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彼は大通りを横切り、ジョセフ・ジベール書店に挟まれた通りをオデオン駅の方へと歩いた。本屋では
店の外に平台が置かれ、特売本を並べていたのでちょっと覗いてみた。大統領フランソワ・ミッテランの
『赤いバラ』があったので手にしたが、他には取り立てて興味を引く本はなかった。
メトロ・オデオンの入り口脇にはダントンの像があり、その黒く煤けた塊を、通りを隔てたところから
撮影した。次いでアンシェンヌ・コメディー通りをちょっと入ったところにある世界最古のキャフェ、プ
ロコップ。ダントン、ラ・フォンテーヌ、ロベスピエール、モリエール、ナポレオン、ボードレール、ヴ
ェルレーヌなどが集ったところである。その由緒ある店も代替わりし、今や安レストランにかわってい
た。
プロコップを後にしてサンジェルマン・デ・プレ教会へと向かった。十一世紀に立てられたパリ最古の
ロマネスク建築の教会である。彼はそれをレンヌ通りのドラッグストア前から撮った。三つあったという
尖塔は現在一つしか残っていなかったが、デ・ビュッフェの描いたリトグラフに見られるような冷たさは
感じられなかった。広場を挟んだ左手にはサルトルと実存主義で名高い二つのキャフェ、ドゥ・マゴとフ
ロールが競うように並んでいる。
教会と二つのキャフェ、それに、ボナパルト通り42番のサルトルのアパルトマンをカメラに収めた
後、教会の内部を見ようと中に入った。
暗い中に沢山の蝋燭が灯され、マリア像を足下から照らしていた。一心に祈る老夫婦がいた。入り口近
くの机には沢山のパンフレットが並べられており、彼はそれらの一つを手に取って読んだ。表紙のショッ
キングなイラストはレプラに苦しむ世界の人々への手助けを呼びかけていた。彼はいつか見た日本の映
画、『哀しみの器』を思い出した。と同時に、この世界でなお苦しみ続ける人々がいることを考えない訳
にはいかなかった。
静けさが支配していた。彼は右の側廊を奥へと進んだ。協会内には幾つかの墓があった。本陣脇のデカ
ルトやベネディクト修道士マビヨン、モンフォーコンの墓標を読みとりながら、もっとも奥の部分を抜け
ボワローの墓まできた。
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