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旧ロニエール王国建国の父、ロナウハイド王の出生を語る上で欠かせないのがオルケルトという民族の存在だ。
ロナウハイド王の母親と思われる女性が、そのオルケルト族と呼ばれる民族である事を、 王は何度か聞かされてきたらしい。そのオルケルト族とはいったい何者なのか、そして 彼等はどこから来たのか。一説には高度な文明を誇っていたとも言われていたらしいが、 その記録は今まで発見されていなかった為、伝説の域を超える事はなかった。そして、
その伝説を語り継ぐのはシュトットガルド旧市街地のクーダム地区に古くから住んでいた人々と、近隣のガルド地区の一部の人々だけだ。
そしてつい最近まで「オルケルト族はヴリティエにあるオーストンキン州の小さな町、 旧名オアコタという集落から来た。」事になっていた。
ところが、王墓から発掘されたオルケルト神話が書かれていた石板の年代を測定すると、 我々が想像していた時代よりはるかに古く、しかも、オアコタすら記録にない時代だった 事が分かったのだ。そう言われてみれば、オアコタからオルケルトの集落があったとされる
クーダムやゴルドまでの道のりの間には、オルケルト族の痕跡はなく、それも謎とされて いた。
そこで一つの考えにたどり着いた。もしかしたら、オルケルトが先に集落を作り、 そこから何らかの形でオアコタへ行き、そこに街を作ったのではないか。そう思って、
オアコタがあったとされる街を調査してみた。するとオアコタは、突然起こった氷河期の為、実りのある土地を求めて南へ移住してきた人達が集まってきていた地だった。
そこへ一人の少女が現れ、枯れた大地に水を湧かせたという伝説が残っていた。やがて
人々はそこに街を作り、現在に至る。街の名がオアコタなのは、その少女の名なのか
出身地なのかまでは、残念ながら分からなかった。
今や観光地となっている「オアコタ奇跡の泉」だが、その地にそんな噂があったとは。 それはそれで驚きだったが。
オアコタとオルケルト。この二つの名は何か関係があるのか。また一つオルケルトの 謎に迫れた気がして興奮収まらないのは言うまでもないだろう。
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短編小説




