人生に目的はあるのか。 私は、ないと思う。何十年も考えつづけてきた末に、そう思うようになった。 人生に決められた目的などというものはない。人間は人生の目的を持たなくても、生きてゆくことはできる。はっきりした生きる目的をもたずに、その日その日をなんとなくすごしている人たちは少なくない。また、生きのびるだけで精いっぱいで、何のために生きるのか、自分の人生の目的とは何か、などと考える余裕さえない人びとも世界じゅうにたくさんいる。 「それを言っちゃ、おしめぇだぜ」という声がきこえそうだが、人生に万人共通の目的などというものはない。人間はこうでなくてはならないという、道徳的な規則などない。あらかじめ決められている法律のような人生の目的というものを、私は想像することができない。要するに、身もフタもない言いかただが、万人に共通の人生の目的などというものはない、と私は思う。 しかし、それですめば世の中は簡単だ。ああ、そうですか、で、終わってしまう。だが人間というやつは、なかなか厄介な生きものである。人生に目的がないとなると、急にがっくりする気持ちがどこかにある。生きてゆく張りがなくなってしまうのだ。そして八方ふさがりの困難な状態に追いこまれたりすると、ああ、もう面倒くさい、生きるのよそうか、とすべてを投げだしたくなったりする。 人生に目的はない、と割り切っても、一方で目的のない人生はいやだ、となぜか思ってしまうのだ。目的なき人生は不安でもあるし、頼りなく、ふらふらした感じがする。やはり人生に目的をもちたい、と思うのが自然な人間の心のはたらきだろう。人はおのずと生きていることに目的を求めるのだ。それは生まれた川へ帰ってくる鮭や、渡り鳥などと同じような、生物の一種の本能なのかもしれない。 ''' 中略 ''' 人生に目的はない、と、私は書いた。正直にいえば、「人生の目的」がわからない、ということだったのかもしれない。しかし、このことだけはわかっている。人生の目的の第一歩は、生きること、である。何のために、という答えは、あとからついてくるだろう。運命と宿命を知り、それを受容して、なお生きること。それこそが、「人生の目的」ではないか、と、いま私は少しずつ思いはじめているのである。 これを読んだ、エッセイストの"""阿川佐和子さん"""は、 """この本を読んで元気にはなれません。にもかかわらず、身体中の緊張がときほぐされ、心の乱れがいつしかおさまっている。こんなヘンな人生指南書があるだろうか。""" というコメントをしていますが、私もまったくその通りだと思いました。 五木さんの過去がつづられた"""運命の足音"""を読んでからは、この、歪んだ言い回しも、 少し納得がいく。 まずは、"""生きること"""から・・・
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大河の一滴から始まって、五木寛之の本にはまっています。検索から来ました。人生の目的も素晴しい本ですね・・・
2007/1/21(日) 午後 11:57 [ - ]
秩父雲竜さん>『大河の一滴』は、映画も観ました。わたしも、ほまってしまった一人です。書店に行くと、引き寄せられるように、五木寛之氏の本を手に取ってしまいます。
2007/1/25(木) 午後 3:55