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1 戦争か平和か 前回予測したとおり、平和の祭典の幕裏では南北の熾烈な外交戦が戦われているが、相互接触の過程で相互理解を深める一定の前進が認められ、序盤としてはまずまずの出来と評価できる。 「韓国、『米朝対話』に失敗」、「微笑み外交に揺さぶられた」と性急に報じる新聞、テレビもあるが、本質的な部分がよく見えていないようだ。 平和か戦争かの狭間で始まったオリンピックは、序盤が終わったばかりである。 世界初の5Gを駆使し、無数のドローンで鳩をきらびやかに黒天に浮かばせるなど最先端のIT技術を駆使した開会式は世界50億人の目を引き付けた。 日本でも視聴率がソチの2倍強の30%近くを記録し、ジャンプやスピードスケートなどメダルが出る度にヒートアップし、ピョンチャンの冷気に負けない盛り上がりようである。 その幕裏で繰り広げられている南北+米国の外交戦、心理戦はこれから本格化していく。もともとオリンピックは戦乱の古代ギリシャで矛先をしばし収めて競技を楽しんだ故事から始まった。その意味でもピョンチャン・オリンピックは本旨に沿った大会と言える。 世界中が熱く注視する中で南北対話がしかるべき結果を出せば、世界史に特記されよう。 2 金正恩の焦り この点が今後の展開を探る上で本質的に重要であるが、平和の祭典に便乗したのは北朝鮮の金正恩国務委員長である。 年頭の「新年の辞」でオリンピック参加を表明したのは衆知の事であるが、韓国側が核廃棄を対話の絶対条件としている事を承知で申し込んだ以上、それなりの覚悟があってのことであろう。文在寅大統領が諸手を挙げて歓迎したのも宜なるかなである。 無論、金正恩の本音は核開発完成にある。オリンピックを利用して南北融和を図り、制裁に風穴を開け、核開発の時間を稼ぎ、核保有国として米国との対話に臨むのが狙いであろうと、誰もが疑いの目を向けている。 重要なことは、金正恩にそれが妄想に過ぎないことを知らしめ、現実的、合理的な判断へと誘導することである。そして、それは決して不可能ではなく、試してみる価値が十分にある。 前回も指摘したとおり、金正恩がオリンピック参加を言い出したのは、止むに止まれぬ事情があったからである。制裁により国内経済は破綻の度合いを日増しに深め、劣悪な衣食住環境に苦しむ国民の間では不満が高まっている。一見して強気な金正恩も米軍の鼻血作戦を恐れ、ピンポイント攻撃に怯えて所在を隠している。 その圧力と恐怖から一時的であれ逃れる術がオリンピック参加表明であった。韓国側に快く受け入れられ、この機にあわよくばと手の込んだことを仕掛けるであろうが、ソフトランデイングさせることは十分に可能である。 出生の秘密を抱えた幼児期からの疎外感から猜疑心の強い金正恩には、自分の目となり耳となる心許せる側近は妹の金与正労働党宣伝扇動部第1副部長しかいない。 その妹を満を持して敵陣と見なすソウルに特使として送り込んだことに、焦りがうかがえる。 3 韓国側は特使を事前に知っていた 韓国側もその辺の事情は先刻承知であった。 金与正は10日に大統領府に招かれた際、文大統領に兄の特使で来たと告げ、金正恩の親書を手渡し、口頭で北訪問を歓迎すると述べたと、巷間伝えられているが、実際はやや異なる。 文大統領が「金正恩委員長の特使として来たのか?」と尋ね、それに答える形で与正が親書を手渡し、兄の意向であると口頭で文大統領に訪北を招請したのが真相である。つまり、文大統領は当初から特使であることを承知で受け入れたのである。 韓国のテレビ放送を食い入るように見つめているであろう金正恩の顔を立てるため、大統領府報道官は当たり障りのない範囲内で報道陣に伝えていた。しかし、報道陣がシャットアウトされた現場では本音の混じったシビアなやり取りが交わされていたのである。 大統領府報道官は北朝鮮代表団との対話で核問題は取り上げられなかったと素っ気なく述べているが、オリンピックがどうのこうのと浮かれた儀礼的な話だけで送り返せる状況にはない。 文大統領は外交官出身の金永南最高人民会議常任委員長らを交えた北側代表団と3日間顔を付き合わせているが、金正恩が最も知りたがっている制裁や一時延期された韓米合同軍事演習などについて説明し、核放棄が事態を打開する唯一の道であると説いたはずである。体制保証や経済支援など核廃棄の代償についても踏み込んで提示した可能性がある。 そして、ペンス副大統領にも逐次その内容は伝えられていたと読める。ペンスが帰国の機中で「北が望むなら、無条件対話してもよい」と予備的対話の用意があることを明かしたと12日付けのワシントンポストが報じたが、金正恩を現実路線に誘導しながら南北対話を米朝対話に繋げていく文政権の戦略に、それなりの手応えを感じたからであろう。 ペンスも手練手管の老練な政治家である。オリンピック後に米韓軍事演習と強烈な制裁を実行するとソウルで繰り返し公言し、米軍基地を訪れて対北軍事オプションをこれ見よがしにデモした。 与正らとニアミスを繰り返しながら、目も合わさず、一言も交わさなかったのも意図的であろう。核放棄が対話の前提とのトランプ大統領の強硬方針を身近に感じさせ、暗に譲歩を促す高等作戦である。無視するようで、その実、抜け目なく北側の反応を探っていた。 象徴的なのが、冒頭の写真だ。文大統領と共に開会式を見守る前列のペンス、後列の与正、金永南が写っているが、南北+米国の微妙な距離感がよく出ている。 ペンスは北側が声をかければ応じる構えだが、与正はそれを横目でうかがいながら、声をかけるかかけまいかと思案している。つんとすまし気丈に振る舞おうとするが、痛いほど神経を尖らせているのが分かる。頬が落ちた30歳の風貌には気苦労が滲み、スイス留学時代のふっくらとした面影はすっかり消えている。 ペンスが呼び掛けた予備的対話は、兄の意向を受けて勝手知らぬ相手の懐に飛び込んできた健気な与正へのプレゼントと考えて差し支えあるまい。 金正恩が文大統領の訪朝を仕掛けたのは韓米を離間させる狙いが込められているが、遠からず淡い期待でしかないことを思い知らされよう。国内でちやほやされ、外交経験に乏しい金正恩は、恫喝に対して逆に攻撃的になる米国というものが全く分かっていない。 核超大国の米国への核口撃で恫喝した気になっているのも相手が見えていないからである。真珠湾攻撃前の日本軍部と似たり寄ったりである。客観的には、蟻が象に立ち向かうに等しい暴挙であり、広島、長崎のような災難を自国民に強いかねない愚挙である。 唯一信頼する妹を通して韓国や米国の反応を知り、対話の取っ掛かりを作ったことは、現実的な路線に切り替える事実上、最後のチャンスとなろう。 そのことを知ってか知らずでか、金正恩は韓国や米国の動きに目を凝らしていた。13日の朝鮮中央通信によると、11日深夜に帰国した妹らから翌12日に報告を受け、「南北関係の改善発展方向を具体的に提示し、該当部門に実務的な対策を立てることと関連した綱領的な指示をした」という。 北朝鮮では「綱領的」という言葉に重みを置き戦略的な意味を込める。文訪朝に向けた準備に入るというものであろう。 だが、我田引水は通じない。もはや同一民族だからと甘えた、対話のための対話が許される段階ではない。核を放棄するのかしないのか、放棄するなら条件は何かと内容ある議論に一刻も早く踏み込まねばならない。 持ち時間は区切られ、せいぜいパラリンピックが終わる3月末までである。強烈な制裁強化と大規模な韓米合同軍事演習が迫っており、時間稼ぎなどと悠長なことを言っている場合ではない。 朝鮮中央通信によると、金正恩は「誠意を尽くして努力する様子が印象的だった」と語った。自身のテレビやスマホで韓国の反応を食い入るように確かめていたのであろう。 与正が「今回の訪問で把握した南側の意中や米国側の動向を詳しく報告した」ともある。実りある交渉には相手を正確に認識することが必要不可欠である。お仕着せの時代錯誤の唯我独尊の枠に入れられた兄に与正が正確な情報を与え、感じたままを直言できるか、そこに金正恩政権の命運が掛かっていよう。 労働新聞は一面大きく金正恩と代表団との記念写真を掲載したが、これも異例ずくめだ。金正恩は左側の金永南の手を固く握り、右側の与正は兄に寄り掛かるように左手を両手でぎゅっと抱えている。韓国では絶対に見せなかった甘えた表情を浮かべ、金正恩の顔もいつもの作り笑いでない一人の青年のそれである。孤独な兄妹が垣間見せた素顔である。 4 核廃棄の代償は? 日本のメデイアには「微笑み外交」にオリンピックが乗っ取られ、文在寅政権が金正恩のサプライズに取り込まれたかのように面白おかしく報じるものが目につくが、事がそれほど単純でないことは見た通りである。 確かに、青天の霹靂のロウソクデモで誕生した文大統領にはポピュリズム的な危うさがあった。しかし、THAADで現実路線を明確にし、韓米同盟を機軸とすることをトランプ大統領と確認し、対北姿勢も核廃棄を全面に出した。その枠内でイニシアチブを発揮しようとすることは至極当然のことである。 文は昨年5月の大統領就任宣誓で「条件が整えばピョンヤンに行く」と南北対話への意気込みを披歴していた。2007年10月の盧武鉉大統領訪朝時にはナンバー2の秘書室長として随行し、南北首脳会談に深く関わっている。盟友であった故盧武鉉と共に見た夢を実現させたいとの熱い思いがあろう。 文には個人的にも、幼少時の朝鮮戦争最中に両親に連れられて北朝鮮東部から韓国に移り住み、貧窮の中で苦学した“越南民”のDNAがある。叔母ら親戚が今も住んでいる故郷への忘れがたい思いもあろう。 しかし、文在寅の対北観は以前のそれではない。張成沢粛清や金正男暗殺以降激増した幹部クラスの脱北者情報から北の厳しい社会経済状況を把握しており、今回の北朝鮮代表団、選手団、応援団の滞在費用を全負担する協議の過程でも制裁で追い詰められた北の窮状を再確認していよう。 事実、南北関係は過去2回の南北首脳会談時とは様変わりしている。 韓国一般国民は北朝鮮に対して冷めた目で見ているのである。3万に達する脱北者を通して北朝鮮国民の困窮状況、劣悪な人権状況を具体的に知り、反発し、距離を置こうとしているのである。 金正恩が宣伝隊と送り込み、日本メデイアがセンセーショナルに報じる選手団、楽団、美女応援団は好奇の目で見られ、浮き上がっている。 何よりも、金正恩の独善的な核・ミサイル開発への反発や警戒心が各界各層に深く浸透し、一時的な平和ムードや民族感情で糊塗出来る状況ではなくなっているのである。 分断が長引き、世代交代が進んでいることも一因である。韓国の青年層は多くが、北朝鮮を異質な隣国と見なしている。教科書にも載らない金日成のことはほとんど知らず、その孫の金正恩には叔父、異母兄をも手にかけた残虐な世襲独裁者のイメージしかない。 北朝鮮では公主(王女)扱いされる与正も、自分に注がれる韓国人の目に白いものが混じっていることを感じたことであろう。金日成の血統が政治的権威を持つのは北朝鮮国内に限られることを身を以て知り、ピョンヤンに戻って垣間見た現実を兄に伝えるだけでも少なからぬ意味がある。 文在寅大統領は金正恩委員長のオリンピック参加表明を「制裁圧力の結果」と受け止め、トランプ大統領との数度の電話協議で「核問題解決が最優先」と確認している。 その上で「会うことに意味がある」と南北対話に前向きに応じたのは、制裁の手応えを感じた余裕である。懐に飛び込んできた窮鳥を迎える心情であろうが、それ自体は決して悪くない。むしろ、核問題を対話を通して平和的に解決する最後のビッグチャンスと考えるべきである。 オリンピックはもともと戦乱の最中のギリシャで休戦して持たれたいわれがある。 ピョンチャン・オリンピックが束の間でも平和と対話の時間をもたらし、焦眉の核問題を解決し、恒久的な平和と南北和解のきっかけになれば、歴史的な大会と記録されるであろう。 5 水面下の第2ラウンドに注目 前回も強調したように、その成否はひとえに文大統領の外交力に掛かっているが、現時点ではまずまずの成果をあげていると評価できる。 交渉の入口に立った段階であり、近く韓国側から特使が送られ、交渉は第2ラウンドへと本格化する。どこかの段階で実力者の崔竜海副委員長・党組織指導部長が加わり、一挙に弾みがつくことも考えられる。 交渉が失敗すれば、一段と強烈な制裁地獄と軍事行使が待っている。成功すれば、金正恩政権は体制を保証され、莫大な経済援助を得て国民生活の再建と経済再生を図る事が可能となる。 オリンピックは熱戦が日々熱を帯び、日本の各テレビ中継も20%台、30%台といつにない高視聴率を叩き出し、注目度数が世界的に高まっている。 それを楽しみながら、水面下の第2ラウンドにも注意を払おう。 なお、女子アイスホッケーの南北合同チームの試合で北朝鮮応援団が一斉に若い青年の面を被り、青年時代の金日成ではないか、どうのこうのと話題を呼んでいるが、スイス留学時代の金正恩に似ている。韓国での不人気を挽回するためのサプライズではないか。 |
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2018年02月15日
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