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日本経済新聞 12月2日夕刊 前世界銀行副総裁 西水 美恵子さんのコラムより 今年、日本との国交樹立二十周年を祝うブータン。「国民総幸福量」と呼ばれる公共哲学を国づくりに実践して、長い。人間は何よりも幸福を望む。幸せの追求には、衣食住の安定とともに、人それぞれの心の和、そして母国の歴史と文化に属するという自己認識の和が欠かせないとの考え。ブータンの指導者は常識だと笑う。間違いや彎曲迂回は数多くあったにしろ、その常識を本気で貫いてきたところが、非常識。 「誠治とは、国民の幸福追求を可能にすること。全ての政策は、幸せへの公共的障害を取り除くためにある。幸福は全体論だから、行政は民の視点から横割りに。不幸せな民は国家を不安定にする。だから、国民の幸せは国家安全保障の基礎だ」と、しんけんだ。 幸せは物のみでは得られないから、高度成長を目的とはしない。国造りの一手段と見て、前記の「和」とバランスがとれる経済成長を求め続けてきた。今に言う持続可能な成長と同じ思考。それを世界に先駆けて実践したブータンの成長率は高い。約半世紀前は物々交換の経済が、貧困解消まであと一息だ。 教育策も、目のつけどころが違う。教員の人格と価値観とリーダーシップを重視して、教員養成に力を入れる。教師は次世代を形成し、国を変える。教師用指導書はだから生徒の理想像となれと説く。険しい山路を一週間歩いてはいる寒村の小学校。先生は一人きり。でも彼の目は国造りの情熱に燃え、口癖は「答えより質問が大切だ。自分の頭で考えよう」。惚れ惚れした。 去年の国勢調査で、国民の97%が幸せだと応えた。常識を本気でやる政治姿勢。政策効果を待たずして、民を幸せにする。 遠い昔、日本もそうだったのではないのだろうか。 どこで、道を間違えたのか。(間違えたわけではないのか) 高度成長期に沸きかえり、学歴社会で揉まれ、 バブルに踊らされ、今また「いざなぎ景気越え」などと言われているが、 振り返れば、何も残っていないような・・・ 心の中には、ポッカリ穴が開いてしまっているような。 先日「ALWAYS 3丁目の夕日」という映画を地上波で放送していたが、 きっと、そのころの人たちは、未来に向けて目を輝かせていたのではないかと想像する。 貧しくても、下を向いている人なんていなかったのかもしれない。 いや、下を向いている暇がなかったのかもしれない。 ただ、そんな時代を生きた人たちに、不器用で、まっすぐな人たちに育てられたはず。
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「ALWAYS 3丁目の夕日」の頃の時代の人は、人として一人一人が強かったと思います。今の人は上を向きすぎているような気がします。
2006/12/3(日) 午後 11:35
今の人も捨てたもんじゃないですよ。kokotan912さんをはじめ、ここで出会う人たちは、みんな強く生きてる。険しくても、自分の道を歩いている。私は、すごくそれを感じています。(中には、心無い人もいるようですが・・・ブログを閉鎖した人がいたんです)
2006/12/4(月) 午後 3:56