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第三章
物心付いた時、高い塔の上にいた。そしてそこから出る事は許されず、母と二人で
暮らしていた。たった一つある窓ら見える風景がロナウハイドの全てだった。しかし、 その愛する母も病の床にいた。「・・・ロニー・・・」 笑顔を浮かべた母だった。しかし、その笑顔を見られるのも後僅か。しかし、幼い ロナウハイドにはそんな事も知らず母の笑顔を見つめていた。 母は思いつめたように話し始めた。 「ロニー・・・。よく聞いてね。お母様は間もなくあなたと離れ離れにならなければ いけない。その前にどうしても話しておかなければならない事があるの。だから よく聞いておくのよ。ただ、このお話は今のあなたには難しすぎるかもしれない。けど 時間が無いの。だからよく聞いてね。」 ロナウハイドは頷き、母の目を見つめた。 母イェルマグは幼いロナウハイドに全てを話した。オルケルトでの幸せな生活から 始まり、ベネディクトゥスに無理矢理側室にされ、一族全て皆殺しにされた。そして イェルマグが唯一身も心も許した、ロナウハイドの本当の父親であるアントニウスとの 日々。そして今に至るまでを全て伝えた。そしてイェルマグは息子を強く抱き締めた。 過酷な運命を背負わせてしまう罪を償うかのように。 母が息を引き取って間もなくの事。皮肉にも母の死によって塔から出る事を 許されたロナウハイド。生まれて初めてみる外の世界は八歳のロナウハイドには異質に 思えた。希望も絶望も分からぬまま、見知らぬ大人達に連れられ、馬車に乗せられた。 初めて見る風景。本来子供であれば物珍しさから興奮状態に陥るのだろうが、周りの 雰囲気から知らず知らずのうちにロナウハイドにそうさせない空気をかもし出していた。 やがて連れて来られたのは奴隷市場だった。ロナウハイドはここで奴隷として売られる 事が決まっていた。左腕に金の腕輪を嵌められる。それだけでもう人間としての価値は 無い。言葉を話す道具としての人生が始まった瞬間だった。 ロナウハイドが奴隷として連れて来られたのは荒れた荒野だった。ここに畑を作ると 言うので、その作業をする為に、ロナウハイドの他、同じような奴隷が何人か連れて 来られていた。その日から石を拾い、土を耕す日々が始まった。食事は一日二回。 水だけは飲むことを許され、昼間日が昇ってから日が落ちるまで働かされた。どんなに 働いても、労いの言葉や報酬などない。逆に少しでも手を止めると監視している役人から 鞭を受ける。所詮は自分達は人間として扱われない。ただの道具だ。ロナウハイドは 絶望以外の何物も感じなかった。 畑にする土の中に石が混じっていると良い作物は育たない。先に土を耕し、土が 軟らかくなってから石を取れば楽なのだが、農機具が傷むと言う理由から、先に固い 土のまま石を取り除かなければならなかった。その為、ロナウハイドの手は傷だらけで 爪の間は土で真っ黒だった。いつも腰を曲げているので夕方には腰が痛くなる。 具合が悪い、気分が悪いと言ったところで通るはずも無い。とにかく、手を止めれば すぐにも鞭が飛んでくる。 そんなある日だった。仕事の効率を上げるとかでまた更に奴隷が追加される事に なった。新たに連れてこられた奴隷の中に自分と同じ年頃の奴隷も何人かいた。 しかし、今の生活が変わるわけはない。そんな事に興味さえも持てなかったロナウ ハイドはまたいつものように黙々と仕事を続けるだけだった。「おい・・・。」 小さな石を掘り起こしている真っ最中のロナウハイドに声を掛けるものが居る。 「お前、ヘタクソだなあ。なんで素手でやってんだよ。」そういわれて声の主を みると、どこから拾ってきたのか小さな木切れを使って石を掘り起こしていた。 成る程な、そうすれば手が痛くならないのか、ロナウハイドは感心して見ていた。 偶然引き抜いた低木の根を引きちぎり、それを使う事にした。そうやって手に 入れた木切れを、自分も試してみた。確かに手は痛くならない。 その後の作業がだいぶ楽になったのは言うまでもなかった。「礼を言わなきゃ。」 しかし、探したがどんな奴だったのか思い出せない。新しく来た奴隷とは分かって いたが。ロナウハイドはそんな気がかりを抱えながら作業に没頭した。「おっ。」 「俺の言うとおりだろ。」 後ろから声を掛けるものが居る。「もしかして・・・。」ロナウハイドは思い切って 訊ねてみた。どうやらそうだったらしい。「お前・・・たしかロニーって呼ばれて いたよな。俺はエル。よろしくな。」 二人は役人の目が届かないように握手した。 荒れた荒野も何ヶ月かかかって掘り起こすとなんとなく畑らしくなってきた。エル とは歳も近いようでなんだか馬が合った。話を聞けば、エルは物心ついた時から奴隷と して働かされていたという。 そんな状況にありながらも明るく前向きに生きているエルをロナウハイドは羨望の 眼差しで見ていた。 風の強い夜だった。ロナウハイドは自分達が寝泊りしている粗末な小屋の中、隙間 風が入ってこないようにと掛け布の一部を壁の隙間に差し込んでいた。その為、掛け布が 体全体を覆うことが出来ない。寒さで何度も目が覚めた。ふと気付くと外から話声が 聞こえる。思い切って塞いだ穴から外の様子を窺った。奴隷を監視する役人達が、焚き 火で身体を温めながら辺りを覗っている。たしか先日奴隷が監視の目を盗み、脱走した 為に、監視の目が一段と厳しくなったらしい。 こんな所、逃げ出したいのはロナウハイドだけではない。だが、結局は皆連れ戻されて しまう。その事実はロナウハイドに深い悲しみと絶望を与え続けていた。「おい。」 振り返るとそこにはエルがいた。「何見てんだよ。」 ロナウハイドはエルに説明した。「ふうん・・・。興味ないなあ。」 そう言って、エルは掛け布を被って横になってしまった。ロナウハイドも眠る事にした。 どの位眠っただろう。きな臭い臭いで目が覚めた。気付けば周囲がなんだか騒がしい。 「・・・か、火事だあ!!。」 ぐずぐずしてはいられない。いつまでもここにいたら焼け死んでしまう。「エル!!。」 エルを起こし、ロナウハイドは避難する事にした。だが、唯一ある扉は脱走防止の為、 外から鍵が掛かっている。「くそう・・・。」 二人は手当たり次第、その辺りにある物を使って扉を叩き壊した。「やった!!。」 部屋の外へ出た二人は監視の目が薄くなっている事に気付いた。恐らく火事の為注意が 奴隷達から離れているのだろう。 「今のうちかもしれないな。」「うん。」 二人は逃げ出す事に成功した。 どれ位走っただろう。エルはもう疲れて動けないらしく辺りを見ながら木に寄り掛り 滑るように倒れこんだ。ロナウハイドもそのまま倒れるように草むらに顔を埋めた。 「誰も・・・追って来ないよ、な。」「多分・・・。」 ずっと走り続けてきたせいか、なかなか息が切れない。ハアハア言いながら暫く そこで寝転がっていた。 暫くして、エルが起き上がった。「なあ、喉か渇いたな。」「うん。」 取り合えず水場を探す。「ん?。」「どうした?。」 「何か聞こえる。」 耳を澄ますとどこか遠くでオオカミの遠吠えのようなものが聞こえた。 「こっちにくるのかな。」「分からん・・・。」 ここは危険だと感じた二人は木の上に登り、暫く様子を見た。やがて声が聞こえなく なったようで、木から降り、水場を探そうとした。 空は曇っているらしく星一つ見えない。当ても無く歩くが、水場はなかなか 見つからない。結局は疲れて座り込んでしまった。 間もなく、エルは起き上がった。「水の音がする。」「本当!?。」 耳を澄ましながら音のする方向へ歩く。確かに水音は大きくなり、水場へ近づいて いるようだ。木や草を掻き分け、音を頼りに歩く。「あ・・・。」 ブーヘバオムの木の根元から滾々と湧き水が出ている。それが流れになり、小川に なって流れていた。二人は疲れたのも忘れ、水をがぶがぶと飲み始めた。やがて、 喉の渇きが癒され、倒れるように眠ってしまった。 何かの物音で二人は目を覚ました。はっと気付くとオオカミの群れが自分達を 取り囲んでいる。ロナウハイドとエルは側にあった棒切れを拾い、振り回しながら オオカミから逃げようとした。だが、逆にオオカミを刺激したようで襲い掛かってきた。 「逃げろ!!。」 小川に沿ったほうが走りやすいと感じた二人は川沿いに走った。だが、オオカミは どこまでも追いかけてくる。「ああああっ・・・・。」 崖があったのに気付かず、二人は谷底へ落ちてしまった。オオカミは追って来なく なったが、二人は気を失ってしまった。 ふと気がつくと、ロナウハイドは薄い毛布に包まって横たわっていた。側には 焚き火の暖かい炎とぼんやりした明かりが見える。もう一度目を擦って辺りを見回す。 見ず知らずの男が気付いた様子でロナウハイドに話しかけてくる。 「おお、気がついたか。」 「あ、あんたが、俺を・・・?。」「そうだが。」 「あ・・・え、エルは・・・。」 ロナイハイドはもう一度辺りを見回した。焚き火の向こう側に横たわっている者が いる。「エル!!。」 エルは生きていたようでその声に驚き、起き上がった。「ロニー・・・生きてたのか。」 二人は手を取り合って喜んだ。 自分達を助けてくれたのは山賊達だった、二人はここに置いてくれないかと尋ねた。 「置いてやってもいいが、食い扶ちが増えるからな。ただでメシ食おうってならお断り だ。」 「勿論、なんでもする。仕事を言いつけてくれ。」 すると山賊達は、お互い顔を見合わせた。 「そうか、じゃ・・・。お頭に聞いてくるから待っていろ。」 山賊達は含み笑いをするとそう言って皆その場から離れた。 二人きりになったロナウハイドとエル。暖かい焚き火に身を近づけながら呟いた。 「あの火事がなかったら、俺達一生奴隷のままだったのかな。」 「たぶんな。」 山賊の仲間になってやっと自由を得た、と思ったが、現実は更に厳しいものだった。 「狩をして来い。」そう言われ、野うさぎをやっとの思いで捕まえた。しかし、山賊が 殆ど食べてしまい、二人には骨に僅かについた肉しかなかった。或いは、役人に 見つかり、追いかけられそうになると、二人を置き去りにして逃げようとしたりと 自由を手に入れたはずなのに思い通りに行かない。 「これじゃあ、奴隷の頃の方がまだましだ・・・。」二人は何度そう思ったか。 だが、今の自分に何が出来る?。そうなれば結局、ここから離れるわけには行かな かった。 ある日、山賊のお頭に言われ、二人はとある人物に会うようにと言われた。お使いか 何かかと思い、二人は道を急いだ。「あのう・・・。」 それらしき人物に声を掛けると、その者は事情を分かっていたらしく、 「よし、付いて来な。」と声を掛けた。親方の話ではこの人物が二人に仕事をくれる らしい。どんな仕事を任されるのだろうかと思い、用意された馬車に乗り込んだ。 馬車の中には、何人かが既に乗っており、皆暗い顔をしている。その雰囲気に 何かおかしいと感じたが、もう手遅れだった。 二人が連れて来られたのは奴隷市場だった。 「騙されたんだ・・・。俺達・・・。」 二人は再び奴隷の生活に戻された。 「畜生!!。あんなに苦労して逃げ出したって言うのに・・・。」 エルがいうのも無理は無い。結局はまた奴隷に逆戻りだ。 ロナウハイドは、自分達はもう一生奴隷なのか。奴隷のまま生涯を終えるのか。 そう思うと、もう絶望しか考えられなかった。 「俺達・・・もう一生このまま奴隷のままなのかなあ。」 エルが呟いた。その質問にロナウハイドは何も答えられなかった。 やがて、二人が連れて来られたのは採石所だった。 「今日からお前達はここの石切り場で大理石を採掘してもらう。仕事の内容はここの 親方に聞け。但し、親方も奴隷だからな。ここの管理は役人が行っているから役人には 逆らわない方がいいぞ。」 エルは手をぎゅっと握り締め、唇を噛んだ。 また次の日から奴隷としての日々が始まった。採石所の仕事は今までの仕事と 違い、過酷な肉体労働だった。聞けば、余りの重労働の為、皆身体を壊すか、過労で 死を迎えるものが殆どだった。けど、所詮は奴隷。使えなくなれば用無し、また新しい 奴隷を補充するだけだ。そんな日々が一年近くも続いた。 |
第一幕 第 三章
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