河信基の深読み

読者各位様:本「河信基の深読み」は順次、北朝鮮投資開発戦略研究所(2019年4月〜所長・河信基)の公式HPへ移行して参ります。

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玉城素氏を悼む

 年賀状を書いていると、頭の中で自然と一年を振り返っている。
 北朝鮮情勢に関していえば、宿敵の間柄とされてきた米国によるテロ支援国家指定解除がなされるなど、今年は分岐点と後世に記録されるであろう一年であった。

 そう思いながら、過去の年賀状を整理しているうちに、05年に送られてきた一枚の年賀状がある種の感慨を伴って目に入ってきた。
 今年9月14日に亡くなられた玉城素氏からのものであった。

 「降る雪に・・・」と年頭に詠んだ詩が刷られてあった。「元朝や」の文語体が玉城氏の内面をうかがわせるが、その左下に、次のような手書きが添えられていた。
 「金正日政権崩壊の足音が聞こえてくるようです。崖っ縁で『飛び込め』と命令している最高司令官はもうマンガです」

 周知のように、玉城氏は現代コリア研究所理事長として、日本における北朝鮮研究に大きな影響を与えてきた。
 その立場は、上述の手書きが物語るように金日成=金正日体制打倒を目指すもので、中国式の改革を手本にしたソフトランディングのシナリオを描く私とはかなり異なる。

 その玉城氏がどうして河信基に年賀状を、と驚く向きもあろうが、最初の出会いは、04年秋、玉城氏が主宰するNK会に私が講師として呼ばれたことに始まる。
 張成沢の失脚と復活について雑誌『正論』に書いた一文に目を留めてのことであるが、箱根で一泊しながらの講演とその後の質疑は、水と油のように立場が異なる人たちとのものであっただけに、久しぶりに対立セクトとの論争に明け暮れた学生時代を思い起こさせるスリリングで、知的な興奮に満ちた楽しい記憶として残っている。

 その晩、玉城氏から、一時は韓徳銖・朝鮮総聯議長の後継者と目され、後に対立して北朝鮮に帰国し、国家副主席となった金炳植(キム・ビョンシク)元朝鮮総連第一副議長と、東北大学同窓で懇意にしていたと聞かされ、その北朝鮮研究の背後に潜む歴史的な体験に持ち前の好奇心を刺激された。
 「私も実は、玉城先生の論文は朝鮮新報の記者時代から読んでいました。『反動的』と全く違う立場から批判的に見ていましたが、権力構図を内面から分析する方法論には学ぶところがありました」と率直に述べると、笑みを浮かべながらうなずいていた。

 すでに当時、癌の手術をしたということで、声は聞き取りにくいほど細くなっていたが、ある種の使命感から来ると思われる気力に、いささかの衰えも感じさせなかった。
 「NK会に参加させて頂きませんか」と申し込むと、快諾してくれた。

 その後、数回、定例会に参加し、全く異なる立場の意見を聞き、大いに参考になった。私も持論を展開し、激しい反論に遭ったこともあったが、本音で議論を闘わせる場は得がたいものであった。
 玉城氏の度量と見識がそれを可能にしたが、昨今、論壇がサロン化、形骸化しているだけに、今改めて氏の存在感を感じている。

 玉城氏の葬儀に駆けつけるべきところであったが、事後に新聞で知り、叶わなかった。
 ここに改めて、北朝鮮研究の方法論を教示していただいたことを感謝し、その死を心から悼む。 
  

 

 

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