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警察発表で26万人が参加した12日のデモが発生する過程を3日間、つぶさに観察し、当日、デモの渦中に身を置いて知ったのは、非正規職増大や格差拡大など、生活権を巡る国民の不満が臨界点に達しているということである。 デモ現場の光化門広場や世宗路の至るところに労働組合や市民団体有志による籠城のテントが張られ、様々な横断幕が掲げられているが、首切り反対、賃金値上げといった労働権、生活権に関する訴えが多い。セオル号真相究明や開城公団再開など日本でもすっかり馴染みのもあり、国民各層がそれぞれの不満をぶつけている。 請願権は憲法に定められた国民の権利であり、デモ自体は民主主義が機能している証しでもある。同じ問題を抱え、強制的な時間外労働で自殺者まで出しながらデモ一つ起きない日本はむしろおとなしすぎる。韓国が羨ましいとの声すら聞こえる。 朴大統領が不通で、国民との対話を疎かにしてきた事が、事態を必要以上にこじらせたというのが実相であろう。 朴政権は無為無策であった訳ではないが、国民の理解を得る努力に欠けた事は否めない。 一例を挙げれば、「増税なき福祉」を掲げ、年金整備や無料給食制など福祉予算は以前の政権にもまして増大している。だが、「増税なき」に固執し、財源問題を不明にしながら、しかるべき説明もなく、国民のフラストレーションは高まった。 デモ現場を歩いていると、その種のフラストレーションがヒシヒシと伝わってきた。 デモ当日の昼頃、ソウル市庁前広場に行くと、前日は閑散としていた場所が赤いゼッケンを付けた人々でビッシリと埋まり、「学校非正規(教育公務職)労働者闘争大会」が進行中であった。マイクからアジ演説を響かす首席壇には「非正規職絶対反対」とあり、主催団体は「全国教育公務職本部」と書かれてあった。 私が見たところ、これがデモの核心勢力の1つである。写真のように、全国から集結した小中高校や大学の教員たちであり、時間を逐うごとに「延世大支部」、「ソウル大支部」などとと書かれた旗を先頭に続々と馳せ参じ、8車線の広い世宗路を光化門方向へと伸びていく。 資源が乏しい教育立国の国で、教員が十分な待遇を受けない国に未来はない。集会の中に身を置きながら、かつて教鞭を取った私も怒りを十分に共有することが出来た。 韓国の学生たちの間では「ヘル朝鮮」という言葉が流行り、SNSの書き込みで常用されている。最初は何かの造語と思ったが、Hellの事である。日本以上に熾烈な受験地獄に苦しみ、ソウルで会った旧知の元某大学総長は「名門大を出ても半分しか希望の会社に就職出来ない」と憤慨していた。街にはホームレスの老人が目に付き、尊敬すべき先生たちまで非正規職で苦しむのを見て、堪忍袋の緒が切れたというところであろう。 午後2時頃、その集会から巨大な風船が上がり、「朴槿恵退陣」の大きな垂れ幕が下がった。 ソウル市庁前広場から光化門にかけて点々としていた集会が繋がり、線となり、みるみる巨大な流れとなる光景は壮観であった。東京、モスクワ、ベルリンなどで数多くのデモや集会を見てきたが、これほどエネルギッシュなものは初めてであった。音量一杯にしたアジ演説に太鼓やドラの音が混じり、テンションは否応にも高まっていく。 このエネルギーを良い方向に導けば、この国はさらに発展すると思ったが、残念ながら、舵取りが不在である。 米国のGoogleでも「得票数でもトランプ勝利」の虚偽が検索上位を占めて拡散するなど、単なる噂や伝聞が拡散し、どさくさに紛れて過激な主張が“事実”かのように伝えられる現象は、ネット社会共通の世界的な現象である。 韓国マスコミが騒いでいる「秘線崔順実国政壟断疑惑」もその類いである。私が各記事を精査したところ、朴槿恵大統領自身が40年来の友人の崔に演説文を見せたと対国民談話で明かしたことが、「国政に介入」と断じられているが、為にする誇大解釈である。 崔は誇張して友人に漏らしたが、実態は茶飲み友達に演説原稿を見せた程度の話であろう。日米のようにスピーチライターを使えば済むものを、一人で抱え込んだ挙げ句の軽率な行為と見られる。 そもそも崔のような無識な人物に国政を壟断する能力などあり得ない。 特に韓国国際政治でかつて見られなかった秀逸な米中バランス外交は、習近平主席、オバマ大統領との個人的信頼関係があって可能な事であり、英中語に堪能な朴大統領ならではであった。崔某が関与できる能力を越えており、私の見たところ、文在寅、安哲珠両氏にも到底出来ないことである。 また、崔に関わる2つの財団に朴大統領が寄付をするように企業に圧力をかけた職権濫用が問題視されているが、朴大統領がそれにより何らかの利益を得た証拠はなく、恣意性を証明するのは極めて難しい。 崔が大統領との近さを悪用して私腹を肥やした可能性はあるが、そうした私的行為に対してまで朴大統領の法的責任を問うことは無理がある。 仮に日本でその程度のことで法的責任を問うことになれば、無事な政治家は一人もいなくなるだろう。 要するに、朴大統領が追求されていることは法的責任ではなく、道義的責任なのである。デモ参加者たちが訴えていたのも法的責任ではなく、崔順実の声は聞くのに自分達の声は聞いてくれない、裏切られたという思いであったろう。 その意味で朴大統領が弁護士を立て、世論に煽られているきらいのある検察に法的な問題点を整理するように求めたのは、適切な対応と言えよう。 朴大統領が辞任する必要はさらさらない。週刊誌レベルの無責任な噂や伝聞が政治問題化して大統領が退陣する前例を残せば、韓国の民主政治は後退し、国政は混乱するばかりである。 歴代大統領が任期後半になると必ずといって良いほどスキャンダルめいた事件に足を取られ、国政の混乱を招いている。今回の騒動を奇禍として、大統領2期10年制に憲法改正し、朴大統領の信任投票をしたらどうであろうか。 当面、朴大統領がなすべきは、国民の道義的な批判に謙虚に耳を傾けることである。広く意見を聞いて内政に手腕を発揮できる人物を実力総理に据え、非正規職教員を全員正規職に転換するなど格差拡大問題などに大胆に取り組む必要がある。 しかし、THAAD配備問題と絡む北朝鮮制裁強化問題が重要な局面に来ている外交安保は朴大統領以外に能力のある適任者は見当たらず、引き続き担うべきである事は二言を要さないだろう。 来月日本で開催される韓日中首脳会談には参加し、中国の李克強首相と北朝鮮制裁問題を詰めることになる。 韓国社会を分裂させ、揺るがせている根本的な問題は格差拡大問題である。10億円以上の資産を擁する0・5%の富裕層が国を牛耳っているとの声も聞いた。 実は韓国の格差拡大問題は金大中政権がIMF危機を克服するために無限競争社会、すなわち、新自由主義に舵を切ってから始まった事であり、金大中政権の流れを受け継ぐ野党勢力が政権を担当しても解決するのは容易ではない。現在の野党指導者はそうした問題意識すら希薄で、大統領の椅子への野心に目が眩んでいる危うさがある。 格差拡大問題を解決するために韓国はデモに揺れ、同じ問題を抱えた日本は不思議なほど静かである。 2つの対照的な現象を掘り下げ、『韓国の熱病、日本の認知症』(仮題)を上梓する予定である。 実は、デモ隊の中にも旧態依然とした既成野党批判の声が厳然とある。資本主義体制に限界を感じ、北欧のような福祉国家、あるいは社会主義を志向する人々が増えているのである。いわゆる従北ではなく、北朝鮮の個人独裁化した体制にも批判的で、人権や民主主義が保障される社会主義を真摯に研究している。 経済関係が深まっている中国の習近平体制が何を目指しているのか知ろうと努め、私の『二人のプリンスと中国共産党』への関心も高かった。 韓国問題はグローバルな問題の縮図である。国際的多面的な視点から捉えねばならない。 |
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2016年11月18日
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