|
鳩山首相の11億円を超える偽装献金疑惑の特徴は、財源が母親の個人資産であるところにある。
第三者に迷惑をかけていないことから社会の風当たりはそれほど強くない。環境や核問題での意欲的な発言、官僚の無駄遣いを暴く事業仕分けなどへの高い評価が60%台の高支持率を支えている。
一般的には、今後とも政権を担い、自民党長期政権時代に溜まったゴミを大掃除し、国民の生活目線に沿った新しい政治を推し進めて欲しいと期待する声の方が圧倒的に多いと言えよう。
検察も西松建設事件で小沢代表(当時)を狙い撃ちし、麻生政権の漆間官房副長官と呼吸を合わせながら政権交代を止めようとしたと疑われたような政治的な動きは出来ない。
偽装献金疑惑は貸付か贈与かの違いとして処理され、一件落着となろう。
だが、それによって首相個人への疑念が消えるわけではない。
選挙公約であるマニフェストが実践に移され、具体的な成果を積み上げれば政治家としての評価は高まるであろうが、皮肉なことに、脚光を浴びれば浴びるほど影は濃くなる。
結果を出すことに失敗すれば、疑念は「やはり」と即座に冷笑に変わる。
最大の疑念はその政治姿勢に対してである。
巷間、「鳩山政治は資産家である鳩山家の道楽ではないのか」との声がある。母親が資金を出して子供に好き放題させているというものだが、満更的外れでもあるまい。
無論、政治を家業にして、利権誘導やファミリー企業優遇で蓄財してきた自民党の世襲政治家に比べれば、ずっとましである。
麻生前首相のように、植民地時代に強制使役した朝鮮人労働者に対する旧麻生炭鉱の未払い賃金も払わず、グループ企業が飯塚市一帯の商活動を牛耳っている薄汚さもない。
金にがつがつしている政治家の卑しさがない分、好感を覚える人も少なくないだろうが、首相が掲げる「友愛」とは何なのだろうか、疑惑報道を聞くたびに思ってしまうのである。
首相の信念なのか、あるいは、取って付けたスローガンなのか、人の良い大金持ちの坊ちゃんの気まぐれなのか。
信念とは言葉に非ず、生活のスタイルである。
首相が社会的な弱者に目を向け、子供手当てや高校授業料無償化などで正義を政策レベルで実現しようとしているのは大いに評価できる。
それが自民党の失政により高まった世直しムードにたまたま乗ったものではなく、首相自身の信念に基づくものであることを示すために、また、献金疑惑にケジメをつけるためにも、私財を奨学金などに寄付したらどうであろうか。
日本には蓄財を社会に還元する文化が未発達であり、蝶集めなどの個人的な趣味に費消する傾向が強い。
首相には寄付文化醸成の面でも一石を投じてもらいたい。
|