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1960年代に反朴正煕軍事政権・反日韓条約反対闘争で逮捕され、有罪宣告を受けた苦学生(写真)が、一念発起して財閥系企業トップとして大成し、朴正煕政権の流れを受け継ぐ保守党大統領候補として、10年ぶりの政権交代を実現した。
世襲議員が政権をたらい回しする日本と比べれば、いかにもドラスティックでダイナミックな韓流選挙である。
だが、過去の韓国大統領選挙と比べれば、歴代最低の投票率63%が物語るように、盛り上がりに乏しかった。投開票日の19日午後6時の開票と同時にKBSが野党ハンナラ党候補の李明博(イ・ミョンバク)前ソウル市長当確を報じたように、勝敗は最初から決まっていた。
一言で言えば、3765万の有権者は理念・道徳性よりも生活・経済を選択したと言うことである。
李明博候補は早くから「CEO(最高経営責任者)大統領を目指す」と、経済再生、すなわち、「7%の成長率と新規雇用創出、10年内の所得倍増(4万ドル)」を前面に掲げて世論にアピールし、支持率でトップを走り、李候補のBBK株価操作疑惑など不正蓄財を追及して追いすがる与党候補らを振り切った。
これまで韓国の選挙では候補のセッカル(色=思想・信条)や道徳性が厳しく問われ、ホットな争点となったが、今回、有権者は冷め、現実的であった。
得票率48・7%と、与党系の大統合民主新党の鄭東泳(チョン・ドンヨン)候補の26・1%に大差をつけた李当選者は、今日10時の当選記者会見で「産業化、民主化を超え、先進化に向かう。国民は理念ではなく、実用を選択した」と勝因を語ったが、ピョシム(票心)を見事に読んでいたと言うべきであろう。
その背景には、民主主義が定着し、左右の理念対立が以前ほど激しくなくなったことがある。
さらに、10年にわたり進歩政権を支えた若者や勤労者など庶民層が離反したことがある。グローバライゼーションを進め1997年の経済危機を克服するなどマクロ的には大きな成果を挙げたが、その副産物で、非正規職(派遣・パート)の増大などの雇用不安と格差拡大が生まれ、庶民経済が疲弊してしまったのである。
逆に言えば、李候補に532万票引き離された鄭東泳候補は、そうした新たな政治状況を見誤ったということになる。
そのため、民主化勢力の流れを受け継ぐ進歩革新陣営の総結集を訴えても空回りし、与党系候補を一本化できなかったことでさらなる失望を買った。
また、李明博候補へのネガティブキャンペーンに偏り、庶民層が望む経済再生に効果的な対策を提示することが出来なかった。
全体としてみれば、10年の進歩政権に国民が飽き、変化を求めたと言うことに尽きよう。政権交代は韓国民主主義の成熟を示すものであり、それ自体は評価できるが、課題も少なくない。
今回ほど候補者間の政策討論が少なかったことは、かつて無かった。候補者が12人と多かったことから、数回もたれたテレビ討論は争点がかみ合わず、李候補の不正蓄財問題に集中し、時間切れとなった。
先行逃げ切りを図った李明博候補が与党候補との討論を避けたこともあって、李候補の政策は具体的には語られず、多くが曖昧なまま残された。
日本など外国が注目するのは対北朝鮮政策である。李明博当選者は「北が核を放棄すれば国民一人たりの年間所得を3000ドルまで向上させる」と公約したが、当選記者会見で改めて問われ、「実用主義的外交で、新しい南北協力の時代を創る」と南北の「共助」を強調し、「北が核放棄をするように説得する」と述べた。
興味深かったのは、北朝鮮の人権問題への対応を尋ねたウォールストリートジャーナルの記者に「軍事政権時代に色々人権問題があったが、各国は経済支援をしてくれた」と、朴正煕政権時代の経験を踏まえながら語ったことである。開発独裁から今日の民主主義時代を開いた、自身もその中心にいた韓国の道程を思い浮かべていたと見られる。
内外の一部マスコミには「北朝鮮に厳しい姿勢を取る」と期待を込めて報じるのもあるが、現実主義的に、現政権の路線を基本的に継承していくことになろう。
朝米関係改善の流れがほぼレールに載った中、保守系候補であった李会昌元ハンナラ党総裁らが主張するような強硬策はもはや選択肢としてはありえないと考えたほうがよかろう。
盧武鉉大統領は李明博氏の当選を祝い、政権移譲の準備に入ることを伝えている。
早ければ今月中に大統領職引継委員会が発足し、来年2月25日の正式就任まで、現政権と協議を随時開催し、次期首相など閣僚候補の国会人事聴聞会も開催され、新政権の全貌が明らかになっていく。
問題は、16日に国会で採択されたBBK疑惑を再捜査する特別検察官法の扱いである。盧大統領が拒否権を発動しないと31日に成立し、1月中旬から捜査が始まり2月中旬、大統領就任式の25日までに結論が出る予定である。
李明博当選者は特別検察官受け入れを表明しており、盧大統領も現時点では拒否権発動はしないと明言している。大統領当選者を容疑者として取調る規定は法律にないが、可能とするのが法曹界の支配的意見である。仮に大統領就任式以降に延び、結論が黒となった場合、現職大統領の逮捕は出来ない。大法院(最高裁)で有罪と確定すれば失職、再選挙となる。
全く異例の事態である。韓国の有権者は理念・道徳性よりも生活・経済を選択し、政権交代を実現したが、その代価に新たな問題を抱え、その意味では、大統領選はまだ完全には終了していない。
敗れた与党は来年4月の総選挙を見据えて李明博当選者を追求する構えであり、一角では新大統領弾劾策も浮上している。3位に沈んだ李会昌元ハンナラ党総裁も保守新党を創立し、いざと言う場合に備える姿勢を崩していない。
さらに、今回の大統領選の“陰の主役”と言われた朴槿恵(パク・クネ)元ハンナラ党代表の動向も目が離せない。
04年当時国会多数派であったハンナラ党が盧大統領を弾劾して、直後の総選挙で大敗し、解党の危機に瀕したときに救世主として党代表に担がれた朴槿恵元代表は、党大統領候補予備選で李明博氏に惜敗したが、「白衣従軍」し、本選挙で李明博氏を支持し、「韓国の政治文化を変えた」と株を上げた。
しかし、李明博氏の当選祝賀会に欠席し、側近議員たちの姿も見えなかった。韓国政界では、「歴代選挙で敗者がこれほど注目されることは無かった」とその動向に目を凝らしている。
余談だが、李明博当選者は大阪市平野区加美南(旧大阪府中河内郡加美村福井戸町)出身で、解放後帰国した元在日出身である。「母親は日本人」という噂が選挙戦中に某評論家から流され、DNA鑑定でシロと判明して某評論家は選挙妨害で逮捕された。
北朝鮮の三代目後継者も母親が大阪生野出身の元在日朝鮮人である。いかなるつながりがあったのか無かったのか、不明だが、これもまた歴史のアイロニーを感じさせるドラスティックな素材ではある。
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