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レポート、と言っても僕が実際に参加したのは26〜28日までの3日間だけです。。。 なので、レポートってほどたいそうなもんじゃないかも知れません。 すみません。。。 なので、26日までの内容は人から聞いた話で簡単にまとめたいと思います。 24日: アシェル・イントレーター師のコングリゲーション「アハバット・イェシュア」を訪問。 シシコフ師やスタッフのあいさつの後、長時間の熱のこもった讃美があり、キリストの十字架による和解で一つになろうというメッセージがありました。午後は旧市街を散策し、西壁の前で祈ってホテルへ。 25日: 午前中は、再びアハバット・イェシュアで礼拝とティーチング。昨日は体調不良で来られなかったアシェル・イントレーター師の力強いメッセージの後、イスラエルの若いビリーバーを全員で祝福しました。 続いて、ヤッド・バッシェムに向かい、カフェテリアで各自昼食を取ってから、ユダヤ人迫害に関する展示を見学しました。 続いて、エルサレムの見える丘で、シシコフ師を中心にヤッド・バッシェムの感想やイスラエルのために異邦人が果たすべき役割について話し合った後、全員でエルサレムとイスラエルのために祈り、ホテルへ。 で、僕は25日の夜にホテル(ラマット・ラヘル)に向かい参加しました。 26日: 予定ではゲッセマネに行く予定だったのですが、ラマダンの関係で「園の墓」に向かいました。「園の墓」とはイエスの墓の候補の1つとされている場所です。 (これがイエスの墓とされている墓の穴です。) 見学した後、エイタン、マーティー、モシェ・モリソンの3師(オハレー・ラハミームのリーダー)がイザヤ書53章のメシア(イエス)預言を違う角度からメッセージされた後、正餐式がありました。 ここはダマスコ門の近く、アラブ人地区に位置し、ラマダンの最終日という事もあり周辺はアラブの小型バスを何台も見かけるなど、アラブの人たちがいつも以上に多かったです。 (ラマダンに向かうアラブ人たち。アラビア語で挨拶すると気前よく返してくれます。) その後、ヘブライ大学のキャンパスのあるスコパス山に向かい、エルサレムを一望した後ヤッド・ハシュモナに向かいました。 (だめですね、みんな感動してるんだけど・・・僕は毎日見ていた風景なので、ぁまり感動できませんでした。。。) ヤッド・ハシュモナではアシェル・イントレーター師のリバイバル・イスラエルの新しい活動場を見学しました。(写真下) 最近ここに移ったばかりのようで、まだまだこれから改装作業などを進めていくようです。また、兵役に入隊中のエイタン師の次男の息子さんも帰って来ていて少し話ができました。南部で主に兵役についていて、あと9ヶ月ほどでコマンダーとしての兵役が終わるとの事でした。 ホテル到着し、夜はシャバットディナーを共にしました。オハレーの賛美リーダーである、マーク・チョピンスキー師のリードで賛美をしたり、韓国からのビリーバーがダンスを披露したりとフェローシップの夕べを過ごしました。
(韓国のビリーバーの賛美の様子です。正面少し右に後ろ向きに立ってる少しはげたおじさんが、マーク・チョピンスキー師。) |

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