|
第五章
何日も歩き続け、人に道を尋ねながらもようやっとコンワルリスの城下町へ辿り着いた。
これで安心してイーリスを任せられる、という安心感と、彼女との別れへの寂しさで ロナウハイドは胸が詰まった。書状を見せ、コンワリス王との謁見を許された。 王は「ご苦労であったな。」とロナウハイド達に労いの言葉を掛けた。これで安心だ。 ロナウハイドは緊張が少し解れた。強い視線を感じ、ふと王の側を見ると身分の高そうな 若い男がいる。この人物がコンワルリスの王子アングイスらしい。だがロナウハイドは、 彼の冷たい視線に違和感を感じた。 アングイス王子はイーリスに近づいた。「ようこそ、イーリス王女。」 その様子にイーリスは少し戸惑っている。 そして意味ありげな笑みを浮かべた。振り向き、王の方を見た。 「間違いありませんね、父上。」「左様か。」 王は挙手をし、何かの合図を送った。「・・・な、何!!。」 ロナウハイド、エルンテベルグ、イーリスの三人はいきなり槍を構えた兵士に取り 囲まれた。「何の真似だ!!。」 「良くぞ我等の手中に納まってくれた。これでアドウェルサ王国と同盟を結ぶ為の 手土産が出来る。」 「何だって!!。どういう事だ!!。王女と結婚する事で同盟を結ぶはずでは なかったのか?。」 ロナウハイドは怒りを露にした。 「何をのんきな事を言う。我がコンワルリス王国はコルリスのような弱小国などと手を 結ぶ気などさらさら無い。ただアドウェルサと同盟を結ぶにはこの方が都合が良い だけだ。」 「何だと・・・。」 「よりによってコルリスが敵対しているアドウェルサと手を組むなんて・・・。」 ロナウハイドもエルンテベルグも悔しがったがどうする事もできない。 「安心しろ、貴様らは殺しはしない。ただ、人質になって頂こう。そろそろ、アド ウェルサがコルリスを壊滅させている頃だな。」 「そ・・・そんな、酷い・・・。」 イーリスは絶望した。ロナウハイドにとってその姿は、ベネディクトゥスに一族を 壊滅させられた母の悲しみと重なった。 ロナウハイドとエルンテベルグは牢に入れられた。「人質か・・・。」 牢に閉じ込められるのは奴隷時代罰則として何度か経験があったが、イーリスの事を 思うと気が気ではない。彼女を助け出したい。しかし今はどうする事もできない。 「王女を人質に、逆にアドウェルサを乗っ取ってやる!!。」 そう言い放ったアングイス王子の言葉が頭の中に残った。 幾日か過ぎた。ロナウハイドはイーリスの事で頭がいっぱいだった。食事は摂らせて 貰えているのか、辛い思いはしていないか。「殺しはしない」とは言われていたものの それを信じてよいものなのか。ロナウハイドの頭の中には不穏な事ばかり浮かぶ。 「おい・・・何か声がすると思わないか?。」 エルンテベルグが話し掛けてくる。しかし、ロナウハイドはそんな事は耳に入らない。 「重症だな。」 流石のエルンテベルグも呆れている。しかし、その声は少しずつ大きくなってきて、 その声がすぐ側まで近づいているのが分かった。「何かあったのか?。」 人の声だけではない、金属がぶつかり合う音まで聞こえる。流石のロナウハイドも ただ事ではないと感じた。檻の間から外の様子を見る。同じように牢に入れられている 罪人達もざわめき始めた。 大きな音がした。何かが破壊されているような音だ。「え・・・っ。」「まさか!!。」 「聞き間違いじゃ・・・ないよな。」 二人の耳には「アドウェルサが・・・。」と聞こえた。アドウェルサ軍がコンワルリスを 攻撃しているのか?。 「人質を取ったつもりだったが、逆に攻めてこられた訳か・・・。」 エルンテベルグが呟いた。「エル!!。」「何だ?。」 「この混乱に乗じてイーリスを助け出す。」 「お前ならそう言うと思った。付き合ってやるよ。」 二人は、アドウェルサがここを襲撃して来るのを待った。 「こんなところに人がいるのか?。どう考えても牢獄だぞ。」 「しかし、この城の者は全て捕らえろとの命令。ここも例外ではないはず・・・。」 そんな会話が遠くから聞こえる。アドウェルサ兵と思われる兵達は房の中を一つ一つ 見ていく。やがて、自分達が捕らえられている房の前に来た。 兵の一人が松明の明かりを頼りにロナウハイドとエルンテベルグの顔を両方見比べ ている。「・・・ん?。」 兵の一人、どこかで見た事のある顔なのだが思い出せない。「貴様・・・。」 ロナウハイドは思い出そうと、その兵士を見つめた。 「確か・・・ロナウハイド、そう呼ばれていたな。」 「何故俺の名を知っているのか?。アドウェルサの兵に名を名乗った覚えはないが。」 「やはりそうか。貴様は覚えていないようだが、俺の名はケレベル。コルリス殲滅の 際に剣を交えた者といえば思い出すだろう。しかし、コルリスの兵士が今はコンワルリス で囚われの身とは・・・。」「何が言いたい?。」 しかし、ケレベルはそれには答えず、兵達にロナウハイドとエルンテベルグを牢から 出し、身柄を拘束するように命令した。そして 「面白い獲物が手に入った。王に伝えろ。」とだけ言って、二人を連れて行った。 コンワルリスに引き続き、アドウェルサでの囚われの身となったロナウハイド達。 ロナウハイドは気に掛けていたイーリスの事を何度も聞いたが、誰も「知らん。」 と言う返事しか返ってこない。 「生きていてくれ。」そう祈るのがせめてもの願いだった。 アドウェルサに連れて来られたロナウハイド達。拘束されたまま王に謁見する。 「ほほう、こいつらが・・・。ちゃんと使えるのだろうな。」 王が兵士の一人に尋ねる。 「ケレベルの話では、コルリス殲滅戦で互角に戦ったとか。」 「奴と互角にか・・・。とりあえず試してみるか。」 何をされるのだろうか。「使える・・・」とか言っていたが、まさか、奴隷にされて しまうのか?。ロナウハイドは唇を噛み締めた。 何日か過ぎ、二人が連れて来られたのは大きな円形状の建物だ。 「ここは一体・・・?。」 「おや、コロッセウムを知らんのか。まあいい。これからお前達には仕事をくれてやる。」 「仕事?。」 兵士の一人に案内され、コロッセウムの中心へ向かう。そこは大きくすり鉢上になった 場所だった。兵士が指差す。 「あそこから出てくる戦士、まあ、獣の時もあるがな。そいつと戦う。それが仕事だ。」 戦うのが仕事?。戦士?。ロナウハイドもエルンテベルグも納得いかないまま時間が 過ぎた。 「お前達、出番だ。」 そう言われて、コロッセウムの中央に立った。周りには大勢の人々が自分達を見ている。 そうしているうちに戦士、と呼ばれた者が現れた。 「アイツと戦え、いいな。負けるなよ。」 ロナウハイドは訳も分からぬまま戦った。幸いにも然程苦労せずに倒す事ができた。 すると、周囲の人々の歓声が上がる。何だか分からないが、とにかく勝て、という 事らしい。 奴隷の生活がまた始まるのかと恐れていたが、そうでもあり、そうでもないらしい。 勝たなければ酷い目にはあう、しかし、勝てば皆が絶賛する。ロナウハイドは自分が 置かれた状況を受け入れ、このまま生きていくより他に無い、と感じた。 そんな生活もだいぶ続いた。そして、少しずつ分かってきた。これは娯楽なのだと。 多くの貴族や金持ち達が、自分に金貨を賭け、ロナウハイドが勝てばロナウハイドに 掛けた者が儲かる、しかし、負ければ自分に賭けた者は損をする。ロナウハイドは 賭け事の駒になってしまった自分の身の上を嘆いた。しかし、生きなければ。そして イーリスを助け出し、母の故郷を一目見るまでは。 ある晩の事。ロナウハイドが寝泊りしている部屋に何者の影が映った。 「ロナウハイド。起きているのか?。」 エルンテベルグか?。いや、自分もそうだがこの部屋は外側から鍵がかけられており、 自由に出入りは出来ない。 「・・・誰だ?。」「俺だ。」 「その声・・・もしかしてケレベルか。何の用だ。」 「貴様に用がある。」「何だ?。俺は用は無い。」 「実は・・・我等アドウェルサは隣国ルブルムモンスとの決戦に向け、出陣しなければ ならない。ルブルムモンスには強王ラケルタがいる。俺も連勝を重ねてはきていたが、 流石に今度ばかりは命の保障は無い。この世に未練は無いが、貴様と剣を交えて雌雄を つけられなかったことだけが心残りだ。」 「で、俺に何の用だ。ここで雌雄をつけようというのか?。」 「そうだ。」 「残念だが俺は幽閉されている身。その願いは叶えられないな。」 「鍵は・・・ここにある。」 「いいのか。俺を逃がそうとしていると思われるぞ。」「しかし、・・・。」 「悪いが、貴様の感傷に付き合うつもりは無い。心残りだかなんだか知らんが、そんな 事の為に貴様と戦うつもりは無い。」「何故だ・・・?。」 「その戦いに何の意味がある?。貴様は満足かもしれんが、俺には何の得も無い。」 「そ、それだけなのか?。」「他に何がある。」 するとケレベルは黙ってしまった。 「貴様をコンワリスから解放したのはアドウェルサの兵士として王に推薦したかった からだ。だが、王はどういうわけか貴様をコロッセウムの戦士にしてしまった。 兵士になれば、俺と剣を交えることが出来る。俺より強い奴なのか確かめる事が 出来る。そう思っていたのに。」 「兵士か・・・だが何故そんな強い者との戦いに拘る?。自分の実力を確かめたいとか 言うのか?。」「そんなんじゃない!!。」 暫く沈黙が流れた。 「俺の父親はこのアドウェルサでも有能な兵士だった。だが、どういう訳か、娼婦と 駆け落ちし、出陣の前日に消えてしまった。その為、俺達一家は世間から裏切り者と 罵られ、豊かだった生活も奪われた。母親は失意のうちに亡くなり、俺は幼い兄妹達を 食べさせる為、必死で働いた。兵士になったのもその為だ。戦場で相手よりは勿論、 自分に負けない強さを得る為、剣の腕を磨き続けた。この俺を誰も負かす事など出来ない ように。そして俺は『アドウェルサ一の兵士』と呼ばれるまでにはなった。だが、 それで満足はしていない。コルリス戦で貴様の強さを見せ付けられた時、俺が捜し 求めていた最強の兵士、そんな気がした。だからだ。」 「俺を戦わせる為に、そんな話をしたのか?。」「そうだ。」 「・・・最強の兵士、か、買い被るな、俺はそんな者じゃない。」 「だが、俺が認めた兵士だ・・・だから・・。」 「・・・誰かいるのか!?。」 その時、監視員らしき足音が近づいてきた。結局、ケレベルの願いはその時は叶わな かった。 気付けばアドウェルサ・コロッセウムの英雄と呼ばれるようになっていたロナウハイド。 しかし、そこまで名を売っているのにも拘らず自由は無い。 「奴隷の時となんら変わりはしない。」そう嘆く日も多かった。生きる事に執着した ものの、いつも誰かにその自由を奪われてしまう。何故なのだろうか。母は「神」と いうものが全てを救う。そんな風に話してくれたことがあった。しかし、「神」とは 一体何だというのだろう。母が信じ続けた大陸の神は、そしてその使徒は母すらも 救ってはくれなかった。一体何を信じればよいのか。どうやったら自分の運命を 自分の手で切り開く事ができるのか。そんな事を考えるようになっていた。 「最近客の入りが少なくて困るな。」 「まあ、娯楽に金を賭ける者がいなくなってきたって事か。」 そんな噂が流れてきた。確かに、最近はギャラリーにも空席が目立つ。その理由は アドウェルサの王シルールスは好戦的で、近隣の国々を戦争で次々と手中に収めて いくが、その戦争に莫大な資金が掛かる。その負担が国民に強いられる。という事らしい。 自分には関係ない、とも言ってられない。与えられる食事の量が少なくなり、甲冑も あちこち傷んできても修理も出来ない。肩当てなど引っ込んだままだ。 そんなある日、試合に出ようと対戦相手を見て、ロナウハイドは言葉を失った。 「エル・・・まさか。」「ロ・・・ロニー・・・なんでお前が。」 客の入りを増やす為、とんでもない組み合わせの試合を決行しようとしたのか。流石に 親友であるエルンテベルグを相手に闘う事などできない。しかし、ここで勝てなければ ロナウハイドの立場はかなり悪くなる、試合放棄をすれば尚更の事。 ロナウハイドは悩んだ。それはきっとエルンテベルグも同じに違いない。しかし、時間は 待ってはくれない。覚悟を決め、コロッセウムの中央へ向かった。「な・・・何だ?。」 ギャラリーの様子がおかしい。戦士専用の出入り口から民衆が怒涛のように押し寄せた。 「あ・・・いたぞ。」 数人の市民がロナウハイドとエルンテベルグを取り囲んだ。しかし、相手は市民。兵士 などではない。攻撃しても良いものか迷った。 「あんた・・・、もしかして『アドウェルサ・コロッセウムの英雄』のロナウハイド じゃないか?。」「あ・・・そ、そうだが。」 「で、『最強の戦士・エルンテベルグ』って言うのは?。」 「俺だけど。」 「ロナウハイド、エルンテベルグ。二人共・・・頼む。俺達に協力してくれ。」 ロナウハイドとエルンテベルグは何が起こったのかさっぱりわからない。 「どういう事だ?。」エルンテベルグが尋ねた。 「俺達市民はクーデター起こすため蜂起した。しかし、俺達の手では軍隊を打ち落とす 事は出来ない。あんたらの力が必要なんだ。頼む。」 「協力・・・?。一体何の。」 「時間が無いから簡単に説明する。我々は王の采配と市民への扱いに疑問を感じている。 そしてそれは我等の生活は勿論、生きる事さえ難しくなってきている。相次ぐ戦争の 為、王はその資金を掻き集める為我等に重税を課している。年寄りや子供は食う事すら できない。また、病気になっても医者に診せることも出来ない。だから王を倒し、我等 だけの国を創る。その為には大量の軍隊を打ち負かす事のできる力が必要だ。俺達は あんた達に目をつけた。頼む、我々に協力してくれ。平和で豊かな国に戻す為、是非 協力して欲しい。」 「王を討ち取れば、俺達は自由になれるのか?。」 「勿論。但し勝てば、だが。」「分かった。」 すると他の市民達は声を上げた。 城を取り囲んでいる別の市民達と合流したロナウハイド達。他にも同じ戦士達が 何人も一緒に行動している。 「俺の故郷はシルールスに壊滅させられた。ここで一泡吹かせてやる。」 そうだ、とにかく自由を得る事だ。そうしないと一生掛かってもイーリスを探しに 行けない。ロナウハイドは、もう何度目か数え切れない回数の覚悟を決めた。 城攻めは初めてだったが、城の造りりはなんとなく共通のものがあるように思えた。 「脱出口を押さえろ、城の奴ら誰一人として逃がすなよ!!。」 ロナウハイドは叫んだ。コルリスを脱出したときの経験が生かされている。反乱軍の 下級兵士の一人が言った。 「この城は先代の王が造られたもの。平和主義だった先王は城を純粋に居宅としての 利便性を重視し、住居としての役割に徹底した。その為、戦争を意識して建てた城で ない分、攻めには弱いのではないだろうか。」「成る程。」 裏口に回り、王を探した。その間あちこちからアドウェルサ兵が虫が湧くように 出てくる。流石のロナウハイドもエルンテベルグもこう数が多いと体が持たない。 「くそっ・・・。」 その時だった。自分達の後ろから大きな軍勢が現れた。「何だ?。」 「やっと来たか・・・。あれはルブルムモンス王国の軍隊。ラケルタ王に援軍を 頼んでいたのだ。」 「援軍だと・・・?。」 ロナウハイドは思うところはあったものの、自分達が優位に立てる、そう思い、その まま戦い続けた。 兵士を一人、また一人と倒していく。「ロナウハイド!!。俺が相手だ!!。」 その声に振り向くと、そこに居たのはケレベルだ。 「今日こそ貴様を倒す。言っておくが、俺はそこ辺りの兵士とは格が違う。覚悟しろ。」 ケレベルは言うが早いがロナウハイドに斬りかかってきた。流石に格が違うと言う だけあって、その強さは今までの兵士とはだいぶ違う。他の兵士も倒さなければ ならない為、余力を残しておきたい。しかし、ケレベルは長期戦に持ち越したいようで わざと致命的な攻撃をしないようだ。 「やはり俺の目に狂いはなかったようだな。貴様を生かしておいて正解だった。 これだけの腕を持ちながら処刑台に上げるのはつまらんからな。」 「お喋りが多いぞ!!。」 ロナウハイドはそう反撃した。しかし、喋りながらでも隙は見せない。流石のロナウ ハイドも息が切れ始めてきた。「喰らえええっ!!。」 ケレベルは左の脇腹に剣を突き刺してきた。しかし、深く突き刺さらないうちに、 ロナウハイドは左手で剣を掴み、押さえていた。「くっ・・・。」 ケレベルは慌てて剣を抜こうとする。その為、ロナウハイドの左手は切れて血が噴出す。 ロナウハイドはそれでも手を離さない。「小癪な!!。」 予想外の出来事にケレベルは相当慌てたようで一瞬の隙が出来た。ロナウハイドは ケレベルの腹を思い切り蹴り上げた。 地面に叩きつけられるケレベル。かなりの痛みを伴うのか苦痛に顔を歪め、すぐに 起き上がることは出来ない。そこを見切って、ロナウハイドはケレベルの眉間に剣を 突きつけた。「こ・・・殺せ!!。ひと思いに。」 しかし、ロナウハイドは剣を動かさない。「敗北を認めるのか?。」 ケレベルは何も答えない。「もう一度聞く、敗北を認めるのか?。」 「何故、・・・何故殺さぬ。」 「俺はこの戦場を目の当たりにして幾つもの殺し合いを見てきた。殺し合いからは 憎しみしか生まれぬ。貴様を殺したところで、新たな憎しみが生み出されるだけ。 俺は、そんな世の中は望んでいない。」 そう言ってロナウハイドは城の奥へと進んでいった。 やがて、城はあっという間に堕ち、クーデターは成功した。ロナウハイドとエルンテ ベルグはアドウェルサの英雄として讃えられた。 クーデターの指導者であるサルワートルが、ルブルムモンス王国のラケルタ王と条約を 結び、アドウェルサに再び平和が訪れた。自由を手に入れたロナウハイドとエルン テベルグ。エルンテベルグはこれからどうしようかと思ったが、ロナウハイドの事、 十中八九イーリスを探しに行くだろう、と思った。 「エル!!。俺は旅に出る。」「イーリス王女を探しに行くのか。あてはあるのか?。」 「ああ、聞いた話だが、アドウェルサは戦争で負かした国の国民を奴隷として売り飛ばす らしい。最近はフルフィウスという地方で高く買い取ってくれるとかで、もしかしたら そこにいる、或いは手がかりが掴めるのでは、と思う。」 「俺も行く。」「そうなのか?。」 「お前についていけば、なんか良い事がある気がして。奴隷から抜け出せたのはお前の お陰だと思っている。だから。」 「そういうことか、じゃ、出発しよう。」 アドウェルサの人々は二人を引き止めるが、ロナウハイドの決心が固かった事で納得 してくれた。またこの地に帰る。そう約束して。 フルフィウス地方を目指して出発した二人。エルンテベルグはずっと疑問に思って いたことをロナウハイドにぶつけた。 「何故王女に拘る?。彼女を助け出してどうするつもりなんだ?。彼女にはもう両親も 帰る国もないんだぞ・・・。お前の気持ちは解かる。俺だって彼女の事は気になる。 けど、探し出したところでどうなるんだ?。」 ロナウハイドは暫く考えた。 「今の俺にはその答えは出せない。けど、その答え、イーリスを助けたら初めて 出るんじゃないかって信じてる。」 「そうなのか。その答え保留にしておいてやるよ。約束だからな。」 何日も掛かり、フルフィウス地方と思われる場所へ来た。ここで奴隷の売買をして いるかどうかを訪ね歩いた。そこで聞いた話によると、隣国のスコプルスという 国で奴隷を集めていると言う。何でも食料を確保するという理由で、農地を開墾する 為の労働力が必要なのだそう。「そこに行ってみるか。」 ロナウハイドはいても経ってもいられず、すぐに出発した。 スコプルスには何日も掛からずに到着した。そこで役人に話を聞くと、城下町の 一角に、奴隷達の街があるという。ただ、奴隷といっても強制労働や拘束などはなく、 街の出入りに制限があるだけで普通の市民となんら変わりはないらしい。 「いわゆる、自由奴隷というやつか。」 「ただ奴隷とそうでないものとはどうやって区別するんだろう。奴隷は街の出入りに 制限があるなら、奴隷かどうか区別をつける何かがあると思うが、見ただけでは、 分からないよな。」 その事についてもう一度役人に尋ねた。 「奴隷というのは左の腕に金の腕輪を嵌めているんだ。腕輪には所有者の名前が 書いてある。その人物の許可が無いと奴隷の街から出る事はできない。あ・・・ ただ例外があって、奴隷の身元引受人であればいい事もあるが、最近は滅多に無いな。」 奴隷の腕輪か。二人は自分達の腕輪について何か聞かれるんじゃないかと懸念した。 簡単に外せるとは思っていない。だから布を巻いて誤魔化す事にした。 それから二人は、改めて奴隷の街へ行き、そこでイーリスを探した。 しかし、彼女の姿は見当たらない。しかも、他の街を探そうにももう持参してきた 金貨も底を付いている。「どうする?。」 「この街で仕事を探すしかないな。」 僅かな期待を賭け、二人は城下町の中心部へ戻った。「あ・・・。」 城の入り口近くに立て札があり、何か書いてある。エルンテベルグは字が読めな かったので、ロナウハイドが代わりに読んだ。ロナウハイドは母と暮らしていた時に 読み書きを教わってた事もあり、そんな場面はいつも彼の役割だった。 「・・・丁度いいや。この城で傭兵を募集してるってさ。」「本当?。」 二人は城に駆け込んだ。 城では二人を歓迎してくれた。何でも、兵の成り手がいなくて困っていたらしい。 短期間の契約だが、これで食事にありつけるし、イーリスを探し出す軍資金も出来る。 二人はほっとした。が、いいことだけではなかった。この城の兵士の宿舎はかなり 貧弱で傭兵の寝泊りまでは確保できないと言われた。仕方なく二人は下宿屋を探し、 そこを生活の拠点とする事にした。 昼間は城に勤め、夜はイーリスの情報を集めた。そんな暮らしが三日も続いたある日、 奴隷街と城下町を繋ぐ橋の辺りに面影のある人物を見かけた。「イーリス!!。」 しかし、その姿はすぐ人ごみにまぎれて見失ってしまった。 もういても経ってもいられない。翌日、その日の城勤めが終ると、急いで奴隷街へ 向かった。昼間より人が多い気がして、尋ねた。 「女を買いに来る者達が集まってくるのさ。勿論、そういった商売の女、いや、 女とは限らんがな。」 ロナウハイドは息を呑んだ。奴隷にされているのでは、という事も考えてはいたが そんな事はないと勝手に頭の中で打ち消していた。現実を知るのが怖いような気持ちに なったが、それでは彼女を助け出せない。思い切って、奴隷街の中へ入っていった。 「あらあん、お兄さん、ちょっと遊んでいってよ。」 娼婦達が次々とロナウハイドに声を掛ける。それを振り切り、面影だけを手がかりに イーリスを探した。 「おや、」 建物の間の狭い通路から人影が見えた。その間を通り、反対側へ出た。そこは街の 裏側で、人通りも少ない。が、そんな建物の壁に寄りかかって商売している娼婦がいた。 「イーリス!!。」ロナウハイドは娼婦に近づいた。 「な・・・何だお前。順番なら俺が先だぞ。」 相手の男が皆まで言わぬうちにロナウハイドは男を引き離した。 「な、何するんだ!!。」 ロナウハイドは娼婦の顔を見た。「イーリス!!。イーリスだろ!!。」 娼婦はロナウハイドをじっと見つめ、嬉しそうに声を上げた。 「あーロナウハイド・・・どうしてここへ来たの?。」 自分の名を知っている。イーリスに間違いない。しかし、娼婦に身を落としていた なんて。ロナウハイドはショックのあまり暫く言葉が出なかった。 「ロナウハイド、ねえ、どうしていなくなったの?。どこへ行っていたの?。」 その言葉に違和感を感じるロナウハイド。「一体・・・どうして。」 「お前、こいつの知り合いか?。まあ、なんだか分からねえけどよ。そいつは頭が イカれちまってるようで、こんな商売してて、金を払わねえで逃げられても気が つかねえのさ。だから、金が無えのに女が欲しい奴にはいつもカモにされてんだぜ。」 暫くは信じられなかった。面影も、ほくろもイーリスそのままなのに気品と気高さは すっかり無くなっていた。 「イーリス・・・一緒に行こう。」 イーリスの手を引いて、自分の下宿に行こうとした。しかし、街の境で役人に呼び 止められた。 「おいっ。ここの娼婦を勝手に連れ出す事は禁止している。身元引き受人とか そういうのでなければ・・・。」 「俺が身元引受人だ。彼女の名はイーリス・アフロ・コルリスだ。文句あるか!!。」 啖呵を斬るロナウハイドの迫力に圧倒される役人。 「・・・こいつの本名が言える奴がいるのか。」 ロナウハイドはイーリスをつれて下宿屋へ戻った。 「ちょっと、あんたその娘をここに置く気かい?。どんな男が寄り付いてくるか 分からないんだよ!!。」 下宿屋の女主人は大声でまくし立てる。 「この娘の事、何を知っている?。」 「有名だよ、この娘。頭がイカれているからさ。昼間だろうが何だろうが、往来の 真ん中だろうが何だろうが、いきなり商売始めちまうってさ。変な男は付いてくるし、 ロクなもんじゃないからね。」 「そこを何とか・・・頼む。」 ロナウハイドの必死の説得に女主人は何とか折れた。 「わかったよ、ただ、何か揉め事があったらすぐに出て行ってもらうからね。」 やっとイーリスを取り戻したロナウハイド。金をためていつか二人で落ち着ける場所を 探そう。そう心に決めた。 しかし、そう甘くは無かった。昼間イーリスを下宿屋に置いてロナウハイドは城勤め に向かうが、その留守の間何かしら問題を起こす。出店の物を勝手に食べ、そのツケを ロナウハイドが尻拭いをする。家賃の支払い用に取っておいた銅貨を勝手に持ってっては 見知らぬ人に配って歩いたり、または、男に騙されて慰み者にされたりと、なかなか目が 離せない。身ぐるも剥がされて素っ裸で帰ってきた事もあった。あんなにも会いたくて たまらなかったはずのイーリスだが、何故こんなになってしまったのかと胸が痛む。 だが、イーリス自身罪悪感も無いのかいつも笑顔だ。そしてあの「癖」も健在で、 その仕草を見ると、あの甘酸っぱい思い出が広がり、怒る気にもなれなかった。 そんな日が続いたある日。イーリスはロナウハイドに訴える。 「あのね。ロナウハイド。イーリスね、うんとおなかぐるぐるしちゃって気持ち悪いの。 どうしてかなあ。」 「じゃあ、いい子で寝ていろ。今日は絶対外へ出ちゃダメだ。治らないからな。」 そう言って、ロナウハイドは城へ出かけた。 下宿屋へ戻る度、ロナウハイドはいつもイーリスが何か問題を起こしてないかと 祈りながら帰るのが日課になっていた。だが、今日は珍しく部屋で寝ていた。 こんな日もあるんだな、と思う反面、具合が悪いのかと心配する。医者に診せた方も いいのか。だが、その金はイーリスが使い込んでしまってもう底を付いていた。 「私ね、王女様なんだよ。」「そうだな。どこの国だっけ?。」 「えーと・・・忘れた。えへへへへ。」 こんな時、エルンテベルグの言葉が思い出される。 「彼女にはもう両親も、帰る国もない。」 「そうだな。」ロナウハイドは思い出した言葉に返事をしていた。 イーリスの体調は日に日に悪くなっていくようでなかなかベッドから起き上がれ ないようだ。問題を起こさない分安心できたが、病ならばそれはそれで心配だ。 「ロナウハイド・・・イーリスは病気なの?。」「何で?。」 「だってお腹がこんなに膨れちゃったんだもん。」 ロナウハイドはまさかと思い、彼女の服を捲って腹部を見た。 「イーリス・・・まさか・・・そんな。」 イーリスは妊娠していた。しかし、こんな商売ばかり繰り返していたから誰が父親 なのか分かるはずも無い。 ロナウハイドは悩んだ。彼女を必死で捜し歩いていた頃の、希望を見ていた気持ちが 今崩れようとしている。けど、彼女が悪いわけではない。それは分かっている。 そして一晩考え抜いた答えが「全てを受け入れよう。」だった。 そう決心して間もない頃、下宿屋の自分の部屋の前まで来るとやけに静かだ。 「イーリス・・・?。」 ランプの明かりを点けるとそこには信じられない光景が広がっていた。「イーリス!!。」 ベッドの上に黒い塊と血まみれのイーリスがぐったりしている。 「イーリス!!。イーリス、しっかりしろ!!。」 「ロナウ・・・ハイド、あり、がとう・・・。」 ロナウハイドは彼女を抱き上げ、叫んだ。 その声を聞きつけて、下宿屋の女主人が部屋へ入ってきた。 「ロナウハイド!!。一体・・・。」 イーリスはもう虫の息だった。自然掻爬による大量出血だったようだが、そんな事を 知るはずも無い。呼吸が止まり心臓も止まった。ロナウハイドは冷たくなっていく 彼女の身体をいつまでも抱き締めていた。 色々な噂のせいなのか、彼女の葬儀にはエルンテベルグだけしか駆けつけなかった。 彼女の墓の前でロナウハイドは幸せだったコルリスでの日々に思いを巡らせていた。 「可哀想にな。こんな運命なんて残酷すぎる。俺達だって沢山の地獄を見てきたが、 正気を失い、不幸になってしまうなんて、余りにも残酷すぎる。」 エルンテベルグは胸に手を当て、彼女への思いを語った。 「いや、正気でなかった分、自分の身の上を理解できなかったから、あんな笑顔で いられたんだと思う。あれで、もし正気だったらあんな笑顔なんて出来なかったはず。 ならばそれはそれでまだ救いになっていたかもしれない。本来であれば絶望で終る 人生だが、笑顔でいてくれただけでもよかった。彼女の悲しむ顔なんて見たくなかった からな。」 彼女との別れを惜しむかのように、ロナウハイドはいつまでもそこから離れなかった。 溜め込んでいた下宿代を支払い、ロナウハイドとエルンテベルグは新天地を目指し、 新たに旅立つ事に決めた。スコプルスの兵士達から惜しまれながらの旅立ちだったが、 この国へいると、いやでもイーリスの事を思い出される。 「で、どこへ行くんだ?。」 「嘗て『オルケルト族』が居たといわれる場所だ。」 「お袋さんの出身か。そこには何があるんだ?。」 「何があるか、行ってみないと分からないな」「そりゃそうだ。で、当てはあるのか?。」 「あるかどうかは分からないが、母と父が出会ったヴァルトロ帝国の跡を探して みようと思うんだ。」 二人は出発した。 「なあ、エル。前々から聞こうと思ってたけど・・・お前、俺について来て、お前どう なのかなって・・・。」 「どう、って?。」 「まあ、幸せ・・・という事ではないけど・・・あまり巧く言えないけどその『人生感』 って言ったらいいのかな。俺と一緒にいると不幸になるとかそんな事は考えなかった のか、と思って。」 エルンテベルグはすこし考えた。 「俺は神様とか奇跡とか、そういうのは信じない方だけど、一つだけどうしても 信じている事があって・・・。その昔、お前と出会うずっと以前に見た『夢のお告げ』 ってヤツだけは信じてるんだ。」 「夢のお告げ?。なんだそりゃ。」 「その夢の中で俺は五歳か六歳くらいなんだ。そこで何故かそこからどうしても逃げ出さ なければならない、と思った時、若い男に助けられて不思議な乗り物・・・馬車でも 馬でもない不思議なものに乗って逃げ出した。けど、途中で不思議な光に包まれて、 お城みたいな場所につれてこられたんだ。そこでその男が俺に『・・・が待っている 世界で会おう』って言ったんだ。それが誰だったかはその時は分からなかったけど、今に なって思えばそれがお前の事じゃないかって思うようになった。」 「それが・・・俺、なのか?。」「少なくても俺はそう信じている。」 「『夢のお告げ』か・・・。」 「なあんつって・・・ね。」「えっ?。」 しかし、そう簡単にはいかなかった。軍資金もすぐ底を付き、その地で働いて資金を 貯め、また新たな旅に出る、それを繰り返す。何の情報も得ぬまま気付けばロナウ ハイドは二十一歳になっていた。 |
過去の投稿日別表示
-
詳細
2016年08月10日
全1ページ
[1]
コメント(0)
|
第四章
「噂を聞いたか?。何でも、隣国クラーテールが堕ちたってよ。」
「本当か?。あの国を落とせるなんて余程強い軍隊を持ってなきゃ出来ねえぜ。 で、一体どこの国だい。そんな軍隊を抱えているのは?。」 「コ、コル・・・何だったかコル、リスとかいっていたな。」 馬車の外からそんな話が聞こえてきた。自分には関係の無い話だと分かっていても、 なんとなくその話が気になる。しかし、振り向こうにも首につけられた鉄の首輪が 邪魔してそちらに顔を向けられない。大体そんな話を聞いてたとしても自分には 縁の無い話だ。ロナウハイドはすぐに忘れる事にした。 やがて馬車は今日の仕事場である大理石の採掘所へ着いた。今日は、と言うものの 実際はもう何ヶ月もその採掘所が仕事場だった。 丁寧に大理石を切り出し、磨く。そんな仕事が続いていた。 石を切り出すのは容易ではなかった。鑿を打つ位置や角度を間違えると割れてしまう。 そうなれば商品にならない為、こっ酷く叱られ、鞭で打たれる。ヘタすれば食事にも ありつけない。ロナウハイドは今日は失敗しませんように、と祈るだけだ。 「ロニー、元気出せよ。」 そう言えば今日は親友のエルも一緒だ。「ああ。」 ロナウハイドはなんとか笑って見せた。 太陽が照りつける真下での作業は過酷だった。朝、出かける前に与えられた食事など とうに消化しきっていて空腹を抑えるのに精一杯だ。空腹を誤魔化す為、水を沢山飲んだ。 しかし、そんな事をしても空腹は抑えられない。分かってはいたが。 ふと、辺りを見渡すと、何やら遠くの方に土煙が上がっている。 「おいっ!!。いつまで飲んでる。さっさと持ち場について仕事を続けろ!!。」 言うが早いが鞭のうなる音がし、慌てて持ち場に戻った。「振動?。」 他の誰かも気付いたようだ。振動は大きくなり、土煙と共に大勢の軍隊が現れた。 「へ・・・兵隊だ・・・。」「こ、殺されるのか。」 奴隷達は勿論、見張りの役人も大慌てだ。しかし、あっという間に軍隊に取り囲まれて しまった。 「た・・・たっ、助けてくれ!!。おっ、俺達は何もしやしねえ・・・。お願いだ。」 すると軍隊はきょとんとし、少し間を空けて笑い出した。 「安心しろ。何もしはしない。だがなよく聞け。本日よりこの地はわが主プーニ ケウス王が統治する事になった。であるからして貴様達は本日を持ってコルリス王国の 者となるのだ。」 「な、なんだって!!。」 「お前達・・・。」 コルリス兵の一人がロナウハイドを見ている。 「怖くないのか?。俺達が・・・?。」「・・・怖い・・・?。」 ロナウハイドは逆に尋ねた。兵士はロナウハイドをじっと見つめている。 ロナウハイドはなんとなく目をそらしてはいけない気がして、兵士を見つめた。 「・・・・フッ・・・・フッハッハッハッハハハハハ・・・。負けたよ。」 それを聞いてロナウハイドは何が起こったのかと思った。 「随分度胸が据わっているじゃないか。気に入った。お前、俺達と一緒に来るか?。」 「・・・どういう事だ?。」 「兵士に推薦するってことさ。これだけ度胸が据わっている者を奴隷で終らせるなんて 勿体無いからな。どうする?。少なくてもここよりはまともなメシは食えると思うぜ。」 兵士か・・・。ロナウハイドは考えた。兵士となれば当然殺し合いに参加する事になる。 自分に出来るだろうか。そんな不安が頭を過ぎった。しかし、ここままだと本当に一生 奴隷のままだ。「・・・分かった、行くよ。」 「ロニー!!。」それを聞いてエルが飛び出してきた。 「お前、兵士になるのか・・・本気なのか?。」 「ああ。」「怖くないのか?。死ぬかもしれないんだぞ。」 「ここにいたって結局はは働きすぎで死ぬんだ。どっちにしても死ぬのには変わらない。 けど、兵士になればここよりはきっとまともな暮らしが出来る。」 そう言われて、エルは少し考えた。「・・・分かった。」 「そうか・・・。」「俺も一緒に行く。」「えっ・・・。」 兵士は目を丸くして尋ねた。「お前も一緒か、これはいいや。よし、着いて来い。」 兵士は下っ端の兵士らしき人物を呼んだ。「こいつら、今すぐ連れて行くぞ。」 「はい。」そう言って二人を馬に乗せた。 「俺の名はミレス。孤児だった俺に兵長が付けてくれた名前だ。ところで、お前達の名は なんて云う?。」 「俺は・・・ロニー・・・いや、ロナウハイドだ。」 「ロナウ、ハイド?。凄いな、まるで貴族みたいな名前だな。ようし、その名に負け ないよう。立派に働いてくれよ。で、そっちのお前、名前は?。」 「俺はエル・・・。うーんと、エル・・・ンテ、ベルグだ。」 その名を聞いて、ロナウハイドはえっ、と思った。「いつの間に・・・。」 ロナウハイドはエルには何か云おうかと思ったが、やめた。 「ここの兵長の名はヘーロス。さっきお前達を誘った男だ。兵長は勇敢で正義感が強い 男だ。孤児だった俺を一人前の兵士として育ててくれた恩人だ。お前達も兵長の下で 立派な兵士になってこの国を守ってくれ。」 笑顔でそう言うミレスは強く頼もしく見えた。ロナウハイドはこれから新たな人生が 始まる。自分の未来に少し希望が見えてきたような気がした。 兵士としての訓練は厳しいものだった。ヘーロス兵長が直々に手解きを示すが、 ロナウハイドも、エル・・・いやエルンテベルグも付いていくのがやっとだった。 確かに判断を誤ると戦場では即、死に繋がる。息を抜いている暇はなかった。だが、 乗馬も槍の使い方も巧くいくと兵長は褒めてくれた。褒め上手なヘーロス兵長の教えも あって、ロナウハイドもエルンテベルグも兵士として少しずつ腕を上げていった。 ロナウハイドが十四歳になった頃、コルリスの隣国アドウェルサの王が死に、新しく 次の王シルールスが誕生した。平和を望む先王に対し、新王は貪欲に満ちた王であると 言う噂だった。その為か、即位後間もなくコルリスとの国境沿いの街に火の手が上がった。 「宣戦布告のつもりか!!。」 いつもは冷静なヘーロス兵長が怒りを露にしている。遂にロナウハイドとエルンテベルグの 初陣が決まった。 「行くぞ!!。」 ロナウハイドは覚悟を決めた。次々と襲ってくるアドウェルサ兵を目にも留まらぬ速さで 叩き返す。同じ時期に兵士になった仲間の中には恐れをなして逃げ出すものもいた。 しかし、怯んで入られない。ここで逃げたら奴隷に逆戻りのような気がして必死で 戦った。 幸いな事に、討伐に成功したロナウハイド達コルリス兵。凱旋で多くの賞賛を浴びる 事ができた。それを褒め称える為、王プーニケウスが宴を開いてくれる事になった。 そこで初陣ながら勇敢にも戦ったロナウハイドとエルンテベルグは王に謁見する事を 許された。 「その者達か。初陣ながら果敢にも戦い抜いたという者は。」 「はい。」 ヘーロス兵長と共にロナウハイドとエルンテベルグは王の前で跪き、敬意を払った。 「でかした。褒めてつかわす。また今後もこの国の為、力を貸してくれるな。期待 しているぞ。」 二人の目の前に別の衛兵が現れた。「褒美だ。受け取れ。」 衛兵は二人の目の前にそれぞれ剣を差し出した。ロナウハイドはそれを受け取ると そっと鞘から出してみた。鏡のように光る剣だ。「これを・・・。」 ずっしりと重みのあるその剣をしまおうとした時、剣に人物が映った。「え・・・。」 思わず振り返ると後ろの方の席に美しい少女が座っていた。煌びやかな装飾品を身に 纏っていたので高貴な身分の少女である事が分かった。 アドウェルサが再び奇襲を図ってくるかもしれない。ただ、今のところそういった 動きもないのでロナウハイド達は鍛錬と訓練に一日を費やしていた。その様子を見た ヘーロス兵長とエクウス将軍は剣術大会を開催する事にした。ロナウハイドもエルンテ ベルグも勿論、他にも何人かが名乗りを挙げた。その顔ぶれを見て、兵長は 「これは見物だな。」と笑顔になった。 やがて剣術大会の日がやってきた。日ごろの鍛錬の成果なのか、ロナウハイドも エルンテベルグも順調に勝ち進んでいく。 「あ・・・。」 ロナウハイドの次の対戦相手はなんとミレスだった。ミレスは剣先をロナウハイドの 鼻先に突きつけた。 「言っておくが、お前が相手だとしても容赦はしないからな。」 ロナウハイドにとって兄貴のような存在のミレスだけに、彼の言葉は心に響く。 「望むところだ。」 二人の戦いはなかなか決着を見せない。そのせいか、見物人達は手に汗握る戦いに、 目が離せない。ふと油断した隙にロナウハイドは剣を持っている利き手をミレスに 取られてしまう。「くっ・・・。」 「どうした、ロナウハイド。降参か?。」 ミレスの前で格好悪いところは見せられない。丸腰ながらも果敢に立ち向かう。逆に ミレスの剣を取って見せるさ、そんな勢いで攻めまくった。 「なんと、武術で掛かってきたか。残念ながら武術は俺も得意なんでね。」 「そんな事、百も承知だ。」 なんとかミレスの隙を覗う。しかし、ミレスも言うだけの事はあるらしく、なかなか隙を 見せない。そんなロナウハイドの目に飛び込んできたのは、王の隣にいたあの少女だ。 「おっりゃあああああっ・・・。」 ロナウハイドは大声を上げてミレスに迫った。その迫力にミレスは思わず隙を見せて しまった。剣を持ったミレスの利き腕にロナウハイドは蹴りを入れた。剣はその勢いで ミレスの腕から離れ、飛んでいった。「あ・・・しまった。」 叫んだのはミレス、ではなくロナウハイドだった。ロナウハイドは急いで剣が飛んだ 方向へ走った。剣は勢いに乗って客席にいる王の側に向かっていた。ロナウハイドは 手を伸ばし、剣を止めた。剣はロナウハイドの腕を傷つけ、その場に落ちた。その瞬間 ロナウハイドは安心したのか倒れこんでしまった。 「王・・・お怪我は・・・?。」「私は大丈夫だ。それより、この者を・・・。」 薄れてゆく意識の中、そんな会話がロナウハイドの耳に入ってきた。 「・・・気がついたか。」 そこにいたのはミレスだった。気を失ったロナウハイドは部屋に連れて来られ、介抱 されていた。「おい、ロニー、大丈夫なのか?。」 エルンテベルグもそこにいた。 「試合は・・・どうなった?。」 「残念ながら優勝は俺が戴いた。だがな、王がお前の事とても関心されていたようだぞ。 気が付いたら王の部屋へ来るようにってさ。」 ミレスは兄貴ぶってロナウハイドの頭を撫でる。「何するんだよ・・・。」 ロナウハイドが不貞腐れ、その手を払い除けるとミレスはまるでいたずらっ子の ように微笑んだ。 王の部屋では王の他、お付きの者達や、下男達が数人いた。そしてロナウハイドの 目を引いたのはあの美しい少女だ。 「ロナウハイド、様ですね。」 少女はロナウハイドに微笑みかけてきた。様、なんて未だ嘗て呼ばれた事などなかった ロナウハイドは完全に舞い上がってしまい、言葉も出ない。 「・・・そう硬くならずとも良い。」 王はそう言ってにっこりと微笑んだ。 「・・・それにしても、見事な戦い振りだったな。聞けばこの城に来るまで剣など 持った事がないというではないか。それをよくあそこまで戦えたものだ。それに 先日のアドウェルサの攻防戦でも手柄を収めたとも聞く。若いのに感心なものだ。」 王に褒め称えられ、ロナウハイドはますます緊張が高まる。それと、側に居る少女の 事も気になって、何を言われても「はぁ。」としか答えられない。 「お父様。私にもお話させてください。」 少女は王に言った。「ああ、すまんかった。」そしてロナウハイドのほうを見た。 「わが娘、イーリスがそなたに礼を申したいと言ってな。わざわざ足を運んでもらった 次第。よいかな。」 「あ・・・は、はあ。」 何だろう、礼を述べられるって何かしたかなあ、と思いつつ話を聞く事にした。それに 王女様だったのか。ロナウハイドの頭の中にそんな言葉が過ぎった。 「あの時・・・ミレス様の剣が私に向かって落ちてきて・・・もしロナウハイド様が あそこで飛び出してこなければ、私は大怪我をしていたかもしれなかったのです。 貴方のお陰で私は怪我をしなくて済みました。けどロナウハイド様が怪我をされて しまって・・・本当になんとお詫びとお礼をしたら良いかと・・・。」 イーリス王女が申し訳なさそうな顔をしている。そんな彼女を見ているロナウハイドも 少し困ってしまった。こんな時、気の効いた言葉の一つでも出れば丸く収まりそうなの だが。 暫く沈黙が流れた。王女は左眼の端を薬指で擦っている。 「あ・・・いや、おっ・・・俺はべっ、別に・・・、ただあそこで、あのままだったら 誰か怪我するなあと思って、つい。」 「・・・そうでしたか、そう言えばお怪我の具合は?。」 「別に・・・大した事じゃないし・・・。」「けど・・・。」 再び沈黙が流れた。ロナウハイドは場の空気を変える為思い切って自分から話した。 「色々心配させてしまって、悪かった・・・です。謝るのは、俺の方かも・・・。」 「そんな・・・ロナウハイド様はお気遣いされなくても・・・。」 「あ、その、『様』って言うのはやめてくれないかなあ。なんか恥ずかしいし。」 「えっ・・・。ではなんとお呼びすればよいのですか?。」 イーリス王女は困った顔をして尋ねた。それを見てロナウハイドも困ってしまった。 「い、いや、普通に・・・ロナウハイド、でいいけど。」 「そうなのですか。ではそうさせて頂きます。その代わり、私の事も『イーリス』と 呼んで下さいね。」 イーリス王女はやっと笑顔になったので、ロナウハイドも安心した。 「あの・・・ところで、ロナウハイドというお名前はどなたがお付けになったの ですか?。あっ、突然ごめんなさい。なんか変わったお名前だなと思って。」 「変わった名前・・・なんだ。」「あ、お気に障ったらごめんなさい。」 「いや、いいけど・・・そうかあ、どっから話そうか・・・。」 ロナウハイドは少し考えた。 「俺の母さんはオルケルトっていう一族の巫女だったんだそうだ。そのオルケルトが 信仰していた大地の神・・・大陸神の使徒に仕えていた勇者の名前だったんだって。」 「・・・オルケルト・・・その名確かどこかで・・・。」 側で聞いていた王が呟いた。 「何でも聞くところによると、その昔どこかの国に滅ぼされたと聞いているが、 ただの伝説かと思っていたが・・・。」 ロナウハイドはその話をもっと聞きたかった。母が、どんな所で生まれ、そして 暮らしていたのか。幸せだったと言うその時間をどこで過ごしたのか知りたいと 思った。けど、相手は王。どんな風に話を切り出そうか・・・。 「王・・・そろそろお時間かと・・・。」 側近が王に話し掛けた。「おお、そうであった。」 その雰囲気にもうこれ以上は話は出来ないと感じたロナウハイドは 「じゃ、俺はここで・・・。」と、席を立った。「ロナウハイド・・・。」 イーリス王女はロナウハイドに、「またお話を聞かせてくださいね。」 そう声を掛けた。 あの少女は王女様。本来であれは対等に話など出来ない相手だ。けど、今の自分は それが可能だ。奴隷の頃とは大違いだ。そんな思いがロナウハイドに優越感を与えて いた。食堂で食事を摂り、部屋へ向かう途中の事。同じ年代位の兵士数人とすれ違った。 「・・・気になるんじゃねえよ・・・卑しい身分のくせに・・・。」 そんな事を言われた気がして振り向いた。だが、その兵士達は何事もなかったかの ように行ってしまった。何だったのだろうか。ロナウハイドにそんな疑問が残った。 次の日、ロナウハイドはミレスから、「大事な話がある」と言われて彼の相部屋へ 行った。部屋にはミレス一人だ。「・・・大事な話って?。」 「ここに座れ。」「うん。」 ロナウハイドは彼のベッドに腰掛けた。 「俺、今回の事が認められて、妻を娶る事が許されたんだ。」 「どういう事?。」「結婚する、って事だ。」「誰と・・・?。」「知ってるだろ。」 ミレスに恋人がいたのは皆知っていた。相手は貴族の姫。嘗て浮浪児だったミレスは 彼女の両親に結婚を反対されていたが、今回の活躍で王から、二人の仲を認めて欲しい と言われたそうだ。王からの薦めで遂には彼女の父親も二人を認め、結婚するに至った という。 「嬉しいのは嬉しいのだが、周りからの僻み等も多い。『いい気になるな』なんて事も 言われた。まあ、俺はそんな事じゃ挫けないけどな。そこでだ。お前も気をつけろ、 昨日、王や王女と話をしたそうじゃないか。余り変な僻みを受けないように、有頂天に なるのもほどほどにしておいた方もいいぞ。」 「う、うん。」 と、返事はしたものの、どうすればいいか正直分からない。ミレスの話もぴんと来ないし 話だけは留めておこう、その時はその程度だった。 何日かして、ロナウハイドはイーリス王女にお茶に誘われた。鍛錬の空き時間に、と 言う事だったが、なんとなく気恥ずかしい気がして、その時は「用事がある」と言って 断った。また何日か経ったある日。兵士の訓練場にある草むらに寝転がっていると、誰 かが、自分を呼んでいる。「あ・・・。」イーリス王女付きの下女だった。 「こちらにいらしたのですね。王女がどうしてもロナウハイド様とお話がしたいそうで。」 なんと、向こうから来るとは。流石に今回だけは断れないな、と思った。 下女が草の上に敷物を敷き、王女はその上に座った。 「ロナウハイドもここに座って。」「あ・・・うん。」 ロナウハイドは王女の隣に腰を降ろした。「あの、話って・・・?。」 と言い掛けてロナウハイドは少し戸惑った。王女の顔がこんなに近くにある。それだけで 何故か胸がどきどきしてきた。「あ・・・そうだったわ。」 振り向いた王女と目が合った。驚いて目を反らし、俯いた。 「えーと・・・え・・・あの・・・。ごっ、ごめんなさい、・・・。その、話したい事は 沢山あったけど・・・えっと、何から話せばいいかしら・・・。」 王女は左眼の端を薬指で擦っている。痒いのかな、そう思って見ていると、泣きぼくろが 三個並んでいる。どうやらそこを擦っているようだ。「痒いの?。」 「あ・・・これ、ごめんなさい。癖なの。それでよく乳母に叱られるんだけど、 はしたないって。」「どうして?。」 「王女としての品位を落とすのだと。王家の者は皆の手本になるようにそういう癖 なんかはあってはいけないんだって。」 そう言えば、先日王と話をした時もそんな仕草をしていた事を思い出した。 「どうして、そんな癖が付いたのかなあ。」 「わたし、ここにほくろがあるのがどうしても嫌で・・・。擦ったら取れないかと 思ってるうちについ癖になってしまって・・・。」 「嫌なの?。」「ええ、だって・・・。」 「どうして気にするのかなあ。俺は別に・・・似合っていると思うよ。」 「え・・・そうなの?。」「ああ、だから気にすることはないよ。」 「そう、ありがとう。ロナウハイドがそう言うなら・・・。」 王女は笑顔になった。 兵士達が寝泊りする宿舎に戻ったロナウハイド。ここではロナウハイドの他、二歳 年上のキュヌクス、一つ年下のセーピアと同じ部屋だった。一日の鍛錬を終え、部屋に 戻ってくると、キュヌクスが怖い顔をしてドアの前に立っていた。「ロナウハイド。」 「なんだ・・・いきなりどうした。」「こいつを見ろ。」 キュクヌスは部屋を親指で指した。「な・・・。」 部屋の中は荒らされ、ベッドのシーツは切り刻まれていた。「どういう事?。」 「お前は知らないのか?。」ロナウハイドは首を横に振った。 「そうか。セーピアも知らないといっている。」 その夜、キュヌクスとセーピアの話し声が聞こえてきた。 「・・・ああ、それは俺も思っていた。ただ、とばっちりを食らうのはごめんだよな。」 「ロナウハイド、自分が何されているのか気づいていないのか?。」「さあ・・・?。」 「・・・確かに、いい気になってるトコはあるよな。」「俺もそう思う。」 「俺さ、兵長に言って部屋を変えてもらおうかと。」「俺も。」 二人の会話に衝撃を覚えるロナウハイド。自分の身に何が起きているというのか。 その時は分からなかった。 「あ・・・居た居た。」 ロナウハイドを見つけ、そう声を掛けたのはイーリス王女付きの下女だ。 「王女が・・・俺に何か?。」 「いい事、ロナウハイド様は王女様のお気に入りなんだから。今日は兵長にも許可を 取ってあるからたまには王女様のお話し相手をして欲しいの。」「あ・・・あ、うん。」 お気に入り、か。イーリス王女の話し相手という事で気に入られているのか。まあ、 特に何の話をするわけでなくても、イーリスの笑顔を見るだけで何故か幸せな気分に なる。確か誰かが言っていた。「これだけ王女様に気に入られたら、いずれは王女様の 婿に、なんて話もあるんじゃないか。」とからかわれたりもした。婿なんて間違っても 無いと思うが、皆が自分を羨ましがっていると思うとちょっと優越感を感じていた。 他愛もない話をしてその場は終ったが、ロナウハイドの中では王女の笑顔が強く 印象に残った。確かに、美しく、眩しい位の存在だ。が、あのほくろで少しあどけな さもある。またいつかもっと話ができるかな、そんな風に思った。廊下を歩いていると 不意に後ろから羽交い絞めにされた。「・・・な・・・何を・・・。」 「する。」までに言わないうちに後ろ手に縛られた。何とか振り解こうとして抵抗 すると、そこにいたのはあの時自分に「・・・卑しい身分の癖に・・・。」 そう言っていた兵士だった。「貴様・・・何いい気になってる!?。」 「離せ!!。」「無駄だ、こんなところで叫んだって誰も来やしない。」 一、二・・・三人か・・・。何とかこの場から逃げ出さなければ。しかし、抵抗も 出来ないままロナウハイドは兵士宿舎の陰に連れて来られた。首元を掴まれ、勢いよく 壁に叩きつけられる。「な・・・何をする。」 「部屋の事じゃ、懲りてなかったようだな。」 なんだって!!。あの時部屋を荒らしたのはこいつらだったって事か。 「何故そんな事をする!?。俺が何をしたって・・・。」 言い終わらないうちに腹に膝蹴りを加えられた。顔も拳を加えられ、口の中が切れた。 痛む口元を押さえ、よろよろと立ち上がった。「まだ元気があるようだな。」 一人がもう一発殴りかかろうとした。かろうじて拳を受け止めるロナウハイド。 「くそう、離せ!!。」「やばい・・・誰か来る。」 その言葉に皆その場から逃げていった。 悔しさと、理不尽さの余りロナウハイドは絶望した。確かに奴隷時代は理不尽なことは 沢山あったが、ここではそんな事などないと思っていた。 「俺が・・・何したって言うのか。」納まらない怒りがこみ上げてきて、壁に拳を 食らわす。頭の中にあのときのミレスの言葉が浮かんでくる。『変な僻み』ってこう いうことなのか?。 王女と話をしている間は、何故か幸せな気分になっていた。何の会話をするわけでも なかったのに、側に居ただけで何か心が癒された気がしていた。王との話ももっと 聞きたかった。母のルーツについて何か分かる事があるのかもしれない。その話も 聞きたかったのに。自分が王や王女と話しをするのが気にくわないと言う事か。 怖い思いをしたわけではなかったが、もう二度とあんな目に会うのは嫌だった。彼等に 恐怖を抱いたわけではない。ただ、僻まれているのが凄くいやでたまらなかった。自分は そんなつもりはないのに、周囲からは有頂天になっていると思われているのか。その 事はロナウハイドの頭から暫く消えなかった。 口数が少なくなり、暗い顔をしているロナウハイドを最初に気付いたのはエルンテ ベルグだった。けど、彼には何も言えない。「何でもない。」そう押し通していたが、 何かあったとは感じているようだ。王女にもまた話をしたいとも言われたが、理由を つけて断っていた。ミレスもヘーロス兵長も心配して尋ねてくるが、やはり「何でも ない」で押し通していた。 夕方、食事を終え、部屋に戻ろうとしていたロナウハイド。いきなり廊下の角から 麻袋を被せられ、無理矢理引っ張って連れて来られた。「は、離せ!!。」 もがき、暴れようとするが相手が見えないのだから抵抗すら出来ない。暫く歩かされ、 やっと麻袋を外された。以前ロナウハイドに暴力を振るった連中だった。そこで 薄暗い日影でもう一人、焚き火をしているその兵士の仲間が待ち構えていた。焚き火の 中を焼き鏝でかき混ぜている。「連れて来たか。」 「ああ、」「しっかり押さえつけていろよ。」 もう一人の仲間は高温で真っ赤になっている焼き鏝をロナウハイドの目の前に見せた。 「あれ程忠告したのにな・・・。」 そう呟くと、焼き鏝の先をロナウハイドの首筋に押し当てた。 「あうううっ・・・・。」 熱さの為、のたうち回ろうとするが、三人に押さえつけられ、身動きが取れない。 「もういいだろう。離していいぜ。」 一人がロナウハイドを蹴り飛ばした。ロナウハイドはそのまま倒れこんだ。首元から しゅうしゅうと音を立てて焼け跡から湯気が出ている。辺りに焦げ臭い匂いが漂った。 苦しさの余り、立ち上がることは出来ない。 「自分だけいい思いしようと思うなよ。次はもっと痛い目にあって貰うからな。」 それだけを言うと、四人は立ち去っていった。 それを物陰から見ていた人物が居た。 ある日、ロナウハイドはヘーロス兵長に呼び出された。 「お前、何か嫌がらせを受けているそうだな。」「いえ、別に。」 「正直に答えてくれ。お前が暴力を受けているところを見た者がいるんだ。」 「・・・身に覚えはない。」 するとヘーロス兵長はロナウハイドの首筋の火傷の跡を指差した。 「これは一体どうした?。」「転んで怪我をした。」 「怪我でこんな傷はつかないぞ。」 それを聞いてロナウハイドはぎゅっと唇を噛み締めた。 「いいか、よく聞けよ。今この国はアドウェルサが狙っている。そんな大事な時に 統率が乱れるようなことは起きてはいけない。勿論起こしてもいけない。仲良くしろ とは言わんが、お互いの信頼を乱すことがあってはならない状態だ。お前は言いたく 無いかもしれんが俺もエクウス将軍も皆お見通しだ。余り心配かけるな。もし、今度 何かあったら必ず報告しろ。分かったな。」 またある日、ロナウハイドはエルンテベルグを呼び出した。 「お前だろ。ヘーロス兵長に告げ口したのは。」「何の事だ?。」 「分かっているだろう。俺があの連中に何か嫌がらせを受けているって。」 「だから何だ?。」「余計な事・・・するなよ。」 するとエルンテベルグは怒ったようにロナウハイドの首元を掴んだ。 「馬鹿野郎。お人よしもいい加減にしろよ。あんなトコ見てたら放って置けないだろう。」 それを聞いて、ロナウハイドははっとした。 「考えても見ろよ、俺達は互いに助け合って生きてきた。一緒に生きていこうって、 俺はそれだけを信じてきたんだぞ。なのに、勝手に、カッコつけてるんじゃないよ。」 「エル・・・。ごめん・・・。」 「約束だぞ・・・いいな。」 自分を信じてくれる。エルンテベルグの友情に何かが吹っ切れた。 そんな時だった。イーリス王女に縁談が舞い込んだ。と言っても南隣の国コンワル リスのアングイス王子との政略結婚だ。いつ攻めてくるとも分からないアドウェルサ からの攻撃に備え、コンワルリスと同盟を結び、国の防御を強化しようと言うのが 狙いだ。その話を聞いたロナウハイドは意味もなく悲しくなった。何故だか分からない。 しかしこれで国は守られる。そう自分を納得させた。 「残念だったな。これでお婿さんの望みはなくなったわけだ。」 そう言って他の兵士仲間はロナウハイドをからかった。 「大体無理だろう。身分が違いすぎるよ。」 「ってコトは、多少は考えていたわけか。隅に置けないよな。」 「そんなんじゃないって。大体、好き、だから結婚、なんてそう巧くなんていかないさ。」 「無理してないか?。ロナウハイド。」「してないって。」 「可愛そうなロナウハイドさん・・・。結婚まで考えていたのにねえ。」 そう呼び止められ、振り向くとあの連中が居た。 「お前、俺達の事兵長に告げ口したよな。そんな卑怯なことするのかよ。」 連中は自分達の事を棚に上げて言いたい放題だ。 「俺は告げ口なんかしていない。お前達の行動に許しがたいものがあるから、告げ口 されるんじゃないのか?。」 「何だと!!。」 連中の一人がロナウハイドに食って掛かった。 「言っておく。俺が王女と話が出来るようになったのは、俺の実力だ。手柄を立て、 皆の信頼を受けてきたからだ。もう一度言う。俺は自分の実力だけでここまでの 地位を得た。お前達には到底分かりはしないだろう。」 その言葉に圧倒される連中を他所に、ロナウハイドはその場から立ち去った。 それから、例の連中はおとなしくなった気がした。笑顔が戻ったロナウハイドに エルンテベルグは勿論、ミレスや兵長もほっとした様子だ。そんなある日、イーリスに またお茶に呼ばれる事になった。ロナウハイドは思い切って、 「他の仲間達も誘っていいか?。」と訊ねた。意外にも「ならば皆さんで。」 という事になり、エルンテベルグや他の親しい兵士仲間を誘った。 王女様の前、という事もあってか、最初の頃は皆緊張し、何も喋らなかった。だが、 ロナウハイドがうっかり馬の後ろに居た時、そのまま馬が座ってしまって下敷きに なった話、をするとイーリスは大笑いをして喜んだ。それをきっかけに、皆イーリスを 楽しませようと色々な話をした。そのときのイーリスはとても楽しそうで、実は彼女は 寂しかったんだな、そう感じた。 街に旅芸人の一座がやってきたという話を聞きつけ、鍛錬の合間に皆で観にいく事に なった。前評判でイーリスは興味があったらしく、何とか父王からの許しを得て、観に いける事になったととても喜んでいた。お忍びとはいえ、王女様には護衛が必要。と いう事でロナウハイドとエルンテベルグは真っ先に御指名が挙がった。「あとは。」 ロナウハイドはヘーロス兵長に意外なことを願い出た。「いいのか?。」 「信頼関係を結べ、って言ったのは兵長の方だろ。」「まあ、そうだけどな。」 なんと、ロナウハイドは自分に暴力を振るったあの四人組みに王女護衛隊の仲間に引き 入れようとしていた。「お前が一緒なのか!?。」四人組みは驚いていたようだが、 「俺からの宣戦布告だ。王女を守れるか否か、俺がその実力を試してやる。」 「・・・。」四人組みは返す言葉がなかった。 芝居の内容はありがちな恋愛モノで、貴族の若君と、敵対しているこれまた貴族の 姫の命がけの愛の物語だった。生まれて初めて観る芝居というものに少し感動し、王女の 護衛だと言う事を危うく忘れそうになる。涙腺が潤んできそうになるのを堪え、なんとか 王女の護衛の責務を果たした。 その夜。ロナウハイドは四人組の一人、トラゴに呼び出された。「一人か?。」 「そうだ。」「俺に何の用だ?。」 「その前に・・・いるんだろ、エルンテベルグ。俺がこいつに何かするって思ってる ようだが、そんな事じゃない。」 「・・・エル、いたのか・・・。」ロナウハイドはため息をついた。 「まあいい、本題に入ってくれ。」 そう言いながら、エルンテベルグは二人の前に出てきた。 「俺・・・兵士をやめようと思って。もう兵長には話してきた。」 「兵士を辞めるのか。」「ああ。」「やめてどうする?。」 「昼間、芝居観てて思ったんだが、芸人になろうと思って。」「えっ・・・?。」 「・・・いや、何で俺達にそんな話を!?。」 「・・・ロナウハイドには、謝んなきゃなんねーな、と思ったから。」 「ああ、その事か。」「怒ってないのか?。」「今更?。」 「あの時は後先考えずにただ生意気な奴だなって思っていたけど、なんて言うか、懐が でかいって言うのか判んないけど、今日の事でお前って結構凄い奴なんだなって 分かった。そう思ったら、俺達が間違っていたって事が分かった。だから、ここを出て 行く前にお前に謝ろうと思った。すまん。」 「さっきから聞いてりゃ、随分勝手な事をいうな。お前達がロニーに付けた首の火傷は 一生消えないんだぞ。それを『すまん。』の一言で済ませる気なのか?。一生消えない 傷を作ったくせに、『すまん』の一言でなかった事にする気なのか?。」 エルンテベルグは冷静に話した。その言葉にトラゴははっとした。その時初めて自分が 犯した罪の重さに気付き、しゃがみ込んだ。 「・・・じゃ、じゃあ、お、俺はど、どうすれば・・・?。」 ロナウハイドは暫く考え、答えた。 「それを罪と認めるなら、お前は一生その罪を背負って生きて行け。俺のこの傷が一生 消えないのと同じように、お前の罪も一生消える事はないだろう。」 トラゴはもう何も言えなかった。そんなトラゴを残し、ロナウハイドはエルンテベルグ と共に立ち去った。 宿舎に戻る途中、ロナウハイドは尋ねた。「いつの間に来てたんだ?。」 「俺、お前の事となると熱くなるらしい。」「腐れ縁かよ。」 だが、ロナウハイドはそんなエルンテベルグの友情に嬉しさを感じていた。 鍛錬ばかりが一日の日課ではない。戦場を共に戦う軍馬の手入れも大切な仕事の ひとつだった。ある日、ロナウハイドはエルンテベルグやキュヌクス、ミレスら数人と 共に馬に水浴びをさせに行った。馬自体、排泄物等で体が汚れたり、ダニなどの 寄生虫がつくと病気になり易い。それを防ぐためなのだそう。 川の水を汲み、一頭一頭丁寧に洗ってやると馬は気持ちがいいのか目を細めている。 なんとなく羨ましいなと、思って見ていると、「隙ありっ!!。」後ろから水を掛け られた。「キュヌクス!!。」とは言え、今日は日差しもあって冷たい水が気持ちいい。 「よしっ!!。早く終わった者は水に浸かっていい事にする。」 ミレスがそう言ったので、皆大大騒ぎだ。「手を抜くなよ。」「分かっている!!。」 皆急いで仕事を片付けて服を脱ぎ、裸になった。ロナウハイドも裸になり、川の水で 遊び始めた。暫く水遊びを満喫したロナウハイドはふと、ミレスだけが水浴びして いないのに気づく。 「ミレス・・・なんで泳がないんだ?。」 「一応、俺達の事見張らなきゃ無いからじゃない?。」「そうなのかあ。」 また、暫くすると今度はミレスの姿が見えない。気になったロナウハイドはエルンテ ベルグを伴いミレスを探した。「あ・・・いた。」 なんと、ミレスはかなり離れた場所で水浴びをしていた。そのミレスの左腕には金の 腕輪が嵌めてある。「ミレスって・・・。」 なんとなく見てはいけないような気がしてその場をこっそり去ろうとした。 「なんだ、お前達。」見つかってしまった。「・・・。」 ミレスは腕輪の上を右手で抑えている。「見たんだな。お前達。」 ばつが悪く返事も出来ない二人。 「まあ、お前達も同じ立場だから言うけど・・・俺、子供の頃奴隷として売られたんだ。 実はどっかの貴族の御落胤らしくてさ、嫉妬に狂ったそこの奥様が俺を売り飛ばした。 けど、そんな事を皆に知られたくなくて、ずっと孤児で通していた。俺が奴隷 だったってことを知っているのは兵長だけだ。それで、お前達に頼みがある。」 「言うな・・・って事?。」「ああ。」 「言わないさ。そんなこと言いふらしても何の特にもなんないし。」 「そうか、ありがとう。」 そのときのミレスの瞳が少し寂しそうに見えた。 アドウェルサに動きがあるかもしれない、との事でロナウハイド達は前線に配備 される事になった。出陣の前に王女に一目合いたかったが、そんな勝手は許されない だろう。そう思うと、気持ちを偽り、出陣するしかなかった。 二、三日が過ぎた。しかし、アドウェルサ軍が攻めてくる気配はない。 「嫌な予感がするな・・・。」 ヘーロス兵長が砦の上から辺りを見回し言った。ロナウハイドもそれが気になっていた。 城へ残っていたイーリスに事が気になる。彼女は元気だろうか。自分の知らない ところで彼女の結婚話が進んでいる。結婚なんて、お互いに好意を寄せて なければならない。ミレスの結婚を見て、そんな風に思っていたロナウハイドは、 イーリスが、結婚相手であるアングイス王子の事を好きなのか、それとも、好きでも ないのに結婚しなければいけないのか。今のロナウハイドの頭の中にはそんな事が 思い巡っていた。 「た・・・大変だ!!。」 静寂を打ち破るように伝令兵の声が辺りに木霊した。 「あ・・・アドウェルサ軍が、ほっ・・・本国に攻めてきて・・・。」 「何だって!!。一体どうやって!?。」 ヘーロス兵長は信じられないと言うような顔をしていた。皆ざわめき始める。 「・・・いつの間に・・・。」「まさか・・・山越えで迂回してきたのか・・・?。」 こうしてはいられないと、皆本国へ戻る事にした。 「イーリス・・・無事でいてくれよ・・・。」 ロナウハイドはそう言って自分を奮い立たせた。 「な・・・なんてこった・・・。」 「『動きがある』その情報は、我々の防御力を欠く為の作戦だったと言うわけか。」 しかし、時は既に遅く城下町はもう壊滅状態だ。 「おい!!。ロナウハイド・・・どこへ行く!!。」 兵長の命令も聞かず、ロナウハイドは城へ向かった。「な、、何て事だ・・・。」 城には溢れんばかりのアドウェルサ軍が城壁を破壊し、今まさに城の中心部に攻め 入ろうとしていた。 「イーリス!!。」 ロナウハイドは攻めてくるアドウェルサ兵を蹴散らし、イーリスを探した。 「ロニー!!。」 その声に振り向くと、エルンテベルグが追いかけてきていた。「お前・・・。」 「兵長の命令だ。お前に協力しろと。」 「よし、急いで王と王女を助け出す!!。」 「お前の場合『王女を・・・』だろ。」 イーリスが居る場所は分かっていた。万が一城が攻められた時に脱出できる隠し 扉のある裏口だ。しかし、ここにもアドウェルサ兵が入り込んでいるらしく、誰かと 戦っている。「ミレス!!。」 「俺はいい。王女を・・・頼むぞ。」 しかし、ロナウハイドの目の前にアドウェルサ兵が立ちはだかる。「くそっ・・・。」 相手の兵士はなかなか腕の立つ切れ者とみて隙がない。 「俺の名はケレベル。貴様、名はなんと言う?。」 「アドウェルサの者に、名乗る名はない!!。」「小癪な!!。」 再び剣を構える。その時、アドウェルサ兵が怒涛の如く押し寄せてきた。「うあああっ。」 ミレスが止めを刺された。「ミレス!!。」 「ろ、ロナウハイド・・・おっ、王女を・・・王女はお前を信頼している。王女を 連れて同盟国であるコンワルリスへ行って保護を求めてくれ・・・。そうすれば・・・。」 「ミレス!!。しっかりしろ!!。」 新婚のミレスを死なせるわけには行かない。ロナウハイドは叫ぶが、ミレスは虫の息だ。 「ミレス!!・・・。くそっ・・・。」 ロナウハイドはミレスの遺体をその場に置き、アドウェルサ兵を振り切った。目指すは 王女がいると思われる裏口だ。 「イーリス!!。」「あっ、ロナウハイド!!。」 イーリスは無事だったようだ。「よし、誰もいない。ここから脱出するぞ。」 エルンテベルグが出口を確保している。「いや・・・このままじゃまずい。」 ロナウハイドは少し考え、自分が着ていた甲冑をイーリスに着せた。 「ごめんよ、我慢してくれ。」「はい・・・。」 裏口を出て、裏側の跳ね橋を目指す。 「王女をひっ捕らえろとの命!!。捕らえられえた者には褒美を取らす!!。」 アドウェルサ兵と思われる声が城中に響いている。 跳ね橋の途中にある軍馬舎から馬を二頭拝借する事にした。しかし、軍馬は殆ど 戦闘に駆り出されていて、年老いた僅かな馬しかない。しかし、贅沢は言ってられない。 なんとかイーリスをコンワルリス王国へ送り届けねば。 幸い、イーリスの変装には誰も気付いておらず、アドウェルサ兵は王女がまだ城内に いると思っているらしく、家捜ししている声が響く。 裏の跳ね橋は今落とされんとしているようだ。やがて大きな音と共に跳ね橋が降り、 アドウェルサ兵が突入してきた。陰に隠れ、兵達をやり過ごしたロナウハイドとエルンテ ベルグ。王女を連れて、城の外へ脱出する事に成功した。 「コンワルリス王国はコルリスの東南の方角、幼い頃父が王子だった時に一度訪れた 事があります。」 「アングイス王子とは、会った事があるって事だな。」 「ええ、けど、その時に一度会っただけなので私の事を覚えているかどうか、それに ・・・。」 イーリスはロナウハイドをちらりと見た。ロナウハイドは気付かなかったが、エルンテ ベルグはその様子に何か言いたげだったが、何も言わなかった。 途中、馬を取替え、国境を目指す。国境を越え、もう安心だと言う事で、ロナウハイド とイーリスは着替えた。 「アドウェルサがコルリスに攻めてくるのは時間の問題だと父も感じていたようです。 それに備え、コンワリス王への書状と金貨を持たせてくれました。けど、アドウェルサの 到着が余りにも早かった為、これだけしか持ち出す事ができませんでした。」 申し訳なげに話すイーリス。確かにコンワリスの城にたどり着くまでに持参した金貨が 間に合うのか。ロナウハイドは野宿も覚悟しなければならないと、イーリスに伝えた。 「分かりました。」 素直に従うイーリスにロナウハイドは戸惑う。王女様、と言う身分柄、苦労を負わせて しまうのは気が引けるが、城を出て以来、ただの一度も我儘も言わない。その事が かえってロナウハイドに心を痛めてしまう事になっていた。イーリスは笑顔で答えて くれるが、あの癖の回数が増えた。それを見て、彼女も心痛めていることが痛い程 分かった。 |
|
第三章
物心付いた時、高い塔の上にいた。そしてそこから出る事は許されず、母と二人で
暮らしていた。たった一つある窓ら見える風景がロナウハイドの全てだった。しかし、 その愛する母も病の床にいた。「・・・ロニー・・・」 笑顔を浮かべた母だった。しかし、その笑顔を見られるのも後僅か。しかし、幼い ロナウハイドにはそんな事も知らず母の笑顔を見つめていた。 母は思いつめたように話し始めた。 「ロニー・・・。よく聞いてね。お母様は間もなくあなたと離れ離れにならなければ いけない。その前にどうしても話しておかなければならない事があるの。だから よく聞いておくのよ。ただ、このお話は今のあなたには難しすぎるかもしれない。けど 時間が無いの。だからよく聞いてね。」 ロナウハイドは頷き、母の目を見つめた。 母イェルマグは幼いロナウハイドに全てを話した。オルケルトでの幸せな生活から 始まり、ベネディクトゥスに無理矢理側室にされ、一族全て皆殺しにされた。そして イェルマグが唯一身も心も許した、ロナウハイドの本当の父親であるアントニウスとの 日々。そして今に至るまでを全て伝えた。そしてイェルマグは息子を強く抱き締めた。 過酷な運命を背負わせてしまう罪を償うかのように。 母が息を引き取って間もなくの事。皮肉にも母の死によって塔から出る事を 許されたロナウハイド。生まれて初めてみる外の世界は八歳のロナウハイドには異質に 思えた。希望も絶望も分からぬまま、見知らぬ大人達に連れられ、馬車に乗せられた。 初めて見る風景。本来子供であれば物珍しさから興奮状態に陥るのだろうが、周りの 雰囲気から知らず知らずのうちにロナウハイドにそうさせない空気をかもし出していた。 やがて連れて来られたのは奴隷市場だった。ロナウハイドはここで奴隷として売られる 事が決まっていた。左腕に金の腕輪を嵌められる。それだけでもう人間としての価値は 無い。言葉を話す道具としての人生が始まった瞬間だった。 ロナウハイドが奴隷として連れて来られたのは荒れた荒野だった。ここに畑を作ると 言うので、その作業をする為に、ロナウハイドの他、同じような奴隷が何人か連れて 来られていた。その日から石を拾い、土を耕す日々が始まった。食事は一日二回。 水だけは飲むことを許され、昼間日が昇ってから日が落ちるまで働かされた。どんなに 働いても、労いの言葉や報酬などない。逆に少しでも手を止めると監視している役人から 鞭を受ける。所詮は自分達は人間として扱われない。ただの道具だ。ロナウハイドは 絶望以外の何物も感じなかった。 畑にする土の中に石が混じっていると良い作物は育たない。先に土を耕し、土が 軟らかくなってから石を取れば楽なのだが、農機具が傷むと言う理由から、先に固い 土のまま石を取り除かなければならなかった。その為、ロナウハイドの手は傷だらけで 爪の間は土で真っ黒だった。いつも腰を曲げているので夕方には腰が痛くなる。 具合が悪い、気分が悪いと言ったところで通るはずも無い。とにかく、手を止めれば すぐにも鞭が飛んでくる。 そんなある日だった。仕事の効率を上げるとかでまた更に奴隷が追加される事に なった。新たに連れてこられた奴隷の中に自分と同じ年頃の奴隷も何人かいた。 しかし、今の生活が変わるわけはない。そんな事に興味さえも持てなかったロナウ ハイドはまたいつものように黙々と仕事を続けるだけだった。「おい・・・。」 小さな石を掘り起こしている真っ最中のロナウハイドに声を掛けるものが居る。 「お前、ヘタクソだなあ。なんで素手でやってんだよ。」そういわれて声の主を みると、どこから拾ってきたのか小さな木切れを使って石を掘り起こしていた。 成る程な、そうすれば手が痛くならないのか、ロナウハイドは感心して見ていた。 偶然引き抜いた低木の根を引きちぎり、それを使う事にした。そうやって手に 入れた木切れを、自分も試してみた。確かに手は痛くならない。 その後の作業がだいぶ楽になったのは言うまでもなかった。「礼を言わなきゃ。」 しかし、探したがどんな奴だったのか思い出せない。新しく来た奴隷とは分かって いたが。ロナウハイドはそんな気がかりを抱えながら作業に没頭した。「おっ。」 「俺の言うとおりだろ。」 後ろから声を掛けるものが居る。「もしかして・・・。」ロナウハイドは思い切って 訊ねてみた。どうやらそうだったらしい。「お前・・・たしかロニーって呼ばれて いたよな。俺はエル。よろしくな。」 二人は役人の目が届かないように握手した。 荒れた荒野も何ヶ月かかかって掘り起こすとなんとなく畑らしくなってきた。エル とは歳も近いようでなんだか馬が合った。話を聞けば、エルは物心ついた時から奴隷と して働かされていたという。 そんな状況にありながらも明るく前向きに生きているエルをロナウハイドは羨望の 眼差しで見ていた。 風の強い夜だった。ロナウハイドは自分達が寝泊りしている粗末な小屋の中、隙間 風が入ってこないようにと掛け布の一部を壁の隙間に差し込んでいた。その為、掛け布が 体全体を覆うことが出来ない。寒さで何度も目が覚めた。ふと気付くと外から話声が 聞こえる。思い切って塞いだ穴から外の様子を窺った。奴隷を監視する役人達が、焚き 火で身体を温めながら辺りを覗っている。たしか先日奴隷が監視の目を盗み、脱走した 為に、監視の目が一段と厳しくなったらしい。 こんな所、逃げ出したいのはロナウハイドだけではない。だが、結局は皆連れ戻されて しまう。その事実はロナウハイドに深い悲しみと絶望を与え続けていた。「おい。」 振り返るとそこにはエルがいた。「何見てんだよ。」 ロナウハイドはエルに説明した。「ふうん・・・。興味ないなあ。」 そう言って、エルは掛け布を被って横になってしまった。ロナウハイドも眠る事にした。 どの位眠っただろう。きな臭い臭いで目が覚めた。気付けば周囲がなんだか騒がしい。 「・・・か、火事だあ!!。」 ぐずぐずしてはいられない。いつまでもここにいたら焼け死んでしまう。「エル!!。」 エルを起こし、ロナウハイドは避難する事にした。だが、唯一ある扉は脱走防止の為、 外から鍵が掛かっている。「くそう・・・。」 二人は手当たり次第、その辺りにある物を使って扉を叩き壊した。「やった!!。」 部屋の外へ出た二人は監視の目が薄くなっている事に気付いた。恐らく火事の為注意が 奴隷達から離れているのだろう。 「今のうちかもしれないな。」「うん。」 二人は逃げ出す事に成功した。 どれ位走っただろう。エルはもう疲れて動けないらしく辺りを見ながら木に寄り掛り 滑るように倒れこんだ。ロナウハイドもそのまま倒れるように草むらに顔を埋めた。 「誰も・・・追って来ないよ、な。」「多分・・・。」 ずっと走り続けてきたせいか、なかなか息が切れない。ハアハア言いながら暫く そこで寝転がっていた。 暫くして、エルが起き上がった。「なあ、喉か渇いたな。」「うん。」 取り合えず水場を探す。「ん?。」「どうした?。」 「何か聞こえる。」 耳を澄ますとどこか遠くでオオカミの遠吠えのようなものが聞こえた。 「こっちにくるのかな。」「分からん・・・。」 ここは危険だと感じた二人は木の上に登り、暫く様子を見た。やがて声が聞こえなく なったようで、木から降り、水場を探そうとした。 空は曇っているらしく星一つ見えない。当ても無く歩くが、水場はなかなか 見つからない。結局は疲れて座り込んでしまった。 間もなく、エルは起き上がった。「水の音がする。」「本当!?。」 耳を澄ましながら音のする方向へ歩く。確かに水音は大きくなり、水場へ近づいて いるようだ。木や草を掻き分け、音を頼りに歩く。「あ・・・。」 ブーヘバオムの木の根元から滾々と湧き水が出ている。それが流れになり、小川に なって流れていた。二人は疲れたのも忘れ、水をがぶがぶと飲み始めた。やがて、 喉の渇きが癒され、倒れるように眠ってしまった。 何かの物音で二人は目を覚ました。はっと気付くとオオカミの群れが自分達を 取り囲んでいる。ロナウハイドとエルは側にあった棒切れを拾い、振り回しながら オオカミから逃げようとした。だが、逆にオオカミを刺激したようで襲い掛かってきた。 「逃げろ!!。」 小川に沿ったほうが走りやすいと感じた二人は川沿いに走った。だが、オオカミは どこまでも追いかけてくる。「ああああっ・・・・。」 崖があったのに気付かず、二人は谷底へ落ちてしまった。オオカミは追って来なく なったが、二人は気を失ってしまった。 ふと気がつくと、ロナウハイドは薄い毛布に包まって横たわっていた。側には 焚き火の暖かい炎とぼんやりした明かりが見える。もう一度目を擦って辺りを見回す。 見ず知らずの男が気付いた様子でロナウハイドに話しかけてくる。 「おお、気がついたか。」 「あ、あんたが、俺を・・・?。」「そうだが。」 「あ・・・え、エルは・・・。」 ロナイハイドはもう一度辺りを見回した。焚き火の向こう側に横たわっている者が いる。「エル!!。」 エルは生きていたようでその声に驚き、起き上がった。「ロニー・・・生きてたのか。」 二人は手を取り合って喜んだ。 自分達を助けてくれたのは山賊達だった、二人はここに置いてくれないかと尋ねた。 「置いてやってもいいが、食い扶ちが増えるからな。ただでメシ食おうってならお断り だ。」 「勿論、なんでもする。仕事を言いつけてくれ。」 すると山賊達は、お互い顔を見合わせた。 「そうか、じゃ・・・。お頭に聞いてくるから待っていろ。」 山賊達は含み笑いをするとそう言って皆その場から離れた。 二人きりになったロナウハイドとエル。暖かい焚き火に身を近づけながら呟いた。 「あの火事がなかったら、俺達一生奴隷のままだったのかな。」 「たぶんな。」 山賊の仲間になってやっと自由を得た、と思ったが、現実は更に厳しいものだった。 「狩をして来い。」そう言われ、野うさぎをやっとの思いで捕まえた。しかし、山賊が 殆ど食べてしまい、二人には骨に僅かについた肉しかなかった。或いは、役人に 見つかり、追いかけられそうになると、二人を置き去りにして逃げようとしたりと 自由を手に入れたはずなのに思い通りに行かない。 「これじゃあ、奴隷の頃の方がまだましだ・・・。」二人は何度そう思ったか。 だが、今の自分に何が出来る?。そうなれば結局、ここから離れるわけには行かな かった。 ある日、山賊のお頭に言われ、二人はとある人物に会うようにと言われた。お使いか 何かかと思い、二人は道を急いだ。「あのう・・・。」 それらしき人物に声を掛けると、その者は事情を分かっていたらしく、 「よし、付いて来な。」と声を掛けた。親方の話ではこの人物が二人に仕事をくれる らしい。どんな仕事を任されるのだろうかと思い、用意された馬車に乗り込んだ。 馬車の中には、何人かが既に乗っており、皆暗い顔をしている。その雰囲気に 何かおかしいと感じたが、もう手遅れだった。 二人が連れて来られたのは奴隷市場だった。 「騙されたんだ・・・。俺達・・・。」 二人は再び奴隷の生活に戻された。 「畜生!!。あんなに苦労して逃げ出したって言うのに・・・。」 エルがいうのも無理は無い。結局はまた奴隷に逆戻りだ。 ロナウハイドは、自分達はもう一生奴隷なのか。奴隷のまま生涯を終えるのか。 そう思うと、もう絶望しか考えられなかった。 「俺達・・・もう一生このまま奴隷のままなのかなあ。」 エルが呟いた。その質問にロナウハイドは何も答えられなかった。 やがて、二人が連れて来られたのは採石所だった。 「今日からお前達はここの石切り場で大理石を採掘してもらう。仕事の内容はここの 親方に聞け。但し、親方も奴隷だからな。ここの管理は役人が行っているから役人には 逆らわない方がいいぞ。」 エルは手をぎゅっと握り締め、唇を噛んだ。 また次の日から奴隷としての日々が始まった。採石所の仕事は今までの仕事と 違い、過酷な肉体労働だった。聞けば、余りの重労働の為、皆身体を壊すか、過労で 死を迎えるものが殆どだった。けど、所詮は奴隷。使えなくなれば用無し、また新しい 奴隷を補充するだけだ。そんな日々が一年近くも続いた。 |
|
第二章
アントニウスは悩んでいた。自分が仕えし君主ヴァルトロ帝国の皇帝ベネディクトゥス
の命により、隣国フォーンスの王クニークルスを討ち取れ、との命令が下ったからだ。 本来であればその力量にものを言わせ、討ち取る事などいつもの事なのに、相手が フォーンス王国となると話は別だ。というのもアントニウスの妹がフォーンスの 兵士の妻となっている為だった。もし、王の命を受ければ、義理の弟と剣を交える 事になる。どちらが負けても妹が悲しい思いをするのは目に見えている。 「困ったものだ。」 思わずため息と共に独り言を呟いた。「あ!!。」 考え事をしながら歩いていた為、人とぶつかってしまった。「あ・・・すまぬ。」 見れば女神のような美しい女性だ。 「申し訳ありませぬ。暫し考え事をしながらだったもので・・・。」 アントニウスは慌てて女性の手を取り、立ち上がらせた。女性は軽く微笑むと、下女達と 共に立ち去った。残り香と美貌の為かアントニウスは暫く呆然と立ちつくしていた。 ふと気付き、足元を見るときらびやかな金色のペンダントが落ちている。 「これは・・・あの方の?。」 アントニウスは急いでその女性を追いかけた。しかし、もう姿は見えない。女性が 向かったと思われる方へ足早に歩いた。途中奴隷と思われる女がこちらへ歩いて来た。 「お尋ねするが、今し方ここを御婦人が通らなかったか?。これを落としていった らしいが・・・。」 女はアントニウスが差し出したペンダントを見るなり、 「あら、これはイェルマグ様のペンダントですわ。」「イェルマグ様?。」 「ええ、ここから先へいった離れにお住まいですわ。」 「では、これをイェルマグ様に届けていただけないか。」 「あ・・・いえ、そのう・・・。」 女は何故か歯切れの悪いこたえ方をしてくる。 「申し訳ございませんがご自分でお届けにあがってくださいまし。イェルマグ様は こんな離れに住んでいるので滅多に人に会うことは叶いません。ですからお客様が いらしたとなるととてもお喜びになりますわ。」 「は、はあ・・・。」 アントニウスは何か府に落ちないものを感じたが、仕方が無いので自分で届ける事に した。だが、よく考えてみればまたあの美しい人に会える、そう思うと少し心躍った。 アントニウスはペンダントを片手にイェルマグの部屋を訪れた。すると下女が 出てきた。「これを・・・イェルマグ様が落とされたのをお届けに上がりました。」 そう伝えた。その瞬間アントニウスはしまったと思った。もしこの下女にペンダントを 渡せばあの美しいイェルマグに会えなくなる。今更自分で手渡したいとも言えない。 ところが、意外な事に下女は 「・・・アントニウス様ですね。」「あ、はい、けど何故私の名を?。」 「それは・・・イェルマグ様から直接お聞きになって下さい。」 アントニウスはまるで狐にでもつままれたような顔をした。「御案内いたします。」 下女の後ろについて行くアントニウス。が、そこは浴室だった。 中は湯気がもうもうと立ちこめ、人の姿がよく見えない。 「アントニウス様がいらっしゃいました。」 「あ・・・いや、私はこれにて失礼・・・。」 婦人の入浴を見るのは無礼であると感じたアントニウスは早々に立ち去ろうとした。 「イェルマグ様から、アントニウスより直接手渡して頂きたいとの事。まず、お渡しに ・・・。」「い、いや・・・入浴中なのであれば、失礼に当たるかと・・・。」 そうしているうちに人影ははっきりと見えるようになった。 「あ・・・。」 あの美しいイェルマグが一糸纏わぬ姿で目の前に現れた。 「お待ちしていましたわ。アントニウス様。」 イェルマグは裸体を隠そうともせずアントニウスに近づいた。アントニウスは見ては いけないと思いつつも目が離せない。するとイェルマグはアントニウスの両腕を取り、 首元から甲冑の中に手を差し込んだ。そして空いている手で甲冑の紐を少しずつ外して いった。 「い・・・いけない、あ、あなたは皇帝陛下の・・・。」 そう言い掛けた時、アントニウスはイェルマグに唇を奪われていた。 「正気なのか?。こんな事をしでかして・・・。もし陛下のお耳に入ったなら我等は ただでは済みませぬぞ。」 結局、誘惑に打ち勝つ事ができず、イェルマグと愛人関係を結んでしまった アントニウス。 「あら・・・この大陸にその名を轟かせたアントニウス将軍も、あのベネディクトゥスに 怯えてえているのかしら。それとも、わたくしのような女はお嫌い?。」 「・・・そうでは無くて、我等は陛下を裏切った事になる。陛下のお耳に入れば、 死罪は免れない。」 「そんな事を心配されていらっしゃったの?。わたくしにお任せ下さいな。この事は わたくしの身の振り方の為にもなる。お分かり頂けて?。」 「イェルマグ様の、為?。」 「ええ、わたくしの一族であるオルケルト族は一人残らずベネディクトゥスに皆殺しに されてしまいました。わたくしがベネディクトゥスの側室になるという条件で、皆を 殺さないと約束したはずなのに。わたくしはオルケルトの最後の生き残りとしてその 血を絶やしてはいけないのです。けど、あの獣の様なベネディクトゥスの血など、 わたくしの子孫には入れたくない。幸い、あの男には子種が無いようで、今まで誰一人 子を授かった者は居ない。だから、貴方の血でオルケルト族の血を繋げて頂きたいのです。 ここにいる者達は全てわたくしと口裏を合わせています。決してあの男の耳に入らない ようにいたしますので・・・。お願いです、御協力してください。貴方の子を生ませて 下さい。」 アントニウスは暫く考えた。「本当に・・・本当に気付かれぬように出来るのだな。」 「勿論ですとも。」 夜伽の為、イェルマグの部屋を訪れていたベネディクトゥス。先日聞いた噂が気に なり、イェルマグに尋ねた。 「そなたの部屋に占星術師とかいう者が訪れているらしいが、本当なのか?。」 「ああ、その事で陛下にお話がありまして。・・・実はわたくしもなかなか皇帝陛下の お子が授からないので思い切ってその占い師を頼ってみる事にしたのです。何でも 様々な悩みを解決して下さるとかで評判の占い師だそうです。」 そう言ってイェルマグは話し始めた。 それによると、占星術師はイェルマグに彼女が今まで居たオルケルト族の信仰神である 大陸神ユーラントとその使走であるゲルマンに祈りを捧げよ、という事らしい。 毎夜毎夜決まった時刻にその祈りを捧げると、その願いが叶うと言う。 「毎夜毎夜か。これではそなたの元へ訪れる時間が無くなるな。」 ベネディクトゥスは困った顔をした。 「けど・・・お世継ぎの為とあらば皇帝陛下には約束を守って頂かなければなり ませんわ。」 「仕方が無い・・・だが、そなたがそこまで言うなら・・・。」 そう言ってベネディクトゥスはイェルマグの身体を撫で始めた。イェルマグはそれに 夢中になっているベネディクトゥスに対し、意味ありげな微笑を浮かべた。 イェルマグがオルケルト族の祈りを捧げている間、誰もが部屋に立ち入っては ならない。そう約束させられたベネディクトゥス。今こうして待っている間も イェルマグを抱きたくて仕方が無い。いっそこのまま彼女の部屋へ行きたいが、 「世継ぎの為」という訳で流石のベネディクトゥスも我慢するしかなかった。 一方、誰も立ち入られないはずのイェルマグの部屋には、大柄な女性が訪れていた。 黒い衣装に身を包み、顔は頭から被ったフードと、顔を覆った布の為誰だか分からない。 ただ、瞳だけが見えていて、何も言わずその瞳で下女に合図を送った。 「イェルマグ様、占星術師様が参られました。」「どうぞ。」 占星術師が被っていたフードを外すと、なんとそこには女装したアントニウスの 姿があった。 「アントニウス様・・・お会いしたかった。」「私もだ。」 二人は抱き合い、唇を重ねた。それだけでもうアントニウスは胸の鼓動が早くなり、 体の一部が変化してくる。抱き合ったままベッドに倒れ込み、逢瀬を重ねた。 アントニウスの子種が自分の体の中に入って来る。それだけでイェルマグは小さな 希望を感じていた。この逢瀬をいつベネディクトゥスに気付かれるかと恐怖を感じ ながらも快楽の余韻に浸っていた。 「・・・なんと・・・本当か!!。で、でかしたぞイェルマグよ。」 ヴァルトロ帝国の皇帝として君臨してもうどの位経つだろうか。恐れるものは何も 無いまま名声を轟かせてきたベネディクトゥスだったが、唯一心残りだったのが 自分の跡を継ぐものが居ない、という事だった。一代で築きあげたこの帝国も、跡目を 継ぐ者が居なければ帝国は滅びる。自分が築き上げた努力も儚く消えてしまう というもの。ベネディクトゥスはこれまでに正室と、他に側室を五人抱えていたが、 誰一人世継ぎを身篭る者は居なかった。だが、今回、イェルマグが世継ぎとなる子を 身篭った。後は強き皇帝として君臨できるよう育てねばならない。 「あ、いや、その前に男の子だ。男の子が生まれればこの国も安泰だ。」 ベネディクトゥスの喜びようは言うまでもなかった。だが、それを複雑な思いで 見ている者が居る事に、ベネディクトゥスは気づく様子も無かった。 「その占星術師とやらに褒美を取らせよう。是非一目会いたいものだ。イェルマグよ そう伝えてはくれぬか?。」 するとイェルマグは涼しい顔で答えた。 「わたくしも何度も陛下にお目に掛かるようにお伝えしているのですが、彼女は ご自分の身分が低いので、陛下にお会いするなど恐れ多くて出来ないと仰るのです。 折角陛下がそう言ったお言葉を掛けてくださるのに、勿体無いともお伝えしているのに。」 勿論、そんな事は嘘に決まっている。イェルマグはベネディクトゥスが何と言って 来るか先読みし、もっともらしい言い訳を伝えていた。そうなれば流石のベネディク トゥスも気付かない。そう信じていた。 「皇帝陛下・・・お耳に入れたいことが・・・。」 姿の分からぬ者がベネディクトゥスに近づいてきた。耳元で話す声にベネディクトゥスは 驚き、声を失った。「そ、それは本当か・・・。」 信じられなかった。今まで愛人を囲ってきた側室達はすぐ気付くことが出来たのに、 イェルマグにはそんな様子は微塵も見えなかった。 「だから・・・だから信用してきたのに・・・自分の子だと、信じていたのに。」 ベネディクトゥスは怒りが頂点に達した。 「イェルマグめ、決して許せるものではない!!。」 そう言うと、剣を手に取り、イェルマグの部屋へ向かった。 物凄い形相で部屋に入って来たベネディクトゥス。先程の密告者が言った事を捲し立て、 イェルマグに剣先を向けた。イェルマグはあくまでも冷静に答えた。 「誰がそのような事を。陛下ともあろうお方がそんな事を信用するのですか。何の 証拠があってそのような事を仰るのですか!!。」 「証拠だと!!。現にその事を伝えたものが居るのだぞ。その者はそなたが男を部屋に 入れているのを見たと言っている。」 「そんなでまかせを言ってわたくしを陥れようとする者がいるのですか。余りにも 悲しすぎます。その者はきっと陛下を騙して陰で笑っているのでしょう。なんと無礼な 者でしょうか。それに陛下もそんな者の言葉を真に受けて、わたくしと、御自分の子を 殺そうとなさるのですか?。」 その言葉にベネディクトゥスは躊躇った。「分かった・・・。」 そう答え、ベネディクトゥスはやっと剣を降ろした。 イェルマグの言葉は信じたい。お腹の子は自分の子と信じたい。しかし、一度疑い 始めると、不安が過ぎる。 「一体、誰を信じればよいのだ・・・。」 ベネディクトゥスは頭を抱えた「証拠か。」 ほとぼりが覚めやらぬまま二、三日が過ぎた。ベネディクトゥスはイェルマグの 部屋を訪れようとしていた。途中の廊下で大柄な女とすれ違った。 「あれが噂に聞く占星術師か・・・。」 暫くその後姿を見つめていたベネディクトゥス。だが、ある事に気付き、その女の 後を追った。やがて、城を出て森に入り、粗末な小屋の中へ入っていった。灯り取りの 窓から中を覗き込む。「あ・・・あれは・・・。」 ベネディクトゥスは危なく大声を上げそうになった。 イェルマグを殺してしまうのは簡単だ。だが、ここまで用意周到に工夫を凝らし、 自分を欺いた罪は許されるものではない。 「まず、二人を引き離さねば・・・。」 「なんですって!!。」イェルマグは驚きを隠せない。 「ほほう、アントニウスを知っているのか?。」 「あ、いえ、有能な将軍と聞いています。この国はそのお方で持っていると聞いて いますが、そのような方が遠征してこの国は大丈夫なのですか?。いつ、列強国に 攻めて来られても大丈夫なのでしょうか。」 「何故、そなたがそのような事を心配するのだ?。しかもアントニウスの事をよく 存じている口振りだな。」 アントニウスが最果ての地プロフォンドゥムの討伐に出掛けたという。それを聞いた イェルマグは気が気ではない。 「・・・そう言えばあの占星術師はどうなった?。最近ここを訪れなくなったらしいが。」 「な・・・何でも、旅に出るとか・・・そう仰って・・・。」 流石にイェルマグも占星術師の事を聞かれると思ってなかったらしく、かなり動揺 してしまった。ベネディクトゥスはベネディクトゥスで彼女の態度を注意深く観察した。 案の定、イェルマグの歯切れの悪い答えにベネディクトゥスは確証した。彼女が アントニウスを愛人にし、子まで身篭った事を。「イェルマグ・・・許さん!!。」 ベネディクトゥスは剣を振り上げた。イェルマグは目をぎゅっと閉じ、頭を低くした。 「・・・うっ・・・。」 床から金属音がした。気になってイェルマグはそっと目を開けた。するとそこには もがき、自分の胸元を掴み苦しんでいるベネディクトゥスの姿が。息が荒くなり、 冷や汗をかいている。ぜいぜい言いながらもイェルマグを手に掛けようと這いずり回る。 やがて、顔が腫れ、更に形相が恐ろしくなる。成す術も無いままイェルマグは立ち 尽くしていた。 ヴァルトロ帝国皇帝ベネディクトゥスが死んだという噂は瞬く間に大陸中に広まった。 と、同時にプロフォンドゥムでアントニウスが命を落とした、という話もイェルマグの 耳に入ってきた。この話を聞いた城の者達は慌てふためいた。皇帝ベネディクトゥスと 無敗の将軍アントニウスという二つの要を失ったヴァルトロ帝国は無防備に等しい。 この状況を列強の国々が見逃すはずもない。帝国はあっという間に滅ぼされた。 全てを失ったイェルマグ。唯一残ったのがアントニウスとの間に授かったお腹の子だけ だった。 「この女・・・どうする?。」 「ベネディクトゥスの側室だろう。生かしておく価値はないがな。」 「そうなのか?。」 「ああ、俺の故郷はベネディクトゥスに滅ぼされたんだ。生かしてなんてやるものか。 子供を抱えているようだが、あのベネディクトゥスの子なんて生かしておくわけには いかないだろう。」 どこかの国の兵士達が噂している。 「生かしておけない・・・わたくしの子も殺されるのか・・・。」 イェルマグは絶望した。こうなればオルケルトを再興する夢は果てる。彼女は自分の 運命を呪った。 「せめてこの子だけでも生き延びさせなければ・・・。けど、どうしたら・・・。」 「おい。」 兵士がイェルマグに声を掛けた。 「貴様、ベネディクトゥスの側室か。」 暫く考えていたがイェルマグは頷いた。「子を身篭っているそうだな。」「はい。」 「ベネディクトゥスの子か?。」「・・・いいえ、違います。」 「な・・・何?。・・・どういう事だ。」 イェルマグは正直に答えた。「もっと詳しく話を聞かせてくれ。」 イェルマグはその兵士に今までの事を正直に告白した。 「ベネディクトゥスの子ではないと言う証拠はあるのか?。」 「ありません。」 「・・・詳しく調べる必用がありそうだな。」そう言って兵士は去っていった。 何日かして、その時の兵士が再びイェルマグの元を訪れた。 「貴様の身の振り方が決まった。来い。」 イェルマグは別の兵士に引き渡された。 「本当にベネディクトゥスの子ではないというのか?。」 「ええ、誰に聞いてもベネディクトゥスには子種がなく、子を身篭ったとと言う 話はありませんでした。」「そう言われても、怪しいものだな。」 その話を聞いていたイェルマグは膝を着き、嘆願した。 「お願いです。私はどうなっても構いません。この子だけは生かて欲しいのです。 お願いします。」兵士は暫く考えた。 「ベネディクトゥスの子ではないというその言葉。嘘偽りは無いのだな。」 「勿論です。」 なんとかイェルマグは生かされる事になった。だが無罪放免になった訳では ない。条件付でどこかの国の高い塔の上に囚われの身となっただけだった。そして 子が生まれればその子は奴隷として売られる事が決まった。戦乱が続く世の中で 労働力が不足していたこの頃、奴隷は貴重な労働力だった。それ故の為だけに 生かされたのだろう。 やがて、イェルマグは男の子を生んだ。黒髪と青い瞳がアントニウスによく似ている。 大陸神ユーラントの使徒ゲルマンが唯一勇者と認めた神話の人物の名をそのまま名付けた。 「ロナウハイド。」この日からイェルマグの子はそう呼ばれる事になった。 |
|
第一章
荒れた土地に一気に砂埃が舞い上がる。ときの声はお互い相手を打ち落とさんと
真っ向から攻め立てる。大きな力のぶつかり合いは絶望と希望が入り混じった未来を 見据えて戦っているのかに見えた。 「王、そろそろかと。」「うむ。」 立ち上がった初老の男、この国の王を名乗り、初めて大陸の南側に大国を創った人物 ロナウハイドだ。 ロナウハイドは敵の軍と自分の軍を見据え、少しの間考えに耽っていた。深く 目を閉じ、近寄り難い雰囲気をかもし出す。やがてサント・マルスの国章が入った 軍事を翻した。「出陣!!。」 そう叫んで兵を率いて敵陣に乗り込んでいった。 秋の風が静かに舞う心地のいい晴天の空。ユーラント大陸の西南にオルケルト族と 呼ばれし農耕を中心とする豊かな民族がいた。一族の巫女、イェルマグは収穫の祭りで 大陸神ユーラントに祈りを捧げていた。 オルケルトの巫女は収穫祭の時に今年の豊作の報告と来年の豊穣を願い、神に祈りを 捧げる儀式と祭りを同時に行うのが役目であった。その祈りを捧げる巫女は、祭りが 終った直後、来年の巫女を決める。巫女に選ばれた穢れなき娘は、巫女として一年間、 巫女としての修行を積み儀式に望む。その間父親以外の男性には決して手を触れては いけないという決まりもあり、巫女に選ばれた娘はその戒律を守り一年間厳しい 試練に耐える。神聖なる神に近づく故、そうした決まり事が必要であった。 大陸神ユーラントにはその容姿を模した像は存在しない。それは太古の昔、この 大陸の存在を守る為、闇の力の根源である邪神ヴァルタヴルカンとの戦いにより、 その容姿を失った事に由来する。その為、オルケルト族はユーラントの使走である 源祖ゲルマンを御神体として崇め祀っていた。 巫女として一年間、巫女の戒律に従って修行を重ね、この日を迎えた。大きな祭事に 緊張が深まる。緊張を解す為、深呼吸をし、少しずつ祭壇を登っていく。 「・・・え・・・。」 祭壇に向かう階段を登っていく途中、なにやら地響きがする。何か不吉な事を感じた イェルマグ。だが、今は儀式の最中。祭事を執り行う事だけに集中しなければ、と 再び階段を登り始めた。 「何だ・・・。」「何か来るぞ!!。」人々が騒ぎ始める。 「静かに!!。今は神聖なる儀式の最中。何事にも動じてはならぬ。」 一族の長、フィデーリスが皆を静めようとしたが、地響きは大きくなるばかりだ。 やがて土煙を上げ、何かが近づいてきた。 「!!。」 大勢の軍隊が一族を取り囲んだ。人々は初めて見る軍隊に 恐れをなし、成す術も無い。 逃げようと走り出しても馬の速さには敵わない。遂には一人残らず取り囲まれて しまった。 「・・・何者だ。我等は今豊穣の儀式の最中。邪魔をしないで頂きたい。」 長老ドゥクスが一族を代表して軍隊を叱咤した。すると兵士の一人が鼻で笑った。 「下らん、今からこの地は我等が皇帝ベネディクトゥス様の統治下になるのだ。そんな 儀式などひねり潰してやる。」 それを合図に兵士達は大声でで笑った。「何という事を言う・・・。」 「・・・そのような事を二度と申すな。今に天罰が下るぞ。」 フィデーリスと長老ドゥクスは一族を庇うように立ち塞がる。しかし、兵士達は馬上から 皆を見下したままだ。突然兵士達が道を開けた。 自分達の言い分が通ったのかと思ったフィデーリス。だが、そうではなかった。 「・・・皇帝陛下!!。」「・・・ふん。」 皇帝と呼ばれた男が一族を見下ろす。一瞬、フィデーリスと目が合う。フィデーリスは 皆を守る為皇帝ベネディクトゥスを睨みつけた。皇帝ベネディクトゥスは目を反らし、 他の兵士に目配せをした。 「皆の者よく聞け、この地の者は全て皇帝ベネディクトゥスに仇成す者として皆殺しに しろとの命。覚悟致せ!!」 そう言うが早いがあっという間にフィデーリスを槍で突き刺し、絶命させてしまった。 「・・・ぞ、族長!!。」 皆、驚きと恐怖の余りそれ以上の声も出ない。 「・・・取り返しのつかないことを・・・この大地の神がお怒りになるぞ。」 長老ドゥクスが前に出た。 「この者達が何をしたというのだ。何も罪の無い者達の命を奪うというのか。」 「罪だと。それなら皇帝陛下に反逆の意思を示した。それだけで重罪だ。」 「それは、お前達が勝手に・・・。そこまで言うなら、お前達が言う罪をわし一人が 請け負う。ならばこの者達には罪は無かろう。」 「小賢しい!!。」 今度は長老ドゥクスが犠牲になってしまった。 「二人も死んだ。だが、天罰など何も起きぬではないか。」 兵士達は再び笑い飛ばした。 目の前で信頼していた族長と長老が相次いで殺された。イェルマグは他の者達同様 恐怖の余り声も出ない。その様子を横目で見ていたのはなんとベネディクトゥスだった。 兵士の一人が一族の民を掻き分けイェルマグに近づいてきた。気づいた民の一人が イェルマグを庇った。 「この娘をどうする気だ。この娘は儀式の神聖なる巫女。何人たりとも触れてはならぬ。」 「どけ!!。貴様には用はない!!。」 自分を庇った者も犠牲になってしまった。逃げ出す事もできず、イェルマグは兵士に 引きずられ、ベネディクトゥスの前に差し出された。イェルマグは目を合わせない ように顔を背けたが、ベネディクトゥスに顎を掴まれ、この男の顔と合わせるしか なかった。 「こんな田舎の一族にもこのような者が居たとは・・・。連れて行く。」「はっ!!。」 「・・・い、いや!!。わたくしはどこにも行きません。連れて行くと言うなら、自害 します!!。」 イェルマグは何とかその言葉を振り絞った。ベネディクトゥスはイェルマグの顔を 見透かすように見つめ、こう言った。 「そうか、ならばこの者達が皆殺しになっても良いのだな。」 にやりと笑いを浮かべたベネディクトゥス。イェルマグは何も言わず唇を噛み締める。 「さあ、自害するなら今のうちだ。ただ、そなたが自害すればここにいる民女子供 全てがそなたと共に死を選ぶ事になるが。随分と安い命だな。」 「どういう事・・・ですか?。」 「そなたを我等の人質として連れて行けば、この者達の命の保障は考えるが、自害し、 人質になるのを拒めば、ここにいる民全てを皆殺しにすると言う事だ。」 「どうして・・・そんな事を!!。」 「我に反逆の意を示した。当然であろう。」「そんな・・・。」 「たった今からこの地はヴァルトロ帝国のものになったと言ったはず。その指導者で ある皇帝の命に逆らえば反逆になるのは当然。だが、そなたが人質になって皆を助けると いうのであればこの者らの命についての保証は考えてやってもいいがな。」 その言葉に驚くイェルマグ。やはり自分が犠牲にならなければならないのか。 「・・・一緒に行けば、この人達を、わたくしの故郷の人達の命は保障してくれるの ですね。」 「ほほう、随分と理解が早い。」 ベネディクトゥスはイェルマグを自分の馬に引き上げ、乗せた。 「兵を引くぞ。このまま放っておいても反逆など出来ぬだろう。この娘は人質として わが城へ連れて行く。」 何もせぬまま兵士は一族のもの達から離れた。そして兵士全てがベネディクトゥスの 後を追った。 イェルマグは皆の命が助かり、少しは安堵できた。しかし、これから彼女の残酷な 日々の始まりである事に気づかなかった。 ヴァルトロ城に連れて来られたイェルマグ。浴室の付いた部屋を与えられ、見た目は
贅を尽くした生活に見えた。だが、ベネディクトゥスにとっての性欲の捌け口として 屈辱の日々を過ごす事になった。 皇帝ベネディクトゥスには数人の側室が居たが、誰一人彼の子を生んだものは居ない。 年齢的にもベネディクトゥスは焦りの色を感じているらしく、側室達に自分の後継者と なる子を産ませようと必死だ。その為、ベネディクトゥスは城にいる間、側室達の間を 行き来している。無理矢理純潔を汚され、子を産む事を強要されるイェルマグはもう、 絶望しか感じなかった。夜伽の夜が怖くて仕方が無かったのは言うまでもなかった。 イェルマグがヴァルトロ城に来て半年。他の側室同様イェルマグも子を身篭る気配は ない。ベネディクトゥスは財力にものを言わせ、子を授かる為の香や薬を取り寄せたり するが、一向に効果はなかった。 そんなある夜。イェルマグは以前から気になっていた事をベネディクトゥスに 尋ねた。 「あの・・・皇帝陛下、わたくしの故郷の一族、オルケルトの民は今元気で居られる のでしょうか。一度でいいから一目逢いたいのです。もうあれから半年。一度里帰りを させていただけませんか、お願いします。」 「何・・・、オル・・・何だったか。」その言葉にイェルマグは多少の不安を感じ、 「オルケルト、です。まさか・・・お忘れになったわけではありませんよね。」 と、念を押して訊ねた。 「ああ、思い出した。確か何かの儀式の真っ最中だったかと、あの田舎部族か。」 ベネディクトゥスの部族を愚弄する言葉に苛立ちを感じるにイェルマグ。しかし ここでベネディクトゥスの怒りを買えば一族の皆に逢うことも難しくなる。そう 考え、堪えた。まず今は彼の下手に出て、自分に有利に動いてくれるように仕向け なければならない。あくまでも穏便に冷静にと、心を落ち着かせた。 しかし、ベネディクトゥスの口からは、イェルマグが予想もしなかった答えが 返ってきた。 「そう言えば・・・そなたがこの城にやって来て間もなく、そなたを返せと直訴して 来た者達がいたな。大人しくしていれば死なずに済んだものを。」 「どういうことですか?。」イェルマグは一瞬信じられなかった。 もう一度ベネディクトゥスに問い質した。 「・・・直訴は反逆。死罪は免れんだろう。」 イェルマグはどうしても信じられなかった。牢に入れられる覚悟で部屋を飛び出し、 城中を駆け回って兵士を一人一人捕まえてはオルケルト族の事を訪ね歩いた。兵士の 殆どが忘れていたのだが、中には何人かその事を憶えている者がいて、ベネディク トゥスの話が本当であることを知った。 イェルマグにはもう絶望以外の何も感じなかった。一族の者達とはもう二度と会う 事は出来ない。そしてこの先永遠にこの男の慰み者になるのかと嘆いた。 二年の歳月が過ぎた。イェルマグは勿論、他の側室達も子を身篭る気配はなかった。 ただ、時折、側室の何人かは愛人を作って密かに子を身篭り、ベネディクトゥスの 子と偽って寵愛を受けようとするが、誰もが気づかれしまう。そんな側室はベネ ディクトゥスに全て処刑されてしまっていた。仮に偽らなくても子を産まぬ側室は 歳をとると役に立たたずとして奴隷として売り飛ばされた。 「わたくしも子を産まなければあのように殺されてしまうのでしょうか?。」 「そんな・・・そのような恐ろしいことをお考えになってはいけません。」 「いいえ、お前も気づいているでしょう。あの男には子種がない事を。」 ベネディクトゥスに子種がない事は誰もが薄々気づいていたが、ベネディクトゥス 自身はそれを認めたくないらしく、次々側室を囲っては子を産む事を強要していた。 そんなベネディクトゥスを冷静に見ていたイェルマグ。いずれ自分もあの男に 殺されるか、売り飛ばされるかと考えていた。しかし、あんな男の手に掛かるのだけは 避けなければならない。あの男はオルケルトを滅ぼした憎い男。何とかして一族の敵を 討ち、オルケルトを再興させなければ、イェルマグはそんな事を考えていた。 ある日、イェルマグは侍女達を集め、内密に話を進めた。 「そんな・・・。そのような事が皇帝陛下に気づかれでもしたら・・・。」 「大丈夫。わたくしにいい考えがあります。」「けど・・・イェルマグ様は。」 「この事はあの男に決して気付かれないでしょう。ですからお前達の協力が必要なの です。」 |
全1ページ
[1]




