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元就出版社 内容(「MARC」データベースより) みずからの神を持ち、ヒットラー、ニーチェ、ダンテと対話しつづけた14歳の「少年A」の悩める魂の軌跡-。報道された事実の断片をつなぎ合わせることで、少年の人格を再構成し、その内面の闇に迫る試み。 第1章 嫉妬 第2章 永遠のライバル 第3章 もう一人の自分 第4章 神との遭遇 第5章 透明な自分 第6章 ヒットラー、ニーチェ、ダンテとの対話 第7章 絶対的孤独 第8章 「絶対零度の狂気」 終章 数珠 書評 (高橋義人・京大教授 ドイツ文学・思想 「サンデー毎日」サンデーライブラリー1998年8月9日) 「『なぜ人を殺してはいけないの?』 あなたは子どもに説明できますか。」 神戸の少年Aによる児童連続殺傷事件が起きてから、すでに一年以上が経つ。その間に、この事件については高山文彦の『地獄の季節』、朝日新聞大阪社会部編の『暗い森』など、幾多の好著が出版されてきたが、最近、少年Aの内面にさらに深く迫った本が刊行された。河信基の「酒鬼薔薇聖斗の告白」である。 少年Aの内面に迫るといっても、少年Aから直接に取材することができない以上、多くの部分が想像に委ねるしかない。 だが、あのいまわしい事件の後、供述調書、精神鑑定調書などが色々な雑誌に掲載され、少年Aをめぐる状況や彼が置かれていた精神状態はかなり明らかにされてきた。さらに、少年Aやその家庭、彼が通っていた学校を知る人々は、新聞にも載っていない情報を提供してくれる。 河信基氏はそうした資料を縦横に駆使しながら、少年Aが殺人へと駆りたてられてゆく心の動きをじつに見事に描きだしている。 殺人を犯したとき、少年Aは一四才だった。性欲が高まる年齢、徐々に大人の世界へ入ってゆく年齢だ。少年の中でも強い性欲がうずいていた。にもかかわらず、彼は女性を愛することができなかった。 その最大の原因は、母親のしつけの厳しさにあった。 三人兄弟のなかでも少年Aだけがきつく叱られたり、叩かれたりすることが多かった。 門限の六時を数分すぎただけで、母は門をぴしゃっと閉め、少年を門の外に立たせた。小学高三年生のときの作文にはこう書かれている。「お母さんはえんま大王でも手がだせない、まかいの大ま王です」。 彼は一方では母親を求めながらも、他方では母親をひどく恐れていた。母親は怖い。その思いはそのまま、女性は怖いという思いにつながっていった。 既成のあらゆる価値を否定する 女を愛することができない抑圧された性欲。それは彼においてはサデイズムという形をとった。 少年はナメクジを殺し、猫を殺した。愛されることを知らなかった少年は、愛することも知らなかった。 彼のなかではすでに価値が転倒していた。愛の代わりに残虐を、善の代わりに悪を。 少年の家の近くに沢山いた野良猫の首を切り裂いたり、手足をばらばらにしたりするとき、彼は強い性的快感を覚えた。そのとき彼は自分が生きていることを実感した。 猫を殺し終わると、次はホラービデオに夢中になった。彼はポルノビデオの代わりにホラービデオを楽しみ、そうやって性的欲望を処理するのだった。 反社会的な価値観を抱くようになった少年は、その危険な素顔を隠しておかなければならなかった。 こうして彼の内では、反社会的な自分と社会に迎合している自分とが分離していった。 そこで彼は反社会的なもう一人の自分に「酒鬼薔薇聖斗」という名前を与えた。 酒鬼薔薇聖斗ともう一人の自分との対話を描いた第四章(神との遭遇)は本書の白眉をなしている。 作者は酒鬼薔薇聖斗を悪魔として捉えているが、この対話は、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』におけるイワンと悪魔との対話を彷彿させる。 酒鬼薔薇聖斗は既成のあらゆる価値を否定する。『殺人は道徳に反するなんて固定観念は捨てろ。・・・人権を尊重しろ、人命を尊べ、物を盗むな、姦淫するな・・・こういった説教は口先だけのまやかしに過ぎない』。 『猫にも飽きてきたし、人を殺すしかないだろう。・・・お母さんから自由になり、自分を解放するにはそれしか道はないのだ』。 『カラマーゾフの兄弟』においてイワン・カラマーゾフは、神もなければ不死もない。この世において愛は不可能である、したがってあらゆる行為は許されていると考えるにいたった。 イワンのこの思想を実践したのが、異母兄弟のスメルジャーコフで、彼はカラマーゾフの兄弟たちの父フェードルを殺し、その罪を兄のドミトリーになすりつけた。イワンは心の底では世界を愛し、他人を愛したいと望んでいたものの、現実には隣人を愛することはできないと知り、この世を告発していた。 他方、神戸の少年Aには愛が拒まれていた。
彼は三人兄弟のなかで自分だけが愛されていないと感じていたし、学校の先生にもクラスケートにも好かれていなかった。愛されることを知らなかった少年は、次第にこの世を憎むようになった。 彼はもちろんイワンのような思想家ではなかった。しかし、彼が酒鬼薔薇聖斗にそそのかされるままに殺人を犯し、死体の頭部を自分の中学校の正門の前に置いたとき、彼の反社会的・反動徳的な想念はその頂点に達した。 |
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犯人は在日朝鮮人だそうです。コメンテターがテレビで在日だといったら朝鮮人が押しかけたと聞いてます。日本では在日は犯人として報道されません。全部日本人のせいにされます。在日が日本で暮らしていくつもりなら早くこれを改めなければ、日本人の信頼はえられないでしょう。
2007/9/15(土) 午後 8:44 [ 789 ]
酒鬼薔薇聖斗の両親は在日ではありません。沖縄の沖永良部島出身です。
池田小事件の宅間も在日という偽情報が流れていますが、何でも在日にしたがる排外主義は背筋が寒くなりますね。
2007/9/16(日) 午前 2:11 [ 読者H ]
何世代過ぎれば在日と言われなくなるのでしょうか?
なまじ戸籍管理が出来ると、長く続くのでしょうか?
わたしは少なくとも数百年は日本人ですが、以前はわかりません。
言葉も「ハナ」が「はなから・・・」(最初から・・のような意味)という言い方で残っています。「ハナ」は朝鮮語で「1」ですよね。
2007/10/10(水) 午前 8:57 [ - ]
社会の多様性や個性化を示すものですから、在日というカテゴリーをむしろ積極的に評価し、楽しむべきでしょう。
こういう文化的カテゴリーは、ユダヤを見ても時間とは直接的な関係はないように思えます。
2007/10/10(水) 午前 9:06
あまみ庵の店主:森本眞一郎
「こわい奄美人」というイメージづくりのためのスリコミであり、多様な「日本」のマイノリティー社会に、「奄美人」という少数グループを最下層に位置づけようとする差別の階段づくりなのかもしれないのである。
カミヨの昔から、いくさや震災や合理化という危機管理のさいに、誰よりも先に犠牲にされるのは、その時代々々の最底辺にいて、大声を出してものを言えない「非日本人」的扱いの少数の弱者たちだった。奄美にいるぼくには、「日本」の「権力者」たちによって約四百年もの間、流球文化圏の沖縄同胞と分断統治させられてきている奄美の現状から、本能的にそういう風に感受されるのである。
「日本」社会の中でいまだに、そしてこれからも立場の弱い奄美の出身者たちが、「権力者」によってつくられつつある奄美差別という人権蹂躙を許さずに生きていくためには、それぞれが必死に闘うことで自らの権利を守っていくしかないからだ。
ぜひこの『酒鬼薔薇聖斗の告白』をご一読あらんことを。そして、この問題にもっと重大な関心を寄せられ、大いに話題にしていただきたいと心から願っている。
2008/1/25(金) 午前 7:47 [ 情報屋 ]
書きょたんじゃがhttp://www.synapse.ne.jp/~amamian/tubuyaki/back-h110117-02.htm
2008/1/25(金) 午前 7:50 [ 情報屋 ]
まだ、読む自信がない。ひたすら怖い。
2008/6/17(火) 午前 2:44 [ よしたね ]
森本は被害妄想と自己主張の塊だな。
2009/11/27(金) 午前 10:42 [ 団 ]
母親は朝鮮人部落出身です。離婚して母親の故郷に親子で帰ってきたと噂がありました。
2011/2/10(木) 午後 1:11 [ hos*s*rak*rar* ]
河先生の『酒鬼薔薇聖斗の告白』がベストセラーになっていますね。元少年Aの手記『絶歌』出版で、彼の内面を抉る傑作と注目されています。
戦争法案強行が反対運動を呼び起こしていますが、今一度、人を殺してはいけないという当たり前のことを深く考える時期に来ている社会背景がベストセラーを産み出しているのでしょう。
あと、酒鬼薔薇が朝鮮人という無責任な噂が流されていましたが、それも完全に否定されました。
2015/6/15(月) 午前 6:58 [ 読者B ]
グッドジョブ
2015/6/15(月) 午前 9:13 [ 一市民 ]
安倍さんに国会質疑で、元少年Aの手記出版をどう思うか聞いてみるといいね。面白い返事が期待できる。
2015/6/15(月) 午前 10:47 [ den*e*mu*iya*oh ]
敵を殺して何が悪いと言うだろうな、単純に(笑
2015/6/15(月) 午後 3:14 [ 通りがかり ]
『絶歌』を紀伊国屋で求めたら、売り切れ。村上春樹を彷彿させる売れ行きとか。河さんの著書と併せて読むと、母親に疎外されて歪んでいく子供の心理形成プロセスや事件の本質が、よく見えてくると思う。
2015/6/18(木) 午後 0:51 [ den*e*mu*iya*oh ]