小説「パリは夜露に濡れて」

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 翌朝、出された朝飯をとり終えると早速弁護士を要求した。しばらくしてやって来た弁護士に逮捕の理由を

尋ねた。彼は「逮捕の理由も知らないのか。」と呆れられ、「相変わらず人権が軽視されているな。問題

だ。」と言った。 彼の説明によれば、黒木は麻薬の密売人の一人として逮捕されたということだった。

 「なぜ、麻薬の密売人なのか。」の質問に、彼はコミューン戦士の壁での出来事を語った。


 それによれば、最近ピギャールやサンドゥニを中心にハシーシュ(大麻)などの麻薬の密売買が増え、

警察がその取り締まりを強化していたところ、密売組織が不定期に密売人を集めては指示を出していると

の情報を得た。その方法は動物園、墓地、公園、セーヌ河畔、ゴルフ場、プール、テニス場などにペタン

ク仲間、泳ぎ仲間等を装って密売人が集まる、とのことだった。そして今回、その密売人の集会が組織の

手によりペール・ラシェーズ墓地で行われた。彼等はコミューン戦士の墓地を参拝するという名目で集め

られていた。そして集まった連中の中に偶然、黒木もいたのだ。警察では一網打尽を狙ったが、より多く

を逮捕するために参加者に尾行をつけてて泳がせ組織に探りを入れた。黒木もその間に何らかの接触をし

ていればその者たちも取り調べを受けることになるだろう、といった内容だった。彼は友人の逮捕を考え

ると心配だった。弁護士に自分の仕事と墓地での撮影について詳しく話した。そして押収されてはいたが

彼の撮影したポジフィルムがそのバッグにあることを告げた。弁護士は彼の話を了解し、「すぐ出られる

ように努力する。」と言った。


 その日の午後、弁護士の努力もあってか、彼等は別々に釈放された。コミューンの壁の写真は証拠物件

として没収される事になり、所有権放棄の書類にサインさせられていた。彼は釈然としないので大使館を

通じて抗議しようかとも考えたが、フランスへの再入国ができなくなることも考慮し取り止めた。また、

弁護士を通じて前田絹子の件を尋ねてもらった。しかし、結果的に確認できなかった。

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 黒木には全く何がなんだか分からなかった。分からぬままギャングに鉛の弾を撃ち込まれるよりはましだと

しても、警官に理由も告げられぬまま逮捕されるのも考えてみればしゃくだった。車の中では三人の警官が法

務大臣の更迭について皮肉っぽい冗談を交えながら議論していた。運転手が時々後ろを向いて話すので、黒木

はそのたびに冷や冷やしていた。大型のシトロエンは青い光を点滅させながら夜のパリを猛烈なスピードで走

り抜けていった。少し前に渡ったアルマ橋を越え、セーヌ川に沿った河岸の通りを進み、コンコルド広場を左

手に過ぎた。


―フィルムを狙った連中を気にしていたら、今度は警察に逮捕されたか。しかし自分は何も法に触れるような

事はしていないはずだ。今までの出来事を警察が取り上げることなんてあり得ないと思っていたがひょっとし

たらこれで流れが変わるかも知れないな。とすれば、またしても他人の都合によるもめ事に関わってし

まったことになる。全くついていないの一語だ。―


 車は両替橋を右折し、シテ島の警視庁に着いた。二人は別々に留置され、翌日取り調べがある旨を告げ

られた。黒木は自分の逮捕を友人に知らせたいと要求したが入れられなかった。

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 脇道を入り、クレール通りに入った。学校と教会に囲まれた静かな街だった。二人が冗談を言いながら歩い

ていると、前方からライトを照らした車が近づいてきた。


 その車はみるみる近づき、彼等の脇を通り過ぎようとしたまさにそのとき、タイヤの音をきしませて急停車

した。男が三人飛びだし、拳銃らしきものを向けながら二人を囲んだ。黒木は瞬間、背筋が凍るようだった。


―また例の写真か、これで自分の運も尽きたか。―と云う思いが脳裏をよぎった。ソフィは黒木に抱きつ

いた。ソフィの体の温かみが心地よい香りと共に感じられた。その香りには覚えがあった。絹子の使って

いた香りとまったく同じだった。金髪が彼の顔にかすかに触れた。





「ポリース(警察だ)。手を挙げて動くな。そのまま膝まづけ。」と、男の一人がドスの利いた声で叫ん

だ。


 彼はその言葉に、天使の声を聞いたとさえ思った。ギャングだろうと考えた連中はなんと私服の警官ら

しかった。


「警察なら抵抗しない方がいいです。口答えもしないで。」とソフィは小さな声でささやいた。彼はうな

ずき、両手を静かにあげ、膝まづいた。


 警官は二人が抵抗しないのを確認し、後ろに廻って手錠をかけた。二人を車に押し込むと、急発進して

その場を離れた。

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 黒木はどうしようかと思ったが、綺麗な顔立ちで悪人とも思えなかったし、これも国際交流だと思っ

た。


「いいですとも、日本に興味を抱く人を疎かにはできませんからね。あそこにキャフェがあります。あそ

こで待っていますから電話が終わったらいらして下さい。」と言って、彼はボスケ通りとサン・ドミニク

通りの交差点にあるキャフェ、ラ・トゥール・エッフェルに入った。


 やがて電話を終え、微笑みを浮かべながらやってきた。背が高く、すらっとした彼女はソフィ・リ

シャールと名のった。クロード・モネの絵が好きで、調べるうちに日本の浮世絵の影響を受けていること

を知った。日本について学ぶうち、ジャポニスムの魅力に取り付かれたという。彼も絵画を好きなので話

は弾んだ。和紙について知っていることを披露した。彼女は時々メモを取りながら専門的な質問をした。

答えに詰まることもあったが、フランス人なら満足できそうな受け答えはできた。


「卒業したら、何をしたいのですか。」


「できれば、日本に行って和紙作りの技術を学び、フランスに紹介したいのです。仕事として難しいこと

は分かっていますが。是非実現したいです。」


「それは夢があっていいですね。和紙作りの技術を学ぶのは日本人でも数少ない思います。一人前になる

のは大変なんです。日本では和紙職人が後継者難だと言われているし、あなたのような方がフランスにい

ることは日本人の私としては大変嬉しい限りです。是非、志を貫いてください。そして、何か手伝えるこ

とがあれば言ってください。微力ながらお手伝いします。」


「どうも有り難うございます。今日は大変参考になりました。」


「では、僕はこの近くのホテルに宿を取っています。あと、一週間くらいは滞在しますので何か用事があ

れば電話してください。」と別れ際に彼はホテルの名と電話番号を紙に書いて渡した。そして、帰る方向

が同じというので、途中までいっしょに歩いた。

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 黒木は礼を言ってアパルトマンを出た。アルマ橋を渡り、ボスケ通りへ入った。背の高いマロニエの木

が通りに沿って青い葉の壁を作っている。


 途中、アメリカン・カレッジ近くの電話ボックスで、不在だった向井に連絡しようとダイヤルを回し

た。彼はちょうど帰宅したところだった。黒木の話に彼も非常に驚いた様子だった。前田の件はもちろ

ん、黒木を襲った者と彼女との不吉な関わりを疑ったからだろう、と黒木は思った。


 5分くらい経ったろうか、黒木は何の気なしにガラスに映る電話ボックスの外を背中越しに見た。女性

が一人、電話の順番を待っていた。黒木は、すぐに終わる、と伝えるつもりでウインクをした。女性は微

笑みながら軽くうなづいた。


 彼が電話を終えボックスを出ると待っていた女性が声をかけた。

「ヴウ ゼット ジャポネ。(あなたは日本人ですか。)」


「ウイ、セ サ(そうです)。」


「やはりそうでしたか。とても嬉しいです。私は日本の文化に大変興味をもっています。ドーフィーヌの

東洋語学校で日本語を学んでいます。」と今度はややたどたどしい日本語で言った。


 黒木はおかしかった。いかに日本ブームとはいえ、一日おいて二度も日本語を学ぶフランス人に話しか

けられることは今までになかったからだ。


「そうですか。日本の文化の何処に興味を持ったのですか。」


「それは伝統工芸の一つ、和紙作りです。とてもすばらしいでしょう。日本の方なら誰でもそう思うで

しょう。」


「伝統工芸ですね。それはすごい。ぼくは残念ながら和紙についてほとんど知識がありません。でも、大

好きですよ。和紙のランプシェードや間仕切り、それに壁紙に使うこともできるんです。」


「あの、ここでは何ですから、もしよろしかったらゆっくりとお話をお聞かせ願いませんか。時間はあり

ますか。」


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