲しい奴にはいつもカモにされてんだぜ。」 暫くは信じられなかった。面影も、ほくろもイーリスそのままなのに気品と気高さは すっかり無くなっていた。 「イーリス・・・一緒に行こう。」 イーリスの手を引いて、自分の下宿に行こうとした。しかし、街の境で役人に呼び 止められた。 「おいっ。ここの娼婦を勝手に連れ出す事は禁止している。身元引き受人とか そういうのでなければ・・・。」 「俺が身元引受人だ。彼女の名はイーリス・アフロ・コルリスだ。文句あるか!!。」 啖呵を斬るロナウハイドの迫力に圧倒される役人。 「・・・こいつの本名が言える奴がいるのか。」 ロナウハイドはイーリスをつれて下宿屋へ戻った。 「ちょっと、あんたその娘をここに置く気かい?。どんな男が寄り付いてくるか 分からないんだよ!!。」 下宿屋の女主人は大声でまくし立てる。 「この娘の事、何を知っている?。」 「有名だよ、この娘。頭がイカれているからさ。昼間だろうが何だろうが、往来の 真ん中だろうが何だろうが、いきなり商売始めちまうってさ。変な男は付いてくるし、 ロクなもんじゃないからね。」 「そこを何とか・・・頼む。」 ロナウハイドの必死の説得に女主人は何とか折れた。 「わかったよ、ただ、何か揉め事があったらすぐに出て行ってもらうからね。」 やっとイーリスを取り戻したロナウハイド。金をためていつか二人で落ち着ける場所を 探そう。そう心に決めた。 しかし、そう甘くは無かった。昼間イーリスを下宿屋に置いてロナウハイドは城勤め に向かうが、その留守の間何かしら問題を起こす。出店の物を勝手に食べ、そのツケを ロナウハイドが尻拭いをする。家賃の支払い用に取っておいた銅貨を勝手に持ってっては 見知らぬ人に配って歩いたり、または、男に騙されて慰み者にされたりと、なかなか目が 離せない。身ぐるも剥がされて素っ裸で帰ってきた事もあった。あんなにも会いたくて たまらなかったはずのイーリスだが、何故こんなになってしまったのかと胸が痛む。 だが、イーリス自身罪悪感も無いのかいつも笑顔だ。そしてあの「癖」も健在で、 その仕草を見ると、あの甘酸っぱい思い出が広がり、怒る気にもなれなかった。 そんな日が続いたある日。イーリスはロナウハイドに訴える。 「あのね。ロナウハイド。イーリスね、うんとおなかぐるぐるしちゃって気持ち悪いの。 どうしてかなあ。」 「じゃあ、いい子で寝ていろ。今日は絶対外へ出ちゃダメだ。治らないからな。」 そう言って、ロナウハイドは城へ出かけた。 下宿屋へ戻る度、ロナウハイドはいつもイーリスが何か問題を起こしてないかと 祈りながら帰るのが日課になっていた。だが、今日は珍しく部屋で寝ていた。 こんな日もあるんだな、と思う反面、具合が悪いのかと心配する。医者に診せた方も いいのか。だが、その金はイーリスが使い込んでしまってもう底を付いていた。 「私ね、王女様なんだよ。」「そうだな。どこの国だっけ?。」 「えーと・・・忘れた。えへへへへ。」 こんな時、エルンテベルグの言葉が思い出される。 「彼女にはもう両親も、帰る国もない。」 「そうだな。」ロナウハイドは思い出した言葉に返事をしていた。 イーリスの体調は日に日に悪くなっていくようでなかなかベッドから起き上がれ ないようだ。問題を起こさない分安心できたが、病ならばそれはそれで心配だ。 「ロナウハイド・・・イーリスは病気なの?。」「何で?。」 「だってお腹がこんなに膨れちゃったんだもん。」 ロナウハイドはまさかと思い、彼女の服を捲って腹部を見た。 「イーリス・・・まさか・・・そんな。」 イーリスは妊娠していた。しかし、こんな商売ばかり繰り返していたから誰が父親 なのか分かるはずも無い。 ロナウハイドは悩んだ。彼女を必死で捜し歩いていた頃の、希望を見ていた気持ちが 今崩れようとしている。けど、彼女が悪いわけではない。それは分かっている。 そして一晩考え抜いた答えが「全てを受け入れよう。」だった。 そう決心して間もない頃、下宿屋の自分の部屋の前まで来るとやけに静かだ。 「イーリス・・・?。」 ランプの明かりを点けるとそこには信じられない光景が広がっていた。「イーリス!!。」 ベッドの上に黒い塊と血まみれのイーリスがぐったりしている。 「イーリス!!。イーリス、しっかりしろ!!。」 「ロナウ・・・ハイド、あり、がとう・・・。」 ロナウハイドは彼女を抱き上げ、叫んだ。 その声を聞きつけて、下宿屋の女主人が部屋へ入ってきた。 「ロナウハイド!!。一体・・・。」 イーリスはもう虫の息だった。自然掻爬による大量出血だったようだが、そんな事を 知るはずも無い。呼吸が止まり心臓も止まった。ロナウハイドは冷たくなっていく 彼女の身体をいつまでも抱き締めていた。 色々な噂のせいなのか、彼女の葬儀にはエルンテベルグだけしか駆けつけなかった。 彼女の墓の前でロナウハイドは幸せだったコルリスでの日々に思いを巡らせていた。 「可哀想にな。こんな運命なんて残酷すぎる。俺達だって沢山の地獄を見てきたが、 正気を失い、不幸になってしまうなんて、余りにも残酷すぎる。」 エルンテベルグは胸に手を当て、彼女への思いを語った。 「いや、正気でなかった分、自分の身の上を理解できなかったから、あんな笑顔で いられたんだと思う。あれで、もし正気だったらあんな笑顔なんて出来なかったはず。 ならばそれはそれでまだ救いになっていたかもしれない。本来であれば絶望で終る 人生だが、笑顔でいてくれただけでもよかった。彼女の悲しむ顔なんて見たくなかった からな。」 彼女との別れを惜しむかのように、ロナウハイドはいつまでもそこから離れなかった。 溜め込んでいた下宿代を支払い、ロナウハイドとエルンテベルグは新天地を目指し、 新たに旅立つ事に決めた。スコプルスの兵士達から惜しまれながらの旅立ちだったが、 この国へいると、いやでもイーリスの事を思い出される。 「で、どこへ行くんだ?。」 「嘗て『オルケルト族』が居たといわれる場所だ。」 「お袋さんの出身か。そこには何があるんだ?。」 「何があるか、行ってみないと分からないな」「そりゃそうだ。で、当てはあるのか?。」 「あるかどうかは分からないが、母と父が出会ったヴァルトロ帝国の跡を探して みようと思うんだ。」 二人は出発した。 「なあ、エル。前々から聞こうと思ってたけど・・・お前、俺について来て、お前どう なのかなって・・・。」 「どう、って?。」 「まあ、幸せ・・・という事ではないけど・・・あまり巧く言えないけどその『人生感』 って言ったらいいのかな。俺と一緒にいると不幸になるとかそんな事は考えなかった のか、と思って。」 エルンテベルグはすこし考えた。 「俺は神様とか奇跡とか、そういうのは信じない方だけど、一つだけどうしても 信じている事があって・・・。その昔、お前と出会うずっと以前に見た『夢のお告げ』 ってヤツだけは信じてるんだ。」 「夢のお告げ?。なんだそりゃ。」 「その夢の中で俺は五歳か六歳くらいなんだ。そこで何故かそこからどうしても逃げ出さ なければならない、と思った時、若い男に助けられて不思議な乗り物・・・馬車でも 馬でもない不思議なものに乗って逃げ出した。けど、途中で不思議な光に包まれて、 お城みたいな場所につれてこられたんだ。そこでその男が俺に『・・・が待っている 世界で会おう』って言ったんだ。それが誰だったかはその時は分からなかったけど、今に なって思えばそれがお前の事じゃないかって思うようになった。」 「それが・・・俺、なのか?。」「少なくても俺はそう信じている。」 「『夢のお告げ』か・・・。」 「なあんつって・・・ね。」「えっ?。」 しかし、そう簡単にはいかなかった。軍資金もすぐ底を付き、その地で働いて資金を 貯め、また新たな旅に出る、それを繰り返す。何の情報も得ぬまま気付けばロナウ ハイドは二十一歳になっていた。 |
第一幕 第 五章



