また、個体の差異は社会的施策によってその優劣を無くせたが、意識レベルまでの変革は容易ではなか
った。人間の本性が悪であるかのように差別意識は消しきれないまま残っていた。
人が快苦に従って行動してきたように、科学はその論理によって人の肉体的、精神的な苦しみを癒やし
てくれるはずだったが、それも至難の業だった。心の苦しみまではいやせようもなかった。死の現実にも
科学は依然として非力だった。嬰児が生の苦しみに泣くように、死の恐怖は変わることはなく、人間存在
自体に関わる非科学の領域に属していた。
革命はアッシーラ国の人々の考える意識を蘇らせる事には成功した。緑化事業の推進は自然と人間の関
係を、自然の偉大な力と愛を人々に問い返させた。
だが、緑化が定着すると共に、人々はそれを日常的な自然の一風景の断面としてしか見なくなっていっ
た。美しく優しい自然はただそれとしてしか受け入れられなくなっていた。人と社会、人と自然と科学と
の関係を問い続ける人は、やはり一部の人々に限られてしまった。
そして、その人々は新しい社会システムの中で善意の社会作りを行っていくかも知れない。だが、アッ
シーラ国の状況は再び二世紀前の大戦争直後の数十年に似ているともいえた。新たな指導者たちはいつま
で生きた社会作りを行えるだろうか。緑の革命が何時から神話として語り始められるのだろうか。
2201年1月19日(火)
緑化革命十周年記念日。国内では様々な記念行事が催されていた。プラインベール近郊の革命記念墓地
では一次、二次の抗議運動で倒れた230名の追悼記念集会が行われていた。
墓地は沢山の木々で囲まれていた。そしてズーラ国から再びアッシーラ国に帰ったマルコたち5人もそ
こに集まっていた。十年の歳月は社会の各分野で活躍した彼等の容貌に重厚さを与えていた。
マルコは木立を眺めながら、「あれからもう十年も経ってしまったんだな。」とぽつりと言った。
「メサージュさんは本当に数奇な運命に翻弄されたものだ。生きていたら新しい社会建設に参加できたろ
うに。」とマタイが言った。
「本当に残念ですね。あの方が死んでしまったなんて、まだとても信じられません。」とマリコは足下の
草に目をやりながら言った。
その様子にマリナは「二十三世紀に入ったのです。私たちも彼の分まで一層頑張りましょう。」と元気
づけた。
マリアも「そうですとも、彼だってそれを一番望んでいるはずです。」とうなずいた。
心地よい風が彼等の頬を撫でながら緑の香りを運んできた。やがて、革命に倒れた人々をたたえる演説
が始まった。ただ黙って俯く人、涙ぐむ人、空を見上げる人。彼等は何を思いだしているのだろうか。
23世紀。それは人類が自らの存在の意味を改めて問い返さねばならない時代だった。しかし、科学に
より肉体的な苦痛から日々解放されつつある人類は彼等彼女らの思考を内面へと向けようとはしなかっ
た。物質的満足と精神的な快楽は精神を眠り込ませるばかりだった。
一部の人々はたびたび警告を発したが、それは空しく響くばかりだった。
それから、わずか15年。人類はついに取り返しの付かない事態へと自らを追いやったのである。それ
はまた、人類が自らの出生の秘密を抱く地球を去る序章だった。人類は思い出の詰まった地球をついに去
らねばならなかった、ノアと名付けられた無数の宇宙船に乗って・・・。
完
|