イスラエル、バラガン日記

イスラエルに留学している大学生のブログです。

イスラエルと言う国

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ブログ友達でありブログ兄弟である、あららさんとのやりとりを記事にしてみたいと思います。
あららさんも記事にして下さっているので、そちらの方にも足を運んでみて下さい**
URL:http://blogs.yahoo.co.jp/mayumiwheeler/28435260.html

〜話のきっかけ〜

どこかのブログに「現在のイスラエルと聖書に書かれたイスラエルは何の繋がりもない」というような記事をあららさんが見つけられました。

その記事には、現在のイスラエルと聖書に書かれたイスラエルは全く関係がない事。そして、宗教的ユダヤ教徒達の多くは、イスラエルの成り立ちそのものに反対し、その存在を認めない事などが書かれていました。

であららさんと、「超正統派(ハレディー)はイスラエルの成立を望んでいない、と言うのは本当か?」と言うお話になったのです。そこで、僕は大学の先生やユダヤ教徒の友達なんかに話を聞き、また本やネットでいろいろと調べてみました。

その記事のURL:
http://blogs.yahoo.co.jp/pinkorangedesert/46396288.html


〜超正統派(ハレディー)はイスラエルの成立を望んでいない、と言うのは本当か?〜

僕の出た結論は、Yes and NO です。

超正統派たちはイスラエルと言う国の復興を心から願い・熱望しています。預言書を開けば「神がイスラエルでもう1度ユダヤ人を立てられる」といたるところに書かれているのをご覧になるでしょう。また、メシアが来るにはイスラエル国家復興が絶対条件になってもきます。
なので、ハレディーム(超正統派たち)はイスラエル国家の成立と言う事自体は熱望しています。


ただ、現在のイスラエル国家の成り立ち・現状は彼らハレディームのイスラエル像とは全く違うものなのです。なので、彼らは今のイスラエルを聖書に書かれている「イスラエル」とは認め(たく)ないのです。

例えばイスラエル国家成立の礎となった、ヘルツルに代表されるシオニズム。
彼らはユダヤ人国家の建国を目指し活動しましたが、それはあまり宗教的なものではありませんでした。多くのシオニストの思想の中に、神との契約・タナハ(聖書)という要素はあまりありませんでした。ユダヤ人国家ができればどこでもよく、イスラエルの地にあまりこだわっていない一面もありました。

シオニストとは、非常に無宗教の色が強いナショナリズムだったのです。実際、シオニストの中には熱烈な社会主義者が多くいました。

そしてその結果としてできたイスラエルと言う国。それは社会主義が今も色濃く残る国です。初代首相で最も偉大な政治家とされるベングリオンは熱烈な社会主義者でした。またイスラエルを代表するものの1つである「キブツ」、これも社会主義に基づいた生活共同体です。

このようなイスラエル建国の経緯、そして現状を見ると、ハレディーム(超正統派)にとって現在のイスラエル国家は、神が聖書を通して何度も約束した「イスラエル」にはとても見えないのです。
なので彼らは「現在」のイスラエル国家というものに反対なのです。


しかし僕の考えでは、この今のハレディームの考えとは程遠いイスラエルの状況も神の想定内、もっとハッキリ言えば預言の成就であると思います。

エゼキエル書の36章では、まず神は諸国民からユダヤ人をイスラエルに行かせ、その後に清い水を注ぎ汚れから清めるとあります。「汚れから清める」と言う事はイスラエルに帰ってきた時点では、汚れているという事です。そう考えると、イスラエルと言う国ができる経緯が神の御心を考えたものであったならば・・・イスラエルができる前に清い状態になってしまい、ある意味この預言は成り立たなくなってしまいます。

まだまだ(汚れた)不完全なかたちでイスラエルにユダヤ人を集め、そこから彼らを悔い改めさせ、清める。それが神の御計画ではないかと僕は思います。

次の37章には枯れ骨の預言があります。ここの預言は少し矛盾している所がありますが、今のイスラエル・ユダヤ人はこの預言の経過にいるのだと思います。まだ枯れ骨のままか、骨・皮・肉がついた状態か、それは分かりません。
ただ、37章の14節に「あなたがたをその地に安住させる時、主が行ったことを悟る」とあります。ご覧の通り、まだまだイスラエルのユダヤ人は安住とは程遠い状態です。

まだイスラエルという国家が神を知らない事(聖書と無関係な様子)を見て、ハレディー(超正統派)は「聖書の言っているイスラエルではない」と言うかも知れません。しかし、そういう状態でイスラエル国家があるという事が聖書の預言の成就とも言えるわけです。

あと1つ付け加えたい事があります。

ここの記事に取り上げられているユダヤ人。これは非常に少数派です。
シオニストが起こりイスラエルが建国するまでは、ほとんどの超正統派はシオニズム(の国家建設)に反対でした。しかし、イスラエルが実際に建国すると大多数の超正統派は現在のイスラエル国家を「聖書で預言したイスラエル」と考えるようになりました。
この記事で紹介されている人たちは、まだ心頑なにそれを否定し続ける人たちと言うことです。

でも正直、彼らの言ってる事とやってる事には説得力が無いんですよ。
イスラエル国家を否定し続けているのにもかかわらず、毎日エルサレムの方向に向いて祈って、毎週シャバット(安息日)ではエルサレム・イスラエルって言葉が何度も出てくる祈祷文を合唱するわけです。
それがどんなかたちであれ、ユダヤ人の手によって復活したのに見向きもしないなんて・・・僕にとっては少し不思議です。


あと、ここだけの話ですが。。。
イスラエルに帰還するのが怖いので反シオニズム(イスラエル)でいる超正統派もいると思います。

やっぱり、2000年間待ち望んできた母国でも「帰還する」ってすごい勇気が必要だと思います。もといた国で築き上げてきたもの、安定した地位・名誉・その国の財産なんかを全部捨てて、イスラエルと言う政情も不安定・言葉も違う国に移り住むんですからね。
この記事のユダヤ人たちはアメリカのものだと思うのですが、北米の超正統派はかなりのハイ・ソサエティー、上流階級の人が多いです。彼らには帰還する金銭的余裕ももちろんあります。アリヤー(イスラエルに帰還)しようと思えばいつでもできる人たちです。

だが、アメリカで築き上げてきたもの惜しさで、イスラエルには帰りたくない。でも、ユダヤ教徒でイスラエルと言う国もできたのにイスラエルに帰らないのは何かカッコ悪い。だから、「現在のイスラエルは聖書のイスラエルじゃない」と反イスラエル(シオニズム)になろう、っていう風な人も結構いると思いますよ。
イスラエルに帰らなくてよい大義名分に反イスラエルを利用している人も、カナリいるでしょう。
(この話は正統派ラビの家に生まれた女の子から聞きました)


という事で、ユダヤ人なのに反イスラエルってのは正直馬鹿げてると思います。
ユダやウルパンの先生、友達などにも見せて説明したのですが、みんな「馬鹿げてるょ」と笑ってました。中には「イスラエルに帰って来る勇気が無い根性ナシゃんか」と鼻で笑ってた人(ラビの娘をはじめ)もいました。


〜付録〜
ここからは「この記事の中に明らかにおかしいと思われる部分」を書いていきたいと思います。

>宗教的ユダヤ教徒達の多くは、現行イスラエル国の成り立ちそのものに反対し、その存在を認めません。

→「多く」ではありません、今は「少数派」です。


>助けてくれたパレスチナ人達の土地家屋を奪い始めて造り出したのが現在のイスラエルの始まりです。

→これも国連の議決によりイスラエル国家が認められ、イスラエルが独立宣言をしたとたんにアラブ諸国が攻めてきたのを防戦・撃退した事によって領土が拡大・縮小を繰り返し、今のイスラエル領になったのです。結果的にはパレスチナ人たちの土地にユダヤ人が住むと言う形になりましたが、強奪みたいな表現は適切ではありません。独立戦争をイスラエルが仕掛けていたら、この表現でいいですが・・・

>ヨーロッパ系のユダヤ人達は、ユダヤ教に改宗したが故に『ユダヤ人』となった

→ヨーロッパではユダヤ人迫害が大小はありますが断続的に2000年近く続いていました。誰が迫害されている民族にゎざゎざ改宗してなるでしょうか??これは逆です。ユダヤ人の多くが「キリスト教」に改宗し、隠れキリシタンならぬ「隠れユダヤ教徒」化していたのです。
おとといの日曜日没から8日間(8晩)のハヌカが始まりました。
ユダヤ教の祭りであるハヌカはクリスマスと同時期ですが、イスラエルではクリスマスは祝いません。ユダヤ人にとってイエスは最も憎むべき人物の1人ですし、クリスマスは2000年間迫害してきたキリスト教の最大のお祭り。祝わないのも当然の事でしょう。

という事で、今回は今まさに祝われているハヌカについて書いてみたいと思います。


ハヌカ(חנוכה)とは、紀元前2世紀のマカバイ戦争でのエルサレムの神殿奪還を記念するお祭りです。もともと(西暦70年の神殿の陥落まで)は異教徒によって汚された神殿を清めるための祭りでした。
ハヌカはユダヤ暦の9月、キスレヴの25日から10月(テヴェット)の2/3日の8日(8晩)間、グレゴリオ暦ではだいたい11月の下旬〜12月下旬にあたります。

イメージ 1

(ハヌキヤが公共の場所にも出現します)
ハヌカと言えばやはり、ハヌキヤと呼ばれる8つの枝(中心を合わせると9つ)に分かれた燭台。ユダヤ教で普通に使われるメノラー(燭台)は7つ枝、しかしハヌキアにはハヌカの8日間の祝いに合わせ8つの枝になっています。ハヌカでは毎晩、1つずつキャンドルに火が灯されていきます。最初の日に一番端の1本に点し、2日目には2本、3日目は3本・・・と増やしていき、8日目には全てに火が灯されます。まず中心の枝であるシェメシュに火を灯し、それを使って各枝に火を灯して行きます。

<祭りの歴史的背景>
最初にも言いましたが、ハヌカ(חנוכה)は紀元前2世紀のマカベア戦争でユダヤ人が勝利したことを記念した祭りです。イスラエルの地は当時、ギリシャ系セレウコス朝の支配下でした。
ヘレニズム文明を広げるというギリシャ化政策のため、トーラーの順守や祭りなどのユダヤ的生活を禁じました。またエルサレムの神殿はゼウスの神殿と化しました。そんな中、多数のユダヤ人たちはユダヤ的生活を送り続け、多くの人が殺されました。

そんな中、モディインという村の祭司マタティアとその息子たち(主にイェフダ・マカビ)はセレウコス朝に対して立ち上がり、激しい戦いの後、ついに勝利を収めました。彼らはギリシャの神に汚されていたエルサレムの神殿を奪還し、これを清めて奉献しました。
これを祝うのがハヌカです。

<ハヌカ(חנוכה)はなんで8日間??>
なぜハヌカは1週間ではなく、中途半端な8日間なのでしょうか??

なぜ8日間になったかについては、いくつか説があります。
神殿を奪還したとき、神殿を清めるための儀式のためのオイルランプの聖油が1日分しかありませんでした。ところが、灯された1日分の火は8日間も燃え続け、律法に従って聖油ができるまでの間、火は絶えることが無かったといいます。

別の説では、神殿を奪還したときに、神殿を清めたり祭壇を築き直したりの作業が8日間だったということから8日間になったとも言われます。

理由とは少し違いますが、ユダヤ教で8日と言うのは特別な意味を持ちます。7日とは皆さんご存知の天地創造。それに1つ足した8日は森羅万象(7日)を超える「神」を象徴する数字とされています。1人の赤ん坊から神との契約(関係)に入る、割礼も生後8日後に行われます。

<ハヌカの食べ物>
ハヌカでは神殿に灯す聖油の奇跡から、毎晩油を使った料理を家族で食べるのが習慣です。またスフガニヤと呼ばれる中にジャムやチョコが入った丸型のドーナッツもあちこちで売られていて、ハヌカを代表する食べ物です。
イメージ 2

〜スーパーに並ぶスフガニヨット(スフガニヤの複数形)。ベリー系のジャム入りです〜

<その他>
最近では世俗的な家庭では、クリスマスプレゼントに因んでハヌカにプレゼントを子供に買ったりもします。しかし、クリスマスの模倣のようなこの習慣を行わない家庭も多いです。
でもハヌカはクリスマスと同様に家族でのお祭りと言う感じです。
子供達もハヌキヤを灯したり、家族でハヌカの歌を歌ったりします。小さな子供達は「ドレイドル」というこまを回すゲームを楽しんだりもします。
イメージ 3

〜通りの真ん中でハヌキヤに火を灯す正統派たち〜
広島や長崎、そして沖縄などには平和公園があってその中に記念館や慰霊碑などがあるように、イスラエルにはホロコーストを記念・追悼する施設があります。日本ではそれほど知られていませんが、世界的には日本のより有名だと思います。今回はその記念公園、ヤッド・バッシェムについてお話したいと思います。



イスラエル建国から5年が経った1953年5月、クネセット(イスラエル国会)はホロコーストの博物館、ホロコーストの研究機関を設立する事を決めました。これが、ヤッド・バッシェムです。

この名前は聖書のイザヤ書からきています。

わが家のうちで、わが垣のうちで、むすこにも娘にもまさる記念のしるしと名を与え、絶えることのない、とこしえの名を与える。
(イザヤ56-5)
ヤッドは手という意味の他に、しるしや記念という意味があります。
シェムは名という意味。
バは英語でいうところのandという感じです。
なのでこの聖書の箇所の「記念のしるしと名」、これがヤッド・バッシェム。

ヤッド・バッシェムの設立目的は2つ。
1つはイスラエル国民や旅行客に約600万のユダヤ人がホロコーストで殺された事を記憶させる事。そして2つ目は、彼らにホロコースト前のヨーロッパにあったユダヤ人コミュニティーについて知ってもらう事です。

イスラエル建国当時、多くの人がホロコーストについて調査する研究機関ができる事を願っていました。そしてその研究機関にホロコーストだけでなく、その前にあったゲットー(*1)やその頃のユダヤ人のレジスタンス(*2)についての情報収集を行う事をイスラエル国民全体が希望していました。ホロコーストの研究者たちは図書館を建て、そこに犠牲者の全名簿、資料や現存している手紙などをさまざまな場所から集め、その図書館に全てを保存・保管する事を希望しました。

*1-ゲットー・・・ユダヤ人が隔離され強制的に住まわされた居住区。
*2-レジスタンス・・・権力・侵略などへの抵抗運動。特に、第二次大戦中、ナチス占領下のヨーロッパ各地で組織された対ナチ抵抗運動をいう。


またヤッド・バッシェムの目的の1つには、人々に「諸国民の中の正義の人」について知ってもらう事もあります。諸国民の中の正義の人とは、非ユダヤ人でホロコースト中にユダヤ人をナチから救った人たちへの称号です。

とにかくヤッド・バッシェムはただ単なる博物館ではなく、研究機関なので膨大な資料収集を行い、情報提供を世界中に呼びかけました。またこれは今でも続けられています。

しかし今日での大きな問題の1つに、どのようにホロコーストを伝え続ける・語り継いでいくかというのがあります。ホロコーストから60年以上が経った今、ホロコースト生存者も減り若者にどのように教えていくのも初めの頃ほど簡単ではなくなってきました。

またもう1つの問題として、ホロコーストと今のイスラエルの国をどう結びつけるのかというのがあります。ヤッド・バッシェムの関係者は「ヤッド・バッシェムの本来のねらいが何か」と疑問を呈しています。ヤッド・バッシェムの訪問者にただたんにホロコーストの人道的・普遍的な意味について考えて欲しいのか、それともさらにシオニズム運動やホロコースト後のイスラエル建国についても考えて欲しいのか。ヤッド・バッシェムをただの歴史博物館にするのか、それとも現代のイスラエルにも関連づけ、今にも通ずるものにするのか。

ヤッド・バッシェムにはたくさんのホロコーストを題材にした芸術作品があります。映画や舞台作品、彫刻作品や絵画など。ここにも興味深く、そして重要な終わらぬ議論があります。芸術がホロコーストについて語ること・教える事ができるのか。ホロコーストという悲惨な題材をどのようにして芸術作品にできるのか。。。

ただ今、スコット中。

今イスラエルはスコットというお祭りの期間です。なので、今回はスコットについてお話したいと思います。

スコットとは日本語で言うと、仮庵の祭り。スコット(仮庵の祭り)とはユダヤ教の祭りで、ユダヤ教三大祭の一つ。スコットとはヘブライ語で「箱・小屋(スカー)」の複数形。ユダヤ人の出エジプトのとき荒野でテント(仮設の家)に住んだことを記念する祭りです。
*三大祭は他に、ペサハ(過ぎ越しの祭り)とシャブオット(刈り入れの祭り)

■聖書に書かれているスコット
スコットが明記されている1番一般的な箇所はレビ記23-33〜です。
聖書ではスコットの意義が大きく2つある事が分かります。その箇所を紹介したいと思います。

あなたがたは七日の間、仮庵に住み、イスラエルで生れた者はみな仮庵に住まなければならない。

これはわたしがイスラエルの人々をエジプトの国から導き出したとき、彼らを仮庵に住まわせた事を、あなたがたの代々の子孫に知らせるためである。わたしはあなたがたの神、主である』」。
(レビ記23-42〜43)
これは1番初めにも書いた、ユダヤ人が出エジプトを思い出し、子孫に代々伝えていくのが目的。

2つ目のスコットの意義は、少し1つ目とは違い農業的なものです。
あなたがたが、地の産物を集め終ったときは、七月の十五日から七日のあいだ、主の祭を守らなければならない。
(レビ記23-39抜粋)
そう、もう1つの意味は収穫祭です。

スコットは出エジプトと言う歴史事件と、収穫祭が1つになったものなのです。

■イスラエルでのスコット
スコットは7日間の休日になっています。特に1日目と7日目は労働をしない、いわゆるシャバット状態になります。その他の日は平日以上、シャバット以下のような半分お休みというどっちつかずの状態です。
スコットが小屋(スカー)の複数形だということはお話しました。なのでこの祭りの数日前からイスラエルの家庭ではスカーを建てます。建て方は各家庭が思い思いに、木や布や石など好きな材質で建てます。しかし天井だけは「地から取ったもの」というのが伝統です、なので大きな葉や木でできたすだれ状のものなどで天井を作ります。天井だけは出エジプトの面影を残そうという訳です。
イメージ 1
(これがネティブヤのスカー。周りはグリーンシート、屋根はすだれのようなものでできています。僕とユダの2人で建てました。)


この1月はロシュ・ハシャナ、ヨム・キプール、それにこのスコットとお祭り・休日が続いています。スコットが特別断食をするとかというような一般的なしきたりはあまりありません。
しかしロシュ・ハシャナからヨム・キプールにかけては悔い改めというどちらかと言うと暗く、シリアスな期間。なのでスコットは比較的みんなで楽しむ、楽しむお祭りです。変な話ですが、神も聖書で「楽しめ」って命令しているんです。

七日の間あなたがたの神、主の前に楽しまなければならない。
(レビ記23-40抜粋)
(これはキブツで暮らしていたある女の子の実話です)

私たち初期のキブツの子供達には、お父さんもお母さんもいませんでした。

(社会主義を基本理念とする)キブツでは、メンバーは普通のお父さん、お母さんになる事ができませんでした。なので私たち子供達にとって、お父さん・お母さんではなくただの名前にしかすぎませんでした。親達もこれには嬉しいはずもなく、反対していました。子供にまるで他人のようにあたる・・・しかし親たちも毎日仕事仕事。そんな事を考える時間も与えられませんでした。

ゆっくりゆっくりと、私にとって両親がお父さん・お母さんになってきました。でもこれは全員に言える事ではありません。それが始まったのは2人目の子供、弟が生まれたときです。私は長女で、お母さんを「シュラミスさん」、お父さんを「ベンジャミンさん」とキブツの決まりに従って名前でもう呼んでいました。私の弟が生まれ大きくなるとシュラミスを「お母さん」と、ベンジャミンを「お父さん」と呼ぶようになりました。その時、私に衝撃が走りました・・・弟はお父さんお母さんと呼んでいるのに、私は違う!!

私は成長しキブツを離れ大人になっていました。そんなある日、シュラミスさんが私のところへやってきました。彼女は私に向かって二言三言何かを言いましたが、私には何の事か分かりませんでした。私が聞き返すとシュラミスは静かに言いました。
 「シュラミスではなく、あなたのお母さんになりたい」

私はすぐに答える事ができませんでした。そして頭の中でシュラミスさんではなく「お母さん」と呼びたかった頃の記憶を思い返していましたが、言葉にはせずに黙っていました。しばらくして私は静かにこう言いました。
 「シュラミスさん、もう遅すぎるの」

イメージ 1
[キブツからガリラヤ湖を見下ろす少女]

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