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さて、前の記事ではヨム・ハ-ショア(יום השואה=ホロコーストの日)、ホロコースト記念日の午前10時の黙祷の様子や、ニュース・サイトなどでこの日ホロコーストがイスラエルで大々的に取り上げられている様子をお伝えしました。
ちなみに大学でこの日、運良くページの数を減らした全国大手紙の無料配布版を手に入れる事ができました。
そのホロコースト記念日の大手紙1面がこちら。
あるベルリンに住んでいたユダヤ人家族の写真です。
1933年に家族の1人が結婚し一家が集まって撮った家族写真がこちら。
叔父・叔母・従兄弟・従姉妹が一堂に会してとった写真には52人が笑顔で写っています。ホロコースト後、生存したのは10人以下。新聞では他の紙面も使い、この家族のドキュメンタリーを大きく取り上げていました。
このようにイスラエルではテレビ番組や新聞や雑誌などで、ホロコーストを追悼して生存者の証言やそれぞれ家庭などを取り上げてドキュメンタリー番組・記事を組んでいました。
歴史の授業のようなホロコーストの紹介というよりも、特定の人や家族のドラマを取り上げるというのは、より人の心に語りかけるし記憶に残ります。約70年以上経った今でも、こうして「この一家が〜人になった・・・」とホロコーストに遭ったある1家庭をトップに持って来る。
日本も原爆の日の1面をこういう風にしたらなぁ〜なんて少し考えてしまいます。
さて、そんな日本とは比べ物にならないほど国を挙げて「追悼する」という意思が伝わってくるその日。その日の紙面にこんな記事を見つけました。
ここではユダヤ教の超正統派(ハレディーム)約200人が、記念日が始まった夜にあえてエルサレムの公園でバーベキューに興じていたと報じています。
その日、エルサレムではホロコーストを追悼する意を込めユダヤ人側のレストランはほぼ閉まっていました。
世俗的な人もパーティーや外食を控えるなか、エルサレムでも有名で大きな公園で真のユダヤ人を自称する超正統派はバーベキューを楽しんでいたようです。
紙面によれば「なぜ他のユダヤ人が喪に服しているのに、こんなことしているのか?」という質問に対する彼らの答えが紹介されています。
1つ目は「これはホロコースト犠牲者の霊を天に上げている」と言う、送り火的なアンサー。
2つ目は「律法やユダヤ法に書かれていない事なので、守る必要性がない」と言うものでした。
問い詰める人たちに彼らは「世俗派は安息日に車を運転し、断食するべき日に食事をする。ホロコースト追悼日に私たちがBBQで楽しんで、何の問題があるのか?」と答えていたようです。
超正統派の中には現代のイスラエル国家を「神の手ではなく、人の(しかも社会主義者の)手によってできた」と正統性を認めない人もかなりの数います。その証拠に朝10時にサイレンがあり、国中で車や自転車が停車し起立黙祷していたのですが、超正統派が90%を占める街では交通が止まる事もなく立ち止り黙祷をする人の数も多くなかったようです。
ただ、あえてホロコースト記念日の、しかもエルサレム中心部でバーベキューを超正統派がしたというニュースがメディアで取り上げられると、大バッシングが起こり超正統派のチーフ・ラビも200人の若者を「国中が喪に服しているのに考えられない。神への冒涜である。」と激しく非難していました。
記事の締めの一文にはこう書かれていました。
この公園は数々のバーベキューの香りを楽しんできたが、 ホロコーストの追悼日でも意見が1つにはならない、
ユダヤ人とはややこしい民族ですね。。。
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