奔走するソーシャル・ワーカー
もう1人興味少女Bの例を紹介したい。彼女は15歳、シリア南西部のダルアー空爆時により重傷を負ってイスラエルの病院に運ばれて来た。その空爆により、彼女は彼女の兄弟と祖母そしていとこを亡くした。彼女はシリアの野戦病院で診断され片足を切断したが、もう片足と腹部に強い痛みを感じ苦しんでいたので、空爆の4日後イスラエル側に搬送されたのだ。病院ではいくつかの手術が残された足と腹部のために行われ、2週間後には片足で立てるようになり松葉杖で歩けるまでになった。
「彼女は大変な危機を乗り越えた」とアラブ系ソーシャル・ワーカーは話す。「彼女は最初、自分の殻に閉じこもっていたが、私を知って恐がらなくなってからようやく心を開き出してくれた。その後のある会話で彼女はこんな質問をした、『誰が私と結婚してくれるの?誰がキチンと機能しない女性を欲しがってくれるの?』」彼女の母親と一緒に1月半この病院に居、最終的にはそのソーシャル・ワーカーが個人的な支援者を見つけて彼女の義足を作ることができ、彼女は両足の姿で退院する事ができた。
このソーシャル・ワーカーはイスラエルの病院に居るシリア人負傷者にとっては、なくてはならない存在だ。この仕事についてわずか1年だが、この数ヶ月間彼はある時は通訳、ある時は寄付を集め、ある時は家族のように負傷者に寄り添うなど奔走している。負傷者の間を飛び回り、話をしながら両目を失った少女からさえも小さな笑顔を引きだしている。「最初はPTSD(心的外傷後ストレス障害)に彼らがなっていて精神的ケアが必要かの確認するだけが仕事だったが、だんだんと彼らとの個人的な関係を築き始め、話を聞いたり会話をして笑ったりする仲になった。毎朝彼らと顔を合わせるとまず聞かれるのが、シリアの情勢といつ家に帰れるのかの2つだ」と彼は語ってくれた。祖国や家族への思いの方が、シリアという戦場に戻る事に対する恐怖よりも強いようだ。
支援の困難さ
少女Bのように入院中に母親などの家族が同伴しているのは例外、ほとんどの負傷者は小さな子供たちでさえ1人で入院している。そんな支えのない中で怪我やトラウマと戦うのは非常に困難な事だ。イスラエル人の子供が入院した場合、入院中には両親が一緒に居て友人たちが見舞いに訪れる。ただ彼らはここで孤独、夜に泣きたくなった時も誰の胸もなく、抱きしめてくれる親もいない。そのような役割を少しでも補うために、カウンセラーやソーシャル・ワーカー、そして医者たちも一緒になって働いている。
困難は心のケアではない。負傷者たちは、まさに着の身着のままでイスラエルに運ばれて来たので歯ブラシや替えの下着さえ持っていない状態だ。最初の頃はスタッフが彼らの家庭などから用意していたが、搬送されてくる負傷者の数が増えてくると特別に銀行口座が開設され義援金を募り始めた。義援金はアラブ・イスラエル人だけではなく、キブツなどユダヤ系イスラエル人や赤十字などからも届いている。今では病院の倉庫にたくさんの物資が用意されている。これからの冬のための厚手の服や、女性のためのサニタリー・グッズ、子供のためのペンやノートなども倉庫に置かれている。
治療費は誰が・・・?
シリア人負傷者たちにとって足りないものは物資や心のケアだけではない。負傷者たちへの治療は、イスラエル人に行う一般的な治療とは難易度も費用も桁違いのものだ。ツファットのオスカー医院長によると、彼らの治療費の総額は3億円近くにのぼるが治療費は今のところもちろん一銭も払われていないとの事だ。イスラエル人の場合は保険のカバーがきくのだがシリアからの負傷者の場合、誰が医療費を払うのかが不透明なまま病院は治療をし続けている。
「どの政府機関も取り合ってくれず、私たちをたらい回しにする。保険省から防衛省に回され、現段階では総理大臣の決定を待っている段階だ。最近保険省から医療費の50%は保険省が負担するという連絡が入ったが、ただ単なる口約束なので懐疑的だ」とオスカー医院長。
数百人というシリア人がイスラエルの病院ですでに治療されたがその大半は特別な治療などで医療費が高額になりやすい子供たちだ。心のケアにはたくさんの人的資源が必要なうえ、高額な検査に、多くの複雑な手術、集中治療に入院、薬代、そして輸血などさまざまな出費がかさむ。また負傷者1人1人がどのような予防接種を受けてきたかが分からないので、投与する薬が増えたり予防接種を行ったりとそのような問題も潜んでいる。各病院では、数百・数千万円という治療による出費が、地方病院が慢性的に抱える財政難にさらなる打撃を与えるだろうと言われている。オスカー医院長は「(政府の)だれかがこれを対処しなければいけない」と付け加えた。
保険省に問い合わせるとこんな回答が返ってきた:
「総理府で行われた協議では国防軍・保険省・財務省の3機関が共同で治療費を負担するアウトラインが提案された。ただ今詳細については協議中です。」
シリアとの国境地帯から次々と送られてくる重傷を負った子供・女性・若者はいったい誰なのだろうか?
そんな質問を考えている医療スタッフは病院にはいない。「1人の医者として、そんな質問は意味のないものだ。医者としての私の義務は目の前の患者1人1人に向き合うだけだ。なので、どこから・どのような背景で来ているのかや、地位や宗教を知って治療している訳ではない。そんな事をしている時間はこんな緊急時にはないし、できたとしてもしようとは思っていない。」
医療スタッフには病院の外だけで戦っている訳ではない。「テロリストかも知れない人を何助けてるんだ?『博愛はわが家から始まる』と言うじゃないか?」こんな事を言われた時、オスカー医院長はこう答えるそうだ。「こう言うじゃないか?『1つの命を助けたものは誰でも、世界全体を助けたようなものだ(ユダヤ文献より)』って。」
家に帰っても彼らは安らかな気持ちでいれる訳ではない。オスカー医院長は最後にこう言った。
「時々家に帰って、離れ離れになって両親に再び会えるかどうかも分からない子の子供たちの事考えると、あることを連想してしまう。私の母親は13歳、父親は16歳の時、1930年代末のベルリンの駅のホームで、2度と顔も見られないのだと知ることもないまま両親と離れ離れに引き裂かれてしまったんだ。」
【完】
記事の最後はもちろんナチス・ドイツではよくあったであろう光景、オスカー医院長は年配の方なので両親がホロコースト生存者、そして祖父母はホロコーストの犠牲になったようです。なので、「両親と離れ離れになってもう1度会えるかどうか分からない子供」を見ると、自然とホロコーストの時を思い出してしまう、といういかにもイスラエルの記事らしい締め方でした。
いかにも世間には「イスラエル=完全悪」のようなイメージがあるし、まるで「アラブ人に対して容赦なく発砲・空爆しているのがイスラエル」というように考えられているような気がします。同胞であるアラブ諸国も手をこまねいているのが実情のそんななか『温かい、人道的なイスラエル像』を少しでもお伝えできたら、と思い3回に分けてイスラエルの新聞の記事を紹介させて頂きました。
今日もイスラエル軍によるシリア空爆(ヒズボラへの武器輸送阻止)のニュースがありましたが、ヤフーニュースのコメント欄などを見ると、みんなイスラエル・ユダヤ人に対する非難や罵倒ばかりです。日本でも、アラブ寄りの不公平な報道がそのまま鵜呑みにされている。悔しくて、イスラエルを擁護するコメントを入れましたが、「そう思う」はゼロで、「そう思わない」ばかり票が入ります。今回ご紹介いただいたイスラエルによる医療支援のようなニュースが、もっと広く知られればいいのですが。
2013/11/1(金) 午後 11:15 [ 川崎貴洋1 ]
>ユダ・エフライムさん
僕はイスラエルでは中道派か中道左派に属する部類なので、全てにおいてイスラエルを支持する訳ではありませんし、例えば積極的な入植地活動などには反対です。
今回のヒズボラへの武器輸送阻止も、もろ手を挙げて賛成という訳ではありませんが、それらの武器がシリアからヒズボラに渡るはずだったというのが確かな情報であるのなら、まぁイスラエルだったら当然攻撃したでしょう。
この手の「我が敵に兵器が送られる事すら防ぐための先制攻撃を」という考え方に、僕個人としては賛成しませんが、理解は示します。
ただ、結局この手はこっちに住むなり、キチンと状況を理解しなければ、絶対反イスラエルでしょうね。
Yahooニュースのコメントへのコメントもイスラエル擁護というのだけなら、火に油を注ぐだけかも知れません。1度「この毅然とした態度に日本は習って中韓に当たるべきだ」みたいな趣旨を書いたらいいねの方がかなり多くなりましたが・・・
2013/11/2(土) 午後 6:04 [ テル ]
なるほど。実際に現地に住んで直接イスラエルを知っている人と、知らない人との違いもあるかと思います。私たちは「生」のイスラエル人を知らないので、どうしても憧憬の念から彼らを理想化してしまいがちです。しかし、少し前にブログでも書いたのですが、実際のイスラエル人は、多分私が最も嫌いなタイプの人たちで、付き合ったら頭に来ると思います。例えば乗り物の順番待ちをちゃんと守らないような、「バラガン」なところが…(苦笑)
そういう意味でも、現地からの等身大の情報は、貴重です。バランスの修正に必要ですから。ありがとうございます。
2013/11/3(日) 午前 0:34 [ 川崎貴洋1 ]