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田母神前空幕僚長の核武装論が核保有を既成事実化している北朝鮮への対抗意識から出ていることは本人が明らかにしている通りだが、致命的な事実誤認と偏見がある。
それ故、彼の主張は私憤の域を出るものではなく、大義名分に欠ける。
彼に心情的に共鳴する現象が一部に出ているが、迷走する対北朝鮮外交への閉塞感が背景にあると見られる。
田母神氏は今週号『フライディー』のインタブューで、「核を持てば、我が国侵略への抑止効果は非常に大きい。北朝鮮のように核を保持している可能性があるというだけでも、絶大なる抑止力を発揮する。政治家が『核兵器を持ちたい』という意志を示せばそれだけで抑止力は高まる」と語っている。
皮肉なことに、これは金正日総書記の持論そのものである。田母神氏としては不本意かもしれないが、金総書記に忠実な朝鮮人民軍幹部、立派な労働党員としても十分に通じると請け負ってもよい。
田母神氏の滑稽は、「我が国」と北朝鮮とは置かれた状況が根本的に異なることが解らないか、もしくは、混同していることから来る。
北朝鮮が核武装した理由は、一言で言えば、1990年に同盟国のソ連邦が韓国と修交したことで「核の傘」を失い、韓国に配置された米国の核に丸裸になり、自前の核を持たざるをえなくなったことにある。
それが冷戦の亡霊と闘う北朝鮮の大義であり、中国の核保有と通じるものがある。
その歴史的経緯については『証言』に書いておいたので、田母神氏には、「救う会」や「新しい歴史教科書を作る会」系の、見てきたような嘘話に惑わされず、基礎的な事実関係をまず勉強し直すことを勧めたい。
直情怪行的な性格から、「北朝鮮の核武装は、体制維持のためだ」「日本侵略のためだ」と思い込んでいる節がある。この種のことを公言すれば、以前なら変人かキチガイ扱いされたものだが、拉致問題がこじれてから社会が神経質になった。「北朝鮮の脅威」をことさら煽る勢力につけこまれ、マインドコントロールされていないか、自己を冷静に省みる必要があろう。
日本が北朝鮮と異なるのは、日米同盟の下で「核の傘」の保護を受けてきた点である。
その意味で日本に、被爆国としての非核3原則を破ってまで核保有する必然性も、大義もない。
ポスト冷戦の流れに逆行して核の亡霊に憑かれたのは、拉致問題への対応やテロ支援国家指定解除で米国への不信感を高じさせているからと思われる。
だが、日本独自の核戦力などは東アジアを核開発競争の修羅場にするばかりか、日本を北朝鮮に倍する国際的な孤立と制裁に晒さしめ、田母神氏が信奉する旧日本軍と同じ自殺行為を繰り返させることになろう。
日本が本来果たすべき役割は、米国と北朝鮮の間でポスト冷戦秩序構築へのコーディネーターであり、小泉政権時の日朝ピョンヤン宣言にはそうしたビジョンが込められていた。
だが、安倍政権以降はトラブルメーカーと化した観がある。その背後には、「北朝鮮の脅威」を煽ることで肥え太ってきた産軍複合体の存在がある。
イージス艦、ミサイル防衛システムなど初期費用だけで1兆円以上投じ、イラク派遣自衛隊員には1日3万円だかの特別手当を支給するなど、湯水のように軍事予算を注いできた。田母神氏が核までくれと言い出したのは、明らかに防衛官僚の驕り、甘えである。
しかし、そのしわ寄せで財政赤字が膨らみ、国民生活の破壊が急速に進行している。
そもそも「北朝鮮の脅威」なるものは、攻撃的なネオコンのブッシュ・ドクトリンに便乗して、過大に誇張されてきた面があった。
ブッシュ政権が消え去ろうとしている今、次期オバマ政権を見据えた新たな平和外交、金融危機克服と生活防衛のために、肥大化した日本の防衛の無駄こそが問われるべきである。
田母神現象から汲むべき教訓は、そこにあろう。
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