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中西輝政氏ら京大右派グループにつながる佐伯啓思京大教授が昨日の毎日夕刊インタビュー記事「日本よ!」で「原発に『近代主義の象徴』を見る。脱ではなく、減原発を支持する」と紹介され、「理由は安全保障に尽きます。国際情勢がどう動くか分かりませんから、国家として核抑止という選択肢は放棄すべきでない」と主張している。
福島原発事故を引き起こした原発ムラの余韻を引きずった物言いには違和感を覚える。
原発を「(科学万能の)近代主義の象徴」とするのは詭弁ではないか。チェルノブイリ原発事故で人類はむしろ原発の不完全性を痛感させられたからである。
その後も原発安全神話が横行し、原発増設とプルサーマル計画や再処理工場建設に血眼になった原子力ムラの前近代的な体質こそ問題にすべきであろう。
地震火山大国に54もの原発を乱造した狂気は、近代主義の名を借りた神風特攻隊思想ではなかったか。
ただし、佐伯氏のように安全保障の観点から考えれば、原発乱造はそれなりに論理が通っている。
敵の侵略という危険と秤にかければ、原発の方がまだリスクが少ないというわけである。
しかし、それも幻想であったことが福島の惨事で明らかになった。そこで、減原発とトーンダウンしたのであろうが、無責任の謗りを免れまい。
問題は、安保絡みの原発推進のネットワークがこの国には政界、官界、財界、学界、言論界にわたって張り巡らされているようにみえることである。
これは極めて危険なことである。
重大な危機が今もそこにある。
福島原発2号機が6日、注水変更後に20度上昇し、73・1度になった。80度を超えると冷温停止状態が壊れ、圧力容器の底に熔け落ちている核燃料が再臨界→核爆発する危険性がある。中を見れないので何が起きるか誰も責任を持って言えない。
この危機を収束させ、さらに、他の地域で二度と起こさないことが日本最大の喫緊の課題であることは二言を待たない。
同時に、絶対安全と国民を欺き、福島原発を造った中曽根元首相らの責任を明らかにし、再発防止の社会的なシステムを作り上げる必要がある。
この期に及んでも、安保云々と見えない仮想敵(北朝鮮を想定するなら的外れである)を持ち出し、核抑止の必要を説いて問題を情緒的にぼかし、原発惨事の責任を曖昧にすることは許されまい。
市民団体「みんなで決めよう『原発』国民投票」が9日、東京での条例制定請求に必要な署名数を超える約25万人分を集めたと発表した。大坂はすでに達成している。
これに対して石原慎太郎知事は10日の定例記者会見で、「条例を作れるわけがないし、作るつもりもない」と拒否の姿勢を明らかにした。
中曽根元首相を師と仰ぐ石原氏は「原発恐怖はひ弱な情念 」と述べ、石原新党基本政策草案では「憲法9条改正と軍隊保有」「防衛産業育成」を前面に出し、核武装も示唆している。
同案は政策ブレーンが作ったと言われるが、佐伯氏の発言がそれと脈絡を一にしているのは偶然ではなかろう。
脱原発投票で生活の安全と政治を市民の手に取り戻す動きが活発化しているが、それを阻む陰のネッワークも活動を活発化させており、前途は楽観できない。
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