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今朝の朝日新聞のコラム「ブッシュ氏のエリートパニック」はいわゆる反テロ戦争なるものの愚かな本質を当のブッシュ前大統領らの著書(大半は代筆)に表れた9・11当時の行動を通して浮かび上がらせ、秀逸のできであった。
一言で言えば、反テロ戦争なるものは小心者ブッシュの妄想の産物ではなかったか。
9・11当日についてブッシュ回顧録は「ショックに陥ってはいけないと冷静だった」とするが、明らかに事実に反する。
小学校視察中にテロ発生を伝えられた直後の記者会見で、放心し、恐怖に怯えた模様がカメラにはっきりと撮られている。
その直後、10時間あまり姿を現さなかったが、ネブラスカ州に退避したとチェィニー副大統領は『我が時代』で明かしている。
ブッシュ本人の希望で退避、つまり、逃げたのだろう。
女房の『真心からの言葉』は、首都に戻ったブッシュは深夜、敵機襲来の声に起こされ、「大統領は私にコンタクトをつける間も与えず、寝間着のまま二人で階段を駆けおりた」という。
ニューヨーク支局長のコラム氏は「テロ初日、ブッシュ氏は朝から晩まで逃げていた」と書くが、同感である。
ブッシュは自分の身可愛さに右往左往した小心者で、とうていリーダーの器ではない。
反テロ戦争はそうしたブッシュ個人の恐怖感、報復心理によって始められたと言っても過言ではない。容疑者への令状なき拘束、拷問は常軌を逸したブッシュの性格によるところが大きい。実際、退任後、「重要案件はしばしば勘で決断した」「最後は自分の直感を信じた」と述べている。十字軍気取りの宗教戦争の気分だったのであろう。
大量破壊兵器があると思い込んでイラク攻撃に踏み切るが、本人は「兵器が見つからずに世界でもっともショックを受けたのは私だ」とぬけぬけと書いている。
それによって数万、数十万のイラク市民が犠牲になったが、ブッシュの罪が問われるのはこれからである。
このコラムを読んで改めて、ソ連末期の優柔不断なゴルバチョフとアル中の保守派のクーデターを思い出した。
国家の終末期には成ってはならない人物がリーダーになり、墓堀人役を演じる。
ブッシュのような人物が大統領として二期勤めた間に米国の衰退が顕著になってきたが、旧ソ連と同じ道を辿るのであろうか。
最後に欲を言えば、コラム氏は反テロ戦争の最中にそうした記事を書くべきでなかったか。
日本のマスコミはいつも反応が遅い。
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