河信基の深読み

読者各位様:本「河信基の深読み」は順次、北朝鮮投資開発戦略研究所(2019年4月〜所長・河信基)の公式HPへ移行して参ります。

主要著書

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

イメージ 1

台湾系在日の蓮舫民進党代表が二重国籍問題なる差別主義的な批判を一部から浴びているが、似たような問題が1980年代に旧東京二区で起きていた。韓国・朝鮮系在日の新井将敬の広報ポスター数千枚に「北朝鮮から帰化」との黒いシールが貼られたのである。いわゆる黒シール事件である。
やがて犯人は現行犯逮捕されるが、同選挙区の石原慎太郎代議士の公設第一秘書であった。秘書は一人で責任を負って辞職するが、後に石原は「帰化人は政治家になるべきでない」と週刊誌で述べ、事実上、自分の指示によるものであることを認めた。
蓮舫代表に対するいわゆる二重国籍問題は、戸籍を暴いて政治的な攻撃材料にするという本質的な側面で、黒シール事件と酷似している。
日本を内から自由で民主的な国に変えようと、日本国籍を取得し首相を目指した新井は、改革派のホープと強烈な存在感を示し、小沢一郎とともに改革の先頭に立った。しかし、逆流に弄ばれて初志を貫けず、「在日だからバッシングに遭う」と言い残し、自殺した。
蓮舫代表は「自分は多様性の象徴」と首相を目指す。新井生前時に比べれば、多様性や共生社会への理解者が格段に増えているが、他方で、「帰化人は政治家になるべきでない」と排斥し、差別する声も根強く残る。
奇しくも、新井が目指した1990年代の改革は政官財癒着の金丸体制への反省から生まれたが、安倍一強体制の下で同じような「政治とカネ」の問題が国民の政治不信を招いている。
本書は、改革の今昔を比較し、今後を展望する上で資するものが少なくないはずである。

注目すべきは、件の元秘書が鹿島建設に戻って専務となり、石原慎太郎都知事の意向を受けた元秘書仲間の浜渦副知事との間で豊洲市場関連工事を一手に引き受けている事である。

おりしも、安倍首相による森友・加計学園ビジネス疑惑が噴き出してきた。この種の口利き政治は、1990年の改革の成果として制定された斡旋利得罪の対象となり得る。

日銀の量的緩和によるアベノミクス・バブルの中で、1990年代の「政治とカネ」の問題が形を変えて噴き出し、小池都知事の東京大改革運動と相まって第二の政界再編の動きが顕在化してきた。
そうした状況を分析、展望し、「平成の坂本龍馬」と称えられた新井将敬が今、健在なら旧同志の小池都知事、石破茂元自民党幹事長、二階俊博幹事長、そして中国系在日として首相を目指す蓮舫民進党代表らにどのようなアドバイスを送るかとの問題意識から、前・現世二次元構成で展開した。

時代に即した新たな実践的な在日論も提起している。
すなわち、日本国籍取得者や中国系等も在日とする新たな主体的な在日認識を踏まえ、日本社会で活躍する代表的な韓国・朝鮮系在日二世として、孫正義ソフトバンク会長、シャノン賞の韓太舜電通大名誉教授、3D創始者の一人新井(朴)容徳スリーデー社長、金正出美野里病院院長・青丘学院理事長、日経BP賞受賞の文一昌元ソニーLCD開発センター長、直木賞作家のつかこうへい(金峰雄)らを挙げた。また、朝鮮学校卒業生として新井容徳、日本アカデミー賞最優秀監督賞の崔洋一、李相一監督、直木賞作家の金城一紀らを挙げた。
更に、在日がオバマ前米大統領のように将来的に日本の首相となる可能性も想定し、中国系の蓮舫民進党代表を韓国・朝鮮系の新井将敬と対比し、違いと課題を論じた。



<まえがき>
本書は改革の志を抱抱いて日本国首相の座を目指し、挫折したストイックな在日代議士を主人公にした前・現世二次元構成のポリテイカル・ノンフィクションである。
歴史は螺旋階段のように繰り返される。小池百合子都知事が「東京大改革」を掲げて都民から圧倒的な支持を得ているが、都議選で「都民ファースト」が勝利すれば、直下型地震のように政界再編の地殻変動を起こし、首都の大改革が日本大改革に発展する可能性が十分にある。バブル崩壊後の1990年代初頭に同じような現象があった。・・・自民党が政治を金儲けの手段とする「政治とカネ」の問題で民心を失い、新生党→新進党を中心に非自民連立政権が誕生した。国債乱発のアベノミクス・バブルの今また豊洲市場問題や森友学園・加計学園問題等々「政治とカネ」の問題がより陰湿な政・官・財癒着となって露になっている。
1990年代の改革の口火を切ったのが「自民党改革派のホープ」「平成の坂本龍馬」とマスコミの寵児となった新井将敬(衆議院議員在籍1986年〜1998年)であった。小沢一郎前自民党幹事長らと共に自民党を離党し、新進党東京都連幹事長の重責を担ったが、奇しくも、小池現東京都知事も新進党所属衆院議員であった。
新井は・・・「米国から与えられた憲法は我々に何をもたらしたか?自由、民主主義は日本人自らの手で掴み取ったものではない」と日本人の主体性に根源的な問いを投げかけた。そして、「日本人の手による真の自由と民主主義を戦い取らねばならない。憲法がいずれ総選挙の争点になる」と予言したが、それが今日、政治の重要課題に急浮上している。いよいよ新井が再び活躍する季節が巡ってきた、と言いたいところであるが、当人はもはやこの世にいない。
・・・
新井の自決から十九年余、志を持った政治家がメッキリ少なくなったと言われる昨今の政界で、(小池都知事や石破茂元自民党幹事長、二階俊博現幹事長)ら新井の旧同志たちが存在感を高めつつある。第二の改革の時代の幕開けである。思い半ばで逝った新井が今も現役であったら、何を思い、どう行動するであろうか?
日本社会は大きく変わり、もはや「在日」政治家が希少種とみなされることはなくなった。・・・時代の変化で足りなくなった部分は補充的に憲法改正すべきだと外連味がないのは、蓮舫民主党代表である。法的には何の問題もない二重国籍問題なるものをネチネチと突かれているが、「在日ゆえに叩かれている」と自死に追い込まれた新井のように孤立することもない。・・・首相になれる可能性もある。
かつては在日韓国人・朝鮮人のみを指した「在日」のコンセプトそのものが拡大変容し、活躍の場が飛躍的に広がっている。ヘイトスピーチなど後ろ向きの現象も一部に出ているが、障害を乗り越えるのが前進、進歩と思えば悲観したものでもない。日本以上に閉鎖的同質的社会と言われた韓国でも、大統領選挙たけなわの中、野党の文在寅候補の政策顧問として・・・2003年に韓国籍を取得した「在韓」の保阪祐二世宗大教授が活躍している。「在日」、「在韓」がシンクロナイズし、新しい地平を切り拓く社会までもう一歩である。
本書は戦略的視野を持って第一次改革時代をリードした新井将敬を中心に改革の今昔を比較するため、二部構成となり、第一部で新井将敬没後の現在に至る政治状況を「元祖改革派にホープは何を思う」と題して考察した。第二部では史料的価値もある旧『代議士の自決 新井将敬の真実』を再録したが、全体の分量調整のために一部割愛した。
2017年5月3日


目次
まえがき
第一部 元祖改革派のホープは何を思う
1 巡り巡る新井将敬の季節
2 石原慎太郎のおごりと豊洲市場問題の闇
3 小池都知事誕生と第二の改革旋風
4 安倍一強の盲点

第二部 『代議士の自決 新井将敬の真実』
まえがき
1 隠された実像 闘う改革派
2 思想と行動
3 改革派代議士の死ー誰が新井将敬を殺したのか
イメージ 1



(カバー写真左上から張学良、天皇裕仁、習近平、蒋介石、周恩来)
ほとんどのマスコミが見逃しているが、習近平が目指すのは格差ゼロの共産主義社会である。それは格差拡大に苦しむ西側諸国との平和的な体制競争の幕開けとなる。
本書はその訳を体系的に理解するために、まず、日本在住の張作霖直系孫の生々しい証言と新史料を基に、日中近現代史の7つのタブーを暴く。
その上で、張学良と深い繋がりのあった毛沢東、周恩来、トウ小平、習仲勲ら革命第1世代の思いを背負った習近平総書記が毛沢東の失敗を乗り越えて社会主義・共産主義再建のロードマップを進んでいることを、世界で初めて歴史的、体系的に明らかにした。

目次
プロローグ 平和と和解への願い
第1章 張作霖暗殺に激怒した天皇裕仁
第2賞 「抗日」を大義に甦った張学良少帥
第3賞 平和憲法制定にイニシアチブを発揮した昭和天皇
第4章 習近平と安倍晋三の遠くて近い関係
第5章 ユーラシア大陸の新勢力図:「ドイツ帝国」vsロシア・・中国
第6章 中国が米国を追い抜くワケ
第7章 「米中新型大国関係」は歴史の一プロセス
第8章 習近平主席と平成天皇の静謐な対話ー刻まれた戦争体験
第9章 「習近平暗殺計画」説の深層
エピローグ 張四代の系譜と夢

《はじめに》
本書は図らずも手にした張一族四代の真実から、明治維新以来の官製常識を覆し、歴史の闇に隠された「二人のプリンス」の友誼と挫折に光をあて、「抗日闘争」と、それを契機に世界史の表舞台に躍り出た中国共産党の真実を明らかにする。そして、近現代世界を東西広く俯瞰しながら、地球的規模の米国との対等な「新型大国関係」構築を目指す習近平率いる中国の今日的位相を明らかにし、巷間飛び交う断片的な中国論に満足できない読者の期待に答えようとするものである。タブーなしの辛口は「親中」とは言えないが、誤解と対立を再生産する「反中」とは対極にある。無論、いわゆる「反日」とは無縁である。
張作霖は馬賊ではなかったとか、天皇裕仁がキリスト教に改宗しようとしたとか、日中戦争の転機を開いた西安事変(1937年)の立役者の張学良が秘密共産党員であったとか、荒唐無稽に思われる叙述が随所に溢れているが、いずれも事実、若しくは、独自の視点から史料を読み解いた十分に合理性のある推論である。それらが伏流水となり、戦後世代の習近平を米国と競う超大国のリーダーに押し上げる。一見して無関係な三人を宿命的に繋ぐ見えない糸を辿り、建前に隠された本音(意志)を穿ち、歴史の真実を浮かび上がらせた。
強烈な意志がシンクロして巨大な力となり、歴史を創る。「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史は変わっていたであろう」と述べたのはパスカルであるが、歴史における個人の役割がいかに大きいかを再認識させられる。「抗日」で国民党と共産党を団結させた西安事変も、張学良が毛沢東や周恩来と出会わなかったらありえず、中華人民共和国は誕生しなかったであろう。ポスト建国世代の習近平が超大国の米国と「新型大国関係」構築で丁々発止と渡り合うなど、夢のまた夢でしかなかった。

世界のパラダイム(枠組み)が揺れている。主因の一つは中国であるとの認識を多くの人が共有しているが、では、中国、具体的には、習近平が何を考え、どこに行こうとしているのかについては知的、政治的エリートたちの間でも意見が極端に割れる。それが世界を混沌とさせている最大の理由である。
習近平は2014年から9月3日(1945年の日本降伏の翌日)を国家の祝日に格上げし、翌年の「抗日戦勝70周年及び世界ファシズム戦勝70周年」記念行事で「70年前の今日、中国人民は14年の抗日戦争の偉大な勝利を手にした。近代以降の中国において、抗日戦争の勝利は外敵の侵入に対する初めての完全な勝利であった」と演説した。共産党主導の「14年の抗日戦争」を強調するのは、「抗日戦争の主体は共産党ではなく、国民党であった」(馬英九台湾総統)、「日本軍降伏を受け入れたのは蒋介石の国民党政府」といった一面的な評価を正し、中国共産党の役割と正統性を再認識させることに本音がある。
それに疑義を抱く人は、西安事変の真相に触れた時、張作霖爆殺事件→満州事変(1931年)→日中戦争を一つの流れとして理解し、「14年の抗日戦争」の真実に近付くだろう。「抗日」は「反日」と誤解されやすいが、より正確には「抗日本軍国主義」と表現すべきなのである。

その序曲は、結果的に悲劇となる「二人のプリンス」の出会いである。張作霖の後継者とされた20歳の張学良は1921年秋、訪日した。わずかに読売新聞が「永隊旅長張学良(張作霖子息)渡日」と伝えたが、錯綜した国際情勢の下で秘密のベールに覆われた事実上の国賓であった。皇太子裕仁と背丈、年格好、醸し出す雰囲気まで「瓜二つ」と周囲を驚かせ、病床の大正天皇に代わって謁見した貞明皇后が我が子と見間違うほどであった。
外側の自分と内側の自分との乖離に悩んでいた「二人のプリンス」は、英語や漢語筆談を交わしながら打ち解け、互いに心を開き、ナイーブな内面世界が共鳴音を奏でる。幼児から帝王学を仕込まれ、志と異なる軍人の道を歩まされていた孤高の二人は密かに、西洋文明と共に日中支配層に深く浸透していたキリスト教を心の拠り所にしていたが、自然と感応しあい、認めあうところとなった。初対面の相手を信じたが、自分を信じたかったのであろう。
「二人のプリンス」の友誼は日本と張作霖治下の東北三省(満州)の同盟の証となったが、背景には、領土紛争を発端にイタリアでムッソリーニのファシズムが猛威をふるい、ドイツでナチズムが台頭し、日本では日本軍国主義の足音が忍び寄る厳しい現実があった。張学良離日三日後、庶民宰相の呼び声高かった原敬首相が暗殺された。

その7年後、関東軍による張作霖爆殺事件が引き起こされる。敬愛する父を奪われた張学良は日本の背信に怒り、「抗日」が激しく芽生えてくる。
即位直後の天皇裕仁も関東軍の関与を疑い、田中義一首相を繰り返し叱責し、辞任に追い込む。
傀儡満州国建国で東北を追われた張学良は絶望から一時期、酒色と阿片に溺れる。だが、忽然と再起を誓って渡欧し、バチカンにローマ法王を訪れる。皇太子裕仁の一言が頭を過ったに違いない。裕仁は張学良と出会う直前に欧州歴訪から戻っていたが、渡欧中に特別にローマ法王と会見し、深い感銘を受けた様子が『昭和天皇実録』に記されている。張学良にその思いを嬉々として語ったことであろう。

欧州歴訪から帰った張学良は別人のように逞しく、したたかになり、蒋介石の求めに応じて国民党軍副総司令に就任し、共産党討伐軍を率いて西安に前線司令部を置く。一計を案じて総司令の蒋介石を誘き寄せ、共産党と共闘する「抗日聯共」を約させたのである。
西安事変がなかったら、中国が抗日戦争で勝利することはできなかった。また、共産党が日本降伏後に再燃した国民党との内戦を制することもできなかった。毛沢東が「救国の英雄」と張学良を称えたのは至極当然であった。
「二人のプリンス」を結び付けたのはキリスト教であったが、それぞれの立場から公にされず、日本敗戦後、天皇裕仁は人間宣言を行い、キリスト教に改宗しようとした。張学良は半世紀にわたる幽閉中に洗礼を受けることを許された。
因果応報と言うべきか、彼らの仲を引き裂いた関東軍の中核に東條英機がいた。A級戦犯として処刑された東條らが靖国神社に合祀されたことに共に怒り、天皇裕仁は1978年から参拝を止めている。

「二人のプリンス」の物語は今もなお現在進行形である。安倍晋三首相は戦後70周年記念談話で先の戦争への反省を間接的に短く言及するにとどめた。だが、天皇明仁は翌8月15日の日本武道館での全国戦没者追悼式での「お言葉」で戦後の復興を「平和の存続を切望する国民の意識に支えられた」と振り返り、「先の大戦に対する深い反省と共に、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い・・・」と述べ、同席した安倍首相との違いを鮮烈に印象付けた。米有力紙ワシントン・ポストは即日、「安倍と平和主義で一線を画す天皇」とのタイトルで、「過去の慣例を破り、自らの言葉でsorryではなく、deep remorseと深い反省の言葉を述べた」と報じるなど内外で「日本の良心」と評されたが、父親の平和への思いを受け継いでいることが文脈から読み取れる。
奇しくも、習近平の父の習仲勲元副総理は西安事変当時、西安市の国民党軍と睨みあっていた共産党根拠地延安を地盤とした青年共産党員であり、張学良との因縁浅からぬものがある。他方で、安倍晋三の祖父岸信介は関東軍が作り上げた満州国総務次長として経済的な実権を握り、習仲勲と敵対していた。習近平と安倍晋三が歴史認識で激しく対立するのは血縁の業でもある。

本文を読んでいただければ理解されるであろうが、「抗日」=「抗日本軍国主義」は特定政治勢力の戦術やイデオロギーではなく、民族解放、階級解放、人間解放と結び付く時、人類普遍の大義となり得る。
そこから自ずと日中究極の和解と東アジアの平和と安定→“一つのアジア”の道が見えてくるだろう。
「平和学の父」と定評のあるヨハン・ガルトウング博士は「紛争解決にはそれぞれが抱える過去のトラウマや望んでいる未来を聞き出し、敵対の根底にある本質的な問題を解消することが必要」と説くが、ギクシャクした日中関係にそのまま当てはまる。仏教では因果応報と言うが、人間は“何か”を背負って生きている。意識の深層に潜む“何か”が希望や絶望、喜怒哀楽となり、他と主体的に、時に宿命的に関わる。それが人間であり、どんなに敵対する人間でも人間同士、理解しあえる、というのが本書の隠れた主旨であることも明らかにしておきたい。

ノンフィクションの特性を生かし、登場人物たちが特殊な状況の中で何を思ったのかを分析することに努めた。
同様の手法を『朴正煕 韓国を強国に変えた男』を用いたが、幸いにして韓国語版を大統領当選前の朴槿恵氏が読み、「父のことをよく書いてくれた」と側近に語ったと聞いた。それからほどなくしてー東北地方太平洋沖地震から二、三ヶ月後であるが、朴正煕大統領の最側近であった金在春5・19記念財団理事長から私の東京の自宅に電話がかかってきた。5・19軍事革命後の大統領選挙候補選定で最高会議常務委員会が紛糾した際、ナンバー2の金鍾泌を野心家と批判し、朴正煕大統領誕生に道を開いた元中央情報部長である。私は彼の批判をセリフにしたが、「まさにそのように考えた」と言う。一度も会ったことがないが、60余年の時空を超えた証言が耳に響き、不思議な感覚に憑かれた。
類的な存在である人間は、一定の条件下で合理的な選択をする性向が属性としてある。非合理的な衝動もその延長線上にあると言えよう。「存在が意識を決定する」(カール・マルクス)が、使命感といった強烈な意識が存在の壁を突き破る実例を読者諸氏は本書で幾つか目にすることになろう。

《本文》

《おわりに》
読者諸賢は既に気付かれているであろうが、近現代の日中関係は張作霖暗殺事件(1928年)から狂い始めた。歴史認識問題を解消するためには張作霖を正しく理解することが不可欠である。馬賊と貶め、中国国家元首(大元帥)へのあるまじきテロを正当化し、侵略政策を隠蔽してきた大正時代以来の官製常識からそろそろ解放されなければならない。
本文に詳しいように、張作霖は貧農の母親の細腕で育てられ、遼東半島の片田舎で獣医をしていたが、日清戦争従軍後に一念発起し、奉天軍閥の領袖、中国東北三省(満州)の覇者へと駆け上がり、全中国をうかがう。経済的才覚に富み、日本の3倍に達する広大な満州の地勢学的な特徴を存分に活かして地域を特産の大豆で世界市場を席巻する豊穣の地へと急速に変貌させる。また、本拠地の奉天(瀋陽)に東北大学を創設して文化興隆に努めるなど、第一次世界大戦後の不況と凶作・飢饉に苦しむ日本が注目するところとなっていた。
日本と東北が協力関係を深めれば、あるいは戦争以外のみちがあったやもしれない。歴史にifは禁物とはいえ、関東軍が最悪の方向に事態を追いやったことは間違いないだろう。

張学良の西安事変はそれを正すための義挙であったが、大きな謎を残した。周恩来はどうやって敵陣のど真ん中の西安に現れたのか?
張学良はさらにもう一つの大きな謎を残した。蒋介石により台湾に移されて半世紀も幽閉され、解放直後、「大陸に行きたい」と述べていた。トウ小平も快く応じたが、結局、ハワイに渡り、2001年に異国で101年の生涯を終える。どうして夢にまで見た故郷東北に一度も里帰りしなかったのか?
大きな謎を2つ残して逝ったが、江沢民総書記・国家主席は弔電で「救国の英雄」と不滅の功績を称えた。外部から見ると不可解なやり取りであるが、そこに中国共産党と張学良の有無相通じる信義が脈付いていたことは本文にある通りである。
習近平総書記・主席には「抗日」を大義名分に掲げる以上、その信義に応える歴史的な責務がある。

もう一人のプリンス、裕仁も戦前は軍部に操られ、敗戦後はA級戦犯容疑で訴追されかねない窮地に陥り、風浪に揉まれつづけた。
伊藤博文ら農民・下級武士中心の薩長軍閥政府による急進的な文明開化政策=西洋化政策の“錦の御幡”として利用されたのが明治天皇とするなら、その子の大正天皇は自立を模索しながら、庶民の中に入ろうとし、内では一夫一婦制を取り入れて家族を大切にした。プレッシャーに潰されて脳の病を患い、勅書を丸めて遠眼鏡にしたと揶揄されたが、大正デモクラシーはその開明性と無関係ではありえない。
その遺志を継いだのが天皇裕仁である。生涯、最初にして最後のイニシアチブと言うべきであるが、軍部の本土決戦論を退けてポツダム宣言受託の聖断を下し、現人神の呪縛から自らを解放する人間宣言を発する。そして、マッカーサーの日本民主化の意を垂範率先し、平和憲法制定となって結実した。自ら収まった象徴天皇の地位を全うし、1989年1月に87年の生涯を閉じた。

張学良が残した二つの謎にかねてから関心を持っていた著者は、偶然と言うべきか引き合わせと言うべきか、張学良の孫と知り合う幸運を得た。地域のビジネスホテルの落成式で紹介されたのだが、『朴正煕』の読者ということで親交を重ねた。
張学良の孫と打ち明けられた時には、驚いた。周恩来首相の配慮で四川省成都から日本人の母親と共に「一時帰国」し、東京近郊でひっそりと暮らしてきたという。張学良の二つの謎解きの、天が与えた好機と胸が踊った。
ソ連崩壊後に明らかになった史料等と格闘し、張学良が中国共産党秘密党員として周恩来らと密接に協力した西安事変の真実に辿り着いた。それはコミンテルンの統一戦線方針の実践であると同時に、「抗日」に全人格をかけた張学良の信念そのものであった。「抗日」の本質が見えた瞬間であった。
その視点からさらに、万人が自由平等な社会主義・共産主義社会を綱領に掲げ続ける中国共産党の在り方と、資本主義復活かと受け取られている改革開放政策を掘り下げた。さらに、習近平の腐敗撲滅運動の究極の目標、さらには世界第1の経済大国を視野に入れた「中華の夢」に肉薄する。毛沢東、周恩来らが目指した理想は、下放された黄土高原に泥臭く根を下ろした解放世代の毛沢東主義者を自負する習近平の中では、建前でも遠い理想でもない。
「ソ連を恋しくない者には心がない。ソ連に戻りたい者には脳がない」と語るプーチン・ロシア大統領の心情にも通じるところがあり、エマニュエル・トッド、トマ・ピケテイ、チプラスらソ連崩壊のトラウマを背負った西洋知識人の見果てぬ夢でもあろう。
ソ連式社会主義が崩壊し、資本主義もまた格差拡大や地域紛争などで大きな曲がり角に差し掛かり、一段と先行きが不透明になって混沌とした現代世界は、偏狭なナショナリズムに傷付いた過去を根底から総括し、インターナショナルな地平線を新たに拓く力強いビジョンと瑞々しい論理を求めている。
習近平政権が挫折を乗り越えながら、前人未踏の夢の実験に挑んでいることは間違いない。

イメージ 1

 本書は、朝鮮民主主義人民共和国とその最高指導者である金正日労働党総書記兼国防委員会委員長の本音を、反射的に日本側の本音をも、稲山嘉寛・新日鉄会長、金丸信副総理、小泉首相(当時)らとの交流を通して浮き彫りにする。森善朗元首相、山崎拓元副総理、加藤紘一元自民党幹事長、安倍晋伸元首相ら現職政治家、歴代外務次官もすべて実名で登場する現在進行形の物語である。
 対立と接近を繰り返す日朝戦後史の背景には、豊富な資源を有する北朝鮮と、それを植民地時代から必要としてきた日本との、ウィンウィンの可能性を秘めた相互依存関係が横たわっている。
 その結実が、小泉首相と金正日総書記との間に結ばれた日朝ピョンヤン宣言であった。

 証言者は、日朝貿易の草分け的存在で、金日成の信頼厚かった父親・金峰龍の代から北朝鮮に太いパイプを持ち、日朝双方から仲介役と頼られた吉田猛・新日本産業社長である。
 吉田は、1990年の金丸訪朝から二度の小泉訪朝まで裏方として日朝外交に深く関わっており、現職政治家、外交官らが実名で多数登場し、表からはうかがい知れない舞台裏が赤裸々に描かれている。

 本書を読むことで、これまでの日朝外交を総括し、停滞した現状を打開し前進させる貴重な教訓を得ることが可能となろう。
 また、人の出会いから始まり、国家間の力関係で終わる外交の本質を実例を通して理解できる。
 さらに、日朝や南北関係を橋渡ししてきた在日コリアンの歴史、その底力と祖国を一途に思う苦闘・悲哀を知る上でも参考になろう。

 なお、本書はテレビ朝日の「サンデースクランブル」(09/3/15)に筆者がコメンテーターとして出演した際に、テレビ画面で「小泉訪朝の舞台裏とは?北朝鮮のコーディネイターである人物の証言などを詳細に分析し、北朝鮮とその最高指導者である金正日の本音を浮き彫りにした、政治評論家の河信基さんの著書」と紹介された。

 目次

 プロローグ 二〇〇四年、小泉第二次訪朝の謎
 第1章   北朝鮮認識の大きな転換点
 第2章   「極秘資料」から浮かび上がった金正日の本音
 第3章   “民間”が切り拓いてきた戦後の日朝貿易
 第4章   「潜在的な資源大国」と「資本・技術大国」の依存関係
 第5章   幻の稲山経団連名誉会長“訪朝計画”
 第6章   一九九〇年、金丸副総理訪朝の真実
 第7章   一九九五年、自・社・さ連立政権代表団とコメ支援
 エピローグ 吉田父子、二代七〇年間の系譜
 
 以下は、<はじめ>の抜粋である。

<はじめ>

 言うは易し行うは難しだが、幸いにして、これ以上は望めないと思われる証人の協力を得ることが出来た。
 吉田猛・新日本産業社長である。

 その名は一般にはほとんど知られていないが、その都度マスコミを賑わせた1990年の金丸訪朝、1995年の渡辺訪朝(これらは2002年の小泉訪朝の伏線となる)、2004年の小泉第二次訪朝につながったいわゆる北京会談、大連会談などは、すべて吉田がコーオーディネイトしたものである。

 その黒子としての役割は日朝に止まらず、2000年6月15日の金大中・金正日会談(以後、第一次南北首脳会談)実現にも及んでいる。
 「北朝鮮側が首脳会談推進の意思を伝えてきた。朴智元文化観光相が昨日、『ヨシダ』という人物に会い、北の意向を伝え聞いたそうだ」。金大中大統領の言葉であるが、同大統領の密使として金総書記と事前折衝した林東源・元韓国国家情報院長が今年、日韓で出版した回顧録『南北首脳会談ヘの道』の冒頭で紹介されている。

 一民間人が2国間関係にここまで深く関わった前例はなく、戦後最大の国際コーオーディネイターと言えるかもしれない。
 それ故に、それを快く思わない一部勢力から、「北朝鮮の大物工作員」「労働党統一戦線部長代理」などと非難されてきた。

 本書は、吉田猛の証言や、日朝貿易の草分け的な存在であった父親・龍雄の代からの秘蔵文書・メモなどを詳細に吟味・分析し、戦後の日朝史の流れの中で再構成したものであり、現場に立ち会ったものだけが知りえる衝撃的な事実が少なからず含まれている。

 そこには、北朝鮮の絶対的指導者である金日成国家主席や、後継者の金正日・朝鮮労働党総書記兼国防委員会委員長が日本との関係改善や経済協力のためにいかに腐心してきたか、その軌跡が赤裸々に再現されている。
 そうした具体的歴史的な事実を通して彼らの意外な素顔や本音が浮かび上がる。

 その裏返しであるが、日本の経済界、さらには歴代日本の政府・与党や、外務事務次官をはじめとする外務省首脳が、一民間人に頼り、国交のない北朝鮮相手に四苦八苦してきた実情にも照明が当てられている。

 筆者が吉田と会ったのは二年前であった。奇遇と言うべきか、吉田とは30余年前、理工学部と法学部の違いはあるが、同じ大学に通っていたことも初めて知った。
 同期の誼も手伝って、突っ込んだ遣り取りもあったが、饒舌とは言えない吉田の口から時折迸り出る凄烈な言葉に、日朝、南北を裏から動かしてきた心の中のマグマをみた。

 吉田の証言に耳を傾け、段ボール三箱分にもなる資料に目を通しているうちに、ふと、著者自身が学生時代から身を投じてきた在日朝鮮人運動の裏面を覗いているような感覚につかれた。
 朝鮮新報社記者、朝鮮大学教員と在日朝鮮人総聯合会(朝鮮総聯)系の道を歩きながら感じていた折々の謎が氷解した。

 個人的なことにやや立ち入るが、筆者は、まだ朝鮮大学に籍を置いていた頃、雑誌『世界』の1990年7月号に「同伴者になりうるか」という論文を寄稿し、「北朝鮮の外交路線は時代に対応できていない。韓国と全面和解し、ともに国連に加盟するべきである」といった趣旨のことを書いた。
 同誌が比較的、北朝鮮指導部に読まれていることを知って“直訴”したつもりであったが、「組織原則を犯した」として大学を辞することになった。それから自由な立場で思うがままを書いて来たが、“秘密の暴露”とでも言うべき吉田の数々の証言や極秘資料によって、ようやく表と裏の部分がつながった思いがしている。

 吉田と筆者の関係は、ある意味で、在日一世である吉田の父親の龍雄と韓徳銖・元朝鮮総聯議長のそれと重なる部分がある。
 両者は密かな交流を持っていたが、韓徳銖を表とすれば、龍雄は裏の部分と言えるかもしれない。両者は見事に棲み分けており、ある種の役割分担を想像させる。

 国家の面子や体面などが絡み、建前に流れがちな表と異なり、裏の部分には、一体何を日本に求めているのか、北朝鮮指導層の生の声が赤裸々に出ている。
 それに検証のメスを入れることで、今後に生かす教訓を得ることができよう。

 「利権外交」などと歪められた日朝交流を正しく認識すると同時に、米朝対話の進展とともにようやく動き出した日朝国交正常化交渉を円滑に進める上でも、資するところが少なくないと思われる。

 

イメージ 1

三一書房刊内容(「MARC」データベースより)

1998年2月19日、衝撃の自殺。何が彼を追いつめたのか? マスコミの報じなかった新井将敬衆議院議員の実像を描き、彼の政治思想・理論・行動が今日に至る日本の政治とどのように関わっているかを考察。〈ソフトカバー〉


目次

1 隠された実像―闘う改革派(石原慎太郎派の選挙妨害事件 法と正義は我にあり
平成の龍馬 改革派の誕生 覇者 企業献金ゼロ、クリーンな選挙
              「彼はカリスマであった」)
2 思想と行動―改革はどこでねじれたのか(根っからの自由民主主義者 日本の危機
                     自民党政治の建て直し 小沢流改革の虚と実 
                     石原慎太郎氏に都知事の資格ありや 
                     岐路に立つ日本、三つの関門 保守再生の道筋)
3 改革派代議士の死―だれが新井将敬を殺したのか(追い落としのシナリオ 命で読ったメッセージ)


書評
(佐高信 中日新聞、東京新聞「読書」1999年12月26日)

          「99年の収穫 印象に残った3冊の本」
     「君が代」訴訟を進める会編『資料『君が代』訴訟』 田中伸尚著『生と死の肖像』
     河信基著『代議士の自決』                  
               
 「日の丸、君が代」「盗聴法」「国民総背番号制」と、小渕内閣は、次々と国民を統制する法案を通した。地域振興券や二千円札の発行など、愚策に次ぐ愚策を覆い隠すようにである。なぜそうしなければならないのかという問いに彼は少しも答えず、批判や自由を圧殺しようとしている。
 この三冊は、いずれも、そうした動きに、なお絶望せず、悲観も楽観もしないで歩きつづける人に勇気を与える。
 『生と死―』は「屈せざる人々」を描き、『代議士―』は新井将敬がなぜ自殺しなければならなかったのか。現都知事、石原慎太郎(の秘書)がやった選挙戦中の卑劣な中傷事件を克明にたどって「日の丸」派の体質を明らかにする。

イメージ 1

光人社
http://www.amazon.co.jp/gp/product/476982419X/sr=1-1/qid=1156229749/ref=sr_1_1/503-1525303-9143158?ie=UTF8&s=books

本の内容

自分だけを信じて果敢に歴史にいどんだ男の生と死―韓国近代化に奔走して、遂には側近に殺害された劇的なその終焉。深い反日感情を抱きながらも、近代化を成しとげた日本の秘密を探ろうと努め、大日本帝国陸軍士官学校に学び、戦後は軍事クーデターを成功させて全軍を掌握、対日国交正常化を実現した独裁者の生涯。


目次

第1章 亡国の恨
第2章 権力への意志
第3章 親日に一理あり
第4章 幻の大東亜共栄圏
第5章 弱小民族の悲哀
第6章 金日成との決別
第7章 富国なくば強兵なし
第8章 孤高の独裁者
第9章 怒濤の近代化
最終章 見果てぬ夢―克日


韓国の反響

韓国における朴正煕研究の第一人者である趙甲済・元月刊『朝鮮』社長が「一読を薦める」と書評し、あとがき全文を翻訳して紹介。
http://blog.chosun.com/blog.log.view.screen?userId=kglcsl&logId=6430674

書店でも好評
ソウルの大手書店・教保(キョボ)文庫の日本書籍コーナーのロングセラー
http://www.kyobobook.co.kr/product/detailViewEng.laf?ejkGb=JAP&barcode=9784769824190

韓国語訳出版。中国語訳出版進行中。

開く トラックバック(1)

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
河信基
河信基
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

衛生対策製品クレベリンの姉妹ブランド
クレベ&アンドハンドジェルが新登場
今だけ。お試しキャンペーン実施中!
抽選で150,000名様に当たるチャンス!
マツモトキヨシで期間中何度でも使える
100円引きクーポン<Yahoo! JAPAN>
ふるさと納税サイト『さとふる』
最大10万円分旅行クーポンが当たる!
≪10月31日まで≫今すぐ応募!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事