「スペース・オデッセイ2101」

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この小説の背景には1968年制作のスタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」があり

ます。2001年にはこのような宇宙の旅が行われていると考えたのかもしれませんが、それは見事に外

れてしまいました。必要性と資金の問題だったのでしょう。


この宇宙の旅のあらすじをWIKIPEDIAから拾ってみます。

人類の夜明け
www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=cWnmCu3U09w
遠い昔、ヒトザルが他の獣と変わらない生活をおくっていた頃、謎の物体がヒトザル達の前に出現する。やがて1匹のヒトザルが物体の影響を受け、動物の骨を道具・武器として使う事を覚えた。獣を倒し多くの食物を手に入れられるようになったヒトザルは、反目する別のヒトザルの群れに対しても武器を使用して殺害し、水場争いに勝利する。

時は過ぎ、月面で人類が住むようになった現代、アメリカ合衆国宇宙評議会のヘイウッド・フロイド博士は、月のティコクレーターで発掘した謎の物体「モノリス」を極秘に調査するため、月面クラビウス基地に向かう。調査中、400万年ぶりに太陽光を浴びたモノリスは強力な信号を木星(小説版では土星)に向けて発した。

木星使節(ジュピター・ミッション)
18か月後、宇宙船ディスカバリー号は木星探査の途上にあった。乗組員は船長のデビッド・ボーマンとフランク・プールら5名の人間(残りの3名は出発前から人工冬眠中)と、史上最高の人工知能HAL(ハル)9000型コンピュータであった。

順調に進んでいた飛行の途上HALは、ボーマン船長にこの探査計画に疑問を抱いている事を打ち明ける。その直後HALは船の故障を告げるが、実際には問題なかった。ふたりはHALの異常を疑い、その思考部を停止させるべく話し合うが、これを察知したHALが乗組員の殺害を決行する。すなわち、プールは船外活動中に宇宙服を破壊され、人工冬眠中の3人は生命維持装置を切られてしまう。

唯一生き残ったボーマン船長はHALの思考部を停止させ、探査の真の目的であるモノリスの件を知ることになる。


木星 そして無限の宇宙の彼方へ

ひとり探査を続行した彼は木星の衛星軌道上で巨大なモノリスと遭遇、驚愕の体験を経て人類を超越した存在・スターチャイルドへと進化を遂げる。



 この映画は大変気に入っております。この映画と「猿の惑星」が無ければ、このスペースオデッセイも

書くことは無かったと思います。この小説は2316年までが書かれています。もっとも、ノアの箱船に

乗ってこの地球を去ることになるというのはひょっとしたら、もう少し早くなるかもしれません。231

6年まで生きようとする人は是非ともこの小説を初めから読んでいただければ幸いです。おもしろおかし

く書くという手法がとれないものですから、飽きるかもしれません。そのときは最終章に飛んでいただい

て結構です。最後まで読んでいただき、感想でも残してください。

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 また、個体の差異は社会的施策によってその優劣を無くせたが、意識レベルまでの変革は容易ではなか

った。人間の本性が悪であるかのように差別意識は消しきれないまま残っていた。


人が快苦に従って行動してきたように、科学はその論理によって人の肉体的、精神的な苦しみを癒やし

てくれるはずだったが、それも至難の業だった。心の苦しみまではいやせようもなかった。死の現実にも

科学は依然として非力だった。嬰児が生の苦しみに泣くように、死の恐怖は変わることはなく、人間存在

自体に関わる非科学の領域に属していた。


 革命はアッシーラ国の人々の考える意識を蘇らせる事には成功した。緑化事業の推進は自然と人間の関

係を、自然の偉大な力と愛を人々に問い返させた。


 だが、緑化が定着すると共に、人々はそれを日常的な自然の一風景の断面としてしか見なくなっていっ

た。美しく優しい自然はただそれとしてしか受け入れられなくなっていた。人と社会、人と自然と科学と

の関係を問い続ける人は、やはり一部の人々に限られてしまった。


 そして、その人々は新しい社会システムの中で善意の社会作りを行っていくかも知れない。だが、アッ

シーラ国の状況は再び二世紀前の大戦争直後の数十年に似ているともいえた。新たな指導者たちはいつま

で生きた社会作りを行えるだろうか。緑の革命が何時から神話として語り始められるのだろうか。



2201年1月19日(火)

 緑化革命十周年記念日。国内では様々な記念行事が催されていた。プラインベール近郊の革命記念墓地

では一次、二次の抗議運動で倒れた230名の追悼記念集会が行われていた。


 墓地は沢山の木々で囲まれていた。そしてズーラ国から再びアッシーラ国に帰ったマルコたち5人もそ

こに集まっていた。十年の歳月は社会の各分野で活躍した彼等の容貌に重厚さを与えていた。


 マルコは木立を眺めながら、「あれからもう十年も経ってしまったんだな。」とぽつりと言った。

「メサージュさんは本当に数奇な運命に翻弄されたものだ。生きていたら新しい社会建設に参加できたろ

うに。」とマタイが言った。

「本当に残念ですね。あの方が死んでしまったなんて、まだとても信じられません。」とマリコは足下の

草に目をやりながら言った。

 その様子にマリナは「二十三世紀に入ったのです。私たちも彼の分まで一層頑張りましょう。」と元気

づけた。

 マリアも「そうですとも、彼だってそれを一番望んでいるはずです。」とうなずいた。



 心地よい風が彼等の頬を撫でながら緑の香りを運んできた。やがて、革命に倒れた人々をたたえる演説

が始まった。ただ黙って俯く人、涙ぐむ人、空を見上げる人。彼等は何を思いだしているのだろうか。
 


 23世紀。それは人類が自らの存在の意味を改めて問い返さねばならない時代だった。しかし、科学に

より肉体的な苦痛から日々解放されつつある人類は彼等彼女らの思考を内面へと向けようとはしなかっ

た。物質的満足と精神的な快楽は精神を眠り込ませるばかりだった。

 一部の人々はたびたび警告を発したが、それは空しく響くばかりだった。


 それから、わずか15年。人類はついに取り返しの付かない事態へと自らを追いやったのである。それ

はまた、人類が自らの出生の秘密を抱く地球を去る序章だった。人類は思い出の詰まった地球をついに去

らねばならなかった、ノアと名付けられた無数の宇宙船に乗って・・・。              


               完

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 ところで、反政府のストライキが高まる最中、一部では流血も見られ、7名の死者と100余名の負傷

者が出ていた。死者のうち一人はプラインベールの情報局本部に侵入し、長官等幹部を襲撃しようと図り

射殺されたものだった。




 それから十年の歳月が流れた。多くの国々はズーラ国の植物研究の成果と緑化援助などにより、進行し

つつあった砂漠化をくい止めることができた。その過程は歴史上、世界緑化革命と定義され、独裁制の

国々での国内改革とも軌を一にした。



 アッシーラ国の革命もまた歴史の流れを大きく変えた。人々は失われていた基本的な自由と権利を回復

し、政治は人々の意志を十分に反映するようになった。緑化計画は七年で予定通りに達成され、第二次七

ケ年計画に取り組んでいた。全ては順風満帆のようだった。



 科学と人間との関係はどうなったろうか。技術革新による省力化は変わることなく進み、かつての労働

概念は完全に変わっていた。短縮しきった労働時間と省力化された労働が逆戻りすることはなかったし、

そうする必要性も議論されなかった。額に汗して働く、などの言葉はとうの昔に死語になっていた。



 人間の生命創造もいったん科学の手にゆだねられた後では女性側の性の負担として再神話化すること事

はなかった。

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●11月20日(木)
 ゼネスト状態がまさに頂点に達しようとするとき、政治的抑圧のシンボルだった矯正キャンプが次々と

解放され、前回の暴動の逮捕者も含めて多くの囚人が自由の身となった。その中にはイゾルやジェダイの

顔もあった。


 政府はついに国会を解散し、国会議員選挙と緑化法案の国民投票を行う旨を発表した。



●翌年1月19日(火)

 全国一斉に選挙と国民投票が実施された。

 結果は明らかだった。議員選挙の再立候補者のほとんどは落選し、代わって地下活動のリーダーたちが

選出された。同時に緑化法案も国民のほとんどの賛成を得た。


 新国会は次々と国内改革の施策を断行した。言論、出版、結社の自由を認め、情報公開法を成立させ

た。


 治安警察は解体され、民主的な組織に改められた。 


 薬物乱用者の摘発が行われ、社会復帰施設に収容された。改革は徹底して行われ、旧政権下の悪弊はほ

ぼ一掃された。


 また、実施に移された緑化事業ではズーラ国からアルファー2が輸入され、砂漠に植林された。海岸地

方での砂の流れを止める工事が至るところで始められた。七年計画の第一歩はこうして順調に滑り出し

た。


 更に、国内改革の先鞭を付けた国王は自ら王政の廃止を希望し、国会の議を経て宮殿を去った。

●11月20日(木)
 ゼネスト状態がまさに頂点に達しようとするとき、政治的抑圧のシンボルだった矯正キャンプが次々と

解放され、前回の暴動の逮捕者も含めて多くの囚人が自由の身となった。その中にはイゾルやジェダイの

顔もあった。


 政府はついに国会を解散し、国会議員選挙と緑化法案の国民投票を行う旨を発表した。



●翌年1月19日(火)

 全国一斉に選挙と国民投票が実施された。

 結果は明らかだった。議員選挙の再立候補者のほとんどは落選し、代わって地下活動のリーダーたちが

選出された。同時に緑化法案も国民のほとんどの賛成を得た。


 新国会は次々と国内改革の施策を断行した。言論、出版、結社の自由を認め、情報公開法を成立させ

た。


 治安警察は解体され、民主的な組織に改められた。 


 薬物乱用者の摘発が行われ、社会復帰施設に収容された。改革は徹底して行われ、旧政権下の悪弊はほ

ぼ一掃された。


 また、実施に移された緑化事業ではズーラ国からアルファー2が輸入され、砂漠に植林された。海岸地

方での砂の流れを止める工事が至るところで始められた。七年計画の第一歩はこうして順調に滑り出し

た。


 更に、国内改革の先鞭を付けた国王は自ら王政の廃止を希望し、国会の議を経て宮殿を去った。

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