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北朝鮮執権層が疑念の目を向け始めた金正恩の最大の失敗は、絶対に勝てない喧嘩をトランプに売った事に尽きる。
北朝鮮と米国との確執をチキンゲームに例えるのは誤りである。金正恩にとってはそうかも知れないが、トランプにはタンクでオンボロ自動車と対峙しているようなもので、相手が飛び降りるのを待っても、自分から飛び降りる気はさらさらない。彼我の軍事力は巨象と蟻のごとくである。 一部には開戦したら日韓に膨大な人的、物的損害が出ると脅える声もある。クリントン政権時代のペリー国務長官がそのような報告書を出したのは事実であり、臆病な東証の株価が北朝鮮リスクに影響されて上下するのはその名残である。 しかし、この点が極めて重要であるが、ペリー報告はあくまでも通常戦力に限定されたものであり、核攻撃を想定していない。 北朝鮮が蟻が象に立ち向かうように絶対に勝てない理由は、まさにロシア、中国をも怯ませる米国の強力な核兵器にある。 まさか核だけは使わないだろうとこの期に及んでも思い込んでいる能天気な向きは、マテイス国防長官が21日にグアンタナモ基地で米軍将兵を前に述べた次の言葉を、耳の穴をかっぽじって聞く必要がある。 「米国はロシアと中国は核戦争を望んでいないと知っていたが、金正恩はそうではない。」 意味するところはズバリ、金正恩が核戦争を挑発するので米国は核を使わざるを得ない、ということである。マテイスは以前から「開戦すれば一瞬で決まる」という事を言っていたのも同じ文脈である。 金正恩は口癖のように核抑止力を口にするが、本来の意味がよく分かっていない。互いに核戦争を回避したい思いがあれば、抑止力が働く事は冷戦時代に証明された事である。 しかし、金正恩はその不文律を侵し、ワシントンを焦土化すると再三公言してきた。21日にピョンヤンで開催された第5回党細胞委員長大会で「米国に実際の核の威嚇を加えられる戦略国家に急浮上した」と演説している。井の中の蛙の金正恩は自分の言葉に酔っているのであろうが、それが核攻撃を受けるリスクを限りなく高めている事が分かっていない。あるいは、薄々感じてはいるが、威信を誇示して内部を引き締める為に誇張しているのであろう。 核過信症の金正恩はたとえ数発でも核弾頭搭載ミサイルを有すれば、米国を脅し、自己主導の交渉のテーブルにつけさせる事が出来ると思い込んでいるが、キューバ危機でのケネディ大統領の例を挙げるまでもなく、あり得ないことである。 外交文書公開で最近明らかになった衝撃的な事実であるが、ニクソン大統領は1969年に米軍の偵察機が北朝鮮領空近くで撃墜された直後、核攻撃命令を下した。しかし、寸前のところでキッシンジャー補佐官が「大統領は酔っている。翌朝まで待て」と押し止めたという。「フリーダムドロップ」と呼ばれる核攻撃プログラムであるが、核のボタンは外部で思われているほどアンタッチャブルではない。 ましてや、核ミサイルが未完の段階では尚更である。金正恩は同会議で「核戦力完成」を強調したが、直近の火星15号が大気圏再突入時にバラバラになるなど、これまでの実験結果から核小型化、大気圏再突入技術は未完成と米韓は判断している。つまり、核は保有しても、実戦に使えるレベルではない。 その上で、完成阻止に照準を合わせているが、トランプが再三述べていることからそのシナリオを整理すると、北朝鮮への経済制裁を極限まで高め、強制的に金正恩を核廃棄の交渉に引き出す。金正恩が応じなければ、最後の手段として軍事行使をする、となる。 その最終期限は来年春頃となろう。文在寅の顔を立て、また金正恩に最後のチャンスを与える意味もかねて米韓軍事演習をピョンチャン・オリンピック以降の3月に延期する。それでも金正恩が核廃棄交渉に応じなければ、攻撃する名分が立つと考え、演習から北朝鮮先制攻撃へと発展させる。トランプの計略を深読みすれば、そうしたケースが浮かんでくる。 北朝鮮指導部もムザムザ攻撃されるのを腕をこまねいて見ているほどバカではない。韓国に先制攻撃を加える可能性はゼロではないが、勝算が立たないだけに限りなく低い。 金正恩が核開発に固執するのは危険と判断し、それを排除する動きが北朝鮮指導部から出てくる可能性がある。 米韓側は核放棄さえすれば、体制保証に経済援助を与えるとあらゆるチャンネルを通して伝えており、北朝鮮指導部からそれに呼応する勢力が台頭するかもしれない。 実際、金正恩は疑心暗鬼に駆られた気紛れな粛清が離反を招いて政権基盤が弱体化しており、唯一信じる妹の与正の助けを借りなければならないほどである。相次ぐ北朝鮮兵士の脱走や日本海岸に流れ着く大量の木造船は氷山の一角であり、疲弊しきった北朝鮮崩壊の前兆である。浮き上がった若輩の兄妹で政権を維持できるほど状況は甘くない。 注目すべきは、10月の労働党全員会議でまんまと組織指導部長に収まった崔龍海副委員長である。日本ではほとんど知られていないが、組織指導部長のポストは金正日が叔父の金英柱から奪い、後継者の地位を固めた党の中枢部である。金正日は終生、その地位を兼ねて権力を保持してきたが、党務経験のない金正恩は崔にあっさりと明け渡している。 崔は案の定、組織指導部長に就くと人員軍総政治局の検閲を実施し、ライバルの黄柄瑞総局長、金元弘第一副総局長らを追い落とした。金正恩を操って大恩人の元ナンバー2の張成沢を失脚させた謀略家であり、いつ金正恩委員長の寝首を掻くかもしれない。 米国や中国による制裁圧力が強まるほど政変の可能性も高まるであろう。 蛇足になるが、トランプ大統領は18日、安全保障政策の基本となる「国家安全保障戦略」を発表し、中国、ロシアを「米国の力に挑戦する現状変更勢力」「修正主義勢力」と規定し、特に中国に対して「米国の戦略的な競争国」、「強国同士の競争が再来している」と対抗意識を剥き出した。逆説的にG2、米中新型大国関係を認めたことになるが、十分に予想されたことである。 私は、2年前に出版した『二人のプリンスと中国共産党』の「第6章 中国が米国を追い抜く日」で、米中逆転が迫っていると分析した。米国が格差拡大や成長停滞など資本主義体制が行き詰まっている一方、中国が改革開放政策で毛沢東時代の経済的停滞と政治的混乱を克服し、社会主義・共産主義社会建設への展望を持ち、新たな体制競争が始まると予測したのである。 それを裏付けるように、さる10月の中国共産党大会での演説で習近平総書記は「社会主義現代化強国」を繰り返し強調し、「社会主義の核心的価値観を家庭、子供に徹底させる」と述べた。 大資本家でもあるトランプ大統領には衝撃であったろう。冷戦に勝利した米国は市場経済を導入した中国をWHOに加盟させて資本主義秩序に組み入れ、関与政策で民主化、自由主義化へと誘導した。その期待が打ち砕かれてしまったからである。「中国は国家主導の経済モデルを拡張」と警戒感を露にし、「米国は過去20年の政策の再考を迫られている」とまで述べている。 原論的に俯瞰すれば、北朝鮮問題は一見して米朝問題であるが、北朝鮮の命綱である原油禁輸問題に象徴されるように、実態は新型の米中大国関係の各論として展開しているのである。金正恩には新時代の大局が全く見えていない。 |
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2017年12月23日
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