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夏樹さんの小説、ドラマ化決定!(09年3月情報)

寄せ書き(メッセージ)

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夏樹さんが天国に引っ越しする直前まで、
自らの日々を綴り続けた「ガンに生かされて」(新潮社)が文庫化されました。
その「解説」として、長年パートナーとして支えてこられた所属事務所・サニーサイドアップの
次原社長が、文章を寄せられています。
夏樹さんがいかに“書く”ことに情熱を注いだか、それを周りの人間がどう感じ、動いたか―――。
改めて「ガンに生かされて」とともにぜひ読んでいただきたいと思うようなあとがきです。
まだお読みになっていない方は、この機会に是非お手に取って、
夏樹さんと次原社長が起こした「奇跡」を感じてください。

※以下は部分抜粋となります。

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文庫「ガンに生かされて」解説

 早いもので、飯島夏樹との最初の出会いからもう16年の年月が過ぎようとしています。
 夏樹から病気のことを聞かされたのは、2002年の初夏のことでした。
夏樹と寛子、私の一番のビジネスパートナーであり、現役時代から彼の最期まで、
そして現在に至るまで、夏樹のマネージャーを担当している常務の松本、そして私という4人で、
八王子のイタリアンレストランで食事をした席でのことでした。

“相談したい話がある”と呼び出された時点で、私たちはすでに夏樹がただごとではない病気に
悩んでいることを知ってはいました。そのうえで告げられた事実であったにも関わらず、
その内容をにわかには真実として受け止めることができませんでした。
人の死を見送るという経験が、まだそれほど多くない自分達にとって、お互いが、未熟だったころから
知っている同じ年の仲間が、抗うことが難しい病に冒されているという現実。
スポーツ選手を支えるという仕事を通じ、他人の人生を預かることの重さについて、
思いを巡らせてきたつもりでしたが、この日を境に、私自身、
人の命というものを真剣に考え始めたような気がします。

 希望は捨てるつもりはありませんでしたが“残った時間で、私達に一体何ができるだろう”という
焦りにも似た気持ちが胸を突きました。

「すべてのことには、神様が与えてくれた意味があるんだよ」は、
クリスチャンであった夏樹の口癖でしたが、ガンの宣告、鬱病の発症、大好きな“海”と引き剥がされて迎えたさまざまな試練の意味に、しばらくは答えが出ませんでした。

 そんな夏樹のターニングポイントは、築地の国立がんセンターに入院したことでした。
夏樹と寛子の「セカンドオピニオンを求めたい」という強い要望に応えるために、
自らもガンからの生還経験を持つ、私の知人のある方を夏樹に紹介したのです。
その方から紹介されたのが国立がんセンター。そして、その方というのが、その後本書が世に出るうえでの浅からぬ因縁が生まれることになる新潮社の石井昂さんでした。

 こう書くと、その時から新潮社さんが、出版を前提に夏樹に書くことを勧めたように聞こえますが、
話はそんなに簡単ではありませんでした。がんセンターで出会う、さまざまな人間の生き様に刺激を受けたことが、医者とガン患者を題材にした小説を書き始めることにつながるのですが、
処女作『天国で君に逢えたら』の原型は、レポート用紙に汚い手書きで綴られたものでした。
出版を夢見て、夏樹を支える友人がワープロ打ちにはしてくれましたが、その原稿を持って出版社を回っても手応えなどありません。ウィンドサーフィンの雑誌にエッセイを書いた経験はあっても、小説には初チャレンジの素人が書いた原稿です。おいそれと書籍化してくれるほど出版業界は甘くはなかったのです。

 でも、奇跡は起きたのです。石井さんから渡された夏樹の原稿を、文芸の編集長である私市さんが
「荒削りだが、整理すれば行ける」と判断してくれ、同じく原稿を読んだ担当編集者のタロイモ君が
情熱的に本作りに取り組み、どうにか正式な「書籍」として初版5000部で世に出されたのでした。
その後、本のPR活動の過程で生まれた彼のドキュメンタリー番組が多くの反響を呼び、
幾度も特集が組まれ、処女作はベストセラーに、そしてその後、夏樹はさらに2冊の作品を発表することが出来たのです。
 彼のマネジメントを始めた頃のことを思えば、彼がこんなに若くして私たちの前から姿を消したことも、そして“作家”という肩書きで、多くの皆さんの記憶の中に生き続けていることも不思議でなりません。
 自分が身を削って生み出したモノの反響に勇気づけられた夏樹は「この人、まだ生きてるの? って、皆に笑われるぐらい生きるよ」と、最後まで“書く”ということに情熱を燃やし、3カ月と言われた余命を、9カ月にまで伸ばす奇跡を演出してくれました。

「すべてのことに意味がある」と語っていた夏樹の人生や旅立ちの意味を総括するのは、
まだ早いかもしれません。しかし、彼が“書く”ということをはじめてから、なぜこんなに多くの人が彼に巻き込まれていったのか、彼の持つどういう魅力に引き込まれていったのかを、今も時々思うことがあります。
 飯島夏樹は、決して世界の頂点に立つトップアスリートというわけではありませんでした。
あの運命が降りかかるまでは、マリンスポーツが好きな気さくなお兄ちゃんであり、歴史に名を留めることもなかったでしょう。
 ただ彼が“死”というものを受け入れたその瞬間に、新しい飯島夏樹が誕生したのです。
 新しい夏樹に課せられたものは過酷で、また私たちに見せた姿も一瞬でしたが、書くことを通じた“生”への思いが、多くの人たちを突き動かし、また現役時代を知らない彼の子供たちにも、父としての記憶を鮮烈に植えつけました。

 彼に生きていて欲しかったことは言うまでもありません。もちろん夏樹も無念でしょう。
が、現実に、彼が作家として堂々と稼ぎ出したお金で、残された愛する寛子と四人の子供を養っていくことができます。そして彼の生き様は、本当に多くの人に勇気と感動を与えました。人生の最後に、そんなかっこいい生き様を見せてくれた彼に心から敬意を表さずにいられません。

 彼の作品が、今こうして文庫化され、また映画化を通じて、これから先さらにまた多くの人たちの目に触れていくことを心から嬉しく思うと同時に、彼の生き様がさまざまな人に影響を与えていくことで、飯島夏樹という人間が生きた意味が、もっともっと深くなっていくことを、これからも期待していきたいと思います。

 今、私自身も、彼が残してくれた言葉の一つ一つをかみ締めながら、生きていくことの意味を改めて考えています。


 夏樹、有難うね。
 いつか天国で逢おう。


サニーサイドアップ社長
次原悦子



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