映画「Life 天国で君に逢えたら」official blog

夏樹さんの小説、ドラマ化決定!(09年3月情報)

寄せ書き(メッセージ)

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みなさま

まもなく梅雨明けですね。
「夏」が始まりますね!

新しいメッセージを頂戴しました。
東宝の映画プロデューサー・仁平さんからです。
夏樹さんの本に初めて出会った日から
ずっと映画にすることを一番の願いとされて
すべてにおいて先頭に立って進められた、ステキな女性です。

夏樹さんと仁平プロデューサーの出会いについては
以下をじっくりとお読み下さいませ。


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 私が飯島夏樹さんに初めて「出会った」のは、会社の近所の本屋だった。
『天国で君に逢えたら』という、一冊の本を通じて、である。
本の奥付を見ると、2004年の7月30日となっているから、今からちょうど3年前になる。
 私は東宝という映画会社で、テレビドラマや映画を作っている。
出版されたその日に読み、一読してすぐにこれを映像化したい、と思った。
翌日には版元である新潮社に電話をし、担当編集者にアポをとった。
ガンに冒された人々を描く小説であるのに、
とてもユーモラスで、希望のある内容に心魅かれたのだった。
聞けば、作者は小説を書くのは初めてである上に、自身、余命宣告を受けた末期ガン患者であるという。ウィンドサーフィンについて全く知識のなかった私は、
飯島夏樹さんという人物と、世界的プロウィンドサーファーとしてでなく、
一人の作家として出会ったのである。

その時点で映像化のオファーをしたのは、私が初めてだったのだが、
日を置かず、TBSの平野プロデューサーが東宝に映画化を企画提案していることが分かった。
やがていくつかの要素から、小説というよりは夏樹さんの人生そのものを描く企画へと変容していった。そのプロジェクトのメンバーに加わり、映画に一プロデューサーとして関わることになった。
今、思えばこれも不思議な縁である。
夏樹さんがそのような出会いを運命的に導いてくれたのではないかと思う。
夏樹さんは亡くなってしまったけれど、映画は完成し、今、ここにある。

一度もお会いしたことのない、飯島夏樹さんという実在の人物を、
モデルとはいえ、どのように描けばいいのか、ずっと模索していた。
実際の飯島家のご家族にお会いしたのは、昨年2006年の12月。
夏樹役の大沢たかおさんと一緒にハワイを訪問した時だった。
心の中は不安で一杯だったが、ホノルル空港で私達を出迎えてくれた寛子さんの笑顔を見て、
ものすごくほっとしたと同時に、ああこの人が夏樹さんが愛した人なのだな、と瞬時に実感したことを覚えている。この夫婦のあり様を描くことが、この映画の一つのテーマである、と確信できた瞬間だった。

なぜ夏樹さんが最期まであんなに笑顔でいられたのか、という問いに対してある答えを提示することが、この映画の大きな課題だった。
もちろんある答えを描いているのだが、それで正しいのか、なかなか確信がもてずにいた。
しかし映画が完成した今、自分が考えていた以上の答えが、その中にあることに驚く。
プロデューサーとしては失格な発言かもしれないが、
この映画には作り手でさえそのように計算しきれないような深みがあり、
それはやはり見えざる力によって、導かれたものなのだと思う。
夏樹さんの半生をたどっていったら、自然とそこに答えがあったのだ。
不思議なエピソードがある。
ハワイロケ中、ウィンドサーフィンのシーンの撮影では運よく風に恵まれた。
この時期めずらしいというほどだ。
そんな時、現場のスタッフ一同、夏樹さんが天国で見守っていて、風を呼んでくれているのだ、
と思ったものである。

このような作品を作る機会に恵まれたことに、寛子さんを始め、飯島家の皆様に感謝すると共に、
天国の夏樹さんにありがとうございました、と言いたい。
映画の中で夏樹さんに生き続けてほしいと思うし、
一人でも多くの人に、この映画を見て、生きることのすばらしさ、
夫婦や家族であることのすばらしさを、改めて感じてもらいたいと思う。

東宝 映画プロデューサー
仁平 知世

まだまだ梅雨真っ盛り。毎日ジメっとしたお天気が続きますね。
来週には梅雨明けだとか。
真っ青な空と、気持ちの良い風、透き通る海、のハワイにはほど遠いですが
皆様もぜひこの夏は海に行ってみてください。
空と海と風を感じると、夏樹さんと話せる気がしますよー。

さて、、、、
長年夏樹さんのマネージャーを担当されていた
サニーサイドアップの松本さんからメッセージを頂きました。
夏樹さんの人柄が伝わる、暖かい文章です。
ぜひご一読下さい。


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「夏樹〜、なんだか笑っちゃうよね、あの妄想が、ここまできちゃったよ〜。」

東宝本社の大会議室で、第一回目の「Life 天国で君に逢えたら」の製作委員会が開かれたときの
私の胸中。
50名を超える、関係各社の錚々たるメンバーがお集まりの会議に参加しながら、
客観的にその光景を見ている自分はあまりのことに思わず笑いをこらえながら夏樹に話しかけていた。


夏樹との出会いは1991年頃。
夏樹は寛子と結婚したばかりで、二人はいつも世界のどこかの海にいた。
当時私たちの会社はマネジメントの専門部署もなく、
PRしか経験のない、ウインドサーフィンなど見たこともない私がなぜか「飯島夏樹担当」に任命された。

でもプロモーションしようにも当の本人はほとんど日本にいない。
レースの様子も取材困難。
それにウインドサーフィンはマイナースポーツで、
トッププロといえどもスポンサーを一社決めるのも容易ではなかった。

夏樹の遠征中の私の仕事といえば、彼が世界のどこかから送ってくるエッセイの原稿のチェックや、
「日本語が見たい」というリクエストに答えて「相撲の番付表」や雑誌のコピーをFAXすること、
どこにあるか想像もできない遠くの海での大会結果をスポンサーやメディアに連絡すること、
ぐらいだったように思う。

グアムに拠点を移してからは、仕事の面でのサポートが主になった。
ロコの従業員が問題を起こしたときの謝罪文を書いたり、
親会社との契約交渉のシミュレーションをしたり・・・
「ウインドサーファーのマネージャー」としての仕事は皆無だった(苦笑)。
今思えば、彼は私と会った時にはすでにトッププロで自分のことは全部自分でできていたのだから
(しかも寛子もいたのだから)、ウインドの知識もまったくない私には
そこのサポートは最初から期待していなかったのだろう。

グアムには毎年訪れ、お互いの人生の過去のこと、先のことなどいろいろ話したが、
あるとき「何の職業が一番幸せか」という話になり、夏樹が「作家がいいなぁ」と言った。
「そうだよねぇ、夏樹の大嫌いな都会にいなくても、満員電車に乗らなくても、
好きな場所にいて、好きなこと書いて死ぬまで働き続けていける。夢の印税生活だねぇ」と
心底同意したものだ。

出会ってから10年、夏樹はいつも快活に笑い、真っ黒で、強くて、
そしていつも海の近くにいた。


そんな夏樹に病が与えられた。
そこからの日々は私がこれまでまったく体験したことのない時間となった。
確実に、家族ともいえる友人が衰えていく。時には体が、時には心が。
けれど私には何もできない。
どんな言葉をかけようとしても、その言葉が夏樹に与える影響を思うと、
軽々しく口にはできなかった。

けれどそんな私の心の痛みをやわらげてくれたのは、他ならぬ夏樹自身だった。

最後まで自分自身の人生を「生きた」夏樹のおかげで、
私たちは「夏樹が天国に行った後」の話をとことんすることができたのだ。
特に、同じ母子家庭経験者の女性として(しかも男の子の双子がいることも一緒だ)、
「父親がいなくなった後の子どもたち」について、「母一人で子育てする寛子のことについて」
「母子が住む場所について」「教育について」などなど、
ひとつひとつ、夏樹が疑問や自身の考えをなげかけ、私が自分の考えを話し、
という形でそれは延々と続いた。

そしてもうひとつ、特に夏樹が大好きだった話。
それが彼がベイビーとよんだ「小説」についてだった。
夏樹の頭の中にはどんどん新しいアイデアが生まれ、あふれていた。
このお話の中に出てくる主人公や、それを取り巻くキャラクターが、
いつの日か「出版」という形で世の中に出て、そして映像化され、
多くの方に愛され、育っていくといいなぁ、と、
それはそれは楽しく話した。

夜中の薄明かりの病室で、他のベッドには見舞い客もいなくなった後、
二人でこっそり、
もしも映像になるなら、
○ ○の役にはこんな役者さんがいいなぁ、とか、
だったらあの役はこの人だね、とか、
勝手に妄想するのが何より楽しかった。
夏樹はお母様の影響もあってか無類の読書家であると同時に大の映画ファンでもあったから、
その「妄想」はさぞや楽しかったに違いない。

そして、現世では自分自身の「先」の話をすることが難しくなった彼にとって、
分身である作品や、その中のキャラクターについては、
いくらでも夢のある「先」の話をすることが可能だったのだ。


それが今こうして、
ものすごい数の方々の力を借りて、大きな大きなプロジェクトとなり、
一本の映画として立派に誕生しようとしている。

感激に震えながらも、
いたずらっぽい笑顔の夏樹を思い浮かべる。
「りえさん、やったねぇ」と顔をくしゃくしゃにしていう声が聞こえてくる。
「何が『やったねぇ』よ、自分が天国からあれこれ指図してたくせに」。



この映画は夏樹と、夏樹をとりまくさまざまな「思い」で生まれたと感じている。
それは強いけれどほんわかとしていて穏やかで、とても温かな「思い」だ。

この映画を観て頂いた方々が、自分の中にあるそんな「思い」に気づいて下さったら大成功。

本当に夏樹に「やったねぇ」と言える気がする。


サニーサイドアップ
松本 理永

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