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経済一流、政治二流と長く言われてきたが、雪ダルマ式に膨れ上がる財政赤字に悲鳴を上げる経済の足を、道路など各種利権にしがみつき、軍備拡張に熱を上げる旧思考政治が引っ張り続けている。日銀が毎月1兆2千億円もの赤字国債を買い支える自転車操業の日本丸は、サブプライム問題が引き起こすであろう金融危機の大波に耐え切れるか、あまりにも心もとない。
サルコジやオバマのような新しい血を導入し、世襲政治家に篭絡され、未来を手繰り寄せる力強いビジョンや想像力を喪失した政治を根底から立て直す必要があるのではないか。遅ればせながら、その第一歩が外国人参政権である。
意外と見逃されているのが、外国人参政権のメリットという側面である。
民主主義社会の最大の利点は、少数意見を取り入れ、自己刷新を図れることにある。日本社会のマイノリティーである在日外国人を、貴重な政治資源として活用すれば、停滞する政治の活性化に有益であろう。
その意味でも、自民党を除く各党が永住外国人への地方選挙権を付与する法案の通常国会提出へと動き出したことを歓迎したい。
韓国側の期待も大きく、先月、次期大統領特使として来日した李相得・韓国国会副議長が小沢・民主党代表に「自民党が躊躇している。民主党がリードしてほしい」と要請、小沢氏は「以前から早く実施すべきだと考えている。党内で早くまとめて実現したい」と積極的に取り組む考えを示した。
外国人地方参政権については、最高裁が「地方自治体の選挙に関し、外国人のうち永住者などに選挙権を与えることは現行憲法のもとでも禁じていない」(平成7年2月27日)と合憲判決を出しており、日本国民も大多数が容認していると思われる。
自民党内でも賛成派が増えており、反対派は、“単一民族神話”にこだわる国粋派系の議員や、拉致問題への腹いせから在日朝鮮人排斥に熱を上げる「救う会」や特定失踪者問題調査会などに限られつつある。
それら反対派の主張は、一言で言えば、時代遅れ。グローバル化し、脱国民国家へと向かう日本社会の現実にそぐわない。
彼らはしばしば安全保障上の懸念を挙げるが、在日外国人も一地域住民乃至は納税者として日本社会と運命共同体という点では、一般の日本人と変わらない。フランス人の血が一滴も入っていないハンガリー移民二世のサルコジが、安全保障や国内治安問題で純潔フランス人よりも強硬なのは示唆的である。
相互主義の原則からも、日本は、05年6月に公職選挙法が改正され、「永住資格を持つ19歳以上の外国人」に地方選挙権を認めた隣の韓国よりも遅れている。以前、大学の授業でそれを紹介したら、大半の学生が驚き、「日本も認めるべきだ」と理解を示した。
皮肉なことだが、反対派はある意味で日本の伝統にそぐわないことを言っているように見える。
日本の古代政権誕生と律令制度確立には朝鮮半島からの渡来人が大きな役割を果たし、明治維新はいわゆる御雇い外国人が近代化のノウハウを伝授した。この国は大きな節目毎に外の血を巧みに利用し、変革を成し遂げてきた伝統がある。
1990年を前後して燃え上がった改革運動も、在日出身代議士である新井将敬が「改革派のホープ」と呼ばれ、先頭に立った。
それは細川非自民党政権誕生につながったが、短命に終わって自民党政権の出戻りを許した。新井の挫折とともに大きく後退し、跛行状態に陥った改革を本来の軌道に載せるためにも、新たな活力が必要であろう。自民党時代の新井の同輩もしくは後輩に当たる安倍晋三、中川昭一氏らいわゆる「真・保守派」が「保守による改革とは何か?」と行き詰まっているのをみると、一層その感を強くする。
先走りと批判されることを承知で提言すれば、将来的には、地方参政権だけでなく、国政参政権も認めるべきではなかろうか。
国民国家という壁がある限り、国政には帰化しないと参加できない。それでも、新井らが帰化人であることを伏せて出馬した頃に比べ、白眞勲・民主党参院議員が在日コリアンとしてのルーツを明らかにして当選するなど、その壁は次第に低くなっている。
固定観念に呪縛されていると、瞬時も休まず変化する現実から取り残され、臆病になり、縮むしかない。
脱国民国家、ポスト近代へと歩んでいるEUでは、明らかに超国家へと国家概念の変貌と再編が起きている。それとともに、国籍や外国人も、いわば何々県人といったローカルなコンセプトへと変貌しているように思える。
しかし、EUの後ばかりを追わず、まず日韓で実験的な試みを始める心構えがあってもよいのではないか。
1910年の日韓併合は強制的に行ったが故に失敗したが、今や韓国の方が外国人参政権に先に道を開き、日本とのFTA締結にも熱心で、地域統合にイニシアチブを発揮している。
東アジア全体の未来を見据え、1+1=2+アルファというウィン・ウィンの新しいアイデアや動きが出ていることは、確かなようである。
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