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せっかくイスラエルで考古学を専攻しているので、考古学も少しは紹介したいと思います(需要はあまりないでしょうが・・・)。
約1〜2カ月前、ユダ王国時代初期(紀元前9〜7世紀)あるいはダビデ王時代(紀元前1000年頃)にまで遡る可能性を秘めた、宗教的慣習を示す考古学的証拠がエルサレム近郊にあるテル・モツァ(Tel Motza/ תל מוצא)遺跡で見つかりました。
イスラエル外務省によると、イスラエル考古学庁の行った発掘での発見の中には約2750年前のものとされる陶製の小さな男性や馬の人形が含まれ、これらはイスラエル王国時代(紀元前1千年紀前半)では非常に珍しく、当時イスラエルで行われた祭儀について知るための重要な手掛かりになると期待されています。
ソロモン(第1)神殿時代初期のユダヤ地方(エルサレム周辺からイスラエル南部)では宗教・儀式的建築物はもちろん、儀式などに関する宗教的な発掘品は未だ見つかっていません。したがって今回の発見は、非常に重要な発見だと発掘チームは話しています。
イスラエル考古学庁の発表によれば、神殿と考えられている建築物の壁は厚くがっしりとした造りで、近東の神殿と同じように東向きの建築になっています。建物の東には塀に囲まれた中庭があり、その中心には祭壇を思わせる四角の小建造物が発見されている事も、これが神殿だったとする大きな根拠となっています。
世界中に考古学という学問は存在しますが、聖書考古学は世界中が注目するいわば考古学の世界では花形。エルサレムのソロモン神殿は、ヘロデ王によって建てられた第二神殿の下に埋まっているので発掘ができません。なので、エルサレムから目と鼻の先にあるこの遺跡でユダ王国の神殿が発見されたとすれば、聖書考古学の大ニュースです。
意外と知られていないのですが、聖書時代のイスラエルが現在のユダヤ教のように、唯一神・唯一のエルサレム神殿を基にした厳格な中央集権的一神教として確立されたのは、ダビデやソロモンよりだいぶ後の紀元前8世紀後半(ヒイゼキヤ王)から7世紀(ヨシア王)にかけて。
なので、他宗教に対して寛容であった聖書時代の前・中期に関しては、エルサレム以外で神殿が発見されても何ら不思議ではないのです。 (・・・という不毛な、考古学あるあるです苦笑″) |
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2013年02月09日
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