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中国当局が30日、フジタの社員3人を解放したのは、細野民主党前幹事長代理が政府の特使として前日中国を訪問したことへの返礼であり、日本との関係修復の政治対話を始めるとのシグナルであろう。
産経新聞が「日本国内で高まっている反中感情を緩和する狙いがある」と解釈するのは、間違っているばかりか、今後の日本の立場を危うくする恐れもある。
「米国の新分断外交に嵌められた前原外相(下)」で「フジタ社員4人との交換を中国側が意図した節がある。私もその交渉をするのだろうと思っていたが、何もなかった。それが日本外交の現状である。満足な外交交渉もできず、船長を一方的に拘束し一方的に釈放する日本式の「粛々とした対応」に、中国側は半ば呆れ・・・」と書いたように、中国側はもともと拿捕された漁船の船長釈放が実現すれば良かったのである。
細野氏が訪中したことで形が整ったということである。
こういうと、中国船拿捕への報復でフジタ社員4人を逮捕したのか、卑劣だと非難する向きもあろうが、それが現実である。日本側もいきなり拿捕したのだから、あまり大きいことは言えまい。
人のふり見て我がふり直せである。それぞれ言い分があろうが、自分だけが正しいと主張している限り、この種の事件は今後、増えることこそあれ、無くなることはなかろう。
前原外相は「漁船が衝突してきたビデオがある」と主張し、国会でもビデオ公開が問題になっているが、瑣末な議論である。
「自国領」と主張する日中双方の利害が衝突したのが今回の事件の本質である。
「中国脅威論」を日頃から口にしていた前原氏は、尖閣が自国領であることを明確にするために国交相として巡視船に拿捕を指示したようだが、検察を政治的に利用までして突然船長を釈放したことは、そうした強硬手段が通じないことを知らされたからであろう。
その時期や方法論はともかく、その判断自体は正しいし、教訓とすべきであろう。
石原慎太郎氏が自己顕示的に「売国的」と声を上げているが、結局は「核武装しかない」となる。
北朝鮮の真似をしている自覚は本人にはなかろう。それだけに始末が悪いのである。
貿易国家の日本の核武装は強烈な制裁を国際社会から招き、国民の三分の一は餓死するくらいの覚悟がないとできない。慎太郎氏にそれだけの根性があるとも思えない。
つまり、国益至上主義のナショナリズムでは日本は生きていけないと言うことである。
ブッシュが国際法無視のイラク攻撃の時に掲げたのが「アメリカの国益」であるが、その結果はどうであったか。
ブッシュが蔓延させた悪しき国益至上主義のナショナリズムを捨て、それを超える方向にこそ日本の生きる道があり、また、使命があると思うが、どうであろうか。
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2010年09月30日
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