映画「Life 天国で君に逢えたら」official blog

夏樹さんの小説、ドラマ化決定!(09年3月情報)

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まだまだ梅雨真っ盛り。毎日ジメっとしたお天気が続きますね。
来週には梅雨明けだとか。
真っ青な空と、気持ちの良い風、透き通る海、のハワイにはほど遠いですが
皆様もぜひこの夏は海に行ってみてください。
空と海と風を感じると、夏樹さんと話せる気がしますよー。

さて、、、、
長年夏樹さんのマネージャーを担当されていた
サニーサイドアップの松本さんからメッセージを頂きました。
夏樹さんの人柄が伝わる、暖かい文章です。
ぜひご一読下さい。


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「夏樹〜、なんだか笑っちゃうよね、あの妄想が、ここまできちゃったよ〜。」

東宝本社の大会議室で、第一回目の「Life 天国で君に逢えたら」の製作委員会が開かれたときの
私の胸中。
50名を超える、関係各社の錚々たるメンバーがお集まりの会議に参加しながら、
客観的にその光景を見ている自分はあまりのことに思わず笑いをこらえながら夏樹に話しかけていた。


夏樹との出会いは1991年頃。
夏樹は寛子と結婚したばかりで、二人はいつも世界のどこかの海にいた。
当時私たちの会社はマネジメントの専門部署もなく、
PRしか経験のない、ウインドサーフィンなど見たこともない私がなぜか「飯島夏樹担当」に任命された。

でもプロモーションしようにも当の本人はほとんど日本にいない。
レースの様子も取材困難。
それにウインドサーフィンはマイナースポーツで、
トッププロといえどもスポンサーを一社決めるのも容易ではなかった。

夏樹の遠征中の私の仕事といえば、彼が世界のどこかから送ってくるエッセイの原稿のチェックや、
「日本語が見たい」というリクエストに答えて「相撲の番付表」や雑誌のコピーをFAXすること、
どこにあるか想像もできない遠くの海での大会結果をスポンサーやメディアに連絡すること、
ぐらいだったように思う。

グアムに拠点を移してからは、仕事の面でのサポートが主になった。
ロコの従業員が問題を起こしたときの謝罪文を書いたり、
親会社との契約交渉のシミュレーションをしたり・・・
「ウインドサーファーのマネージャー」としての仕事は皆無だった(苦笑)。
今思えば、彼は私と会った時にはすでにトッププロで自分のことは全部自分でできていたのだから
(しかも寛子もいたのだから)、ウインドの知識もまったくない私には
そこのサポートは最初から期待していなかったのだろう。

グアムには毎年訪れ、お互いの人生の過去のこと、先のことなどいろいろ話したが、
あるとき「何の職業が一番幸せか」という話になり、夏樹が「作家がいいなぁ」と言った。
「そうだよねぇ、夏樹の大嫌いな都会にいなくても、満員電車に乗らなくても、
好きな場所にいて、好きなこと書いて死ぬまで働き続けていける。夢の印税生活だねぇ」と
心底同意したものだ。

出会ってから10年、夏樹はいつも快活に笑い、真っ黒で、強くて、
そしていつも海の近くにいた。


そんな夏樹に病が与えられた。
そこからの日々は私がこれまでまったく体験したことのない時間となった。
確実に、家族ともいえる友人が衰えていく。時には体が、時には心が。
けれど私には何もできない。
どんな言葉をかけようとしても、その言葉が夏樹に与える影響を思うと、
軽々しく口にはできなかった。

けれどそんな私の心の痛みをやわらげてくれたのは、他ならぬ夏樹自身だった。

最後まで自分自身の人生を「生きた」夏樹のおかげで、
私たちは「夏樹が天国に行った後」の話をとことんすることができたのだ。
特に、同じ母子家庭経験者の女性として(しかも男の子の双子がいることも一緒だ)、
「父親がいなくなった後の子どもたち」について、「母一人で子育てする寛子のことについて」
「母子が住む場所について」「教育について」などなど、
ひとつひとつ、夏樹が疑問や自身の考えをなげかけ、私が自分の考えを話し、
という形でそれは延々と続いた。

そしてもうひとつ、特に夏樹が大好きだった話。
それが彼がベイビーとよんだ「小説」についてだった。
夏樹の頭の中にはどんどん新しいアイデアが生まれ、あふれていた。
このお話の中に出てくる主人公や、それを取り巻くキャラクターが、
いつの日か「出版」という形で世の中に出て、そして映像化され、
多くの方に愛され、育っていくといいなぁ、と、
それはそれは楽しく話した。

夜中の薄明かりの病室で、他のベッドには見舞い客もいなくなった後、
二人でこっそり、
もしも映像になるなら、
○ ○の役にはこんな役者さんがいいなぁ、とか、
だったらあの役はこの人だね、とか、
勝手に妄想するのが何より楽しかった。
夏樹はお母様の影響もあってか無類の読書家であると同時に大の映画ファンでもあったから、
その「妄想」はさぞや楽しかったに違いない。

そして、現世では自分自身の「先」の話をすることが難しくなった彼にとって、
分身である作品や、その中のキャラクターについては、
いくらでも夢のある「先」の話をすることが可能だったのだ。


それが今こうして、
ものすごい数の方々の力を借りて、大きな大きなプロジェクトとなり、
一本の映画として立派に誕生しようとしている。

感激に震えながらも、
いたずらっぽい笑顔の夏樹を思い浮かべる。
「りえさん、やったねぇ」と顔をくしゃくしゃにしていう声が聞こえてくる。
「何が『やったねぇ』よ、自分が天国からあれこれ指図してたくせに」。



この映画は夏樹と、夏樹をとりまくさまざまな「思い」で生まれたと感じている。
それは強いけれどほんわかとしていて穏やかで、とても温かな「思い」だ。

この映画を観て頂いた方々が、自分の中にあるそんな「思い」に気づいて下さったら大成功。

本当に夏樹に「やったねぇ」と言える気がする。


サニーサイドアップ
松本 理永

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