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第九章
「色々考えたのだが・・・。」
ラケルタが話を出してきた。「この国の名。お前達の名を合わせて『ロニー・エル』 という名にしようと思う。ただ、これは私だけの考えで、あとは国民投票で国の名を 決めると言うのはどうかと・・・。」 確かに、国の名が無いため不便を感じていた事が最近多い。だが、ロナウハイドは せっかくラケルタが思い付いた名がしっくり来なかった。やはりここは国民投票しか ないか、と考え、「考えさせてくれ。」時間を置く事にした。 「・・・父上はお気に召さないのですか?。」 そう尋ねてきたのはロナウハイドの長男ヴァイスベアだ。名づけたのはラケルタ。 彼の息子のウルススの名ををこの辺りで使われている言葉に置き換えた名をそのまま 名付けた。 「いや、気に入らないわけではない。なんとなくしっくり来ないだけだ。」 「『しっくりこない』って・・・何ですか?。」 「まあ、落ち着かない、とか、どこか合わないといった時の表現だ。悪い名では ないと思うが・・・。」 「じゃあ、反対にしたら?。」「反対って?。」 「『エル』を『エール』って伸ばして、『ロニー』を『ロニ』にするというのは?。」 「『ロニ・エール』なるほどな。・・・ありがとう。」 そして国民投票が始まり、ヴァイスベアの提案した「ロニエール」が決まった。 新たな王国ロニエールも僅かのうちに都市は完成し、都市機能は軌道に乗り始めた。 ある晩の事。ロナウハイドは、意思とは裏腹に、噴火が続く火山に向かって走ってゆく 自分に気づいた。「な・・・何故俺は・・・。」 その火山がサントヴルカーン山であることはすぐに気づいた。しかし、脚は走る事を やめない。そして自分の中に何か恐ろしいものを抱えて、それをすぐに火山に封印 しなければならない。そんな衝動に駆られていた。走ってきたその勢いで、ロナウ ハイドは火口に飛び込んだ。不思議と熱くない。だが不思議なのはそれだけではなく、 頭の中に聞いた事の無い声が聞こえた。「何・・・何だと?。」 ゆっくりと火口の底へ堕ちてゆくロナウハイド。すると自分の中にあった邪悪なものが 体から染み出てきて一つの透明な球体へと変化していった。 不思議な声ははっきりとは聞き取れなかった。ただ「神を授けよう・・・。」 その言葉だけが聞こえたような気がした。「聖なる火山の神・・・。」 思わず口にした。そして受け取った球体を両手で包むように手を合わせた。 気がつくと自分の寝台の上に居た。「あ・・・あなた。」側で妃のアーデルが心配 そうに見つめている。「夢を見ていた・・・。」「夢?。」 以前にも増してロナウハイドは快進撃を続けた。あの夢を見て以来、自分の中に 国を守ってくれる者が居るように気がしてならなかった。「国を守護する神・・・か。」 聖なる火山の神。その神をロナウハイドは密かに「サント・マルス」と呼ぶ事にした。 神など信じないつもりだったが、余りにも強烈な夢でいつまでも頭に残っている。 「この身に流れるオルケルトの血なのか・・・?。」 ティンゲン。以前からこのロニエールを狙っていた国だ。国境警備兵より動きがある との連絡を受け、出陣していた。だが、今回はいつもと違い、少し強い緊張感が高まる。 というのも十三歳になった長男ヴァイスベアの初陣でもあるからだ。嘗て家族を失った 経験から、死と隣り合わせの戦場に駆り出すのは気が引ける。だが、この経験がなければ 王位についた後、国政に困難を極めるだろう。この初陣でいざと言う時は守ってやらねば ならないのか、それとも本人の実力を信じ、任せた方もいいのか。 そんなロナウハイドの胸の内を気づいていたのかエルンテベルグが、 「大丈夫だ。あいつはそんなに柔じゃない。それを一番分かっているのはお前じゃ ないのか?。」と、ぽんと肩を叩いた。 そうだ、我が子を信じよう。ロナウハイドは心に決めた。 ティンゲン軍が迫って来た。「出陣!!。」エンシュティル将軍が叫んだ。 怒涛の如くロニエール軍はティンゲン軍の間に入り込む。「あれが・・・噂の・・・。」 ヴァイスベアの耳に確かに聞こえた。こいつが父を狙っている、直感でそう感じた ヴァイスベアはその相手に向かって剣を振るった。しかし、まだ小柄なヴァイスベア。 剣先が届くはずも無い。 「笑わせるな小僧!!。この俺に掛かって来るなど百年早いわい。」 そう言って槍を振り回す。その攻撃を交わしながら遂には槍を掴んだ。 「は・・・離せっ・・・。」 ヴァイスベアは手綱を口に銜え、槍先を掴んだまま槍の柄を蹴った。すると相手の兵士は 見事に落馬した。「やった。」 その槍を携え、次の敵兵を叩く。流石に槍の攻撃範囲は広い。こうして初陣ながら ヴァイスベアはロナウハイド達が想像するより遥かに大きな偉業を成し遂げていた。 息子が初陣で活躍したことが余程嬉しかったロナウハイド。凱旋し、戻ってきた 軍隊は早速大歓迎を受ける。夜更けにクーダム城のバルコニーから外を眺め、ビールを 飲みながら息子の成長を嬉しく思った。 都市の拡大は予想よりも早く広がっていった。皆豊かな実りと温暖な気候を目当てに 集まってくる。それに伴い、王ロナウハイドの強さが、どんな侵略者をも許さず、平和を 維持していけるという安心感からだろう。小さな集落だったゴルドはロニエールの庇護の 下静かに暮らしていたはずが、今はそこにまで人は集まり、都市へと化していった。 「それもときの流れ。」集落の住民は皆を受け入れ、都市機能の役割を起動し始めた。 それに伴い、「都市」と言う意味を加え「シュトットガルド」としてロニエール王国の 中心地と言う役割も加えた。 国づくりや都市計画同様、ロナウハイドが着目していたのは「運河」と言う存在だった。 嘗て隣国だったハンストヴェルグの街中に、マイン川より流れる川を街中に引き、船で 航行する事により大量の物資を運ぶ事ができる設備がそれだった。それをもっと活用し、 王国を南北にた巨大運河を作ろうと言う。近くにあったミュールタール川を利用し、 最終的にはマイン川に合流させる。合流地点の小さな街の名を取り、「ダッハ運河」と 名付けられた。この運河のお陰で、ロニエールの北の方まで物資は届き、更に国は 発展していった。 「ほ、本当ですか!!。父上。」 次男のアントニウスが声を上げる。今回の出陣でアントニウスの初陣が決まった。 長男のヴァイスベアの初陣は十三歳の時だったが、アントニウス十五歳での初陣 だった。その二年間、アントニウスに初陣の機会がなかった訳ではないが、ロナウ ハイドにはそれなりの考えがあった。本来ならば剣術も武術も国内の兵士達をも 凌ぐ腕を持っていたアントニウス。即戦力になる力だけはあった。しかし長男 ヴァイスベアと比べ、感情の起伏が激しいアントニウスの性格は戦場では命取りに なるかもしれない。そう考えての結論だったが、当のアントニウスはそうは思って なかったらしく、寧ろ兄より差をつけられた事の方を不満に思っていた。 「何故兄上は十三歳で初陣を認められたのに、私は十五歳まで待たなければならな かったのか。」 兄に食って掛かるアントニウス。 「アントニウス。だからお前は言われるんだ。そうやって感情を怒りに任せてしまえば 戦場では不利になる。だから・・・。」 「兄上!!。分かった風な口を利かないで頂きたい。私とて一日も早く父上を助け、 役に立ちたいと思っているのだ。それなのに誰も私の事を分かってくれない。」 そう言われ、流石のヴァイスベアも弟のそんな態度に閉口するしかなかった。 一方、もう一人初陣を迎えるものが居た。レーガトゥスの息子ニクラスだ。 ニクラスはアントニウスとは同い年。嘗て父親がルブルムモンスのウルスス王子と 幼馴染だった事を思い出させる。しかしレーガトゥスに言わせれば、アントニウスは ウルスス王子とは性格も全く違う。アントニウスはどちらかと言うと危なっかしい 部分も沢山ある。ヴァイスベアの初陣の時は落ち着いて見守る事が出来たが、アント ニウスの初陣には多少不安を感じていた。 当の二クラスもアントニウスの性格をよく判っていると同時に、仲の良かった アントニウスと共に出陣できる喜びも感じていた。 「父から念を押されてきたのですが、今回の初陣では余り無理をするなと。特に 場の状況に慣れる事が大事だと言われています。だからアントニウス王子も肝に 命じられるようにとの事です。」 「父や兄からも同じ事を何べんも言われた。けど、お前が言うと違って聞こえるから、 気をつけてはおく。ただ、私は父上に二年の差をつけたことを後悔させて やるつもりだ。勿論実力でな。」 初陣がヴァイスベアより出遅れていることで焦りを感じていると見抜いたニクラスは、 自分がアントニウスのフォローに回ることを考えていた。そこまで余裕があるかは自信は 無いが、お互いこうすることで初陣を乗り切ることが出来るのでは、と考えていた。 「出陣!!。」 先発部隊であるヴァイスベアとエンシュティル将軍。先陣を切って次々と敵兵を 倒していく。後攻を任されていた将軍のガンツは高台からアントニウスとニクラスに 話し掛ける。 「お二人ともよく見ておくが良い。あれがロナウハイド王の戦い方。ヴァイスベア 王子は忠実に教えを守りながら独自の戦い方を編み出している。この五年間でだいぶ 成長なされた。」 兄の戦い方に息を飲むアントニウス。力任せに戦ってきた自分とはまるで違う。 「これが・・・戦場での戦いなのか。」 様子を窺っていたロナウハイド。「よし・・・。出る。」 「アントニウス、それにニクラス。見ておけよ。」 振り向きざまに声を掛けた。 先陣を後退させ、今度は自らが戦いの中に身を投じていく。先陣とは比べ物に ならない速さで、戦場を駆け巡る父ロナウハイド。 「よし、我々も行こう!!。」ガンツが二人を促す。 初めての戦場に脚が竦む思いだ。しかしそれを打ち消し剣を振るう。一人、二人と 倒していく。 「・・・な、。」ニクラスが落馬しそうになる。「掴まれ!!。」 アントニウスが手を差し伸べ引っ張る。しかしその隙を狙って剣を振り落とす者がいる。 ニクラスがそれを剣で押さえる。そこをアントニウスは勢いよく蹴り飛ばした。 「やったか。」「ああ。」 そこに隙が出来たのか背後から槍を構えて来る者に気づくのが遅れた。 「しまった!!。」しかし、それを寸でで止めたのがロナウハイドだった。 「何をしている。詰めが甘いぞ。」 その時のロナウハイドの姿は、アントニウスにはこの大陸の覇者のように映った。 そしてこの父を越えたい。そう感じた。 以来、アントニウスは剣や武術は勿論だが、勉学にも勤しんだ。あの父と兄との 戦い方に自分の力量の不足さを感じ、二人を越えるために必死で努力した。 ニクラスも一緒に付き合ってくれた。そして様々な戦場に立ち、少しずつ自分を鍛えて いった。 「・・・クーダム、いや、何と言ったかな、あの国。」 「確か、『ロニエール』と言う国だったかと。」 「その国の王の話は聞いたことがあるだろう。」 「ええ、何でも、次々と襲い掛かってくる列強国を物ともせず、この二十年で急成長 した国だとか。王にも何か神がかりなものが着いているとかで『無敗の王』とも呼ばれて 居るそうです。」 「神がかりか、敵には回せぬ国だな。」「恐らく。」 この頃になると、周囲の国々は皆ロニエール王国の強さを感じており、敵に回す者も かなり少なくなってきた。 ロニエールの北ローザントも、今の王が一代で築いた国。それに実り豊かな土地柄と 列強にはさまれた国という事でお互い惹かれるものがあるのだろう。王ヴォルフラムは ロニエールに使者を送る事にした。「いや、待てよ。」 二、三日後、ヴォルフラム王は息子のクナイプ王子を呼び出した。 「友好条約の書状だ。これをもってロニエール王国へ行ってくれ。」 「私が・・・ですか?。他に使いの者でも・・・。」「お前が行け。」 「はあ・・・。」 クナイプ王子は訳の分からぬままロニエールへ向かった。 「このような書状を、何故私が・・・。」 不満を感じつつも、ロニエールにやって来たクナイプ王子。早速王ロナウハイドに 謁見した。「成る程・・・。そうか・・・。」 ロナウハイドは目を細めて書状を読んだ。「クナイプ王子とやら。」「はい。」 「この書状にはローザントと我がロニエールを友好関係で結びたいと書かれている。 悪い話ではないとは思うが・・・。そなた、どう思う?。」 クナイプは突然訊ねられ、戸惑う。ましてや目の前に居るのは新進気鋭とはいえ無敗の 王。機嫌を損ねたらどうなるか。ヘタをすれば我が国を攻めるなどと言いかねないのでは ないか。ここは穏便に、差し障りなく話を伝える他は無い。とりあえず、父親の意思を 伝えながら、両国が結ばれることで有利になる事を話した。 「そうか、・・・。実はこの書状にはロニエールに暫く滞在させて欲しいと書いてある。 そしてよければ『手土産を持たせてやって欲しい』とも書いてある。」 「手土産・・・ですか。」クナイプは何故父がそんな要求をするのか訳が解からな かった。けど、今まで遠征以外でローザントから出た事などなかった。この際、いい 機会だからこのロニエールを満喫しようと考えた。 「紹介しよう。我が娘達だ。そなたにこの庭を案内させようと思ってな。」 クナイプは三人の王女を交互に見つめた。美しい三人の王女に心惹かれる。 最初は気が乗らなかったが、こうして美しい王女に囲まれていると、悪い気はしない。 父の命令どおり、暫くはこの地に滞在する事にした。 ある日、クナイプはロナウハイドに連れられ、何日かかけて国中を回った。その間、 ロナウハイドはクナイプに様々なことを聞いてきた。国を創設する時の事、民の事、 王ヴォルフラムが目指すものなど聞かれ、答えた。その度、ロナウハイドは黙って 聞いていた。時には野宿し、国の将来についても語った。こんな王が世の中に居る なんて、クナイプにとってロニエールという国は度肝を抜くことばかりだった。 そんなある日、ロナウハイドはヴァイスベア、アントニウスの二人の王子を連れ、 ネーメルン王国の討伐へ向かう事になった。クナイプは自分の実力を試したいのと、 ロナウハイド王がどんな戦い方をするのか確かめたいと思い、「お供します。」 そう宣言した。しかし、それに反対する者が。ロナウハイドの長女イルメラだ。 「どうしてクナイプ王子を・・・。王子は大切なお客様ではありませんか。王子に もしもの事があったら・・・。」 その言葉を聞いてクナイプは驚いた。自分の身をこんなにも案じてくれるイルメラの その言葉に強く惹かれる。 「ごめんなさい。取り乱してしまって・・・。お父様は今までこんな事をなさった 事などなかったのに・・・。」 クナイプはとにかく目の前の王女を安心させようと思った。 「ありがとうイルメラ王女。私は大丈夫だ。今回の討伐は私が王位後継者としての 学びの場だと思っている。私の父もそういう事でこの国へ行くように薦めたのだろう。 きっと勝利を収め、必ず戻ってくる。ロナウハイド王には必ず認めてみせる。」 「・・・そこまで仰るなら・・・。ならば王子。どうか御無事で・・・。」 ネーメルン討伐に然程苦労はしなかった。ただの先発部隊だったのだろう。僅か 一日で討伐を終え、クーダム城へ戻る事になった。そう言えば自分を心配してくれた イルメラ王女はどうしているだろう。早く戻って自分の無事を知らせたい。逸る 気持ちを抑え、凱旋した。 「・・・よく御無事で・・・。」 美しいイルメラの出迎えに心躍るクナイプ。そしてその笑顔にまた惹かれる。 「イルメラ王女。わが身を案じてくれていたのか。ありがとう。」 そう言って微笑み返すと、イルメラはぽっと顔を赤らめた。 以来、二人は共だって居る事が多くなった。その姿を、ロナウハイドとアーデルは 嬉しそうでも寂しそうにも見守っていた。 やがて、クナイプが帰国する事になった。クナイプは思い切ってある話を切り出した。 「こちらに始めて来た時に、我が父が王に手土産を持たせてくださるようにと書かれて あったと聞いています。もし、その願いが叶うなら、イルメラ王女を連れて帰りたいの ですが。」 「イルメラが何と答えるか。それからだ。」 すると側で聞いていたイルメラは顔を赤らめて答えた。 「わ、私のような者でいいのでしょうか。」 するとクナイプは立ち上がってイルメラの側まで近づいた。 「あなたでなければ。あなた以外の婦人は考えられない。どうか私の妃になって頂け ますか・・・。」 クナイプはイルメラの前にひざを立てた。イルメラはそっと手を差し出す。その手の甲に クナイプは口付けした。 こうして、ロニエールはローザントと友好条約を結び、イルメラはローザントの 王太子妃となった。 国が落ち着くにつれ、少しずつ平和を実感できるようになってきた。長男のヴァイス
ベアは二十三歳、次男のアントニウスは二十歳 そして三男のユニオルは十七歳。その 他三人の娘を持つ父親となっていた。 長男のヴァイスベアは聡明で賢く、王位後継者としての素質もある自慢の息子だった。 かといって、他の子供達がそうでないかと言うとそうでもない。次男のアントニウスは 血気盛んで短気なところもあるが、名前に負けぬ程の勇敢さを兼ね備えていた。三男の ユニオルは二人の兄を側で見ていて剣術や勉学に勤しんでいた。 長女のイルメラは隣国ローザント王国に嫁ぎ、次女ロザーネもまた隣国のツェペリ エイヒの王子と婚約中だ。どちらも政略結婚ではあるが、二人とも相手には元々好意を 寄せていたし、イルメラは無事に世継ぎを生んで大切にされていた。 ある日、ロナウハイドはエルンテベルグに「大事な話がある。」と呼び出した。 「お前は・・・いつなったら身を固める?。心配しているのは俺だけじゃない。ラケルタ 殿は勿論、皆心配しているんだぞ。跡継ぎが無いというのも寂しくはないか?。」 「大きなお世話だ。家族なんてものには興味が無い。」「しかし。」 「大きなお世話だと言っているだろう。」 「そこまで言うのか?。大人気ない。」「お前も往生際が悪いな。」 ロナウハイドは少し考えた。 「もしや・・・お前・・・ひょっとしてイーリスが忘れられない、とか?。いや、 他の女とも考え・・・。」 「いい加減にしろよ。馬鹿馬鹿しい。彼女はお前の事が好きだった。そんな彼女を 忘れられないなんていうわけなど無いだろう。彼女はいい娘なのは認めるが、好きだ とかそんなんじゃない。」 「それじゃあ、他に心に決めた女がいるのか?。」 「好きとか嫌いとかでお前は家族を作るのか?。ままごとじゃあるまいし。」 「俺は真剣に話している。」 「俺には下らん説教にしか聞こえん。」 「なんだと!!。人が心配しているのに。ラケルタ殿からも言われている。エルが いつまでも一人なのはよくないんじゃないかと。」 「・・・あのなあ、ロニー、お前は気にならないのか?。例え家族を持ったとして、 俺達はいつ戦場で命を落とすかもしれない身。俺達にもしもの事があったらその悲しみを 家族が一気に背負う事になる。場合によっては家族を路頭に迷わせる結果になるかも しれん。平気なのか?。」 「・・・いや・・・そうじゃないだろう。だから・・・。」 「もういい!!。もう二度とこの話はするな。」 そう言われて流石のロナウハイドも怒りが頂点に達した。 「わかった!!。歳をとっても面倒など見てやらんからな。」 そう捨て台詞を吐いて、立ち去った。 ある夜の事。ロナウハイドは寝苦しさに耐えかね、庭を一人で散歩していた。ふと、 庭の隅にある東屋から男と女が逢引するような声が聞こえた。 「風紀が乱れるな・・・。こんな所で・・・。」 ロナウハイドは正体を突き止め、警告しようとした。再び二人の会話が聞こえる。 「お気持ちは嬉しいですが、わたくしの事はお忘れになってくださいまし。わたくしは この歳ですから・・・。王子のようなお方とは不釣合い。潔く諦めて下さい。」 「お・・・王子だと・・・。」 ロナウハイドはもう少しで大声を出すところだった。良く聞けば、男の方の声は ヴァイスベアに間違いは無い。女性は・・・ブランデンの未亡人であるベルリーナーでは ないか。確かに、ヴァイスベアにもそろそろいい相手と、と思っていたが、一回り 以上も年上の、しかも未亡人であるベルリーナーだったとは。彼女は子供達の 家庭教師を担っていた。ベルリーナーは、優しく美しく、誰もが皆好感を抱いていた。 ロナウハイドは複雑な思いを胸に、今夜のことは見なかった事にしようと、その場を 後にした。 隣国ツェペリエイヒより、ロナウハイドに援軍の要請が届いた。ツェペリエイヒは 次女ロザーネの婚約者がいる国。勿論邪険にはできないが、ロナウハイドは不摂生 から風邪をこじらせてしまっていた。 体調の悪さを押して長男ヴァイスベアとともに出陣する。ヴァイスベアは心配するが、 そうも言ってられない。西の隣国シュテンベルゲンでも不穏な動きがある。その為 ロナウハイドは次男のアントニウスを遠征に向かわせたが、エルンテベルグが勝手に アントニウスについて行ってしまっていた。あれからエルンテベルグとは口も利いて いない。王妃アーデルから「子供の喧嘩。」とも言われたが。 熱で朦朧とする身体に鞭打って剣を振るうロナウハイド。だが、体調不良の為、 ロニエール軍は苦戦する。「父上はお下がり下さい。」 ヴァイスベアはそういうが、完全に任せてもおけない。敵軍のヴリューゲンは徐々に ツェペリエイヒに迫る勢いだ。 「まずいな・・・このままだと国境線が落とされてしまう・・・。」 ロザーネの婚約者のマクシリッツヒ王子ももう既に限界を超えている。 「うううっ・・・!!。」 落馬したのはロナウハイドの方だった。ヴリューゲンの兵士達はここぞとばかりに ロナウハイド目掛けて攻撃してくる。ふらつく身体を無理に動かし、攻撃を交わす。 「うああああっ!!。」 突然、別な場所から悲鳴が聞こえてきた。「な・・・何だ?。」 ヴァイスベアとマクシリッツヒ王子が振り向く。 「ロニエール兵・・・。アントニウスか!!。」しかし、そこに居たのは紛れも無い エルンテベルグだ。 「ロニー・・・お前も焼が回ったな。」「ふん、そんな台詞、百年早い。」 「兄上・・・父上は?。」「・・・なんとかな。生きている。」 アントニウスが心配して近づく。それを合図にロニエール兵はロナウハイド達を庇う ように取り囲んだ。 「一気に攻めろ!!。」 エルンテベルグの合図でロニエール兵は総攻撃を開始した。まるで水を得た魚の如く 押し迫ってくるロニエール兵は勢いに乗ってヴリューゲン軍を圧倒する。「凄い。」 その迫力に足さえも震えるツェペリエイヒ軍。 「父上が仰っていた。『ロニエールは決して敵に回してはおけぬ国』だと・・・。 それはこういうことなのか。」 マクシリッツヒ王子は自国の兵に向かって言った。 息子達に支えられ凱旋するロナウハイド。 「もうおとなしく寝ていてください!!。」 二人の息子達はそう釘を刺し、部屋から出て行った。残ったのは王妃とエルンテベルグ。 王妃アーデルは思うところがあるのか、さっさと部屋を出て行った。 「エル・・・そこにいたのか。」「まあな。お前の最期を見届けようと思って。」 「馬鹿野郎。俺はまだくたばらん。」「強がるな。」「・・・。」 暫く沈黙が続いた。 「・・・エル・・・すまなかったな。」「その言葉、お前に返すよ。」 ロナウハイドはふっと微笑んだ。エルンテベルグも微笑んだ。 「早く治せよ。」 エルンテベルグはそう言って部屋を出て行った。 「全く、もっと気の利いたことが言えんのか。」 ロナウハイドはそんな独り言を言った。 ロナウハイドの熱が下がり、風邪症状も治まったある日、王妃アーデルより相談事が あると言われた。なんと、次男のアントニウスが結婚したい女性としてベルリーナーの 名をあげてきた。ロナウハイドの驚きぶりは尋常ではなかったと見えて、アーデルはその 事をロナウハイドに訊ねた。ロナウハイドはもう隠しておけないと思い、先日の ヴァィスベアの事について打ち明けた。 「なんですって!!。」 大事な跡取り息子達の三角関係に二人は頭を悩ませた。子供達には幸せになって欲しい と思いながらも、ベルリーナーに悲しい思いはさせたくない。だがロナウハイドも アーデルも大手を上げて賛成とはいえない。ベルリーナーは年齢的にも世継ぎを儲け られるとは思えないし、何より、彼女の亡き夫であったブランデンはルブルムモンス 王家の頃から仕えていた人物だ。ラケルタ、ウルスス王子、そしてロナウハイドにも 忠実に仕えてくれた、まさに苦楽を共にした人物である彼の残された家族だ。彼女には 貞淑な妻として人生を全うしてやりたい。いや、彼女はそれで幸せなのか?。かと 言って、二人の息子の事も考えずにはいられない。 いっそエルンテベルグに相談しようかとも思ったが、そういった事には興味が無いと 思い、やめた。 また何日かして、アーデルから意外な事を言われた。彼女が言うにはどうにかして ベルリーナーから、心に決めた相手がいるがどうか聞き出そうとしたという。しかし、 ベルリーナーは、そういった人物に心当たりはあるが、今はその名を出せない、と言った そうだ。ますます複雑な思いに頭を抱える二人だった。 しかし、ロナウハイドは気づいてしまった。ベルリーナーが思いを寄せている人物が。 確証は無いが、あれ以来気になって彼女をずっと見ていた。そしてある共通点に 気づいた。彼女の目線の先にはいつもその人物がいた。そしてそれは自分の息子達で ないことは確実だった。 平和な時代、とは言え、国境線付近ではいざこざが無かったわけではなかった。しかし ロナウハイドやエルンテベルグが出陣する程の大きないざこざは多くは無かった。そして もうこの頃になるとラケルタも体がいう事を利かなくなったとなかなか外へは出てこなく なった。「もう歳だな・・・。」悲しそうに目を細めながら微笑むラケルタを見ていると どんなにか故郷のルブルムモンスへ帰りたいだろうか、そう思うと胸が詰まった。家族を 失い、長旅の果てここには落ち着いたが、どんなにか息子の敵を討ち、祖国を奪還した かっただろうか。年老いてもなお願いを叶える為、自分を王として成長させてくれた ラケルタが枯れていくのは辛かった。そして、自分にも老いる時期が来るのかと思うと、 人事と思わずにいられなかった。 |
第二幕 第九章
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