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2007年10月28日に首の腫れに気づく。
ゴムの塊のような弾力のある腫れ。押しても痛みはなかった…
翌日29日、現病院へ。
触診、エコー検査、血液検査、CT検査の結果、「悪性リンパ腫」の宣告を受ける。
余命があと5年位であることも同時に宣告され、即日入院。
その後、生検のため、鎖骨下からリンパ細胞採取。
ところが、採取した細胞片が小さく結果がきちんと出なかったため、2度目の生検。
ぶっちゃけ、ドクターに不信感を抱きました。恨みましたよ。嫁入り前の体に傷が残るわけで。。それも、医者のミスですからね。
生検の結果、ホジキンリンパ腫2期bと診断。
2007年11月からABVD療法が始まる。
副作用が非常に強く、どの薬も効果なし。(特に吐き気、嘔吐はどの薬も意味なしでした。血管痛も出ましたし。暗くしても、点滴の管を光に当てないように、アルミホイルでまいて点滴しても、意味がありませんでした。血管はいまだに固いままです)
2007年12月ABVD療法1クール終了で退院。
2007年12月〜3月外来通院でABVD療法4クールまで行う。(2回で1クール)
胸部に違和感があり、PET−CTと胸部レントゲンを撮影。
結果、胸部の腫瘍にほぼ効果なく、副作用のみ残る。
担当医には不信感ばかり募り、悔しいのとやりきれない気持ちでいっぱいでした。
セカンドオピニオンに行くつもりで予約までとりましたが、私の体力がそこまで持たず、セカンドオピニオンはできませんでした。
2008年4月 自家幹細胞移植のため、再入院。担当医が変わりました!!!
この時、病期がホジキンリンパ腫3期初回難治性と診断。
ESHAP療法4回。
放射線照射 23回。
幹細胞採取 7月2日・3日
(万が一の為に2回分、幹細胞、採取予定でしたがいろいろあって1回分しか採取できませんでした)
移植準備 9月1日〜9月6日 前処置 MEAM
MCNU(メイサリン)1日間
ETP(ベプシド) 3日間
AC(キロサイド) 3日間
MCNU(サイメリン)1日間
MEL(アルケラン) 1日間
幹細胞移植 9月8日。(独特の匂いがありました。私は「ごはんですよ」の香りに感じましたが、
人それぞれのようです)
退院 9月26日。
精神的に参っていたため、思うように言葉が出なくなったり、鬱にもなりました。
不眠症にもなりました。
そのためカウンセリングを受けて睡眠薬、安定剤を処方してもらっていました。
病室は1度目は、大部屋。2度目は、お金がかかるけど、個室に。(親ゴメン)
この病気、とても精神的にくる・・・何度、自殺しようと思ったか・・
そして、症例が少ないのに、難病指定にもされてないし、これといって、行政からの援助もない。
だから、金銭面的にも、とても大変。
なかなか、普通の生活に戻れず、仕事もできない。
今もやっぱり、たまに自ら命を絶ちたくなる時がある・・・
病気に体も心も負けそうになる。。
でも、今生きてるのは、友人や親、ブログ見てくれてるみんながいるから。
弱い私ですが、応援メッセージくれたら、うれしいです。
このブログを見て、同じ病気の人たちの励みに少しでもなればと思います。
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