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前の記事ではニュースサイトやFacebookからの写真でエルサレムでの大雪の様子を紹介しました。 さて今回は僕とルームメイトの友人が近所をいろいろと歩き回って撮った写真を、下らないですが「エルサレム・ウィンターコレクション(下)」として紹介したいなと思います。 エルサレムで雪が降り始めたのは水曜の深夜から。 こちらは木曜朝8時前の写真です。 エルサレム市役所がエルサレム内の全教育機関の休校を発表したのがだいたい9時なので、これぐらいの積雪でこっちはバスが止まってしまい休校になるんだと、ロシアから帰還してきたルームメートと笑ってました。
しかし、2時間後には・・・
こんな感じに。この写真も前の写真も僕のアパートの前の同じ通りの写真なのですが、2時間でかなり雪が積もっているが分かっていただけるかと思います。
それから雪は断続的に降り続け、イスラエル国民が1番買い出しに出掛ける週末前の金曜日にスーパーマーケットが臨時休業するという緊急事態に。しかも雪と風により多くの街路樹が倒され、電線が切れるなどし一時はエルサレムで数万世帯が停電になりました。 そして金曜夜には気温がさらに冷え込み、今回の寒波は山場を迎えます。
そんな山場を迎えた金曜の夜10時ごろに例のロシア系のルームメートから電話があり、「吹雪いているエルサレムの森だったら良い写真が撮れるはずやし、散歩がてら行こう」との誘いが。僕もマイナス2度の寒さへの恐怖よりも好奇心が勝ってしまったため、夜11時前から森のあるハル・ヘルツェル(Mount Herzl)/ヤッド・バシェム(Yad Vashem= ホロコースト博物館)に出掛けました。
こちらが家からすぐの交差点、ここはまだ電気があります。
しかし、そこからしばらく歩くと・・・
電気が完全に停まり、近所一体がこの寒さの中停電になっています。
そして、所々で写真を撮るために止まりながら歩き続けて40分。ハル・ヘルツェルに着きました。
ハル・ヘルツェルはイスラエルの国立共同墓地で、シオニズムの父と呼ばれているテオドル・ヘルツェルから名前がとられ、彼もまたここに眠っています。ヘルツェルらシオニズムのパイオニアをはじめ、イスラエルの歴代首相・大統領や著名なイスラエル人・世界中からのユダヤ人の多くがここに埋葬されている、えるされむで最も有名な墓地です。 ヘルツェルの墓がある事から、ヘルツェルの博物館があるなど墓地であるとともに国営の公園にもなっています。 さて、ハル・ヘルツェルのすぐ隣にはホロコーストを追悼する博物館、ヤッド・バシェムへの入り口に続く道があるので、そこからヤッド・バシェムへ向かう事にしました。
20分ほど歩くと・・・ これが、ヤッド・バシェムの門です。 ホロコースト中にドイツ・ポーランドで百万人単位のユダヤ人たちが、こんな大雪のなか強制収容所に連れて行かれて死の門をくぐっていったのか、と思うと何とも言えない気持ちになりました。
ここを真っすぐ行けばヤッド・バシェムなのですが、入口手前のすぐ右側に階段がありそこからは、ハル・ヘルツェルとヤッド・バシェムの間に広がる「エルサレムの森」への散策路になっています。門の奥にはどうせ行けないので、階段を上ってそちらに向かう事に。
こんな散策路を10分ほど奥に進んで歩いて行くと・・・ 木が倒れて道が塞がれ、もう先には進めない状態。疲労と寒さで帰り道を考えるとこれが限界だったので、退散することにしました。 ヤッド・バシェムからハル・ヘルツェルに戻る際はいろいろと動物の足跡を見たのですが、しばらく歩くとついに野生の動物を発見しました。
ヤマアラシです。近寄ったら逃げそうだったので、遠くからそっと撮影し、帰宅しました。
帰宅したのは1時前。 体が心から冷え切った状態で帰宅し、部屋の明かりに手をやると・・・ 停電していました。そこから30分ほどしてようやく電気が通り、体を温める事ができました。
さて、今年は僕にとってはイスラエルで最後の冬なのですが、冬はまだ始まったばかりでまだ約3カ月あります。ルームメートと、次に吹雪いたらどこまで散歩に行こうか半分冗談ながら話し合っています(笑) |
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