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小沢氏無罪の可能性が高くなってきた。
私は1年以上も前、大手メディアがこぞって小沢バッシングに熱を挙げていた最中、「小沢無罪なら誰が責任をとるのか」と指摘したが、いよいよそれが問われる。
前掲コラムでは以下のように指摘した。
「東京第5検察審査会が小沢元民主党代表に対して起訴相当と議決し、物議を醸しているが、重大なことが看過されている。客観的には小沢氏は無罪になる確率が高いが、その場合、誰が責任を取るのか。
小沢氏を有罪視し、議員辞職を迫っている新聞、テレビは、無罪判決が出たら謝罪声明を出し、責任者を処分する覚悟をもって報じているのだろうか。
・・・
大阪地検特捜部検事による押収資料改竄によりその神話は根底から揺らいでいる。・・・しかるに、東京第5検察審査会の起訴議決はその理由として、何と供述を挙げている。・・・そもそも供述偏重が問題になっているのに、検審みずから同じ過ちを犯そうとしているのはいかがなものか。」
http://blogs.yahoo.co.jp/lifeartinstitute/42079269.html
以上の指摘は全て現実化しつつあるが、問題は、冷静に事態を分析すれば容易に分かる事が無視され、小沢断罪論が一人歩きした社会のシステムにある。
これを正さない限り、同じことが今後も繰り返されるだろう。
小沢問題の本質は、政権交代の意義を失わせ、今日の政治の液状化を招いたことにある。
民主党が腰砕けになったのは、政権交代の原動力である小沢氏が不当に社会的なバッシングを受け、政治力を削がれたことに始まる。そこから民主党の内紛が表面化し、迷走の挙句に第二の自民党と言われるところにまで堕した。
結果的に、政権交代を司法の力を悪用して潰したのであるが、当初から仕組まれたものではなかったか、徹底的に検証する段階に来た。
事は具体的だ。小沢氏を検察審査会に告発した「市民団体」では元産経記者が中心的な役割を果たし、産経新聞が告発キャンペーンを張ってきたことは知られている。
最近、検察審査会委員リストが事前に漏れていた疑惑が浮上しているが、地検特捜部と、内部情報をしきりにリークして世論を煽った産経との謀議があったのかなかったのか、明白にする必要がある。
産経だけでなく、メディアが小沢追求の急先鋒となり、政治に無用な混乱を招いた責任は極めて重大だ。小沢問題を“政治とカネ”と強引に結び付けるのは、問題の本質を曖昧にする。
言いっぱなしは許されない。民主主義の健全な発展のために責任ある検証が必要である。
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