イスラエル、バラガン日記

イスラエルに留学している大学生のブログです。

二十一の信仰日記

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メシアニック・ジューの事、聖書の事。
思った事、聞いた事などを書いていきます。
ここは「たんなる日記」とは違い、お堅いネタを展開していきたいと思います。
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さて、更新をしていない間に世界中はクリスマス・シーズン、イスラエルはハヌカという祭りに入りました。
ハヌカについては今までご紹介したので今年は少し違う角度から、ハヌカという祭りを紹介できればなと思います。(ハヌカがどのような祭りかはhttp://blogs.yahoo.co.jp/life_box_chocolate/31611841.htmlへ。)
 
今年は少し「ブラック」な角度でハヌカについてお話したいと思います。
 
クリスマスの起源が、古代宗教の冬至を祝う光の祭りから来たというのはよく知られていると思います。冬至近くの12月25日はキリスト教ができるはるか前から、古代ペルシャ、フェニキア、エジプトなどの太陽の神の誕生日でした。ユリウス・カエサルが制定したユリウス暦でもその伝統を踏襲し、12月25日は冬至にあたり、またローマの太陽神ソール・インヴィクタスが誕生した日も12月25日でした。冬至のこの日から日照時間が長くなり始める、太陽の力が強くなっていくのですから、太陽神がある宗教ではこの日を生誕の日と定めるのは自然の流れだと言えます。これら古代宗教の祭りをローマ帝国の国教となり爆発的に勢力を伸ばし始めたキリスト教が、クリスマスとして祝い始めたのです。クリスマスが真冬の火や光に関する古代の祭りを起源に持つ事については、金枝篇でフレーザーも触れています:「私たちのクリスマスというものはキリスト教によるこの古代からの太陽の祭りの延長にすぎない。」
 
そしてハヌカについても同じような事が言えます。
ハヌカも冬至の時期に8日間祝われる、「光の祭り」だからです。上のリンク(3年前の僕のブログ)ではハヌカの歴史的背景などをお話ししましたが、ハヌカが別名「ハグ・ハ オリーム(חג האורים)=光の祭り」と呼ばれている事からも分かるように、ユダヤ人がハヌカと聞けば神殿が清められた事やユダヤ人がセレウコス朝・ヘレニズムの異教から解放されたという歴史的背景よりも「光の祭り」というのがまず頭に浮かびます。ユダヤ人にハヌカが何の祭りかを聞くと、100人中95人はまず「光の祭り」と答えるでしょう。しかしハヌカに「光の祭り」という要素が加わったのはハヌカが歴史的に起こってから350年以上も経った3世紀初めなのです。
 
ハヌカが光の祭りとなり始めた当時はローマがキリスト教化する前のローマ神話の時代である事、そしてイスラエルの周りの古代宗教における冬至の祭りだという事を考えると、ハヌカもクリスマスと同様に古代から続く冬至に行われる光の祭りがユダヤ教に取り入れられものなのです。
さて、イエスのヘブライ語名「イェシュア」に迫る第2弾です。
1弾の最後に、ユダヤ人はイエスを(新約聖書に書かれている)正式名称の「イェシュア(ישוע)」と呼ばずに「イェシュ(ישו)」と呼ぶと書きました。今回はその歴史的経緯についてお話したいと思います。


 
ישוע-イェシュア
ישו-イェシュ
 
さて、この2つの語の違いは何でしょうか?
そう、イェシュア()の3文字目、最後の文字アイン()が消えているのです。デビット・フルッサーやシュムエル・サフライなどユダヤ人のイエス研究の第一人者たちも含む多くの学者たちによれば、イエスの住んでいたガラリヤ地方では語尾のアイン(ע)を発音しない場合が多く、1世紀に住んでいたイエスは実際に「イェシュ」と呼ばれていただろうと言われています。
ミシュナ・タルムード時代(1世紀〜6世紀)でも「イェシュ」という単語はイエス(イェシュア)だけに限らず、一般的な名前だった事が分かっています。4世紀の中ごろに書かれたタルムード・イェルシャルミ(-Jerusalem Talmud)には、イェシュというラビの名前が少なくとも2人登場します。グネザ()と言われるユダヤ人がヘブライ語を書いた入らない神を捨てる神捨て場から、この事が証明されています。
ただ時代の流れとともに、彼らの名前が忌み嫌うイエス(イェシュ)と同じなる事を嫌い、彼らイェシュと言う名のユダヤの賢人たちの名前が次々ともともとの「イェホシュア(יהושע-ヨシュア)」に改正されていき、結局「イェシュ」はイエスだけをさす言葉へと一般的な名前から変化していく事となりました。
 
そして「イェシュ」がイエスだけを指す、ネガティブな単語に変化した後に新しいイェシュと言う名前の解釈がユダヤ教の中で生まれました。
それはイェシュ(ישו)が、
יימח שמו וזכרו=彼の名と記憶が消し去られるように。
という文の頭文字だというものです。「יימשח (忘れ去られる/ように)」のי」、「שמו(彼の名)」の「ש」、そして「ושכרו(と彼の記憶)」の「ו」。この解釈は歴史的には全く根拠がないことがグネザからの発見で証明されたのですが、未だに多くの宗教的なユダヤ人はこの解釈を信じています。
 
またミシュナの解釈により、イェシュアを元の名前の「イェシュア」と呼ぶ事をユダヤ人は禁じられています。なので、宗教的なユダヤ人たちはイェシュアという本当の名前を知って、あえて蔑称のような形でイェシュと呼んでいるのです。
 
ではイスラエルの人口の大半を占める、世俗的なユダヤ人はどうでしょうか。確かに彼らもイエスの事をイェシュアではなくイェシュと呼んでいますが、彼らはイェシュという1語にラビ・ユダヤ教が作り上げた軽蔑・嫌忌の意がある事を知らない人間が多いです。イェシュがもともとの名前だと思っている人間も意外と多いのです。
 
なので今は新聞や学術文書や本などではたいていはイェシュと言う言葉が使われています。多くの人にとって別に軽蔑や嫌忌を彼に対して持っている訳ではありませんが、「イェシュ」の方が一般に認知されているという事と、さすがに前の記事で紹介したようにイシュアには「救い」と言う意味があるのでさすがに彼を「イェシュア(救い)」と呼ぶのはまずいと言う思いから、イェシュと言う方をほとんどのところで目にします。
 
なので、イエスに対してのアレルギーはイスラエルでは取り除かれつつありますが、95%はイェシュがまだ使われているのがイスラエルの悲しい現状です。
イスラエルで1日も早くイエスが救いの「イェシュア」と呼ばれる日が1日も早く来るよう、お祈り下さい。


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私たち日本人もそうですか、ユダヤ人にとってもイエスとはまだこんなイメージ、西洋のスーパースター。
中東臭さは中世の美しい絵画には微塵も描かれていません。
20億人以上、世界一の信者数を抱えるキリスト教。
そんな僕たちが信じているのがイエスという1人のユダヤ人なのですが、今回はそのイエスの名前についてお話したいと思います。

(注:イエスの名ですが、「御名」という神学的な話をするつもりはございませんのでそこのところはご了承下さい。)  


日本語で使われている彼の名前「イエス」は「イエースース」という古典ギリシア語から来ています。ただ、先ほども述べたようにイエスは白壁、そして西洋文化のルーツであるギリシャの人間、ギリシャ彫刻のような美しいギリシャ人ではなく、僕が住むイスラエルに多い中東くさいユダヤ人でした。なので彼の本来の名前はヘブライ語のイェシュア(ישועです。
 
この名前、実はイェシュアの生きた第二神殿時代には意外と多い、ありきたりの名前でした。イェシュアという人物はエズラ・ネヘミヤ・歴代誌などのバビロン捕囚後の書簡や、死海写本などにも出てきています(日本語ではエシュア(口語訳)・ヨシュア(新改訳)・イエシュア(新共同訳)になっています)。イェシュアという名前の意味は旧約聖書でアブラハム・イサクなどの名前の解説が書かれているように、マタイ1章21節に書かれています。
 
「その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである。」
この「救う」と言うのがイェシュアという名前、ヘブライ語の意味なのです。実際にイェシュアの後半部分にアクセントを置くとイェシュア(ישועה)、救いという今でもイスラエルで使われている一般名詞になるのです(人名の場合はアクセントはイェ、前になります)。
 
そしてこのイェシュアという名前はヌンの子ヨシュアのヘブライ語名、「イェホシュア=יהושע」)の名前が後にイェシュアという名前に変化したものなのです。バビロン捕囚以降のヘブライ語は「イェホ〜」という名前が短くなり「ヨ〜」となる場合が時々起こります。例えばヨハネなんかはもともとヘブライ語で「ヨハナン(יחונן」なのですが、バビロン捕囚以前では「イェホハナン(יהוחנן)」だったのです。
 
なので日本人にとっては(ヌンの子などの)ヨシュア、エシュア(またはイエシュア)、そしてイエス(イェシュア)と3人とも全く違う名前のように聞こえますが実は同じ、ヘブライ語を話すユダヤ人にとってはこの3つの単語が同じ名前だという事はすぐに分かるのです。

 


次の記事では、なぜ(特にイスラエルの)ユダヤ人がイエス(イェシュア)がなぜ「イェシュ」と呼ばれているかについてお話したいと思います。
 
イエスについての有名な入門書、デビット・フルッサー(David Flusser)のイエス(Jesus)という本(日本語では「ユダヤ人イエス」)がヘブライ語に最近翻訳されたのです。
ただそのヘブライ語名は「イェシュア」ではなく「イェシュ」なのです・・・
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3つ目は、日本である程度働けたという達成感。
今年はいろいろと僕がイスラエルに居ると言う珍しさからか(笑)、教会に1日呼んで頂いたり、日本のクリスチャンの友達が増え、イスラエルについて去年よりも述べ伝える事ができたかな・神の計画に少し参画できたかな、と自信過剰ではありませんが思っています。ただの留学生とではなく、一信仰者として帰り甲斐があったな、と。信仰者冥利に尽きるな、と感じれた日が幾日かありました。イスラエルでは感じる事のできない「あっ、信仰者として仕事ができてる」って気持ちになれました。今僕はイスラエルに「準備期間」としている訳で、まぁそれ自体が「信仰者として仕事をしてる」という事になるのですが、「これがいずれ役立つんやろうなぁ〜」ぐらいで、日本で感じたようなリアリティーでは未だ感じれていません。
 
まぁ、そんなこんなで、日本からのフライトでは終始塞ぎ込み、イスラエルで留学するという事の重圧に圧倒され、イスラエルに戻るという事に対して尻込みしていました。。。
 
ただそんな時に、今回の帰国で仲良くなったクリスチャンの友人(姉妹)とのFacebookでのチャットを思い出しました。そのチャットで僕は、
「信仰って何かを信じる事をもちろんですが、神に全てを『預け切る』って事のような気がするんですよね。神は僕らを創られた方、なんで僕らの能力・ポテンシャルを作られた僕ら以上に知っていて。能力なんかを全て知った上で、僕ら1人1人に召しや働き場を与えられてるんで、安心したらいいんじゃないかな〜。」と彼女に言いました。
 
えらそうなにそれを言った自分が、言った事をすっかり忘れて機中で(信仰という)路頭に迷ってました。。。そうだ、安心して与えられた働き場でやってったらええんや!!自分が言った事やん!!
 
と、落ち着いてから自分に対して苦笑してしまいました。。。
イスラエル、そしてメシアニック・ジューの重要性を寄せて頂いた教会や超教派の集会(うちの母教会主催の)などで話させてもらったのですが、言った事で自分への再確認の作業ができるんですよね。なので、チャットした彼女には感謝しています。
 
聖書をどれだけ読み込み・知っているかは信仰者としてとても重要な事ですが、「生きた信仰・信仰の実践」とはこういう場で神にどれだけ預け切る事ができるかだと思っています。
 
神に委ね切った・預け切ったからって今の働き場(イスラエルで)全てが成功する訳ではありません。神が僕の方向を変えるため、成績や金銭問題という壁に僕をぶつからせるかも知れません。でも、それまでは今与えられた働き場で神に預け・委ね切って、まっすぐ走ったらいいんです。
 
「安心しろ。自分を創ってポテンシャルを全部知った上で、神は召しを与えられてはるんやから。」
多分今年も、この言葉を日々言い聞かせて贈る年になりそうです。
いよいよ、来週の日曜日から新年度、大学です。
 
2010.10.07
管理人、テル
 
 
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イスラエルの「我が家」に到着してほぼ2日。
時差ボケもほぼ治り、今は気分的にも落ち着いてきました。
 
「今は」という言葉を使いましたが、イスラエルへ向かう機中(特に関空-フランクフルト間)では憂鬱で、チョット塞ぎ込んでいました。フランクフルトで6・7時間あったので、少し冷静に自分の中で気持ちを整理する事ができ、イスラエルの空港を出てエルサレムに入った時には懐かしさを感じられるぐらい、イスラエル・モードに切り替える事ができていました。
 
なんでそんなにも憂鬱で塞ぎ込んだ気持ちだったのか??
フランクフルトでの6・7時間の間に考えていたのですが、少なくとも3つ理由があったと感じています。
 
1つ目は、単純な故郷を去る時に感じる祖国への惜別の念。
いくらイスラエリーの友人や日本の兄弟姉妹・友人に「テルはほんまもう、イスラエリーって/向こうに馴染んでる感じやね。」と言われても、僕のアイデンティティーや最後の部分までイスラエルに売った訳ではありません。僕は、僕が日本人だという事、日本に生まれ育った事を誇りに思っていますし、祖国日本を忘れ去った事は一瞬たりともありません。
イスラエルでも居心地は(言語の上達とともに)格段に良くなってはきていますが、1月日本に居て感じた事は「やっぱり、日本ええわぁ〜」。外国に行って、染まって帰って「日本って嫌な・居づらい国やなぁ〜」なんて言う人間に僕は軽い嫌悪感を抱いてしまうのです(笑)。
 
2つ目は、「知って行く」という恐怖感。
去年もある程度感じたのですが、去年はインターナショナル・スクールを終わって大学入学前という事で、「ヘブライ語で全て学ぶ」という事がどれほど若者風に言うと「キツイ」かという事に対して僕は無知でした。困難だという事は当然頭では分かっていましたが、ヘブライ語が母語ではない友達に囲まれていたインターナショナル・スクールでは「ほんまにナチュラル・スピードなヘブライ語で行われる授業」というのは当然のことながら皆無でした。ある意味、無知って強いなって思います。無知だからこそ、訳も分からず飛び込めたんです。
その点、今年はその「キツさ」を分かった上で飛び込むので・・・しかも今年からは宗教学のキリスト教専攻というメジャーを取ったので絶対量が2倍。。。冷静に考えると「全講座で合格ラインの60%取れるかな・・・」と、いくら僕が明るい心境に居てもこの現実だけで僕の心をKOするには十分です(笑)
 
〜記事が思いのほか長くなったので、つづきは次の記事へ〜
 
 
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