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今年はトルコ・日本友好記念年だそうで、
だから何かお祭りみたいなのやってるかも・・・なんて期待して行ったのだが、やってなかった。
お祭りはあるが、7月じゃなくて、9月だった。(日本に帰ってきてから情報を得たのであった;)
ここMersinには、オスマン朝の軍艦エルトゥールル号が
日本の明治時代に横浜からイスタンブールに出発したが和歌山県沖で暴風のため遭難。
その時の犠牲者(581名)のための慰霊碑がある。
「オスマン帝国海軍遭難慰霊碑」 (→)
その遭難事故のときに必死に救助をしたのが
近くの住民たちだった。
その話は、日本とトルコの友好関係のきっかけとして
今でも話継がれているので、多分この話を知らないトルコ人はいないかも・・・と思う。
逆に、トルコが日本人の救助をしてくれた出来事がある。
湾岸戦争のとき、激化する中でイラクによるイランへの空爆が激化する中、当時JALもANAもテヘランに乗り入れがなく、他の国の航空会社に日本人も乗せてくれるよう(救出のため)頼んだけど、自国民を優先させるため断られていたそうであるが、
トルコだけは 日本人のために飛行機を出してくれて、そのおかげで日本人は激化する中から脱出することができたそうである。
これには、当時のトルコの首相と日本人の個人的な信頼関係があったからだけど、
友情・信頼ってすごいなと思わされることである。
そのことが書いてある本が・・・・
私は未読ですが、知人がこんな本があると教えてくれた。
メルシンに来た目的のひとつはその慰霊碑を見ることだったので、すぐに達成できた。
じゃあ、あとはどうしようかな・・・・。
メルシン、もっといろいろ見る所あるのかと思っていたけれど、私の興味をひくものがない・・・。
インフォメーションに行って、メルシンの地図と、この港からキプロス島にも行けるので、キプロスのパンフレットを手に入れた。
キプロス島に行く船は週に3回。夜に出る。
行こうかどうしようかすごく迷ったけど、今回はやめておくことにした。
だんだん帰らなければならない日が近づいてきてるし、まだ寄って行きたい都市もあるので、
次回にまわすことにした。
ま、これでまた次回 観光する都市が決まった!
(メルシンの海岸通り)
メルシンでは、どこにホテルがあるかわからず、一番最初に目にしたホテルに泊まることにした。
値段聞いたら、それなりで高くなかったので・・・。
長距離バス発着所ないに併設されてるホテルだった。
こぎれいだったので、悪くはなかった。
Otel EZGi
外観はピンクでかわいらしい。
次の日、朝食の時間が11時までと思って10時くらいまでまだ部屋に居たらフロントのおじさんが 朝食の時間10時半までだけど、大丈夫?と聞きに来てくれた。
「あ、そうなんだ、知らなかった。今行くから大丈夫だよ」と答えたんだけど、しばらくすると ドアをノックする音が・・
何かしら・・・
フロントのおじさんが朝食を用意してきてくれた。
こうしてこの日、私は部屋で朝食を摂ることに。。。。
おじさん、気を使ってくれてありがとう!!
この日は、朝食後、メルシンから近い所Tarsus(タルスス)という街へ。
電車で行こうと思って、駅まで歩いていたのだけど、歩いてると注意Tarsusと行き先の書かれたミニバスが泊まってる場所があったので、そこからバスに乗ることにした。
タルススは 聖パウロの故郷としても知られる町なんだって。
聖パウロはキリスト迫害に加わるなかで、回心して、以後、初期のキリスト教布教活動の中心になった人だって。
で、タルススには その水が聖なる水と言われた聖パウロゆかりの井戸がある。
メルシンで何をしようか迷った私はそれを見に行くことにした。
聖パウロの井戸
☆ [SAINT PAUL PARK KAFETERYA] ☆
ここで、昼食をとることにした。
聖パウロの井戸のすぐ近くにある公園にあるカフェ。
実は、井戸がどこにあるかわからなかったので、休憩も兼ね、場所を訪ねるために寄った。
おじさんがここのオーナーで、生地を焼いてるのは奥さん。
家族でやってるカフェ。
この後、おじさんに井戸まで案内してもらった(^^)
ありがとう、おじさん!
ギョズレメの生地を焼いてる→
ここは、キリスト教に関係ある遺跡があるので、ヨーロッパからの人が多いみたい。あと、韓国から来る人も多いと言っていた。
Tarsus(タルスス)には、思っていたよりも多くの遺跡があって、けっこう見るものがある。
知らなかったな〜〜。
● 古代の道 (ANTIK YOL)
彼女はインフォメーションで働きながら、ツアーガイドもしてるんだって。
インフォメーションのすぐ後ろにこの遺跡が広がっていて、説明してほしいか聞くので、お願いした。
この古代の道は、他の古代遺跡にある道と比べると色が黒い。
なぜなら、使ってる石の種類が違うんだって。花崗岩じゃなくて、火山岩だって言ってた気がする。。(あ、やばい、記憶が〜〜薄れてる
そして、この造りはココと、あと何処っていってたっけな・・・・ローマのポンペイかな・・・???
とにかく、2か所しかないんだって。
中央は黒い色の石で、両脇が白い石、真中から両脇にかけて下がっていってる、雨が降ったときに道に水がたまらないように考えられてる造り。
(あ〜あ、記帳しておくんだったわ・・・)
● ローマ風呂の跡 (ROMA HAMAMI)
● クレオパトラ門 (KLEOPATRA KAPISI)
こんなところを見つけた!
中には行ってみよう!
中は・・・・お店だった。
そして、その中を通って、外に出ると・・・
ウル・ジャーミーだった。(Ulu Camii)
Ulu Camii 内
まだまだ他にも 見る場所がある。
けっこう見ごたえのある町である。
また来てみてもいいかな、と思う町だった。
中心地から離れた場所の普通の住宅街
タルススの昔の家がそのまま残っている通り。
● 参加しています。
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この日も前日に食べた所で食べようかと思っていたけど、昼間に食べたギョズレメを食べきれなくて持ち帰ったから、それを食べることにした。ホテルの部屋にてこの日は夜ごはんを済ませたよ。
前日は オトガル(長距離バス発着所)の近くにあるレストランで夜ごはんを食べた。
そんなに期待してなかったのに、凄い美味しかった❤
薄い生地の下に隠れてるチョップシシ(ヒツジの肉を小さく切ったものの串焼き)
玉ねぎやペーストと一緒に肉を生地に包んで食べるよ〜!
今回の旅行では、何回かチョップシシを食べた。
美味しいものが食べれるって、
28 Julu 2010
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こんいちは(^^)/
日本とトルコも友好があったのですね
日本は多くの国と友好の繋がりがあるのに
最近の日本は、どうなってるのかしらって思います
政府と民間の違いが浮き彫りになってきてるように
感じます
中国にしても今年2回入ったのですが
民間人同士はどないもないのにって思うのです
話がそれてしまてm(^^)m
食べ物の量が多いですよね
体系のちがいかしら
アジアは、あまり一品の量は多くないのです
素晴らしい思い出の旅に・・☆、ポチ〜
2010/11/4(木) 午前 10:24
トルコが新日家なのは有名ですよね^^
実際、関係あるかはわかりませんがみなさんいい方ばかりでした^^♪
薄い皮の生地といい、結構な量ですね(*^^*)
おいしそうです♪ ポチ☆彡
2010/11/6(土) 午前 5:55
ギョズレメ?
ラーマージュンに似ていますね?
2010/11/11(木) 午前 2:00
めだかさん、ポチ〜ありがとうございますー^^
トルコは食事の1品の量が多いです。
慣れてくると食べきれちゃう自分が怖いけど・・!
少なめにしてほしいと最初にお願いすると少しにはしてくれてると思うのだけど、それでも意外とあったりすることも・・・;
初めて、タイに行ったときには一皿の量が少ないな〜と思いました。
だから、お腹がいっぱいになるか心配だったけど、メインのほかにもサラダとか、付け合わせも一緒に食べていた私ですけどね・・・(^^;)
2010/11/23(火) 午後 9:11 [ chiaa ]
あちゃぽさん、ポチ☆彡ありがとうございます!
これは結構な量がありました!
薄い皮の生地に肉をくるんで、(生地で串を包み、そのまま串から肉を抜き取って)玉ねぎや葉っぱ(イタリアンパセリ)と一緒に食べるのですが、全部の生地を食べることはできなかったわ〜。
肉は美味しかったから、全部いただきましたけど〜〜(笑)
(^c^)
2010/11/23(火) 午後 9:15 [ chiaa ]
夢宇宙さん、
なんだろうか、これもギョズレメというんでしょうか〜。
???
次回行ったときに尋ねてみようかな。(^^)
2010/11/23(火) 午後 9:16 [ chiaa ]
和歌山県東牟婁郡串本町と、メルシン市(トルコ共和国)、ヤカケント町(トルコ共和国)とは、
トルコ軍艦の潮岬での海難事故であるエルトゥールル号遭難事件における地元串本町の献身的な救助活動が縁で姉妹都市となっています。
2012/8/5(日) 午後 4:05 [ 環境歴史観光防災カメラマン ]