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石原都知事が唐突に辞任したが、大きな政治的な流れとしては、保守勢力が首都東京という牙城を明け渡したも同然であり、その意味は小さくない。
リベラル、革新勢力が統一候補を出して勝利する事が出来れば、日本の政治の流れが変わる可能性がある。 辞任自体は十分に予想されたことであった。尖閣購入騒ぎで尖閣問題に火を付け、丹羽大使が指摘するように、日中国交正常化40年の努力を水泡に帰しめた石原氏の罪は大きい。 安保もさることながら、中国市場を失いつつある日本経済は深刻な石原不況に沈みつつある。 石原氏が都知事を辞任したくらいで償えることではないが、一つの区切りにはなる。 もっとも能天気な石原氏にはそんな愁傷な意識はない。 個人的な事情から、すなわち、自民党総裁選で思わぬ敗北を喫した伸晃氏ら息子らの立つ瀬を考えて新党結成という大博打に打って出たのであろう。 しかし、彼は大きな誤算をしてしまった。 自分にカリスマ的人気があると思い込み、電撃辞任によって世間の注目を集めて第三極の指導権を一挙に握ろうとしたのだが、世間はそうそう老人の我儘を聞いてはくれない。 薩長連合を引き合いに出して、政策すっ飛ばしの大連合を呼び掛けたが、期待した橋下大阪市長からさえ袖にされ、まともに相手にするのはほとんどいない。 そもそも薩長連合は政治的な私心のない坂本龍馬だからなし得たのであり、権力欲剥き出し老人に乗ってくる愚か者はいまい。 石原氏も、都知事を離れてしまえば、ただの80の変わり者老人でしかないことをそろそろ感じていることだろう。 振り返れば、日本の異常な保守化は唐突な石原都知事出現から始まったと言っても過言ではない。 石原自ら退いたことはある意味で象徴的である。 リベラル、革新が生活再建、脱原発をスローガンに統一候補を立てれば、年内に予定される都知事選挙で勝利することは十分に可能である。 それは完全に行き詰まった保守政治を転換させ、日本政治に新たな活力を呼び戻す大きな契機になるであろう。 |
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2012年10月28日
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