河信基の深読み

読者各位様:本「河信基の深読み」は順次、北朝鮮投資開発戦略研究所(2019年4月〜所長・河信基)の公式HPへ移行して参ります。

在日・マイノリティー・差別

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 第二回目の党首会談で福田首相が、小沢民主党代表に大連立を申し込んだ。小沢代表は即答を避け、緊急に召集した党役員会に諮った。
 先ほど10時頃、記者団に囲まれると、「多数意見で拒否することにした」とだけ短く語り、足早に立ち去ったが、胡散くさい話だ。

 報道ステーションで、与党幹部と会ってきたばかりというゲストの田崎・時事通信解説委員長が「大連立が持論のマスコミ界のドンが間に立った。第一回目の会談前にも秘密会談があったようだ」と内幕を明かしていた。さらに、「選挙をやっても勝てるわけではない。小沢さんは、連立の方が権力を手にするには手っ取り早いと考えているかもしれない」と推し量った。
 それが事実なら、福田首相の大連立提案は事前のシナリオに沿ったもので、小沢氏もまんざらではなかったということになる。

 民主党役員会で否決した以上、大連立は一応霧散したが、党首会談では、廃案になったテロ特措法に代わる恒久法制定の方向で協力することで合意が成されたというから、今後の展開次第では、どう転ぶか分からない。
 小沢氏が参院選で公約した「生活第一」を守るか、著書「普通の国」以来の持論とする「国際貢献」重視にまた舵を切るのか、予断を許さない状況になってきた。細川連立政権時代のように、権力を裏で操る魔力に憑かれ、独断的なトップダウンに走る“壊し屋”の癖がうずくようだと、日本の政治は収拾がつかない混乱に陥るだろう。

 参院選挙後、国会の議論に緊張感が生まれ、情報開示が進んで小泉=安倍政権時代の隠れた膿が吐き出され、ようやく政治が正常化しつつある。国民不在の密室政治はそれを逆行させるだけである。
 ねじれ国会解消には、総選挙で国民の真を問うのが正道だ。
 大連立なる権力ゲームでたとえ一時的に政局が安定したとしても、参院選で示した民意を無視された国民の中で政治不信が一挙に高まることは必定だ。
 間違いなく民主党は国民の信頼を失って瓦解し、自民党だけが民主党の一部を吸い込んで延命する。そして、大政翼賛会的な体制の下で年金隠し、公金横領、偽装・・・といった腐敗した既得権政治が続くことになろう。

 気になるのは、「マスコミ界のドン」なるものの存在だ。渡辺恒雄読売会長を指しているのであろうが、集団的自衛権容認の憲法改正論者であることは周知のことだ。
 その方向で恒久法制定が成され、大連立へと進むのであれば、極東のイスラエルと化すこの国に恐らく未来はない。アジアで決定的に孤立し、民主党大統領誕生がほぼ確実な次期米政権からも地域のトラブルメーカーと疎まれるに違いない。

 大連立待望論の背景には、テロ特措法の期限切れ廃案により「日米同盟に亀裂が入る」という不安が保守層を中心に高まっていることがある。
 確かに、史上最悪の関係にある北朝鮮問題に加え、中国と尖閣諸島や海底資源問題で対立し、韓国とも歴史認識問題でギクシャクするなど、東アジアで孤立無援状態にある日本としては、日米同盟に頼りたくなる心理は分からないではない。
 
 しかし、反テロ戦争なるイデオロギーで世界を振り回したブッシュ政権の後ろ盾でアジアに対抗する構図を、今後も続けようとする方が明らかに無理がある。
 いつまでもアメリカの顔色ばかりうかがっているのではなく、アジアとの関係改善に努め、バランスを取り戻すことこそ必要であろう。

 その第一歩が北朝鮮との関係改善であり、福田首相と小沢代表が話し合うべきはまさにその方策である。
 大局を見失ってはならない。

 小沢一郎・民主党代表が9日発売の月刊誌『世界』に寄稿した論文「今こそ国際安全保障の原則確立を」で、インド洋での海上自衛隊の給油活動に反対する理由を改めて説明しながら、アフガニスタンで活動する国際治安支援部隊(ISAF)について「国連決議に基づく」として、「私が政権を取れば参加を実現したい」と書いたという。
 福田政権が提出を予定している新テロ対策特別措置法案に対抗し、政権担当能力をアピールする狙いがあると見られるが、自衛隊の海外派遣問題に原則を確立しとうとする試みは、それなりに評価できる。
 
 と言うのは、小泉=安倍政権下で「国際貢献」の名分で進められてきた自衛隊の海外派遣は、禁じられた集団的自衛権を容認する違憲状態をなし崩し的に既成事実化する無原則、無秩序なものであった。
 自衛艦によるインド洋上の「無料のガソリンスタンド」で給油を受けた米艦がイラク方面に出動し、イラクに派遣された自衛隊指揮官が「駆け込み警護」を企んだりといった事例が発覚している。自衛隊機が北朝鮮を想定した爆撃訓練を繰り返している実態もある。

 これは時の政府が国政の基礎たる憲法を蔑ろにしているもので、国民への背信行為であるばかりか、周辺国にも「日本には規範の基準がない。何をしでかすか分からない」という不安、不信を引き起こし、地域の軍拡に拍車を掛ける一因となってきた。
 その意味で、小沢氏がインド洋上の「無料のガソリンスタンド」は「憲法違反」と反対の立場を明らかにしてケジメをつけ、新たな原則を明確に示すことは、透明性や予測可能性を高めることになり、地域の安保にとっても有益なことである。

 しかし、原文を読んでいないので断定は避けるが、危うさがないではない。

 伊吹自民党幹事長が衆院代表質問で小沢氏の「日本改造計画」を挙げながら、「何でインド洋での自衛艦給油活動に反対するのか分からない」と言った趣旨の疑問をぶつけていた。
 確かに1993年に出版された同書には、「国連待機軍をつくれ」との項目がある。自民党幹事長まで務めながら離党し、細川連立政権への主導権を握っていた有力政治家が、自衛隊の海外派遣というタブーに正面から触れたとして、大きな反響を引き起こした。

 規制緩和、自己責任、首相官邸の機能強化と併せ、小泉=安倍政治はある意味で小沢の「普通の国」ビジョンをがむしゃらに実践してきた側面がある。「湾岸戦争で日本は130億ドルも負担しながら、評価されなかった」との指摘は自民党のトラウマであり、国際貢献に釈迦力になり、今もインド洋での海自給油活動にこだわる原点である。 
 伊吹氏が疑問を投げかけるのは無理からぬ面があり、小沢氏がそれに答えたという意味で、今回の論文は内外に議論を巻き起こそう。
 
 私は「普通の国」には批判的で、1999年に出した『代議士の自決』の第十一章「小沢流改革の虚と実」で、それは「無国籍的安保観」であり、「憲法9条が何故できたかという歴史が全く無視され、平面的で立体性がなく、歪んだ安保観と言わざるを得ない」と書いた。また、小沢流改革は「安保へとずれた」とも断じた。
 そうした見方は周辺諸国が共有していたことで、小沢氏が訪韓したときには「極右」と叫ぶデモ隊が押しかけた。
  
 その一方で、「世界有数の軍備を有している現実を無視して、9条云々を言うのは非現実的だ。周辺国が求めるのは明確な基準だ」とも批判した。
 これは現在、急展開している北朝鮮核問題とも絡んで、以前に増して厳しく自衛隊に突きつけられている。
 仮に、6か国協議で地域の軍備管理が議論されるときに、現在の日本政府の政策では曖昧すぎる。例えば、自衛隊は自衛軍であり軍隊ではないから参加できないとか、MDは防衛用で軍縮になじまないといった理屈は、国際社会では通じない。

 そうした観点からすれば、ISAF参加構想は一考に価する。
 「ISAFに参加すれば自衛隊員に死者がでる」と早くも小沢論文を牽制する意見も出ているが、そうした子供じみた議論は金輪際、止めるべきであろう。軍隊である以上、命を掛けるのは当然のことで、財政事情が苦しく、社会福祉予算を次々と削っている中、何のために毎年5兆円も投じて自衛隊を養っているのかという話になる。それと同じことだが、イラクに派遣した自衛隊が他国軍に守られながら濠にこもっていた笑い話もそれだけにすべきであろう。
 現在のままではコストばかり嵩む無用の長物だ。使わないなら、縮小、廃止する。莫大な費用をかけて維持するなら効果的な使い道を探り、憲法に即した運用原則とルールを明確にする時期に来ていると言えよう。
 
 強面の“壊し屋”だった小沢氏は、民主党代表に選出されるに際して「私は変わる」と公約し、先の参院選では「政治は生活だ」と生活重視路線を打ち出し、幅広い支持を得た。
 日本で政治学博士の学位を取った韓国人女性を政策秘書にし、弱点であったアジアからの情報を広く集めているというから、いろんな意味で変わったのかもしれない。
 小沢氏が細川政権崩壊後の挫折を乗り越え、安保観をどう熟成させているのか、論文をじっくり読ませていただくが、日本の歴史を踏まえた現実主義的な安保観が開陳されていることを期待したい。

 自民党の政調会長に石原伸晃幹事長代理が決まったと聞いて、安倍晋三氏の世界が救いようがないほど狭いことが改めて分かった。
 首相だから情報が集まらないわけがなく、ひとえに本人の資質の問題である。“世間知らずの坊ちゃん政治家”が一般的な世評だが、情報管理が全くまったくなっていない。頑固で人間関係が偏っているため、情報の質を見分け、取捨選択が適切に出来ないとみられる。

 「政治とカネ」にだらしないことが批判され、新内閣・自民党三役人事は事前に「身体検査」に時間をかけたはずだが、何で石原伸晃政調会長なのか。
 参院選中に神奈川県葉山の「環境破壊億ション」をゼネコンの鹿島建設から購入したが、環境破壊問題に加え、キャッシュで支払ったとみられる1億数千万円の購入代金の出所などが不明と、週刊文春に報じられている。
 まかり間違えば崖っぷちの新内閣を発足早々ふっ飛ばしかねない大きな賭けだが、安倍氏は今回もまた「仲良しだから」と、個人的心情に流れたようだ。

 無論、週刊誌の記事がすべてが事実である保証はなく、最近は名誉毀損で訴えられ、敗訴するケースが増えている。
 しかし、葉山の森戸海岸の億ションは地元住民からも、環境破壊と指弾され、「鹿島だから都市計画の特例が適用されたのか」と、マンション施策を管轄する国土交通相をしていた石原氏との不透明な関係に疑惑の目が向けられている。

 葉山は父親の石原慎太郎都知事の別荘(というよりも、本宅に近い)があり、石原ファミリーの象徴となっている石原裕次郎碑が建てられるなど、石原ファミリーの半城下町化している。
 しかし、地元では意外と不評で、裕次郎碑も通常なら不可能な神奈川県景勝100選の景勝地に建てられ、近隣住民の間では「自分たちさえ良けりゃ他はどうでも良いのか?」と不満が少なくない。
 森戸海岸を一望する問題億ションも森戸神社の敷地内に鹿島が建てたが、周辺の環境保全地域に遊歩道や真名瀬沖消波ブロックが住民の反対を押し切ってつくられた。行政との不透明な関係が噂に上がるのは当然と言える。

 伸晃氏は葉山ヨットクラブの会長であり、湘南生活をエンジョイするために問題億ションを購入したようだが、鹿島は入居者を一般募集せず、石原氏への譲渡理由について語っていない。
 しかし、鹿島と石原ファミリーの関係については以前から「黒い利権」が指摘されてきた。

 その典型が「秋葉原ITセンター疑惑」だ。石原知事は「秋葉原をIT関連産業の世界的拠点にするとして「秋葉原シリコンアレー・プロジェクト」をぶち上げ、異例の速さで東京の超一等地である秋葉原駅周辺の都有地払い下げを決めた。
 形式は買収金額を総合的に審査する公募のコンペ方式だが、募集開始が01年12月7日で翌年1月31日締め切り、2月中旬事業者決定、3月下旬契約、建設という異例の短期であったため、競争者は準備の都合などで次々と撤退し、唯一残った鹿島を中核とする「ユーディーエックス特定目的会社グループ」が落札した。落札価格は公示価格より大幅に割安の405億円と、まるで事前に示しあわせた出来レースのように進んだ。

 当時は世間の目が甘く、談合が裏で公然と行われていた。
 売却を決める審査委員会7人の名前が事前に外部に漏れるなど、関係者の間では「このメンバーでは鹿島に有利だ」「談合があったのではないか」と大ブーイングが起き、「『石原新党』のアキレス腱−真っ黒な『秋葉原再開発』疑惑 」(選択6・1)、「石原東京都知事が進める、秋葉原・都有地開発の『奇々怪々』」(サンデー毎日4・28)などと報じられた。

 その裏で暗躍したのが石原人脈で、鹿島は自社HPで「秋葉原ITセンター」を地域IT戦略事業の中心として位置付け、全社を挙げて取組んだ。その推進役である鹿島営業本部の営業統括部長は石原慎太郎氏の代議士時代の公設第一秘書の栗原俊記氏であった。
 私もそれを聞いて、改めて石原ファミリーあつかましさに呆れた。
 と言うのは、栗原氏は秘書時代の1982年に旧東京二区で石原氏とライバル関係にあった新井将敬の選挙ポスターに「北朝鮮から帰化」とのシールを貼って器物損壊容疑で現行犯逮捕され、第一秘書を辞めた当人であったからだ。
 その経緯は「代議士の自決」に詳しく書いたが、古巣の鹿島に戻り、東京都知事になった元ボスを頼って新たな利権に群がっていたことになる。

 しかも、どうやら彼のカウンターパートナーになった都側の責任者が、元秘書仲間の浜渦武生・前現東京都副知事であった可能性がある。
 従来の財務局に代わって産業労働局が下限価格(最低価格)を極端に安く設定し、それを鹿島が約2倍の価格で応札、と出来レースのようなことをした事実はその疑いを増幅させる。
 「秋葉原ITセンター」はいまだに実現しない幻の計画に終わり、結果的に鹿島らが莫大な利益を得ており、当初から土地払い下げが目的であったのではないかとの疑問も生じる。
 都は決定に至る詳細な報告書を公開するとしたが、現在まで、公開されたとは聞いていない。都の情報開示度は全国最低ランクであるが、詳細な報告書を全面開示しない限り「秋葉原ITセンター疑惑」が晴れることはなかろう。

 「環境破壊億ション」は「秋葉原ITセンター疑惑」の見返り、はうがちすぎだろうが、全く無関係とは言えまい。
 石原伸晃新政調会長にはその疑惑が付きまとうが、安倍首相に爆弾を抱え込んだとの危機意識はない。
 恐らくそれは安倍首相のような世襲政治家の世界では日常的な光景であり、「何が問題なの?」と実感が伴わないのであろう。

 石原伸晃氏はかつて新井の仲間として、政治改革の情熱を燃やしていた時期があった。
 しかし、新井が自殺し、改革が挫折する中、既得権益に染まってしまったようにみえる。
 
 昨年末、葉山のある逗子市長選で石原伸晃氏が応援に駆けつけた現職が大差で敗れる波乱が起きた。
 今から見ると参院選自民党惨敗の前兆であったが、格差社会を地で行くような利権政治の終焉が確実に近づいていると言えそうだ。

 安倍首相は年金問題への対応のまずさからついに国民から三行半を突きつけられているが、リーダーとしての能力、資質に疑問符が付く人物が、なぜ首相になれたのか?
 安倍が首相に就任したとき、小沢は「大丈夫か、ヤツは」と言った。『アエラ』の記事「小沢一郎最後のドサ回り」に紹介されているエピソードだが、父親の晋太郎の秘書時代から知っている安倍がずっこけるのを見越し、農村行脚を始めたとしたら、恩師の田中角栄元首相譲りの政治的勘はいまだ衰えずだ。

 安倍がなぜ首相になれたのかは、ある意味で、新井はどうして首相になれなかったのかの裏返しである。
 小沢は民主党候補予定者に一日50回の辻説法やミニ集会重視を勧めるが、この角栄流ドブ板政治は、同じ選挙区(旧東京2区)の石原慎太郎が自分への刺客、“隠れ田中派”と恐れた新井も踏襲していた。
 私も、毎朝駅頭でミカン箱の上に一人立ち、拳を上げ下げしていた新井を何度か見かけた。無名の落下傘候補であったが、能弁が次第に評判になり、名前が浸透し、若い層を中心にあちこちでミニ後援会が立ち上がり、タレント色が抜けきらない石原に飽き足らない層が流れ始めた。

 その新井が在日朝鮮人二世と知ったのは、散歩の途中、広報ポスターの新井の写真の額に貼られたシールを偶然、見てからである。「北朝鮮から帰化」とあった。
 世に言う「シール事件」だが、間もなく石原の公設第一秘書が数千枚ものシールを貼って歩いたとして現行犯逮捕される。
 その煽りで、当確といわれた新井は落選する。

 しかし、持ち前の反骨心で逆境を跳ね返し、以前にもましてドブ板選挙に徹して再起する。
 草の根のミニ後援会は最大700余にも達し、「将来の首相候補」の新井に期待し、結束を固めた。

 差別体験への反骨から上昇志向が強い新井は、日本国首相を目指していた。
 政治家としての能力、資質は、現在の安倍を上回るものがあったから、少しも不思議ではないが、家柄は、元首相を祖父に持つ安倍に比べるべくもなかった。
 また、保守政界に身を置いてたため、石原らから「帰化人は政治家になるべきでない」と陰口を叩かれ続けた。

 新井も内心、気にし、「真の日本人と何か?」と自問自答していた。
 そこから、シール事件で石原に抗議した新右翼の論客・野村秋介と意気投合し、野村を「彼こそ日本人だ」と称え、義兄弟のような誼を結んだ。
 借名口座や日興証券への利益供与要求容疑でバッシングを浴びたときも、「なぜ自分だけが?在日だから攻撃されるのか」と周囲に反問し、最後まで疑問は解けなかった。
 以上の経緯は、『代議士の自決』に詳しく書いておいたことである。

 新井の悲劇はある意味で在日の宿命でもあるが、先程、サルコジがフランス大統領選で勝利した時、それは改めて文化の問題であると再認識した。
 サルコジはハンガリー移民二世で、夫人も「フランス人の血は一滴も入っていない」と公言する。その人物をフランスは現代のナポレオン=サルコレオンと受け入れ、改革の舵取りを任せた。

 新井は自分の生まれた国を素朴に愛し、より住みよい国にしようとした。
 当然の欲求であり、マイナー特有の複合的な視点は、行き詰まった日本の改革には得がたい人材であった。
 しかし、日本の現状からは新井はラジカルに過ぎ、細川改革への反動が始まる中、浮き上がってしまったということであろう。

 新井とは対照的に、安倍は地盤、看板、資金力のいわゆる3バンを三代引き継ぎ、世襲度では、新井よりもはるかに北朝鮮的である。
 世襲議員は今や自民党では40%以上に達し、先代からの交流や閨閥などで相互に結束力を強めている。やはり三代目世襲議員である小泉政権下で既成の派閥が弱体化し、世襲族が事実上、最大の派閥となっている。
 小泉から安倍への権力禅譲は世襲議員による権力の寡占化を物語るもので、内閣や自民党の中枢は世襲議員が占めるに至った。

 これほど非競争的で非効率的な世界はない。能力や資質を検証されることはなく、仲間内の人間関係で権力の配分が決まる。
 安倍内閣が「お友達内閣」とか「少年官邸団」と揶揄されるのは、政権の本質を垣間見せる。
 これは権力の私物化や劣化、政治の停滞や堕落を招くことになるし、政権発足時から不祥事が続く安倍政権のドタバタぶりはその証左である。

 安倍が掲げる「戦後レジームからの脱却」は、戦後政治をリードしてきた保守本流の営みを否定する性格を帯びると前回指摘したが、これは一体、何を意味するのか。
 戦略的コンセプトとしては稚拙かつ曖昧にすぎ、私的な思い付きのレベルを大きく脱するものではないが、安倍の問題意識や志向性はうかがうことができる。

 一言で言えば、大きな影響を受けたと語る岸元首相の敗戦トラウマを受け継いだとみられる。
 従軍慰安婦や南京大虐殺、さらに、東京裁判を否定し、旧日本軍を美化する思考方式は、A旧戦犯であった岸の怨念を受け継ぎ、晴らしたいと言うことであろう。
 そうした感情や情報が世襲議員を中心に仲間内の議論で交換され、共有され、国際社会とは乖離したアナクロニズムの歴史認識を形成している。

 安倍の言う「戦後レジームからの脱却」は、言葉の響きはともかく、没論理的で、極めて屈折しており、「ヤルタ・ポツダム体制打倒」「日米安保条約破棄」を主張する野村ら真正右翼の要求とも相容れない。
 憲法をはじめ戦後秩序は米国に押し付けられたと反発し、自立を主張しながら、実際は対米従属を強めているからである。
 久間章生防衛相が米国の原爆投下を「しょうがない」と発言し、安倍が「米国の考えを紹介した」と“理解”を見せていることが、いみじくもこの政権の本質を語っている。

 安倍の祖父はA級戦犯の訴追を米国の温情で赦され、親米派として生きることを義務付けられた。そのDNAを受け継ぐ安倍も米国の掌で踊る孫悟空以上のものにはなれないようだ。
 その意味で、「戦後レジームからの脱却」ではなく、戦後レジームの裏面=対米追随の継承と言った方が実態に即している。

 それは、パラドクシカルな言い方になるが、安倍政権が誕生から北朝鮮に“依存”してきた特異な状況の反映でもある。
 森政権で終わると思われた自民党政権は小泉の登場で延命するが、それが5年も続いたのは2度にわたる訪朝で支持率が跳ね上がり、高嶺安定したことが与った。
 その過程で、安倍が拉致問題の強硬派として注目され、後継者として急浮上する。

 しかし、これは「北朝鮮の脅威」を利用したブッシュ政権ネオコン派の極東戦略に乗せられた面があり、軍事的外交的な対米従属を強める結果となった。
 「米国を守る」という奇妙な名分を掲げた集団的自衛権の見直しは、その典型である。

 その結果、安倍は念願の首相ポストを射止めたが、その代償に、日本外交は漂流することになった。
 頼みのネオコンが凋落し、ブッシュ政権が北朝鮮に対して対決から対話へと、日本の頭越しに舵を切り始めたからである。
 ヒル電撃訪朝で「日本外し」が一段と進んでおり、誇張ではなく、金正日の腹一つで日本は進退窮まる状況に追い詰められつつある。
 笑い話ではなく、政府与党の中でさえ、年金逆風を交わし、「日本外し」を免れるには安倍訪朝しかないとの声が出始めている。

 安倍ではなく、新井だったら、日本の政治は別の展開をしていたのではないだろうか。

 宮沢元首相は「政界の知性派」が代名詞だった。指導者としてはリーダーシップを欠いたが、思想、哲学などへの教養が深く、堪能な英語で各国指導者と渡り合った。
 一日の密葬で長女のラフルアー・啓子が「リベラルな父だった。人にお世辞を言わない。正直すぎる性格ゆえにぶっきらぼうな対応をしていた」と挨拶した。前駐日米公使に嫁ぎ、米外交官夫人として活躍しているのは、リベラルな国際派・宮沢の血筋ゆえだろう。

 クリスチャンであった吉田以来の保守本流には、そうした懐の広さがあり、それが知恵につながった。
 密葬に参列した中曽根元首相、小泉前首相は、何を思ったか。それぞれ右派、“変人”としてそれぞれ居場所を与えられ、個性を発揮していたが、後ろ向きの、靖国的なものにこだわる傍流の彼らがいつしか主流になり、“純ちゃんフィーバー”なる異様な政治的オーラを放つ小泉=安倍政権誕生へとつながった。
 アメリカの赤字解消の代価に日本をバブル狂乱に導いたプラザ合意は中曽根内閣の時だが、その後遺症が保守を劣化させ、日本社会全体を巻き込んだと言えなくもない。

 やはり密葬に参列した小沢は一瞬、あの「面接」を思い浮かべたことであろう。その足で21世紀臨調主催の安倍首相との党首討論に参加し、「日本の議会制民主主義の発展のためには、半世紀以上も続く自民党支配を終わらせ、政権交代が必要だ。自民党を離党したのもそのためだ。前に一度失敗したが、今度は命をかけてやる」と決意を披瀝した。
 トップダウンの強引さは影を潜め、随分と丸くなった印象だが、覚悟の程は伝わってくる。

 あの世があるとするなら、新井は複雑な思いで密葬をみつめていたのではないか。
 彼が宮沢内閣不信任案に同調しなかった理由は色々あるが、東大ー大蔵キャリアー政界へと同じ道を歩んだ大先輩への敬意とともに、そのリベラリズムに共鳴していたことが少なくなかっただろう。

 ただ、新井は、「戦後日本の民主主義や自由は米国から与えられたもので、日本人自ら掴み取ったものではなかった」と考えていた。
 そこから、「それを真に日本のものにし、根付かせる」改憲を主張し、「いずれ改憲が総選挙の争点になるときが来る」と予見した。
 
 それが、安倍の「戦後レジームからの脱却」と似て非なる点である。
 改憲を掲げる安倍は新井の改革思想のうち、「外から与えられた」と反発する部分だけをつまみ食いし、肝心の中身を受け継がなかった。
 つまり、「民主主義や自由を真に日本のものにし、根付かせる」のではなく、否定し、戦前の価値観の復活を試みている。
 それが故に従軍慰安婦問題で米国から辛らつに批判されているのだが、不幸なことに、当人にはそうした自覚がいまだに欠けている。

 新井は、「『平成の乱」を起こせ」など、いくつもの著作をものにした知性派であった。
 読めばわかるが、思想、哲学などへの教養が深く、宮沢に劣らないものがある。

 他方の安倍は、昨年の自民党総裁選直前、ゴーストライターの手を借りて「美しい国へ」なる本を出版した。
 だが、その内容は、拉致問題の成果を誇示し、それにかこつけて「美しい国などいくつかの抽象的なスローガンを羅列した、長い宣伝ビラといったもので、教養を感じさせるものとは程遠かった。
 
 タウンミーティングのやらせのように、キャッチフレーズだけは若い無党派層をつかまえようと抜け目なく工夫を凝らすが、衝動的、場当たり的で、ビジョンや戦略が抜け落ちているのである。
 「戦後レジームからの脱却」の意味がころころ変わるのもそのためで、米国から「軍国主義思想の持ち主ではないのか?」と価値観を疑われはじめてからは、「“世界大戦の処理のために敗戦者に全ての責任を押し付けた体制”からの脱却」とか言い換えているようだ。

 それは明らかに、吉田から宮沢へと受け継がれた保守本流が築いた戦後政治を否定するものである。
 宮沢は「軽武装・経済主義」の立場を貫き、自衛隊のイラク派遣や小泉の靖国神社参拝に苦言を呈し、「心がけることは軍事大国にならないことです」と語っていた。
 眠るように息を引き取るまで、国の行く末を案じていたと言う。

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