黒木は向井が教えてくれたアランの実家を尋ねることにした。そこはホテルから駅を越えたルーアン中
央区に接したボワ・ギョウム地区にあった。ちょっとした丘といえるフォルタン山の麓のひっそりとした
街だった。彼は歩きながらどう切り出したらよいかを思案していた。全く面識のない外国人が突然行って
も会えるかどうか自信がなかった。家の前に着いたときには未だどう説明するか決めてはいなかったが、
当たって砕けろと言う気持ちでベルを押した。
何の応答もなかった。再び押した。今度は木の扉がギーッと軋みながら開いた。老婆が立っていた。
「ボンジュール、マダム。私は黒木ともうします。実はアランさんのことでお話がしたいと思いまして、
突然おじゃましました。このたびはとんだ災難に遭われまして、大変でしたでしょう。」
「協会の方ですか。よくまあ、遠いところをいらっしゃいました。どうぞお入りください。」
黒木は母親の応対にひとまず安心した。
「いいえ、私は彼に助けていただいた者です。」と言って、彼は事情をざっと説明し、お礼を述べた。
「まあ、そうでしたか。それはそれは。とにかく中にお入りなさい。」と彼女は黒木を家に招き入れた。
室内は小綺麗に片づいていた。部屋中に鉢植えが置かれ、花が咲いて心地よい香りに包まれていた。黒木
は母親に丁重にお礼を述べ、墓地でのいきさつについて話した。
「...というわけで、本当にご子息には直接お会いできず残念ですが、お母さんにお目にかかれて気が
休まりました。」
「災難はどこで待ち受けているか分かりませんですものね。アランも人を助けてのことですから後悔はし
ていないでしょう。病院の話では意識も容態も安定しているとのことですから私もほっとしています。本
当は私も病院に行きたいんですが、足が悪くてねえ。」と母親は自分の足を見つめながら言った。
「そうですか。安心しました。私はあと数日で国に戻る予定ですが、こうしてお母さんにお会いしてお礼
の気持ちを伝えることができ、心の荷が下ろせました。病院にはどなたかいらっしゃるのですか。」
「ええ、協会の方が。協会というのは、アランがその会員なんですが、その協会員の方が手伝いに来てく
れているのです。」
「それは助かりますね。協会というと何か活動をなさっているのですか。」
「私はカトリックですからよくは知りませんが社会奉仕活動をしているみたいです。皆さんがとても親切
なんです。そうそう、フランス人ばかりでなく、パリへやってきた世界中の人たちがたくさんいる、とア
ランは言っていました。あなたはどこの国から来たのですか。中国かしら、それともベトナム。」
「いいえ、日本人です。」
「そうですか。日本の方ならここにもいらしたことがありますよ。」
黒木はその言葉にはっとした。
「その日本人は女性でしたか。」と彼はつとめて冷静を装って尋ねた。
「そうです。大変優しい方でした。」
「何という名前の人でしたか。ひょっとしたら知り合いかも知れません。」
彼女はしばらく首をかしげた後、「たしか...マリコさんと言ってた様に思います。ほっそりして、
長い黒髪をしてました。」と言った。
黒木の目がキラッと光った。
注:写真はルーアン駅
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