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2016年02月

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STAP細胞の光と闇

STAP細胞の問題はそろそろ片付いたと思っていたが、どっこい小保方氏は反撃の本を世に出した。
「あの日」。STAP細胞は存在したのか。小保方氏の当時の立場と研究できる範囲。上司の責任やサイエンス投稿者の責任。この書物の販売に手を貸すように思えるのだが、理化学研究所という組織のあり方や一研究者が失った全てを比較するとき、この問題を探ってみたい気持ちを誰もが抱くだろう。
ビジネスジャーナルの記事を提案したい。
 
 
 
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STAP問題の元凶は若山教授だと判明…恣意的な研究を主導、全責任を小保方氏に背負わせ
 
「私は、STAP細胞が正しいと確信したまま、墓場に行くだろう」
 
STAP論文の共著者であるチャールズ・バカンティ博士は、米国誌「ニューヨーカー」(2月22日付電子版)の取材に対して、こう答えた。2015年にもSTAP細胞の研究を続け、万能性を示す遺伝子の働きを確認したという。
 
 また、「週刊新潮」(新潮社/2月11日号)では、理化学研究所・CDB(発生・再生科学総合研究センター)副センター長だった故・笹井芳樹博士の夫人が、インタビューにおいて次のように発言している。
「ただ、主人はSTAP現象そのものについては、最後まで『ある』と思っていたと思います。確かに主人の生前から『ES細胞が混入した』という疑惑が指摘され始めていました。しかし、主人はそれこそ山のようにES細胞を見てきていた。その目から見て、『あの細胞はESとは明らかに形が異なる』という話を、家でもよくしていました」
 ES細胞に関する世界トップクラスの科学者である2人が、ES細胞とは明らかに異なるSTAP細胞の存在を確信していたのだ。
 一体、あのSTAP騒動とはなんだったのだろうか――。
●ファクトベースで書かれた手記
 小保方晴子氏が書いた手記『あの日』(講談社)が1月29日に発刊され、この騒動の原因が明らかになってきた。時系列に出来事が綴られて、その裏には、関係者間でやりとりされた膨大なメールが存在していることがわかる。さらに関係者の重要な発言は、今でもインターネットで確認できるものが多く、ファクトベースで手記が書かれたことが理解できた。いかにも科学者らしいロジカルな構成だと筆者は感じた。
 しかし、本書に対しては「感情的だ」「手記でなく論文で主張すべき」などの批判的な論調が多い。特にテレビのコメンテーターなどの批判では、「本は読みません。だって言い訳なんでしょ」などと呆れるものが多かった。
 手記とは、著者が体験したことを著者の目で書いたものである。出来事の記述以外に、著者の心象風景も描かれる。それは当然のことだ。特に小保方氏のように、過剰な偏向報道に晒された人物が書く手記に、感情面が書かれないことはあり得ないだろう。それでも本書では、可能な限りファクトベースで書くことを守ろうとした小保方氏の信念を垣間見ることができる。
 また、「手記でなく論文で主張すべき」と批判する人は、小保方氏が早稲田大学から博士号を剥奪され、研究する環境も失った現実を知らないのだろうか。小保方氏は騒動の渦中でも自由に発言する権限もなく、わずかな反論さえもマスコミの圧倒的な個人攻撃の波でかき消された過去を忘れたのだろうか。このようないい加減な批判がまかり通るところに、そもそものSTAP騒動の根幹があると筆者はみている。
●小保方氏が担当した実験は一部
 STAP騒動を解明するために、基礎的な事実を整理しておこう。
 小保方氏が「STAP細胞」実験の一部だけを担当していたという事実、さらに論文撤回の理由は小保方氏が「担当していない」実験の部分であったという事実は、しばしば忘れられがちである。いわゆるSTAP細胞をつくる工程は、細胞を酸処理して培養し、細胞塊(スフェア)が多能性(多様な細胞になる可能性)を示すOct4陽性(のちに「STAP現象」と呼ばれる)になるところまでと、その細胞塊を初期胚に注入しキメラマウスをつくるまでの、大きく分けて2つの工程がある。
 小保方氏が担当していたのは前半部分の細胞塊をつくるまでである。後半のキメラマウスをつくる工程は、当時小保方氏の上司であった若山照彦氏(現山梨大学教授)が行っていた。
 もう少し厳密にいえば、小保方氏が作製した細胞塊は増殖力が弱いという特徴を持っているが、若山氏は増殖力のないそれから増殖するように変化させ幹細胞株化(後に「STAP幹細胞」と呼ばれる)させるのが仕事だった。つまり、「STAP現象」が小保方氏、「STAP幹細胞」が若山氏、という分担だが、マスコミにより、「STAP現象」も「STAP幹細胞」も「STAP細胞」と呼ばれるという混乱が発生する。
 本書によれば、若山氏はキメラマウスをつくる技術を小保方氏に教えなかった。小保方氏の要請に対して、「小保方さんが自分でできるようになっちゃったら、もう僕のことを必要としてくれなくなって、どこかに行っちゃうかもしれないから、ヤダ」と答えたという。
 
 この若山氏の言葉は見逃すことはできない。なぜなら、STAP細胞実験を行っていた当時、小保方氏はCDB内の若山研究室(以下、若山研)の一客員研究員にすぎなかったからである。小保方氏の当時の所属は米ハーバード大学バカンティ研究室(以下、バカンティ研)であり、若山氏は小保方氏の上司であり指導者という立場であった。
 当時の小保方氏は、博士課程終了後に任期付きで研究員として働くいわゆるポスドク、ポストドクターという身分だった。不安定な身分であることが多く、日本国内には1万人以上いるといわれ、当時の小保方氏もそのひとりであり、所属する研究室の上司に逆らうことはできなかったのだ。
 この弱い立場が、のちに巻き起こるマスコミのメディアスクラムに対抗できなかった最大の理由である。メディアがつくり上げた虚像によって、まるで小保方氏が若山氏と同じ立場で力を持っていたかのように印象づけられていた。
●ストーリーありきの実験
 話を元に戻す。小保方氏は若山研の所属になる以前、留学先のハーバード大学でバカンティ教授からSTAP細胞の初期のアイデアを得ていた。バカンティ教授は、「非常に小さな胞子のようにストレスに強い共通の幹細胞が全身の組織に存在しているのではないか」という仮説を提唱していた。バカンティ教授はそれを「スポアライクステムセル(胞子様幹細胞)」と名付けていた。
 小保方氏はその仮説を検証するために日夜研究に没頭し、ついにその証拠(Oct4遺伝子発現)を得ることになる。その結果をバカンティ教授の前で発表すると、バカンティ教授は、両手で固くこぶしをつくった後に目を見開き、「過去15年で最高のプレゼンテーションだった」と喜んだという。
 しかし、細胞が多能性を持つかどうかを証明するには、その細胞からキメラマウスを作製しなければならなかった。現在の生命科学界ではそれが一番厳密な証明とされているからだ。小保方氏はキメラマウスの実験を行うため、他の教授からの推薦もあり「キメラマウス作製の第一人者」である若山氏を紹介され、バカンティ研の所属のまま若山研の客員研究員となったのだ。
 本書によれば、小保方氏はキメラマウスの作製方法を若山氏から教わることなく、若山研で細胞塊の作製を淡々とこなすようになる。いつしか研究は若山氏の主導のもと、海外の有力科学雑誌への論文投稿が目的化し、論文のストーリーに合わせた実験へと変節していく。「ストーリーに合わない、つじつまの合わないデータは使用しないように」という指導まで小保方氏は受けている。信じがたいことに、実験が正しいかどうかを判定するための「コントロール実験」も行わなかったという。研究メンバーも全員、若山氏の意向に沿うようになり、強引な研究姿勢に異を唱える者もいなかった。
 そもそもバカンティ教授の仮説から始まり小保方氏の検証から動き出した研究の主導権が、完全に若山氏に渡ってしまい、ついには若山氏が特許配分51%を要求するまでになる。バカンティ研所属でいながら若山研の客員研究員という複雑な立場の小保方氏は、アメリカと日本の大先生の板挟みとなっていく。
 小保方氏は、細胞で起こる「新たな現象」(STAP現象)の研究を深めていきたいと若山研に移ったが、いつの間にか若山氏しか成功していない「新たな幹細胞株の確立」(STAP幹細胞)の研究と論文作成を部下として手伝う立場になっていた。
 自ら選んだ研究テーマが、もはや自由に研究できる立場でなくなり、しかも若山氏が主導した論文のストーリーに合わせた研究が続く毎日。「もうアメリカに帰ろうと思っている」と研究メンバーに打ち明けた。その直後、CDBの小さな研究室のユニットリーダーに募集しないかと声をかけられ、自分が望む研究ができるならと面接を受け、紆余曲折を経て小保方氏はCDBのユニットリーダーとなる。
●若山氏の責任
 その間、若山研による論文投稿は難航していた。その状況を劇的に変えたのが笹井氏だった。笹井氏はネイチャー誌にいくつもの論文が掲載された実績を持ち、世界的にも有名な科学者だった。笹井氏の指導により、論文は見事に整理され、ネイチャーへの掲載も決まった。
 そして笹井氏の命名により、小保方氏が検証した細胞の現象を「STAP」(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency:刺激惹起性多能性獲得)と呼ぶようになった。この名称が示すように、「STAP」とは小保方氏が検証した細胞の現象を示す意味合いが強かったことがわかる。
 その後、論文に不備が見つかり、のちにこれが不正と判断されることによりマスコミの過剰報道を交えた大混乱が起こったのは周知のことだろう。画像の間違い等によるミスに関しては、小保方氏は会見や本書において何度も謝罪をしている。
 しかし、ポスドクの立場で部下として研究に携わり、当時の上司であり指導者であった若山氏が主導した論文投稿に協力した小保方氏に、全責任を負わせたのは明らかに間違いだといわざるを得ない。
 若山氏は、小保方氏と同じ責任を負ったのだろうか。いや指導者という立場であれば、研究員への指導責任によりはるかに重い責任が負わされたとしてもおかしくはないだろう。
 2月11日付当サイト記事において、東京大学医科学研究所特任教授の上昌広氏は、加藤茂明・東京大学分子細胞生物学研究所教授(当時)が責任著者として発表した複数の論文のなかにグループメンバーの一部による不正あったことに対する監督責任を取って、東大教授を辞職した例を挙げ、「なぜ、加藤氏と若山教授の扱いが、こんなに違ってしまうのだろう」と指摘している。
 さらに、若山氏が15年に、「絶滅動物の細胞再生および有用遺伝子回収方法の確立」というテーマで、基盤研究(A)として年間975万円の研究費を受け取っていたという事実から、「文科省のガイドラインに準じれば、そもそも彼には科研費に応募する資格がない。なぜ、山梨大も文科省も、このことを議論しなかったのだろう」と指摘している。
 前述のとおり、STAP論文撤回の理由は小保方氏が「担当していない」実験の部分であったが、世間では小保方氏の画像の間違い等による不正認定が原因だと広く認識されている。
 次回は、その真相を探っていく。そこには、若山氏が責任を回避したマジックが隠されているのだ。
(文=大宅健一郎/ジャーナリスト)
 
株式会社サイゾー ビジネスジャーナル 2016年2月26日より
 

8000歩説

人は二足歩行できなかった時代が長かったからか日本人の私はこたつに座ったり、椅子に腰掛けたり、布団に横になるのが好きだ。
これは祖先が類人猿だったことに由来するのかもしれない。

然しなが進歩のツリーを遡ることはできないらしい。 イメージ 1

木は上に伸びるばかりで縮むことはない。伸びるか枯れるかして時を刻んでゆく。それには歩くしかなかったのだ。歩くのは、前に進むために課せられた人間への罰である。

子供が最初に歩くのは人類の歴史と重みを経験しながらの試みである。人間に与えられた罰だとは知らない。

8000歩。人は老いてもこの数字を守らなければならない。二足歩行を始めたばかりに毎日歩かねばならない。ツリーを先へと伸ばすために。

8000歩、歩いて満足し、次の歩行を考える。歩かねばならないと。ああなたもきっと歩いているでしょう。8000歩を目指して。

昭和から平成に替わって28年。あっという間の28年でした。

元号に反対する人も多かった昭和時代ですが、平成の元号を決める際も平和という元号が良いと期待を持って語られたものでした。
しかし、元号は人々の気持ちを汲んで作られるものではない訳で、案の定、平成という、当時の気分的には何が間が抜けた元号に決まりました。
当時の官房長官が平成の墨書きを掲げた写真は有名です。イメージ 1

昭和の時代は日本の参謀本部が暴走し、アジアを侵略し、国際連盟を脱退し、真珠湾に奇襲をかけ、沖縄戦を経て、数100万人の死者を出しながら、最後に広島、長崎に原爆を落とされてポツダム宣言を受諾するという激動の時代でもありました。

その反省を込めて作られた日本国憲法が、平成の27年には押し付けられた憲法だとして解釈変更でいよいよ武器を持って戦える状態にまで至っています。戦争が決して平和をもたらすものでないことは歴史が語っており、第2時世界大戦への痛切な反省から作られたことの意義を押し付けられた憲法、憲法を変えろとするまでに日本は保守化してしまったのです。

平成は戦争に再び首を突っ込む時代として記憶にされる元号になるかもしれません。宜しくないですね。

徒然なるままに

7日、サンデージャポンで今話題のK野球選手、タレントのことが取り上げられたが、
某新聞の配信では太田光が「捕まってよかった」と厚生の機会を得たのではと好意的に
語ったと報じた。
テリー伊藤は「ケツバットを打ちたい」と激怒しながらも厚生を願った、としている。
これに対しホリエモンは覚醒剤をやめられないのでは、と述べ大杉太蔵も一回手を出したら厳しいですよ、と主張し厚生派と白熱した議論となっていた、と取り上げている。

この記事の後半はいかにもスポーツ紙らしく嘘である。この番組を徒然なるままに眺めていた者からすると、珍しくマジで対立した意見をぶつけていた。最後にテリーが、白熱した議論だったけど良かった、と言わざるを得なかったないほどの激論であった。

太田光もテリー伊藤も立ち位置からして無難にまとめようとした。しかし、ホリエモンはも厚生なんて出来ないよ、と塀の向こう側からの経験を交えた意見だった。そしてあの太蔵が、「日本は甘すぎる。あれほど覚せい剤に手を出したら終わりだと言われているのに、それを破ったばかりのKの厚生話をするなんておかしい。絶対にアウトだ。」と珍しく真っ当な意見を業界派にツッコまれながらも主張したのだ。

あんたはエライ。珍しくエライ。イメージ 1

日本は厳しすぎる、とUSAのオッチャンは自分の国がシャブ漬けになってる状況からの意見を言って業界派への援護をしたが、シャラップであった。更に言うなら、テリーはKに対して激怒してはいない。口先だけのポーズである。

この程度のテーマにあっても、マスコミは嘘を平気で記事にする。あるいは正しく伝えてはいない。事実を伝えるということ一つをとっても、中立的な報道とか不偏不党などというが、そのような事はできるわけはないのである。どのような事実も立場が変われば異なった側面からの事実であるに過ぎない。

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