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サント・マルスと混沌の邪神
逆らえない運命なら、その運命を受け容れ、自分らしく生きる

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第十章
 そんな平和な時代は長くは続かなかった。ローザント王国から使者が大慌てで
やって来た。「王・・・王大子妃からの・・・しょ・・書状を・・・。」
嫁がせた娘イルメラからの手紙だ。「一体・・・。」
なんと、イルメラの夫でローザントの第一王子であるクナイプが乱心し、自分の子供達を
殺していったというではないか。その上、イルメラも牢に閉じ込めてしまったという。
「馬鹿な!!・・・何ゆえこのような事が・・・。」
「真相を確かめねばならない。場合によってはクナイプやローザント王と刺し違えてでも
イルメラを助け出してやらねば。」
「私が行きます。」「私も・・・。」
ヴァイスベアとアントニウスが名乗りを挙げた。「お前達、行ってくれるか。」
二人に任せれば安心だ、ロナウハイドはそう思い、全てを二人に託した。
 娘の身に何があったのだろう。それにあれほど勇敢で正義感の強かったといわれる
王子クナイプが何ゆえ乱心で・・・しかも愛するわが子にまで手を掛けるなどと信じ
られない。ロナウハイドはいても立ってもいられなかったが、二人の息子達がなんとか
してくれる。それを信じ、待ち続けた。
 しかし、間もなく息子達からの援軍の要請が来た。「援軍だと!!。」
ロナウハイドは兵を率いてローザントへ向かった。
 ローザント城ではロナウハイドの出陣を予想していたらしく、到着するや否や、弓矢と
槍の攻撃で出迎えられた。
「やっと来たな。ロニエール王!!。」
城門の上に立っていたのは、クナイプ・・・いや、違う、
「あれは・・・、確か第二王子のゲロルト。何故彼が・・・。」
ロナウハイドは思い切って声を掛けた。
「何ゆえ、そなたがここにいる?。答えろ。王と王妃、そしてクナイプとイルメラは
どうしたというのだ!?。」
「御自分の目でお確かめ下さい。但し、この城門を突破できたら、ですが。」
そう言ってゲロルトは高笑いした。その容姿がロナウハイドには「あの男」と重なり
強い怒りを覚えた。「若造めが・・・。」
 ロナウハイドは目を閉じ少し考えて冷静になった。
「身内を盾に我が心乱そうとする魂胆なのか・・・。」
やがてロナウハイドは大きく目を見開き、叫んだ。「出撃!!、城門を打ち破れ!!。」
「・・・な、・・・何という事を!!。」
予想外の出来事にゲロルトは一瞬ひるんだ。「行け!!。」
破壊された城門から次々とロニエール兵はローザント場内へ突入していく。「おい!!。」
エルンテベルグが声を掛ける。「大丈夫なのか、あの子達はどうする。」
「俺は・・・子供達を信じている。」
そう言って、建物の中に攻め入った。
 「エル。奴らの狙いは王である俺だ。恐らく兵士は俺を倒すことを目的に攻めて
来るだろう。その隙に城へ突入してくれ。」「解かった。」
エルンテベルグはロナウハイドと二手に別れ、城への強行突破を開始した。思惑通り、
兵士の殆どがロナウハイドに集中した事もあり、城の中は手薄だった。ロニエール兵は
一人一人場内を探し回り、イルメラを探し出した。と、同時に囚われの身となって
いたえられていたローザントの王妃ドロテアも救い出した。
「何故、王妃が囚われの身に?。」エルンテベルグが訊ねた。
「今この国を指揮してるのが第二王子のゲロルト。彼は昔王が下女に産ませた子でしたが
体裁をつくろう為、わが子として育てた子なのです。本来であれば第一王子のクナイプが
王位を継ぐはずでしたが、それを不服とし、謀反を起こしたのです。クナイプの妃である
イルメラに不貞密通の汚名をでっち上げ、子供達をクナイプに殺させたのです。そして
それを理由に乱心したクナイプは生かしておけぬと牢に閉じ込めてしまったのです。」
「何という事・・・イルメラは後継者争いに巻き込まれてしまったというわけか。」
「イルメラはロナウハイド王に助けを求めたようですが、それを予測していたゲロルトは
イルメラを人質にヴァイスベア王子とアントニウス王子に降伏を求めたのです。」
 一方、集団で攻撃してくるローザント兵を物ともせず倒し続けるロナウハイド。しかし
流石のロナウハイドも休み無く攻撃してくる兵士とよる歳並みには勝てない。万事急す
かと思われたとき、ロニエール兵が駆けつけ、事なきを得た。
 結局はロナウハイドに打ち勝つことは出来なかったゲロルト。父親である王を暗殺し、
母違いの兄とその子供達まで手に掛けた。
「思いあがりが仇になったな。血の途絶えたこの国は滅びの道を歩むしかないだろう。」
ロナウハイドの言葉にうなだれるゲロルトだった。

 開放され、祖国へと戻ってきたヴァイスベアとアントニウス。助けられたという事実に
自責の念に駆られる二人。アントニウスは実姉のイルメラを助けるためだ、と言い訳を
するが、ロナウハイドはそれを許さなかった。納得のいかないアントニウスはそれを
ヴァイスベアに相談するが、ヴァイスベアもそれなりに悩んでいた。
「父上は我々が囚われていたにも拘らず城内へ突入した。もしあの時それをきっかけに
ゲロルトがわれらの命を奪うことは考えなかったのだろうか。そう思うと、我々は父上に
とって大事な存在ではないと言う事なのだろうか。家族だから大事にされていると思う
のが間違いなのだろうか・・・。」
兄から打ち明けられた悩みに、アントニウスは答えられなかった。父が自分達にした
仕打ちの過酷さを嘆いた。
 以来、二人はロナウハイドを避けるようになった。ロナウハイドもまたその様子に
悩んでいた。しかし、ロナウハイドもそんな悩みに拘っている暇は無かった。暇さえ
あれば国の防御を固め、国民を守る事で頭はいっぱいだった。それと同時に寝たきりに
なってしまったラケルタの事も考えてやらなければなかった。
 ヴァイスベアとアントニウスは少しずつ、自分の父親に疑惑の念を抱くようになって
きた。ヴァイスベアもアントニウスも、ロナウハイドが亡くなれば王位後継者として
玉座は回ってくる。しかし、それがいつになるのか。父親が生きている間、いつ自分達の
身に何か降りかかるか解からない。どうせ捨て駒にしか思っていないのなら、早く父親を
失脚させた方が身の為だ。しかし、どうやって父を失脚させる?。しかし、二人の考え
などお見通しの者がいた。
 二人を呼び出したのはエルンテベルグだ。ヴァイスベアとアントニウスは自分達の
思惑が既にロナウハイドに感づかれていたと知り、愕然とした。そしてエルンテベルグは
付け加えた。
「あいつにとってはお前達は自分の命よりも大事な家族だ。それをそんな風に考えて
いたのか?。」
「しかし!!。」
アントニウスはエルンテベルグに食って掛かろうとしたが、ヴァイスベアがそれを止めた。
「あいつが家族を失ったとき、どれだけ辛く苦しい思いをしたか。だから、決して
お前達を捨て駒になど考えてはいないさ。」
「・・・家族を・・・?。どういうことだ?。」
「・・・もしかして、知らなかったのか?。」
その言葉に、二人は驚きを隠せなかった。
「若い頃、マルモルという国の兵士だった時あいつは家族を持った事があった。だが、
その異例の出世を妬む者によって家族を皆殺しにされた。だから家族というものに対する
愛情は他の誰よりも強いはずだ。そんな奴が家族を、大切な家族を捨て駒にするわけが
無かろう。」
「・・・その話・・・本当なのか?。」「・・・初めて聞いた。」
「本当に知らなかったと言うのか・・・。」
「そんな話聞いたことも無かった。信じられない。」
ヴァイスベアは首を横に振った。
「・・・そうか、そうだな。あいつは・・・言いたくなかったのかもしれない。」
エルンテベルグは一呼吸し、再び口を開いた。
「中庭の、池の側に咲いている花の名を知っているか?。」
「スミレだろう。あとはユリ・・・。それが・・・どうかしたのか?。」
「その側に植えてある木は?。」「・・・覚えていないが・・・一体それが。」
「月桂樹とブナ。皆、あいつの家族の名だ。」「そうなのか!?。」
「・・・そう、スミレは妻だったウィオラ、娘のリーリウムはユリ、長男のラウルスは
月桂樹から、そして次男のファーグスはブナの木だ。言いたくはなかったが、忘れる
事はできなかった。そこまで家族という者に愛情を注げるあいつがお前達を捨て駒に
などする訳が無い。」
「・・・けど・・・ならば何故!?。」
「ローザント城に突入する直前、俺はあいつに、お前達が人質に取られているのでは
ないかと訊ねた。するとあいつは『子供達を信じている』とだけ言って突入して
いった。つまり、そんな事で屈しない強き精神を持ち合わせていると信じていたから
ではなかったか?。家族であればこそ、お互いの気持ちが手に取るほど解かるはず。
そうではないか?。」
二人は黙ってしまった。
「俺には家族という者がいないから、あいつのお前達に対する愛情の深さは解からない
けどな。ただ、家族というものには、他人ではわからない強い繋がりがある。そう
思っている。」
 エルンテベルグはそれだけを言うと立ち去ってしまった。後に残されたヴァイスベアと
アントニウスはその後姿を黙って見続けていた。

 主のいなくなったローザント。この王国にはもう王と呼びし指導者はいなかった。
不本意ながらも娘の嫁ぎ先であるこの国を滅ぼしてしまった。恐らく、守るべき
者がいなくなったこの地にはよからぬ連中が国の指導権を巡って無益な戦いを
繰り広げる事になるのは間違いないだろう。そうなれば、犠牲になるのはいつも一般
市民だ。ロナウハイドはそれを防ぐ為、次男のアントニウスに国の統治を任せる事に
した。
「巧いことやったなロナウハイド王。それにしても何たる蛮行。最初からそれが目的
だったののだな。」
「と、言う事は娘を嫁がせたつもりで様子を見ながら機会を狙っていたのかもしれない。」
ローザントも実り豊かな土地柄、その地を狙っていたものも多い。そんな中、
ロニエールがローザントの国を奪ったと言いがかりをつける国も多かったが、大半が
自分達を差し置いて国の統治権を奪った事をよく思っていないのが明らかだ。中には
ロナウハイドが無理矢理国の統治権を奪い取ったと思い込んでいる輩もいた。
 それを理由に最初に攻めてきたのがグロッセンという国だ。ここの王ハインは密かに
ローザントの国境付近まで近づいてきていて、一気に攻め入る計画を立てていたようだ。
しかし、その計画はローザントの兵の機転によって未然に防ぐ事が出来た。
 ここで面白くないのがハイン王。
「奴ら・・・ローザントの兵を捕虜にしたのではなかったのか?。」
大抵、国同士の争いが起き、一方が負けると負けた国の兵士は処刑、或いは捕虜にされ
強制労働などに従事されるのが通例だった。しかし、ロナウハイドはあくまでも
ローザントは統治国で、兵士もそのまま自国を防衛させると言う考えを持っていた。
国の方向性を決めるのはあくまでもローザント国民で、ロニエールはそれに力を貸す、
或いは国の危機が合ったときに手助けをする。という役割に拘っていた。
それは嘗てラケルタがアドウェルサを支配ではなく、統治で守ろうとした事に則っての
事だった。
 しかし、そんなロナウハイドの考えをそのまま納得せず、自分達が都合のよい
ように解釈し、ローザントに攻め入る理由をつけようとしていた。
 グロッセン王ハインはなんとかこの状態を巧く利用して、ローザントを手に
入れようと計画を立てていた。
「ローザントの兵士を何人か捕虜にし、それを盾にローザントに攻め込む。それで
ローザント国内にいるロニエール軍を追い払う。さすればローザントは自国を救出した
この国に敬意を払う。ローザントの兵を味方につけ信用を得たところでロニエールを
一気に攻め落とす。そこで隙を作ってローザントを手中に収めるという筋書きだ。
さすれば二つの国を一度の手に入れられる。」
それを元にハイン王はローザントの国境まで密かに兵を進めた。
「よしっ、国境線を落とせ。だが、攻めるのは国境までだ。」
グロッセン軍はローザントの国境警備兵を数人人質に取った。
作戦の第一段階が成功したハイン王は、完全勝利を確信した。
「よし、ローザント兵を盾に一気にローザントへ突入する!!。いいか、倒すのは
ロニエールの兵士だけだ。ローザント兵には手を出すな。ローザント兵を討ったと
なると後で言いがかりをつけられんからな。」
「・・・兵士の区別が付きませんが・・・。」
「お前達、どこに目をつけている。軍章の違い位分かるだろう。」「はあ。」
捕虜にしたローザント兵を盾に国内に侵攻したしたハイン王とグロッセン軍。
しかし、ロニエール兵らしき兵は思ったより居ない。殆どがローザント兵で、ハイン王も
どことなく違和感を感じてはいたが、ローザントを手中に収める事の方に気がいっていた
為、気のせいだと打ち消していた。
「我々は正義の名の下にローザントをロニエールから開放に来た。我が意思に同意し、
祖国を奪還する志のある者は我が膝元につけ!!。」
ハイン王はそう叫んだ。だが、誰一人として近づくものはいない。その時、遠くから
軍隊がやってくる。「攻めてきたな、ロニエール軍よ。」
しかし、やってきたのはローザントの軍隊と、ローザントの将軍シュピッテルだった。
「・・・。何・・・!!。」
「久し振りですなハイン王。この地に一体何の用ですかな。」
「これはこれはローザントにこの人ありと謳われた将軍シュピッテル。このローザントを
ロニエールの支配から開放する為に我が国は手を貸す。どうだ、悪い話ではなかろう。」
シュピッテル将軍は辺りを見回し、冷静な態度で訊ねた。
「何ゆえ、我が国に手を貸そうとなさるのか。貴国はそれでどういった得があるの
ですか?。」
「得・・・。」
ハイン王は黙ってしまった。ここまで言えば流石のローザントも自分の言う事を聞いて
くれると思い込んでいたのだが、こういう質問をされるとは全く予想外だった。とにかく
何とかこの場を巧く回避できる答えを返さねば。
「・・・我々は正義の名の下、ロニエールに支配されているこの国を解放しようと
ここまでやって来た。その為の協力は惜しまないつもりだ。」
「正義・・・ですか。国境線を力ずくで破り、更に我が国の兵士を人質に取っておいて、
それがあなたの正義というものですか。聞いて呆れますな。」
「何だと!!。」
すると、周りを囲んでいたローザント兵は一気にグロッセン軍に槍を向けた。
「話を聞け!!。私は・・・。」ハイン王は何とかして兵を引かせようとする。
しかし、ローザント兵は武器を納めない。「こやつら・・・。」
「言い忘れていましたが、彼らは我々の為国を守っているロニエールの兵。王亡き後の
ローザントを他国から守るだけに配置された兵でしてね。仮に万が一、私がロニエールに
反旗を翻したとしても私についてきてくれる兵士な忠実な兵士です。しかもそうさせた
のはロニエール王ロナウハイド。あなたの言う偽りの正義などこの国には必要ない。」
「な・・・・何っ・・・。信じられぬ。自国を攻められる可能性があるのにも拘らぬと
言う事なのか・・・。」
「ロナウハイド王はそれだけ懐の大きい王。あなたのように小さい男とは別格だ。
そういう事で、この国に対する協力とやらは御無用。早々にお帰り下さい。帰らぬと
ならば援軍としてやってくるロニエール軍があなた方をこの地に沈めますが、宜しい
ですか?。」
返す言葉が無いハイン王。いつの間にか人質だったローザント兵は解放されていて
ハイン王は更に立場が悪くなる。
「っくっ・・・覚えておけ!!。」
ハイン王は退却せざるを得なかった。

 ロナウハイドはアントニウスに約束を守らせていた。それは、あくまでもこの国は
統治国で、自分達の国ではない。
あの時の蟠りはエルンテベルグによって父親の本心を知ったアントニウスは少しずつ
父の思いを理解するようになっていった。それは長男であるヴァイスベアも同様で、
第一王位後継者としての責務を果たすべく王政に励んだ。
 ロニエール王国の王ロナウハイドの名は増して知られるようになり、大陸半ばにある
列強国にもその名が知られるようになった。
「ロナウハイド・・・確かその名・・・。」
そう呟く者がいた。「まさか・・・南で王になっているとはな。」
ルブルムモンスに舞った砂嵐の中、不適な笑を浮かべた者がいた。

 ある日の事。ローザントでアントニウスに仕えていたレーガトゥスが密かにロナウ
ハイドの元へやって来た。「ロナウハイド王、話がある・・・。」
レーガトゥスは嘗てルブルムモンスでラケルタに仕えていた人物。忠実で、正義感が強く
今のロニエールにとってはなくてはならない人物だった。だが、アントニウスを教育
する為にローザントで若輩者のアントニウスに仕えていた。
「最近、王子がとある商人に心を許しているようなのだが、その人物と言うのがどうも
信用できない気がするのだ。その男、『アッキビテル』と名乗っているようだが、
話し方がどうもルブルムモンス人のような話し方なのだ。私の思い違いならよいの
だが、これだけロナウハイド王の名が大陸中に知れ渡っているのなら、当然奴の
耳にも入っているのではないかと。そして、場合によってはこの国に攻め入ってくる
のではないかと。」
ロナウハイドは少し考えた。
「お前は・・・ラケルタ殿の意思を継ぎたいか?。ウルスス王子の敵をとりたいのか?。」
「お言葉だが王。奴には私の両親も殺されている。奴は私にとって両親の敵でも
ある。」
「レーガトゥス・・・。」「何か・・・。」
「敵討ちなど個人的な思いだ。それの為に兵士を動かすことは出来ぬ。俺もラケルタ
殿には語りつくせない恩義がある。意思を継いでウルスス王子の敵討ちと、ルブルム
モンス奪還に力を尽くしたい。だが、今のこの国にとっては過去の話。今の兵士達には
何の利益も無い。」「・・・そんな・・・。」
レーガトゥスががっくりと肩を落とした。するとロナウハイドは立て膝を着き、目線を
レーガトゥスにまで下げた。
「お前には引き続きアントニウスの様子を見ていてくれ。どんな小さな事でもいい。
何かあったら必ず連絡してくれ。よいな。」
ロナウハイドはレーガトゥスの瞳をじっと見て言った。レーガトゥスは一瞬驚いた様子を
見せたが、深く頷いた。そしてロナウハイドの心の内を理解した。
 いずれは倒さねばならぬ相手、とというのがあるのなら、ロナウハイドが真っ先に
思い浮かべるのはルブルムモンスのプテロプースだろう。ラケルタの息子の敵討ち、
というのもあるが、自分に裏切りを迫った。恩義あるラケルタの目の前で。あの自慢と
傲慢に満ちた瞳は忘れることはできない。聞けばプテロプースは自分と同年齢。奴を
老衰で死なせるわけにはいかない。絶対にこの手で討ち取ってみせる。そう心に
誓っていた。

 アントニウスは次男なので王位後継者としては第二位の位置にいた。が、今回ロー
ザントを統治するという任務を任せられた事によって多少有頂天になっていた。統治
とは言うものの、ある意味王と同じ立場だ。ロニエールの次の王が兄ヴァイスベア、
それは変わりないが、自分はどこか端手の方にある小さな領地を与えられて終わり、
だとばかり思っていたところへこの話だ。アントニウスはこのローザントをロニエール
より豊かで繁栄を極める大陸一番の国にしたいと考えていた。あちらこちらから様々な
商人等を集め、各国の珍しいものや武器等を手に入れようとした。
そんな息子を心配したロナウハイドは、アントニウスをロニエールに呼び出し忠告した。
「有頂天になる気持ちも解かるが、程々にしておけよ。もし国民投票で不信任案でも
でたらお前は即失脚だ。解かるな。」
「分かりました。気をつけます。」
それだけを言うと、さっさとローザントへ戻って行った。
「何かと思って駆けつけてみれば、結局説教をしたかっただけじゃないか。少しは
私の事も信用して欲しいところだ。」
文句を言いながらローザントへ戻って来たアントニウス。父親に対する愚痴を
レーガトゥスに零す。
「王子にも少し考えて頂きたいと思って王は仰っている。その気持ちを少しは
組んで頂かないと・・・。人を余り信用しすぎるのもよくありませんぞ。それに
あの『アッキビテル』という者・・・。」
「またその話か。仮に父上が仰るとおりだとしてそれがどうしたというのだ。何か
あったときぐらい自分でやり遂げられる。だが、父上は何も分かってはいない。私が
どれだけこの国の事を思っているか。一体どうすれば父上は私を一人前と認めて
くれるのか!!。」
「それはそうだが・・・。」
「これも皆ローザントを繁栄を極めたあの頃の時代を取り戻す為。国民とてそれを
望んでいるはずだ。」
 アントニウスは改める態度さえも示さなかった。その為、もう一人の監視役である
ローザントの元王妃ドロテアも気が気ではなかった。
 その話を聞いてロナウハイドは少し頭を抱えた。ルブルムモンス人らしき商人の話は
考えすぎとして、有頂天になっている息子の事は悩まずにはいられなかった。
「何か悪い事が起きなければよいが。」
ただ、そう祈るしかなかった。
第九章
「色々考えたのだが・・・。」
ラケルタが話を出してきた。「この国の名。お前達の名を合わせて『ロニー・エル』
という名にしようと思う。ただ、これは私だけの考えで、あとは国民投票で国の名を
決めると言うのはどうかと・・・。」
確かに、国の名が無いため不便を感じていた事が最近多い。だが、ロナウハイドは
せっかくラケルタが思い付いた名がしっくり来なかった。やはりここは国民投票しか
ないか、と考え、「考えさせてくれ。」時間を置く事にした。
「・・・父上はお気に召さないのですか?。」
そう尋ねてきたのはロナウハイドの長男ヴァイスベアだ。名づけたのはラケルタ。
彼の息子のウルススの名ををこの辺りで使われている言葉に置き換えた名をそのまま
名付けた。
「いや、気に入らないわけではない。なんとなくしっくり来ないだけだ。」
「『しっくりこない』って・・・何ですか?。」
「まあ、落ち着かない、とか、どこか合わないといった時の表現だ。悪い名では
ないと思うが・・・。」
「じゃあ、反対にしたら?。」「反対って?。」
「『エル』を『エール』って伸ばして、『ロニー』を『ロニ』にするというのは?。」
「『ロニ・エール』なるほどな。・・・ありがとう。」
 そして国民投票が始まり、ヴァイスベアの提案した「ロニエール」が決まった。
新たな王国ロニエールも僅かのうちに都市は完成し、都市機能は軌道に乗り始めた。

 ある晩の事。ロナウハイドは、意思とは裏腹に、噴火が続く火山に向かって走ってゆく
自分に気づいた。「な・・・何故俺は・・・。」
その火山がサントヴルカーン山であることはすぐに気づいた。しかし、脚は走る事を
やめない。そして自分の中に何か恐ろしいものを抱えて、それをすぐに火山に封印
しなければならない。そんな衝動に駆られていた。走ってきたその勢いで、ロナウ
ハイドは火口に飛び込んだ。不思議と熱くない。だが不思議なのはそれだけではなく、
頭の中に聞いた事の無い声が聞こえた。「何・・・何だと?。」
ゆっくりと火口の底へ堕ちてゆくロナウハイド。すると自分の中にあった邪悪なものが
体から染み出てきて一つの透明な球体へと変化していった。
不思議な声ははっきりとは聞き取れなかった。ただ「神を授けよう・・・。」
その言葉だけが聞こえたような気がした。「聖なる火山の神・・・。」
思わず口にした。そして受け取った球体を両手で包むように手を合わせた。
 気がつくと自分の寝台の上に居た。「あ・・・あなた。」側で妃のアーデルが心配
そうに見つめている。「夢を見ていた・・・。」「夢?。」
 以前にも増してロナウハイドは快進撃を続けた。あの夢を見て以来、自分の中に
国を守ってくれる者が居るように気がしてならなかった。「国を守護する神・・・か。」
聖なる火山の神。その神をロナウハイドは密かに「サント・マルス」と呼ぶ事にした。
 神など信じないつもりだったが、余りにも強烈な夢でいつまでも頭に残っている。
「この身に流れるオルケルトの血なのか・・・?。」

 ティンゲン。以前からこのロニエールを狙っていた国だ。国境警備兵より動きがある
との連絡を受け、出陣していた。だが、今回はいつもと違い、少し強い緊張感が高まる。
というのも十三歳になった長男ヴァイスベアの初陣でもあるからだ。嘗て家族を失った
経験から、死と隣り合わせの戦場に駆り出すのは気が引ける。だが、この経験がなければ
王位についた後、国政に困難を極めるだろう。この初陣でいざと言う時は守ってやらねば
ならないのか、それとも本人の実力を信じ、任せた方もいいのか。
 そんなロナウハイドの胸の内を気づいていたのかエルンテベルグが、
「大丈夫だ。あいつはそんなに柔じゃない。それを一番分かっているのはお前じゃ
ないのか?。」と、ぽんと肩を叩いた。
そうだ、我が子を信じよう。ロナウハイドは心に決めた。
 ティンゲン軍が迫って来た。「出陣!!。」エンシュティル将軍が叫んだ。
怒涛の如くロニエール軍はティンゲン軍の間に入り込む。「あれが・・・噂の・・・。」
ヴァイスベアの耳に確かに聞こえた。こいつが父を狙っている、直感でそう感じた
ヴァイスベアはその相手に向かって剣を振るった。しかし、まだ小柄なヴァイスベア。
剣先が届くはずも無い。
「笑わせるな小僧!!。この俺に掛かって来るなど百年早いわい。」
そう言って槍を振り回す。その攻撃を交わしながら遂には槍を掴んだ。
「は・・・離せっ・・・。」
ヴァイスベアは手綱を口に銜え、槍先を掴んだまま槍の柄を蹴った。すると相手の兵士は
見事に落馬した。「やった。」
その槍を携え、次の敵兵を叩く。流石に槍の攻撃範囲は広い。こうして初陣ながら
ヴァイスベアはロナウハイド達が想像するより遥かに大きな偉業を成し遂げていた。
 息子が初陣で活躍したことが余程嬉しかったロナウハイド。凱旋し、戻ってきた
軍隊は早速大歓迎を受ける。夜更けにクーダム城のバルコニーから外を眺め、ビールを
飲みながら息子の成長を嬉しく思った。

 都市の拡大は予想よりも早く広がっていった。皆豊かな実りと温暖な気候を目当てに
集まってくる。それに伴い、王ロナウハイドの強さが、どんな侵略者をも許さず、平和を
維持していけるという安心感からだろう。小さな集落だったゴルドはロニエールの庇護の
下静かに暮らしていたはずが、今はそこにまで人は集まり、都市へと化していった。
「それもときの流れ。」集落の住民は皆を受け入れ、都市機能の役割を起動し始めた。
それに伴い、「都市」と言う意味を加え「シュトットガルド」としてロニエール王国の
中心地と言う役割も加えた。
 国づくりや都市計画同様、ロナウハイドが着目していたのは「運河」と言う存在だった。
嘗て隣国だったハンストヴェルグの街中に、マイン川より流れる川を街中に引き、船で
航行する事により大量の物資を運ぶ事ができる設備がそれだった。それをもっと活用し、
王国を南北にた巨大運河を作ろうと言う。近くにあったミュールタール川を利用し、
最終的にはマイン川に合流させる。合流地点の小さな街の名を取り、「ダッハ運河」と
名付けられた。この運河のお陰で、ロニエールの北の方まで物資は届き、更に国は
発展していった。

 「ほ、本当ですか!!。父上。」
次男のアントニウスが声を上げる。今回の出陣でアントニウスの初陣が決まった。
 長男のヴァイスベアの初陣は十三歳の時だったが、アントニウス十五歳での初陣
だった。その二年間、アントニウスに初陣の機会がなかった訳ではないが、ロナウ
ハイドにはそれなりの考えがあった。本来ならば剣術も武術も国内の兵士達をも
凌ぐ腕を持っていたアントニウス。即戦力になる力だけはあった。しかし長男
ヴァイスベアと比べ、感情の起伏が激しいアントニウスの性格は戦場では命取りに
なるかもしれない。そう考えての結論だったが、当のアントニウスはそうは思って
なかったらしく、寧ろ兄より差をつけられた事の方を不満に思っていた。
「何故兄上は十三歳で初陣を認められたのに、私は十五歳まで待たなければならな
かったのか。」
兄に食って掛かるアントニウス。
「アントニウス。だからお前は言われるんだ。そうやって感情を怒りに任せてしまえば
戦場では不利になる。だから・・・。」
「兄上!!。分かった風な口を利かないで頂きたい。私とて一日も早く父上を助け、
役に立ちたいと思っているのだ。それなのに誰も私の事を分かってくれない。」
そう言われ、流石のヴァイスベアも弟のそんな態度に閉口するしかなかった。
 一方、もう一人初陣を迎えるものが居た。レーガトゥスの息子ニクラスだ。
ニクラスはアントニウスとは同い年。嘗て父親がルブルムモンスのウルスス王子と
幼馴染だった事を思い出させる。しかしレーガトゥスに言わせれば、アントニウスは
ウルスス王子とは性格も全く違う。アントニウスはどちらかと言うと危なっかしい
部分も沢山ある。ヴァイスベアの初陣の時は落ち着いて見守る事が出来たが、アント
ニウスの初陣には多少不安を感じていた。
 当の二クラスもアントニウスの性格をよく判っていると同時に、仲の良かった
アントニウスと共に出陣できる喜びも感じていた。
「父から念を押されてきたのですが、今回の初陣では余り無理をするなと。特に
場の状況に慣れる事が大事だと言われています。だからアントニウス王子も肝に
命じられるようにとの事です。」
「父や兄からも同じ事を何べんも言われた。けど、お前が言うと違って聞こえるから、
気をつけてはおく。ただ、私は父上に二年の差をつけたことを後悔させて
やるつもりだ。勿論実力でな。」
 初陣がヴァイスベアより出遅れていることで焦りを感じていると見抜いたニクラスは、
自分がアントニウスのフォローに回ることを考えていた。そこまで余裕があるかは自信は
無いが、お互いこうすることで初陣を乗り切ることが出来るのでは、と考えていた。
「出陣!!。」
先発部隊であるヴァイスベアとエンシュティル将軍。先陣を切って次々と敵兵を
倒していく。後攻を任されていた将軍のガンツは高台からアントニウスとニクラスに
話し掛ける。
「お二人ともよく見ておくが良い。あれがロナウハイド王の戦い方。ヴァイスベア
王子は忠実に教えを守りながら独自の戦い方を編み出している。この五年間でだいぶ
成長なされた。」
兄の戦い方に息を飲むアントニウス。力任せに戦ってきた自分とはまるで違う。
「これが・・・戦場での戦いなのか。」
様子を窺っていたロナウハイド。「よし・・・。出る。」
「アントニウス、それにニクラス。見ておけよ。」
振り向きざまに声を掛けた。
 先陣を後退させ、今度は自らが戦いの中に身を投じていく。先陣とは比べ物に
ならない速さで、戦場を駆け巡る父ロナウハイド。
「よし、我々も行こう!!。」ガンツが二人を促す。
 初めての戦場に脚が竦む思いだ。しかしそれを打ち消し剣を振るう。一人、二人と
倒していく。
「・・・な、。」ニクラスが落馬しそうになる。「掴まれ!!。」
アントニウスが手を差し伸べ引っ張る。しかしその隙を狙って剣を振り落とす者がいる。
ニクラスがそれを剣で押さえる。そこをアントニウスは勢いよく蹴り飛ばした。
「やったか。」「ああ。」
そこに隙が出来たのか背後から槍を構えて来る者に気づくのが遅れた。
「しまった!!。」しかし、それを寸でで止めたのがロナウハイドだった。
「何をしている。詰めが甘いぞ。」
その時のロナウハイドの姿は、アントニウスにはこの大陸の覇者のように映った。
そしてこの父を越えたい。そう感じた。
 以来、アントニウスは剣や武術は勿論だが、勉学にも勤しんだ。あの父と兄との
戦い方に自分の力量の不足さを感じ、二人を越えるために必死で努力した。
ニクラスも一緒に付き合ってくれた。そして様々な戦場に立ち、少しずつ自分を鍛えて
いった。

「・・・クーダム、いや、何と言ったかな、あの国。」
「確か、『ロニエール』と言う国だったかと。」
「その国の王の話は聞いたことがあるだろう。」
「ええ、何でも、次々と襲い掛かってくる列強国を物ともせず、この二十年で急成長
した国だとか。王にも何か神がかりなものが着いているとかで『無敗の王』とも呼ばれて
居るそうです。」
「神がかりか、敵には回せぬ国だな。」「恐らく。」
この頃になると、周囲の国々は皆ロニエール王国の強さを感じており、敵に回す者も
かなり少なくなってきた。
 ロニエールの北ローザントも、今の王が一代で築いた国。それに実り豊かな土地柄と
列強にはさまれた国という事でお互い惹かれるものがあるのだろう。王ヴォルフラムは
ロニエールに使者を送る事にした。「いや、待てよ。」
 二、三日後、ヴォルフラム王は息子のクナイプ王子を呼び出した。
「友好条約の書状だ。これをもってロニエール王国へ行ってくれ。」
「私が・・・ですか?。他に使いの者でも・・・。」「お前が行け。」
「はあ・・・。」
クナイプ王子は訳の分からぬままロニエールへ向かった。
「このような書状を、何故私が・・・。」
不満を感じつつも、ロニエールにやって来たクナイプ王子。早速王ロナウハイドに
謁見した。「成る程・・・。そうか・・・。」
ロナウハイドは目を細めて書状を読んだ。「クナイプ王子とやら。」「はい。」
「この書状にはローザントと我がロニエールを友好関係で結びたいと書かれている。
悪い話ではないとは思うが・・・。そなた、どう思う?。」
クナイプは突然訊ねられ、戸惑う。ましてや目の前に居るのは新進気鋭とはいえ無敗の
王。機嫌を損ねたらどうなるか。ヘタをすれば我が国を攻めるなどと言いかねないのでは
ないか。ここは穏便に、差し障りなく話を伝える他は無い。とりあえず、父親の意思を
伝えながら、両国が結ばれることで有利になる事を話した。
「そうか、・・・。実はこの書状にはロニエールに暫く滞在させて欲しいと書いてある。
そしてよければ『手土産を持たせてやって欲しい』とも書いてある。」
「手土産・・・ですか。」クナイプは何故父がそんな要求をするのか訳が解からな
かった。けど、今まで遠征以外でローザントから出た事などなかった。この際、いい
機会だからこのロニエールを満喫しようと考えた。
 「紹介しよう。我が娘達だ。そなたにこの庭を案内させようと思ってな。」
クナイプは三人の王女を交互に見つめた。美しい三人の王女に心惹かれる。
最初は気が乗らなかったが、こうして美しい王女に囲まれていると、悪い気はしない。
父の命令どおり、暫くはこの地に滞在する事にした。
 ある日、クナイプはロナウハイドに連れられ、何日かかけて国中を回った。その間、
ロナウハイドはクナイプに様々なことを聞いてきた。国を創設する時の事、民の事、
王ヴォルフラムが目指すものなど聞かれ、答えた。その度、ロナウハイドは黙って
聞いていた。時には野宿し、国の将来についても語った。こんな王が世の中に居る
なんて、クナイプにとってロニエールという国は度肝を抜くことばかりだった。
 そんなある日、ロナウハイドはヴァイスベア、アントニウスの二人の王子を連れ、
ネーメルン王国の討伐へ向かう事になった。クナイプは自分の実力を試したいのと、
ロナウハイド王がどんな戦い方をするのか確かめたいと思い、「お供します。」
そう宣言した。しかし、それに反対する者が。ロナウハイドの長女イルメラだ。
「どうしてクナイプ王子を・・・。王子は大切なお客様ではありませんか。王子に
もしもの事があったら・・・。」
その言葉を聞いてクナイプは驚いた。自分の身をこんなにも案じてくれるイルメラの
その言葉に強く惹かれる。
 「ごめんなさい。取り乱してしまって・・・。お父様は今までこんな事をなさった
事などなかったのに・・・。」
クナイプはとにかく目の前の王女を安心させようと思った。
「ありがとうイルメラ王女。私は大丈夫だ。今回の討伐は私が王位後継者としての
学びの場だと思っている。私の父もそういう事でこの国へ行くように薦めたのだろう。
きっと勝利を収め、必ず戻ってくる。ロナウハイド王には必ず認めてみせる。」
「・・・そこまで仰るなら・・・。ならば王子。どうか御無事で・・・。」
 ネーメルン討伐に然程苦労はしなかった。ただの先発部隊だったのだろう。僅か
一日で討伐を終え、クーダム城へ戻る事になった。そう言えば自分を心配してくれた
イルメラ王女はどうしているだろう。早く戻って自分の無事を知らせたい。逸る
気持ちを抑え、凱旋した。
「・・・よく御無事で・・・。」
美しいイルメラの出迎えに心躍るクナイプ。そしてその笑顔にまた惹かれる。
「イルメラ王女。わが身を案じてくれていたのか。ありがとう。」
そう言って微笑み返すと、イルメラはぽっと顔を赤らめた。
 以来、二人は共だって居る事が多くなった。その姿を、ロナウハイドとアーデルは
嬉しそうでも寂しそうにも見守っていた。
 やがて、クナイプが帰国する事になった。クナイプは思い切ってある話を切り出した。
「こちらに始めて来た時に、我が父が王に手土産を持たせてくださるようにと書かれて
あったと聞いています。もし、その願いが叶うなら、イルメラ王女を連れて帰りたいの
ですが。」
「イルメラが何と答えるか。それからだ。」
すると側で聞いていたイルメラは顔を赤らめて答えた。
「わ、私のような者でいいのでしょうか。」
するとクナイプは立ち上がってイルメラの側まで近づいた。
「あなたでなければ。あなた以外の婦人は考えられない。どうか私の妃になって頂け
ますか・・・。」
クナイプはイルメラの前にひざを立てた。イルメラはそっと手を差し出す。その手の甲に
クナイプは口付けした。
 こうして、ロニエールはローザントと友好条約を結び、イルメラはローザントの
王太子妃となった。
 
 国が落ち着くにつれ、少しずつ平和を実感できるようになってきた。長男のヴァイス
ベアは二十三歳、次男のアントニウスは二十歳 そして三男のユニオルは十七歳。その
他三人の娘を持つ父親となっていた。
 長男のヴァイスベアは聡明で賢く、王位後継者としての素質もある自慢の息子だった。
かといって、他の子供達がそうでないかと言うとそうでもない。次男のアントニウスは
血気盛んで短気なところもあるが、名前に負けぬ程の勇敢さを兼ね備えていた。三男の
ユニオルは二人の兄を側で見ていて剣術や勉学に勤しんでいた。
 長女のイルメラは隣国ローザント王国に嫁ぎ、次女ロザーネもまた隣国のツェペリ
エイヒの王子と婚約中だ。どちらも政略結婚ではあるが、二人とも相手には元々好意を
寄せていたし、イルメラは無事に世継ぎを生んで大切にされていた。
 ある日、ロナウハイドはエルンテベルグに「大事な話がある。」と呼び出した。
「お前は・・・いつなったら身を固める?。心配しているのは俺だけじゃない。ラケルタ
殿は勿論、皆心配しているんだぞ。跡継ぎが無いというのも寂しくはないか?。」
「大きなお世話だ。家族なんてものには興味が無い。」「しかし。」
「大きなお世話だと言っているだろう。」
「そこまで言うのか?。大人気ない。」「お前も往生際が悪いな。」
ロナウハイドは少し考えた。
「もしや・・・お前・・・ひょっとしてイーリスが忘れられない、とか?。いや、
他の女とも考え・・・。」
「いい加減にしろよ。馬鹿馬鹿しい。彼女はお前の事が好きだった。そんな彼女を
忘れられないなんていうわけなど無いだろう。彼女はいい娘なのは認めるが、好きだ
とかそんなんじゃない。」
「それじゃあ、他に心に決めた女がいるのか?。」
「好きとか嫌いとかでお前は家族を作るのか?。ままごとじゃあるまいし。」
「俺は真剣に話している。」
「俺には下らん説教にしか聞こえん。」
「なんだと!!。人が心配しているのに。ラケルタ殿からも言われている。エルが
いつまでも一人なのはよくないんじゃないかと。」
「・・・あのなあ、ロニー、お前は気にならないのか?。例え家族を持ったとして、
俺達はいつ戦場で命を落とすかもしれない身。俺達にもしもの事があったらその悲しみを
家族が一気に背負う事になる。場合によっては家族を路頭に迷わせる結果になるかも
しれん。平気なのか?。」
「・・・いや・・・そうじゃないだろう。だから・・・。」
「もういい!!。もう二度とこの話はするな。」
そう言われて流石のロナウハイドも怒りが頂点に達した。
「わかった!!。歳をとっても面倒など見てやらんからな。」
そう捨て台詞を吐いて、立ち去った。
 
 ある夜の事。ロナウハイドは寝苦しさに耐えかね、庭を一人で散歩していた。ふと、
庭の隅にある東屋から男と女が逢引するような声が聞こえた。
「風紀が乱れるな・・・。こんな所で・・・。」
ロナウハイドは正体を突き止め、警告しようとした。再び二人の会話が聞こえる。
「お気持ちは嬉しいですが、わたくしの事はお忘れになってくださいまし。わたくしは
この歳ですから・・・。王子のようなお方とは不釣合い。潔く諦めて下さい。」
「お・・・王子だと・・・。」
ロナウハイドはもう少しで大声を出すところだった。良く聞けば、男の方の声は
ヴァイスベアに間違いは無い。女性は・・・ブランデンの未亡人であるベルリーナーでは
ないか。確かに、ヴァイスベアにもそろそろいい相手と、と思っていたが、一回り
以上も年上の、しかも未亡人であるベルリーナーだったとは。彼女は子供達の
家庭教師を担っていた。ベルリーナーは、優しく美しく、誰もが皆好感を抱いていた。
 ロナウハイドは複雑な思いを胸に、今夜のことは見なかった事にしようと、その場を
後にした。

 隣国ツェペリエイヒより、ロナウハイドに援軍の要請が届いた。ツェペリエイヒは
次女ロザーネの婚約者がいる国。勿論邪険にはできないが、ロナウハイドは不摂生
から風邪をこじらせてしまっていた。
 体調の悪さを押して長男ヴァイスベアとともに出陣する。ヴァイスベアは心配するが、
そうも言ってられない。西の隣国シュテンベルゲンでも不穏な動きがある。その為
ロナウハイドは次男のアントニウスを遠征に向かわせたが、エルンテベルグが勝手に
アントニウスについて行ってしまっていた。あれからエルンテベルグとは口も利いて
いない。王妃アーデルから「子供の喧嘩。」とも言われたが。
 熱で朦朧とする身体に鞭打って剣を振るうロナウハイド。だが、体調不良の為、
ロニエール軍は苦戦する。「父上はお下がり下さい。」
ヴァイスベアはそういうが、完全に任せてもおけない。敵軍のヴリューゲンは徐々に
ツェペリエイヒに迫る勢いだ。
「まずいな・・・このままだと国境線が落とされてしまう・・・。」
 ロザーネの婚約者のマクシリッツヒ王子ももう既に限界を超えている。
「うううっ・・・!!。」
落馬したのはロナウハイドの方だった。ヴリューゲンの兵士達はここぞとばかりに
ロナウハイド目掛けて攻撃してくる。ふらつく身体を無理に動かし、攻撃を交わす。
「うああああっ!!。」
突然、別な場所から悲鳴が聞こえてきた。「な・・・何だ?。」
 ヴァイスベアとマクシリッツヒ王子が振り向く。
「ロニエール兵・・・。アントニウスか!!。」しかし、そこに居たのは紛れも無い
エルンテベルグだ。
「ロニー・・・お前も焼が回ったな。」「ふん、そんな台詞、百年早い。」
「兄上・・・父上は?。」「・・・なんとかな。生きている。」
アントニウスが心配して近づく。それを合図にロニエール兵はロナウハイド達を庇う
ように取り囲んだ。
「一気に攻めろ!!。」
エルンテベルグの合図でロニエール兵は総攻撃を開始した。まるで水を得た魚の如く
押し迫ってくるロニエール兵は勢いに乗ってヴリューゲン軍を圧倒する。「凄い。」
その迫力に足さえも震えるツェペリエイヒ軍。
「父上が仰っていた。『ロニエールは決して敵に回してはおけぬ国』だと・・・。
それはこういうことなのか。」
マクシリッツヒ王子は自国の兵に向かって言った。

 息子達に支えられ凱旋するロナウハイド。
「もうおとなしく寝ていてください!!。」
二人の息子達はそう釘を刺し、部屋から出て行った。残ったのは王妃とエルンテベルグ。
王妃アーデルは思うところがあるのか、さっさと部屋を出て行った。
「エル・・・そこにいたのか。」「まあな。お前の最期を見届けようと思って。」
「馬鹿野郎。俺はまだくたばらん。」「強がるな。」「・・・。」
暫く沈黙が続いた。
「・・・エル・・・すまなかったな。」「その言葉、お前に返すよ。」
ロナウハイドはふっと微笑んだ。エルンテベルグも微笑んだ。
「早く治せよ。」
エルンテベルグはそう言って部屋を出て行った。
「全く、もっと気の利いたことが言えんのか。」
ロナウハイドはそんな独り言を言った。

 ロナウハイドの熱が下がり、風邪症状も治まったある日、王妃アーデルより相談事が
あると言われた。なんと、次男のアントニウスが結婚したい女性としてベルリーナーの
名をあげてきた。ロナウハイドの驚きぶりは尋常ではなかったと見えて、アーデルはその
事をロナウハイドに訊ねた。ロナウハイドはもう隠しておけないと思い、先日の
ヴァィスベアの事について打ち明けた。
「なんですって!!。」
大事な跡取り息子達の三角関係に二人は頭を悩ませた。子供達には幸せになって欲しい
と思いながらも、ベルリーナーに悲しい思いはさせたくない。だがロナウハイドも
アーデルも大手を上げて賛成とはいえない。ベルリーナーは年齢的にも世継ぎを儲け
られるとは思えないし、何より、彼女の亡き夫であったブランデンはルブルムモンス
王家の頃から仕えていた人物だ。ラケルタ、ウルスス王子、そしてロナウハイドにも
忠実に仕えてくれた、まさに苦楽を共にした人物である彼の残された家族だ。彼女には
貞淑な妻として人生を全うしてやりたい。いや、彼女はそれで幸せなのか?。かと
言って、二人の息子の事も考えずにはいられない。
 いっそエルンテベルグに相談しようかとも思ったが、そういった事には興味が無いと
思い、やめた。
 また何日かして、アーデルから意外な事を言われた。彼女が言うにはどうにかして
ベルリーナーから、心に決めた相手がいるがどうか聞き出そうとしたという。しかし、
ベルリーナーは、そういった人物に心当たりはあるが、今はその名を出せない、と言った
そうだ。ますます複雑な思いに頭を抱える二人だった。
 しかし、ロナウハイドは気づいてしまった。ベルリーナーが思いを寄せている人物が。
確証は無いが、あれ以来気になって彼女をずっと見ていた。そしてある共通点に
気づいた。彼女の目線の先にはいつもその人物がいた。そしてそれは自分の息子達で
ないことは確実だった。

 平和な時代、とは言え、国境線付近ではいざこざが無かったわけではなかった。しかし
ロナウハイドやエルンテベルグが出陣する程の大きないざこざは多くは無かった。そして
もうこの頃になるとラケルタも体がいう事を利かなくなったとなかなか外へは出てこなく
なった。「もう歳だな・・・。」悲しそうに目を細めながら微笑むラケルタを見ていると
どんなにか故郷のルブルムモンスへ帰りたいだろうか、そう思うと胸が詰まった。家族を
失い、長旅の果てここには落ち着いたが、どんなにか息子の敵を討ち、祖国を奪還した
かっただろうか。年老いてもなお願いを叶える為、自分を王として成長させてくれた
ラケルタが枯れていくのは辛かった。そして、自分にも老いる時期が来るのかと思うと、
人事と思わずにいられなかった。
第八章
山を越え、川を渡る。流浪の民となったロナウハイド達は更に南を目指す。
 やがて少しずつではあるものの、マルス火山についての話が聞けるようになっていった。
「やはりサントヴルカーン山とマルス火山は同じ山らしい。旅の、例えば商人達の
間ではサントヴルカーン山と呼ぶのが一般的らしいのだが、ごく一部の、限られた
地域ではマルス火山と呼ばれているらしい。オルケルト族がその限られた一部の
地域だとしたら辻褄は合う。」
ロナウハイドは街で集めた情報を元に皆に説明する。
「『ヴルカーン』というのは邪神ヴァルタヴルカンの事なのだろうか。確かに火山を
大地を破壊する者と解釈した人々の様子が分かるような気がする。」
ラケルタ王は大地を見渡し、そう解釈した。
 火を噴く山が見えてきた。地元の人間達に尋ね、それがサントヴルカーン山で
あることを確証した。「あとはオルケルト族がどこに住んでいたか、だな。」
 サントヴルカーン山にかなり近づいた辺りにオアシスを見つけた。そこを拠点に
この周辺で一番近い集落を探して歩く事にした。
「伝説でも何でもいいから何かに縋りたい。その一身でやっとここまでたどり
着いたな。」「そうですね。」
暫く笑顔を見せてなかったラケルタ王が久し振りに笑顔になった。ロナウハイドも
なんとなく安堵した。
 小さな集落を見つけたのはオアシスを出て間もなくだった。集落の名はゴルド。その
土地の言葉で「黄金」を意味する言葉らしい。
 集落に近づくと、そこの住民らしき人々は何故か家の中に閉じこもり、出て
こようとしない。
「一体・・・何が。」
すると集落の代表らしき人物が出てきた。「何しに来た。」
その人物の攻撃的な質問にロナウハイド達は戸惑った。「実は・・・。」
「この地での争い事は大地の神が許さん。すぐに出てゆけ。」
「ま、待ってくれ。我々は争いに来たわけでも侵略に来たわけでもない。まずは
話を・・・。」途中まで言いかけたロナウハイド。「私に任せろ。」
ラケルタ王が代わって話をした。
「我々は『オルケルト』という一族がいたという場所を探している。それだけを
聞けばすぐにここから立ち去る。」
「・・・な、なんだと・・・、オルケルトを知っていると言うのか・・・。」
「御存知なのか。ならば教えては下さらんか?。」
「その前に、お前さんがたは一体・・・?。」
「我等はオルケルトの勇者ロナウハイド王に仕えし者。ロナウハイド王は自らの故郷を
捜し求め、ここに辿り着いた。」
「ロナウハイド・・・なんと・・・そうであったか。解かり申した。中にお入り
くだされ。」
エルンテベルグと兵士達は中に進もうとした。ロナウハイドだけが入り口で頭を
抱えている。「ささ、勇者様。行くぞ。」
「よりによって何故、王に祭り上げられなければならんのだ。」
「細かい事は気にするな。」
エルンテベルグはロナウハイドを引っ張って兵の後ろについた。

 「ロナウハイドというのは、あんたか。」「ああ。」
「・・・オルケルトはもう、この地には存在しない。三十年程前、戦争によって
侵略者に滅ぼされた。その者は・・・。」
「ヴァルトロ帝国皇帝ベネディクトゥス。その話はオルケルトの最後の巫女だった
母から聞き及んでいた。」
「何・・・最後の巫女・・・確か名は『イェルマグ』と言ったはずだが。」「ああ。」
「そうか・・・イェルマグの子。・・・もしや、父親はまさか・・・。」
「そうではなかったらしい。母は確かにベネディクトゥスの側室だったそうだが、父親は
ベネディクトゥスではなく、皇帝に仕えていた軍人だったそうだ。」
「そのような事が・・・実は私の娘がオルケルトに嫁いでいたが、皇帝ベネディク
トゥスの侵略を避け、なんとか実家のあるここへ逃げてきた。その話によると、
オルケルトの男達は巫女であるイェルマグを奪還すべくヴァルトロ城に乗り込んで
行ったが、結果勝てるはずもなく、ましてや皇帝の怒りを買い、一人残らず殺されて
しまったと言う。・・・と言う事は、あんたがオルケルト最後の生き残りと言う訳か。」
「母はその軍人と恋に堕ち、ベネディクトゥスに気付かれぬように自分を身篭った。
そして、オルケルトの血を繋いで欲しいという願いを込めてこの名をつけてくれた
そうだ。」
 同席したエルンテベルグ、ラケルタ王や兵士達は黙って聞いている。
「ロナウハイドという名前は大陸神ユーラントの使徒ゲルマンが唯一勇者と認めた
神話の人物。嘗てこの世界に存在した光の神と闇の神。その光の神の中に大陸神
ユーラントは存在した。しかし、闇の神ヴァルタヴルカンとの壮絶な争いの中大陸神
ユーラントはその容姿を失った。そしてユーラントに仕えた使途ゲルマンは大陸神を
助け、その争いが民に影響を与えぬよう祈り続けたが、遂には力尽きてしまった。
大陸神は最期の力を振り絞り、ヴァルタヴルカンを十個の宝玉に変えた。しかし、その
中の一つが勇者ロナウハイドの中に入ってしまった。勇者ロナウハイドは自らの
身体の中でヴァルタヴルカンが復活するのを恐れ、火山に身を投じた。その火山が
サントヴルカーン山なのだそうだ。」
 以前見た夢に似ている。ロナウハイドは自分が背負っている運命と、その伝説を
重ね合わせていた。
「オルケルトの集落があった場所は今、クーダムという国が支配している。だが、
余りよくない噂が絶えぬ国でな・・・。」
「噂・・・というと?。」
「あの国は・・・というよりあの辺りは永きにわたりオルケルトが暮らしていた場所。
だが、彼等が滅びてこの三十年余りの間数え切れぬほどの国があの地を治めようとした。
しかし、何故か長続きしない。侵略にて国を滅ぼされる者、病で命を落とす者など、
どの王も一代限りで王国は消滅してしまう。最近では『オルケルトの呪いだ。』とか、
『大陸神と使途ゲルマンの祟りだ。』などと言う者も現れ、国民の中にはそれを恐れて
出て行く者も後を絶たない。その為、豊かだった土地も荒れ果て、人々の暮らしも
荒んでいった。」
集落の代表ヴァイスライデは、そういうと暫く遠くを見つめた。
「・・・ここまで来て・・・。」ラケルタ王はため息をついた。
「いや、俺は行く。それでも。・・・確かに、ここへは母の故郷と言う事で希望や
理想を抱えてきたことは間違いではないが、仮に厳しい現実が待っていたとしても
故郷である事に変わりはない。ならば、行ってこの目で確かめたい。母が、どんなにか
帰りたかったであろう場所へ。」
「・・・そうか、勇者ロナウハイドの名を継ぐ者よ。その目で故郷のありのままを見て
くるがいい。そしてその名に恥じぬよう、再びあの地を豊かな大地に変えて下され。」

 「遂にここまでたどり着いたな。」ラケルタ王がロナウハイドに話し掛ける。
「ああ。母が臨終の間際に流した涙は、俺にこんな運命を背負わせてしまう罪を嘆いた
ものなのかと長い間思っていた。だが、そう考えれば運命に逆らえなかった自分が
ただの哀れな人間に思えてしまう。だから、母が残したオルケルトの意志を継ぐ事で
運命を切り開いていけるのなら、自分の信じたものに向かっていこうと思う。
悲しい事も沢山あった。希望を託したものに裏切られたこともあった。自分の意思を、
例え運命がそれを拒絶したとしても、俺にとっては大切な一場面だった。そう思えて
初めて家族の死を受け入れ、思い出として記憶に留めておくことが出来るようになった。
勿論、俺の家族を奪った輩は一生許すつもりは無いがな。」
「家族か・・・私も王妃を亡くし、そして息子も亡くした。お前と同じように自分の
運命を受け入れるまでには随分と時間が掛かったが、お前達が前向きに生きて、そして
この地に初めてたどり着き、やっと息子の死を受け入れられるようになった。」
「そうだな・・・。」ロナウハイドはそう呟くと、少し考え、再び話し始めた。
「人が死ぬところばかりを見てきた。だが、自分の子供の誕生を見て、言葉に出来ない
思いがあることを初めて知った。ここに辿りついた時その時の事を思い出した。
ここでもし絶望的な運命に変わったとしても、自分のこの手で希望に変えてみせる。
俺が生きてここに辿り着くまで出会った人々や失った者達の為に。」
故郷の地を見つめるロナウハイドの瞳には、三十年に亘る人生と、ゆるぎない意志が
宿っていたように見えた。

 長旅の疲れもあるだろう。そう思ったロナウハイドはエルンテベルグと二人だけで
嘗てオルケルトが住んだ場所へ向かった。
 クーダムの国境の門が見えてきた。はやる気持ちを抑え、門に近づいた時だった。
「待て!!。」
いきなり槍を構えた兵士に取り囲まれた。「な・・・何なんだ!?。」
「俺達は怪しい者じゃない。なのにいきなり何を・・・!!。」「黙れ!!。」
兵の数は五、六人程か。二人で倒せない人数ではないが、母の故郷へ来て無駄な
揉め事を起こしたくなかった。「貴様ら・・・何者だ!?。」
兵の一人が訊ねた。
「我々は旅の者。怪しい者じゃない。ただ、この地にオルケルトの・・・。」
「残念だがよそ者はこの国に入ることは出来ない。怪我をしたくなければ早々に立ち
さるがいい。」
「よそ者!?。異国の者の出入りを禁じていると言う事か。何故?。」
「貴様らは何も知らなくていい。さっさとこの場を立ち去れ。」
「何だと!!。」
エルンテベルグが兵士に掴みかかろうとした。「エル・・・よせ・・・。」「しかし。」

 オアシスで待機していたラケルタ王とルブルムモンス兵。ロナウハイドの顔を見ると、
我先にと駆けてきた。「どうだった?。」「いや・・・。」
ロナウハイドは何も言わずラケルタ王の元へ向かった。「どうであった?。」
しかし、ロナウハイドの暗い顔を見て全てが判ったようだ。
 夕方になり、ロナウハイドはやっと口を開き、クーダムの国境で門前払いを食らった
事を話した。「そうか・・・。」
王と兵士達は何も言わなかった。「で、これからどうする?。」王が訊ねた。
「・・・ここでもう少し調べてみて、クーダムの国の中に入る方法を探す、それ
しか方法は今のところ・・・。」
「冗談じゃない!!。」兵士の一人、パッセルが立ち上がった。
「我々はあなたを信じて付いてきた。だが、もう限界だ。ここに来るまでに何人の
仲間を失ったと思っている!!。やっと安住の地へたどり着いたと思ったが、今度は
その地を目の前にして行くことすらできないなんて・・・。」
その言葉に、ロナウハイドは答えることは出来ない。
「あなた達が留守の間、我々は話し合った。もうあなたについていくことはできない。
例え王が反対してもだ。」
すると、何人かが立ち上がった。「お前達・・・。」
「王、我々はもうこれ以上王にお仕えする事は出来ません。自分勝手ではありますが、
これでお別れです。」
ラケルタ王は少し考えた。
「私にはもう何も言う権利は無い。もう王ではないからな。お前達の指導者はこの
ロナウハイドだ。彼に許しを請う事だな。」
「・・・そんな事で我等の意思は揺るがぬ。」
黙って聞いていたロナウハイドだったが、
「解かった。お前達の意思をならばそれに従え。但し後悔するもしないも、お前達の
意思だ。俺は止めはしない。」そう言った。
「ならば、我々は行く。」
そう言って兵士達何人かはその場を立ち去って行った。

 ここ二、三日の間、皆森で狩をしたり、木の実等を集めて食いつないでいた。しかし、
それで何とか飢えを凌ぐ程度にしかならなかった。ロナウハイドは悩んでいた。自分や
エルンテベルグくらいならなんとか我慢できる。しかし、慣れない長旅をしてきた
ラケルタ王とルブルムモンス兵にはもう無理強いはさせられない。一体、どうしたら、
いいのか。そんな事ばかり考えていた。
 突然、どこかの国の兵士らしき人物がオアシスを訪ねて来た。
「・・・ここに、勇者と名乗る人物と屈強な兵のいるキャラバンがいると聞いてやって
来たのだが・・・。」
「勇者と兵士・・・だと?。」
「ああ、近くにあるゴルドという集落の長、ヴァイスライデ殿より、この地に存在
した勇者様が再び降臨したと・・・。」
勇者の降臨!?。話が大袈裟になっているなと感じたが、とりあえず話を聞く事にした。
「私はクーダムの兵士ゾルゲ。勇者様に我等の国を助けて頂きたくこちらへ参った。」
「勇者様、というと?。」
「何でも、この地に伝わる伝説の勇者ロナウハイドが、故郷であるこの地に再び降臨
したと聞き我が国の危機を救ってくださるのではないかと。」
危機を救え・・・か。だが、これでクーダム国内へ入国できるのでは、ロナウハイド
達は彼の話をきいた。
 それによると、クーダムの王、シュターレンはクーダムを一代で築き上げたが、今は
病の床に付しているという。周囲の国々はそれを狙っていて、もし王が亡くなれば一気に
国が攻められるのは明らかなのだと。そして王には後継者がいない。いずれにせよ、王に
万が一の事があれば国は滅び、国民は路頭に迷う。王の命が尽きるのは致し方ない。
しかし、残された国民が争い事に巻き込まれるのだけはどうしても避けたい。その為に、
国の入出国を厳しく管理していたのだそう。そんな時にヴァイスライデから、この
オアシスに救世主になるかもしれない人物がいると聞き、訪ねて来たと言う。
 ロナウハイドにもう迷いはなかった。そして誰もがそう信じていた。そして皆、
急いで出発した。

 クーダムの城下町は建物の数程人がいない。皆、この地を諦め、他へ移ってしまった
からで、この地には女、子供と老人しか残っていないと言う。そんな街中を城へ
向かって進んでいく。
「王・・・勇者様をお連れしました。」
ロナウハイドはラケルタ王に押され、前へ出た。
クーダムの王シュターレンは酷くやせ細り、寝台から起き上がる事も出来ない程弱って
いた。
「・・・そなたが・・・。この地に伝わる伝説の・・・。頼む、私はもう長くは無い。
私に代わってこの国を救ってくだされ・・・頼む。」
シュターレン王の命はまさに風前の灯だった。ロナウハイドは深く頷いた。この地を
故郷とする母と、その一族の願いを担って。
 新たな後継者の出現でシュターレン王は安堵したのか、そのまま眠るように亡く
なった。余所者がこの国の指導者になるという事で反対もあったが、いまの
クーダムに、他国からの侵略を食い止めるだけの力は無い、という事で納得せざるを
得なかった。
 「ロナウハイド。」振り向くとそこにはラケルタ王がいた。「王!?。」
「おいおい、もう私は王ではない。お前こそがこの国の王だ。それを見込んで頼みが
ある。」「何か?。」
「一緒に連れてきたルブルムモンス兵をお前の、いやこの国の兵士にして欲しい。」
「何だと・・・。」
「彼等も既に納得済みだ。お前のお陰でやっと安住の地を見つけたのだ。手塩に掛けて
育てた兵だ。」
「ま、待ってくれ、王の・・・ラケルタ王の祖国奪還はどうする!?。あの国は・・・。」
「私も諦めたわけではない。しかし、祖国奪還には歳を取りすぎた。この国へ来るので
もう随分生きた。息子の敵をとってやれない事は心残りだが、お前がその意思を継いで
くれると信じている。頼むぞ。」
 ロナウハイドは少し考え、こう言った。「条件がある。」「何だ?。」
「ラケルタ王、いや、ラケルタ殿がこの住人となるのであれば、だ。」
するとラケルタは苦笑いをしながら頷いた。「分かった。」

 王が亡くなった。この事実はクーダムの民を不安にさせた。王が居なければ国を
守るものがいない。列強国に囲まれているこの国が戦場と化すのは時間の問題だ。
王の代理を務める者とて当てになる者なのか怪しいものだ。
 シュターレン王が亡くなったという話はあっという間に広まった。その話を聞くが
早いがに一気攻め立ててくる国がある。南隣の国ハンストヴェルグという国だ。
 クーダム国民の不安を他所に、ロナウハイド達はハンストヴェルグ討伐に出陣する。
「聞けばシュターレンは忌の際に他所から流れてきたものを次期王に指名したという。
ヤケになって頭がおかしくなっていたようだな。」
ハンストヴェルグの王オクトヴォーデが鼻で笑った。
「どれ、ざっと行って捻り潰してやるか。」
 一方、こちらはクーダム。王の遺言とは言え、クーダムの兵士の殆どは異国から
流れてきた流浪の兵士など当てにはしていなかった。
「こんな者達で我がクーダムを守れるのか!!。」
直接食って掛かる兵士もいた。ロナウハイドはそれを黙って聞いていた。
「確かに。何とでも言えばいい。唯一つ言わせて欲しい。。シュターレン王との約束は
この命に代えても守ってみせると。そして一緒についてきたルブルムモンス兵の為にも
必ず約束は守ってみせる。」
「その言葉、嘘偽りは無いのだろうな。」「勿論だ。」
「約束を違えたら?。」「決して違えん。」
そういい切ったロナウハイドの言葉に、皆水を打ったように静まった。
「そこまで言い切るとはな・・・。」そう言って立ち上がった者がいた。
「私の名はエンシュティル、このクーダムの将軍だ。私は行く。もしあなたが約束を
守れた暁に、『クーダムの兵士は腰抜けばかりで戦う意欲もなかったた。』などと
言われぬように。それに、そこまで言い切るあなたの腕前をこの目で確かめなくてはな。」
こうして、僅かな数のクーダム兵を加えたロナウハイド達ルブルムモンス軍。
遂にハンストヴェルグとの国境線に辿り着いた。国境線を越える勢いで迫ってくる
ハンストヴェルグ軍。「久し振りだな。」そう呟いて、迎え撃つロナウハイド達。
兵の数は圧倒的に少なく、どう考えてもロナウハイドに勝算があるようには見えない。
しかし、兵は他の兵には目もくれず、騎乗した数少ない兵ばかりを狙っている。
「何だと!!。」
オクトヴォーデがそれに気づいたときには既に遅く、遂には降参せざるをえない状態に
追い詰められていた。

 クーダムの国境線を防衛していたクーダム兵士は遠くに軍隊がこちらへ向かって
来るのが見えた。「あれは・・・。」
 凱旋か、それとも侵攻か、クーダム兵士達は固唾を飲んで見守っている。「あっ!!。」
やって来た軍隊は、ルブルムモンスとクーダムの軍隊だった。
 なんとロナウハイドは僅か三日間で難攻不落といわれたハンストヴェルグを堕として
いたのだった。「や・・・やったか!!。」「これで我がクーダムは守られた!!。」
人々の喜びようは大きかった。しかし、安心はしていられない。
 この出来事は周囲の王達を震え上がらせた。ハンストヴェルグといえば小さいながらも
港を抱える国。異国との繋がりもある国で誰もが手出しできない国だと信じていた。
それが僅か三日で、しかも名の知れぬ者に国を奪われたとなると、力ずくで押さえ
込もうと野心を抱く王達も多くいた。
 ハンストヴェルグ戦での戦いの疲れをいとも思わず、ロナウハイドは国境のあらゆる
場所に兵士を配置し、監視を強化させた。それはロナウハイドが今まで様々な戦場を
経験しているからこその予想だった。
 「クーダム王の跡目を継いだのは、ただの旅人だそうですが、何でも勇者の降臨とか
言われて持てはやされているそうです。」「勇者だと、笑わせるな。勇者だか何だか
知らんが、そんなものは一ひねりにしてやる。」
 ミュヘルト軍が国境付近まで攻めてきた。「よし、出陣するぞ。」ロナウハイドは
ルブルムモンスの兵を伴い、出陣した。最初の戦いで疑心暗鬼していたクーダムの兵士も
今度はその殆どが参加した。「勇者様がこのクーダムを守ってくれる。」
クーダムの兵士の間でそんな会話が交わされていた。
「だ、そうですよ。勇者様。」レーガトゥスが冗談でロナウハイドに言う。
「その『勇者様』ってのはやめてくれないか。恥ずかしいじゃないか。」
ロナウハイドは頭を抱える。とはいってもやはり実力はミュヘルトよりもはるかに
上回っていた。あっという間にミュヘルトの先発隊を退け、後から来た援軍も
あっという間に後退させた。
 二度の凱旋で実力を認められたロナウハイド。皆「勇者」を褒め称える。
「やめてくれ。俺は勇者でも何でもない!!。」
「では・・・何とお呼びすれば?。」クーダム国民の一人が訊ねた。
「このクーダムの救世主、ロナウハイド王だ。」いつの間にか後ろからラケルタが
来ていて皆にそう告げた。
「ロナウハイド王、万歳!!。」皆そう叫んだ。こうなってしまえば否定したところで
皆は納得しない。
「もう、好きに呼んでくれ。」ロナウハイドはそう言って開き直った。

 王、と呼ばれるようになり、クーダムも兵士には勿論、ルブルムモンス兵達も自分に
敬意を払い、今まで普通に話していたのに急に会話がよそよそしい。
「だが・・・いやいや、ですが王・・・やはり王となれば・・・。」
「だから・・・今までどおり普通に呼んでくれて構わないから。頼むからそんな
言い方はやめてくれ。」「しかし・・・。」
ロナウハイドは少し考えた。
「分かった。」
その時はその場を立ち去った。
「・・・そんなことで悩んでいたのか。」ラケルタは苦笑いする。
「笑うことは無いだろう・・・。」「いや、すまんすまん。」
「ラケルタ殿は王だったからこういう事に慣れているだろうが、俺はこんな時どうすれば
いいかなんて分からない。それに王と呼ばれ、傅かれるのは性にあわない。」
「成る程、お前らしいな。」
ラケルタは少し考えた。「私に任せろ。」「えっ。」
 暫くして、皆が集まっている時にラケルタが
「皆に伝えたいことがある。」と言って話を持ち出した。
「ロナウハイド王は皆に伝えたいそうだ。王、と呼ばれるのはまだいいが、皆が
余りにも敬意を払いすぎて困るのだそうだ。王が伝えたいのは、ロウハイドはあくまでも
王と言う肩書きを持つ同士なのだと。だから普通に喋ってくれという事だ。でなければ
ロナウハイドはこの国を出て行く、とまで言っている。」「な、何だって!!。」
いや、出て行く、とは言ってないが。ロナウハイドはそう言いたいのをぐっと堪えた。
「いま王に見放されたら我々は・・・。」「そうです。」
皆黙ってしまった。
「分かりました。いや、分かった。このクーダムを守る同士、ロナウハイドよ。
それでいいのだな。」
「勿論だ。この第二の故郷を守る為の。」「ああ。」
やっと皆納得してくれた。ロナウハイドは皆と改めて共にこの国を守っていくことを
誓った。「同士か。」成る程、そういう言い方もあるか、とロナウハイドは思った。

 周囲の列強国からこの国を防衛する為に、クーダム軍の会議に参加し、話し合いを
進めた。クーダム兵の中にはロナウハイドやルブルムモンス兵をよそ者と見なし
自分達の意見を通そうとするものもいた。だが、将軍エンシュティルは
「お前達クーダム兵だけで列強に囲まれたこの国を守れるのか?。あの難攻不落とまで
言われたハンストヴェルグを三日で堕とし、ミュヘルトを追いやった。それがお前達に
可能だったのか?。今この国はロナウハイド王の実力で保たれている。王とルブルム
モンス兵が居ないことにはこの国は守れない。それが今のこの国の現状だ。」
反発していたクーダム兵はもう何も言えなかった。
「ならば、私から提案がある。」
早速意見を出したのがラケルタだった。
 ラケルタの提案でクーダムは新たな国作りに着手した。まずは失った兵を補う為、
クーダムの住民から兵士を募り、逆に捕虜にしたハンストヴェルグの兵士を街づくりに
従事させた。兵士の育成にはルブルムモンスの兵達と、元からいた、クーダムの兵に
任せた。国づくりの指揮をラケルタの指導の下、荒れていた国が少しずつ活気を取り
戻していった。同時にロナウハイドは周囲の国々からの攻撃から国を守る為、時には
戦い、時には国の防御力を高める事業に力を注いだ。
ラケルタは「手柄を立てればロナウハイド王が沢山の褒美を取らすと約束した。」
そう言って兵士達の高揚を煽った。
「ラケルタ殿は人事だと思って勝手な事を言うよな。」
エルンテベルグはそう言って多少呆れている。
「ふふん、そう言って俺を早く王として成長させたいのだろう。その根底には、あの
プテロプースを倒し、ウルスス王子の敵を討ちたいという思いがあるのだろう。」
「それは分かっているさ。」

 クーダムの王になって早半年。周囲の国々からの攻撃を交わし、逆にその国々の
殆どを自国へ吸収していった。破竹の勢いで国を広げていく新進気鋭の王にやがては
恐れをなし、奇襲を仕掛けてくる国は減りつつあった。
「見合い・・・?。」
「やっと落ち着ける場所にたどり着いたんだ。あとはこの地に根付く為の準備を
しないとな。まずは身を固める。」
「・・・俺はいい。」「昔の事に拘っているのか?。忘れられないのは解かる。
だが、ここはお前が手本を見せないと。」
「ラケルタ殿はどうなんだ?。」
「私は妻より介護をしてくれる者の方がいいな。」
それって・・・と言い返したいのをあえて堪えた。
 結婚か。昔、自分が結婚式を挙げた時の事を思い出す。近所の人たちが集まって
自分達を祝ってくれた。年寄り達が酔っ払っていつまでも家に帰らないのを近所の
ご婦人達が
「二人っきりにさせてあげて。」と無理矢理つれて帰った事を思い出した。
 あれからもう十年以上経つ。再婚で、しかも三十も半ばに近づいたロナウハイドを
選んでくれる女性がいるのだろうか。
 それから間もなく、エンシュティル将軍の伝で何人かの女性が紹介された。
余り期待しないまでも、ロナウハイド、エルンテベルグ、レーガトゥス、ブランデン
その他何人か兵士が参加した。「おい、ロニー。」
エルンテンベルグが話し掛ける。「どうする、あの女性の目元。ほくろがあるぞ。」
「ほくろの話はいい。」「けど、結構な美女だよな。」
「お前はどうなんだ?。」
「自分の事は自分で何とかするから。気にしなくていい。」
「あっ・・そう。」
 エルンテベルグに言われたから、では無いが、そのほくろの女性が酷く気になった。
クーダムの貴族の娘でロナウハイドとは十六も歳が離れている女性シャルロッテ・
アーデルだ。
「やはり、ほくろがある女性を選ぶんだな。」
エルンテベルグはそう言ってロナウハイドをからかう。
「そういうお前はどうなんだ?。」
「俺はいい。家族ってどう関わっていいかわからないからな。」
「ラケルタ殿も心配しているぞ。」「いいって。」
 結局、今回の見合いで、結婚まで至る事になったのはロナウハイドとブランデンの
二人だ。ブランデンの花嫁はベルリーナーという女性。学者の娘だそうで知的で
美しい女性だった。ブランデンは一目惚れらしく、猛烈に口説き落としたらしい。
 ラケルタはやはり最年長者のエルンテベルグと、幼少の頃から知っているレーガ
トゥスに相手を見つけられなかった事が残念だったようだ。

 ロナウハイドの名は少しずつ大陸に広がりつつあった。多くは無いもののやはり、この
豊かな土地を狙って国を奪い取ろうとする国もあった。その頃ヴァイスライデからの
提案で、自分達の集落であるゴルドをクーダムに吸収し、自分達の集落をロナウハイド
に守って貰いたいという事だ。ヴァイスライデにも恩義はあったこともあり、ロナウ
ハイドはすぐに承諾した。
それを聞いたラケルタはある事を提案した。実は以前から、国が大きくなるにつれ、
このクーダムの城下町だけでは都市機能として役割を果たすには限界がある、と思って
いたらしい。近くに新たな町を創ってクーダムの都市機能を全てそこに移そうという
事だ。
「いわゆる、『遷都』ということだ。この『遷都』はこの国のように国が手狭になり、
都市機能を維持していけなくなったり、または疫病が流行り、感染を恐れてと様々な
理由があるが・・・。この場合の『遷都』については皆も事情を解かっているから
受け入れることは容易無いだろう。」
「という事は、反対するものも居るということか?。」
「特に年老いた者でその地に長年住んでいて、今更だとか、身体に無理があるとか、
そういった者は残念ながら諦めるより他に無い。」
「そうなのか・・・。」
ロナウハイドは考えた。
「いや、寧ろ高齢者を多く連れて行きたい。このクーダムも都市として機能を果たさない
わけではない。ここをいざと言う時の補助的な役割を任せる場として残しておきたい。
それで、今回の『遷都』では、その補助的な都市機能を維持させる為、若い者を残して
おく。」
「だが、遷都した先に高齢者だけとは些か不安ではないか?。」
「いや、新しい都市の機能が軌道に乗れば嫌でも若者は集まってくる。逆に、クーダムに
高齢者を残してしまえば、いずれ間もなく人は途絶える。だからだ。」
「なるほど、考えたな。」
「それにだ。この国も歴史の新しい国。高齢者と言えど、この地に深く根を下ろして
いる者も多くは無い。なんとか説得してみるさ。」
側で聞いていたエルンテベルグは地図を広げた。
「ラケルタ殿に言われていた地域を調査してみて、結局クーダムの南側、ゴルドの
すぐ側になだらかな丘陵になっている地域だ。川も近いし言われたとおりもって
こいの場所かもしれん。」
「そうか。」
  新たな街づくりに着手して間もなく、様々な人材が集まり始めた。最初は小さな小屋
一軒から始まった街も、少しずつ広がってきた。共につれてきた高齢者達も一緒に小屋に
住んでいたが、やがて街中に施設を作り、そこで暮らすようになった。
 その間、他国からの侵略もあった。その度、ロナウハイドとエルンテベルグは指揮を
執って出来たばかりの国を守るのに力を尽くした。やがて「名もなき国の王」
そう噂されるようになった。だが、見る見るうちに国は大きくなっていき、「名もなき
国」である事に不便さを感じるようになっていった。
「この国の事をどう思っている。まさかいつまでも『クーダム』じゃないだろう。
どうせなら巨大王国を目指せ。」
そう焚き付けたのはラケルタだ。そんな話を何気なくエルンテベルグに話した。
「『巨大王国を目指せ。』・・・か。ラケルタ』殿らしい。」
エルンテベルグはそう言ってにっこりと笑った。

 ある日の事。東の国境警備隊兵より一報が入った。
「オースティンパウリか。以前から不穏な動きはあったと思ってはいたが・・・。」
次男アントニウスの子守の真っ最中だったロナウハイドは息子を王妃に預け、出陣の
準備をする。長男ヴァイスベアが足元から離れないのを後ろ髪惹かれる思いで、
「いい子にしていろ。」と告げて部屋を出て行く。
 東に馬を進めるロナウハイド。対面したオースティンパウリの王はロナウハイドに
罵声を浴びせる。
「巧い事クーダムを乗っ取ったようだが、そうやって甘い汁を吸っているのは今の
うちだぞ!!。」
そんな挑発に乗るロナウハイドではない。「下らん。」そう一括する。「何だと!!。」
 オースティンパウリの王との一騎打ちにロナウハイドは何故か苦戦する。左腕が痺れる
ようでで巧く力が入らない。「ロナウハイド王、大丈夫か?。」
エンシュテル将軍が助け舟を出す。「すまない。」
 苦戦したもののなんとかオースティンパウリを撤退させたロナウハイド達。凱旋し、
クーダムに戻ってきたその夜、エンシュティルはラケルタに今回の出来事を報告した。
クーダムの将軍として長いこと戦いを見てきたせいか、ロナウハイドの左腕に何か
あった事を即座に見抜いていた。
「ラケルタ殿なら何か心当たりでもあるのかと思い訊ねたが・・・。」
「左腕か・・・。」ラケルタは顎の下に手をやり、考えた。
「ひょっとして、あの腕輪か・・・?。」「腕輪?。」
「エンシュティル将軍、時に聞くが・・・。」「何か?。」「実は・・・。」
 それから二、三日後、ロナウハイドとエルンテベルグはラケルタに連れられ、クーダム
一腕のいい鍛冶屋にやって来た。目的を告げられていない二人は、「新たな剣を鍛えろ」
と、言う事なのかと思い、店の中へ入っていった。
「いらっしゃいませ。今日はどういたしましょうか?。」
鍛冶屋の主人は三人に話し掛けた。するとラケルタは
「二人共、左腕を出せ。」「えっ・・・。」突然の事で戸惑う二人。
「袖を上の方までまくって見せろ。」
訳の分からないまま左腕を差し出す二人。筋肉のつきのよい腕に、あの奴隷の印である
腕輪が深く食い込みその周囲は少し変色している。
「・・・ロナウハイド王が・・・奴隷・・・?。」
店主が驚く。
「こいつらにも、色々あってな・・・。今日はこの腕輪を外してやって欲しい。」
店主は暫く腕組みをして考えている。「うーん。」と言いつつも気を取り直して、腕輪を
調べ始めた。
「本来であれば、奴隷の腕輪を外すのには、所有者の許可が必要なのだが・・・。奴隷が
市民権を得る事をよく思っていない者が多い為だ。だが・・・。」
店主は細い金具のような物を腕と腕輪の間に差し込んだ。
「この腕輪、嵌められてからかなり時間が経っているようだが・・・。」
「そうだな・・・かれこれ二十年以上、三十年近く経っているか。」
「そんなにか・・・じゃ、今の所有者の所在までは・・・?。」
「そこから兵士になったから二十年だから、生きてるか死んでるかも分からん。」
「エルンテベルグ様も同じぐらいか?。」「まあ、そんなところだ。」
「実は無許可で腕輪を外すと、外した方も罪になる。」
「そんなに厳しいものだとは・・・。」
「まあ、道具が市民権を得るような物だからだろう。」
「じゃあ・・・外せないのか?。」ラケルタが訊ねた。
「外せない理由ががあるとすれば、先も言ったとおりだが、だが三十年も経っていれば
時効って事にはなる。もう咎める者もいないだろう。それにロナウハイド王もエルンテ
ベルグ様もこの国にはなくてはならない存在、力は貸す。ただ時間が経っている分かなり
食い込んでいるから、外すのには苦労するはずだ。」
「痛みを伴うとか・・・。」
「まあ、これだけ食い込んでいれば痛みはあると思うが、だが、外さないと左腕が壊死
して使い物にならなくなる。外すのなら早い方もいいだろう。」
それを聞いてラケルタは二人を見た。「どうする?。」
「俺は構わん。今ここでやってくれ。」「俺も、同感だ。」
「よし、かなり痛みを伴うと思うが、堪えてくれよ。」
まず先にロナウハイドが外す事になった。大きな台の上に横になり、舌を噛み切らない
ように猿轡を嵌められ、身体は台に縛り付けられる。「いくぞ。」
店主はロナウハイドの腕と腕輪の間にさっきより太い金具を差し込んだ。それも何本も。
 まだ痛みは無い。「筋肉が邪魔だな・・・。」店主が呟く。
「本当に大丈夫なんだろうな。」エルンテベルグがむっとした表情で言う。
「何とかしてみせます。」
 何とかできた隙間に、やっとこのような物を挟み込んだ。「このまま切れれば。」
しかし、店主が精一杯握りを掴んでもなかなか切れない。その時、強い痛みがロナウ
ハイドの左腕に苦痛を与える。「くっ・・・ううっ・・・・。」「押さえて!!。」
ラケルタとエルンテベルグがロナウハイドを押さえ込む。だが、腕輪は切れそうに無い。
やっとこの一部が腕にぐいぐい食い込む。「く・・・くあっ・・・。」
「こんなので本当に切れるのか?。」
「金は金属の中でも柔らかい方なんだが・・・但し純金であれば、の話だが。」
ロナウハイドは痛みを堪える。しかし、腕輪は切れそうも無い。
「痛みは増すが、いいか・・・?。」「う・・・ああ・・・。」
店主はやっとこを少しねじる。それが更に痛みを増すようで、ロナウハイドの顔から
脂汗が吹き出る。「だめだ・・・。こうなったら・・・。」
店主が取り出したのは、細いのこぎりだ。「それで切るのか?。」
エルンテベルグも、次は自分の番と思っているので多少不安気味だ。
 店主は今度は布と木切れ二個を挟み込む。木切れの間にのこぎりの歯を上に向け、
少しずつのこぎりを動かした。布を挟んでいるとはいえ、その下に当たる皮膚が
摩擦で切れ、血が滲み始める。ロナウハイドが更に苦痛の表情を浮かべ、うめき声を
上げる。「痛そうだな・・・俺、やめようかな・・・。」とエルンテベルグ。
「四十近い大の男が、しかも幾つも戦場を駆け巡った男の台詞じゃないぞ。」
ラケルタが呆れる。「・・・冗談だ。」
 「おっ・・・。」店主が声を上げた。「ふうっ・・・やっと切れた。」
ロナウハイドも安心して大きく息を吐いた。同時に、挟んでいた木切れが音を立てて
下に落ちた。腕輪が嵌っていた部分は、かなり赤みを帯びており、長い間圧迫されていた
事を物語っていた。暫く赤くなっていた場所を冷やし、二、三日様子を診るように
言われる。エルンテベルグも同じように腕輪を外して貰い、二人は三十年に亘る奴隷
時代の柵から開放された。

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