河信基の深読み

読者各位様:本「河信基の深読み」は順次、北朝鮮投資開発戦略研究所(2019年4月〜所長・河信基)の公式HPへ移行して参ります。

朴正煕

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 蒋介石は対日戦勝利後の45年10月9日に毛沢東に会い、軍隊の放棄を求めたが、かんばしい返事を得られず、日記に「奸匪」などと書き、毛を評価していなかった。
 大統領になった朴正煕も金日成を「共匪」と軽んじた。
 両者の差は、蒋介石は本心であったが、朴正煕はそうではなかった点にある。

 蒋介石は当時としては孫文の後継者と自他認め、格は毛沢東よりも上だった。
 もっとも、そうして相手を侮ったことが、二年後の手痛いしっぺ返しとなる。

 朴正煕は逆に、解放直後は金日成より遥かに格下であった。
 と言うよりも、金日成の事実上の部下であったとする方が、より正しい。

 朴は次兄の影響で南朝鮮労働党の秘密党員になったからである。
 当日すでに金日成は南北労働党の最高実力者になっていたから、朴正煕は金日成に忠誠を誓っていたことになる。
 事実、旧日本軍で正規の軍人教育を受けた朴正煕は、にわか仕立ての軍人が多かった李承晩体制下の南朝鮮軍内で、容共工作を担う中心人物の一人として辣腕をふるっていた。

 しかし、朴正煕は、蒋介石と異なり、ある意味で毛沢東のような立場に豹変する。
 粛軍で逮捕され転向した後はひたすら隠忍自重し、やがて軍事クーデターで政権を握る。そうして、かつて知った金日成の弱点を突くように、体制競争を挑み、今日の結果をもたらすのである。

 とは言え、主義主張は違っても、彼らの歴史観や国家観は意外と近い。
 毛沢東がスローガンにした欧米日列強支配反対や自力更正を、蒋介石も日記でしばしば強調している。
 朴正煕と金日成についても同様で、特に驚かされたのは、金日成が十八番にしていた民族の主体を、朴正煕も重視していたことである。

 それが時代精神というものであり、彼らを大衆の先頭に押し出した要因であった。
 民主主義が未熟であった時代、彼らが信じたのは力であり、軍権を最後まで手放さなかった点も共通している。

 中国はどうしてあそこまで北朝鮮に義理立てするのか、不思議に思う人が少なくなかろう。
 その謎を解く鍵の一つが、最近、スタンフォード大学フーバー研究所が公開した将介石日記である。

 一日欠かさずつけたと言う膨大な日記には、国共内戦に破れ、台湾に逃れる日々が生々しく記されているが、兵力で圧倒的に有利であったにも関わらず、何故破れたのか?
 無論、決定的な要因は毛沢東を中心とする中国共産党の奮戦である。その次に無視できないのが、強力な兵器とそれを使いこなす精鋭部隊の存在である。そこに北朝鮮が関わってくる。

 蒋介石は45年8月の抗日戦勝利の勢いを駆って共産党との内戦に突入する。当初は優勢であったが、48年に入ると、次第に押され始める。
 同年7月4日には「最近共産党は反撃に出て、火力は往年の倭寇に相当する」と嘆いている。

 その直後に長春や瀋陽を落とされ、国民党軍は総崩れになるが、実は、共産党軍の急先鋒を担ったのが、朝鮮人義勇軍であった。
 八路軍砲兵司令の武亮や抗日パルチザン出身の姜建、金策らが率いる部隊は、北朝鮮で訓練され、ソ連から供給された最新武器で装備された精鋭部隊が混じり、勇猛果敢な攻撃は国民党軍を震えあがらせたと言う。彼らは内戦終了後、北朝鮮人民軍に合流する。

 それに対する毛沢東の返礼が延辺朝鮮族自治州設立であり、朝鮮戦争参戦であった。
 そして、今日の北朝鮮支援につながる。

 話はやや飛ぶが、蒋介石は清国、朝鮮の軍事留学生のために東京の新宿に設立された振武学校で3年間学び、高田の陸軍第13師団に配属されている。日記には、日本を教師とも敵(倭寇)とも見なし、愛憎の狭間で揺れる心の軌跡が滲んでいるそうだ。
 同じ時代を生きた朴正煕と経歴や心情が似ているのは、偶然だろうか。
 今朝の朝日新聞によると、フーバー研究所には中国から10人近い研究者が駆けつけ、「蒋介石の中華ナショナリズム思想は現政府の要請に合致している」と語っているそうだが、それも朴正煕への再評価と似ている。

 蒋介石日記については新聞で断片的に報じられているが、いずれ朴正煕と対比しながらじっくり読んでみたいものである。

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 日本の外務省は情報公開に保守的だが、韓国では過去史見直しの一環として、作成後30年経った外交文書公開を進めている。15日にも外交通商省は、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領時代の1977年の文書を中心に、公電や日本政府との会談記録など約17万ページを一般公開した。
 その中に、北朝鮮の経済や社会制度を分析した文書が含まれ、注目されている。

 同文書では、1976年当時の南北の国民総生産額、農工業生産量、社会間接資本などを比較対照し、「重工業でも南北の優劣は逆転した」と、経済力で北朝鮮を追い抜いたことを強調している。
 北朝鮮は重工業を優先発展させて韓国に差をつけていたが、その時点で朴正熙の外資導入政策に敗れたことになる。

 72年の南北共同声明発表を受けて一時的な雪解けムードの中、南北調節委員会南側代表の張基栄副総理兼経済企画庁長官、赤十字会談代表らが訪朝し、北朝鮮の実情が韓国にも漏れ始めていた。
 「郡党秘書級以上は高級アパートだが、庶民は部屋が1〜2室」「ピョンヤンの配給はコメと雑穀が半々、地方は雑穀8割」「階層、地域で格差が激しい」などの記述はその名残といえよう。

 北朝鮮を追い抜いたことから、朴大統領を「5000年の民族史上、最も英明な領導者」と称え、高揚感をうかがわせる。
 “親日派”のレッテルを貼られた朴大統領には、抗日の英雄・金日成へのコンプレックスがあったので、誇張した表現となったと見られる。

 5000年の民族史上、最も英明な領導者は、王の中の王・大王と奉られた李朝第四代の世宗、というのが韓国では支配的な見方だ。
 北朝鮮でも無論、世宗の功績は認めている。ピョンヤン放送は世宗が訓民正音を頒布した15日、「訓民正音は世界で最も科学的な文字である」と誉めそやした。韓国では陰暦の世宗28年(1446年)9月29日を陽暦に換算した10月9日を「ハングルの日」とするが、世宗の治世を称えていることに変わりはない。
 朴正熙も“韓国近代化の父”として歴史に刻まれることになろうが、「私が朝鮮だ」とまでは言えない。

 その他、公開された外交文書には、カナダからカナダ型重水炉(CANDU)を導入することを米国が妨害し、交渉が最後まで難航した事実が記された導入借款(1975〜1977年)関連文書もある。
 韓国がフランスから核燃料再処理施設を導入することに米国が反対、カナダ政府も同調し、交渉は決裂寸前まで行ったが、韓国側が再処理施設の導入を無期限延期としたため、ようやく「原子力の平和的使用に関する協力協定」が締結された。
 当時自主国防を掲げた朴正熙は核ミサイル開発を密かに進めていたが、カーター政権によって断念させられた経緯があった。

 また、金炯旭・元中央情報部長が亡命した米国の下院フレーザー小委員会で金大中拉致事件や対米工作を暴露したが、それを防ごうと韓国政府が身柄引き渡しを要求していたことも明らかになった。
 1977年6月に、崔圭夏首相と金載圭・中央情報部長が対策を話し合ったという。
 さらに、朴大統領が72年に導入した維新体制について「自由の一部を最小限度の範囲で制限することは、決して民主主義に反しない」「朴大統領は絶対的な支持と尊敬を受けている」との記述がある。

 秘密主義が残る日本外務省も、そろそろ外交文書を全面公開し、これまでの軌跡を客観的に振り返る時期に来ている。

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 「私が日本だ」と平均的日本人が認める歴史上の人物は、聖徳太子だろうか。韓国(朝鮮)史上、「私が朝鮮だ」と豪語できる有資格者は、世宗(セジョン)、李氏朝鮮の第4代王(在位1418年〜1450年)である。儒教(朱子学)の理想とする王道政治を実践した人物として敬われ、今年から始まったKBSテレビの大河ドラマ「大王世宗」は、早くも高視聴率をあげている。
 その放映に先立ってKBSテレビがHPで「歴代大統領中、世宗大王に比肩できる人物は誰か?」と訊いたところ、朴正煕が53%の得票で1位に選ばれ、今求められるリーダー像は何かと巷の話題になっている。
 ちなみに、2位以下は金大中(25%)、盧武鉉(15%)であった。

 まぎれもない独裁者であった朴正煕を、王道政治の体言者と比肩するのはほめすぎだろう。
 KBSテレビのHP掲示板ではネチズンたちの熾烈な舌戦が繰り広げられ、「民主化されたので、朴正煕の良い面だけが取り上げられる」とする批判が寄せられ、賛否入り乱れた。「世宗を過大評価している」「設問が悪い」「盧武鉉大統領が3位は納得できない」「李明博当選者がそうなってくれればよいが・・・」といった意見もみられた。

 5千年の朝鮮史で最も優れたイムグム(君主)の1人とされる世宗が改めて脚光を浴びるのは、人々が「世界化」「先進化」への転換期にある韓国を率いることができるリーダー像を模索しているからに他ならない。
 グローバル化が進む中で、韓国はどうあるべきかというアイデンティティーとも深く関わってくる。

 元の支配を脱し、易姓革命で開かれた朝鮮王朝が、新たに出現した超大国・明を見据えながら国の基盤を整備しなければならない困難な役割を担わされたのが、世宗であった。
 先王が長男を廃して三男の世宗を後継者に指名したのも、幼少から読書を愛した見識と聡明な性格に期待してのことであった。
 
 その期待に違わず、世宗は後に海東の尭舜と称えられた王道政治で太平聖代を開き、元色を払拭した朝鮮独自の文化を花開かせる。
 ハングルの基になる訓民正音、朝鮮固有の雅楽の復興など、現代に受け継がれる韓国文化の一大源流がそこにある。

 その他、中国と異なる朝鮮独自の時間の制定(仰釜日晷=日時計、自撃漏=水時計の製作)、王立天文台の簡儀台設置、世界初の雨量計とされる測雨器や活字印刷技術、医学書編纂など、当時としては世界最先端の技術の開発・普及に努める。そうして、農業生産力が飛躍的に伸び、朝鮮通宝など貨幣経済が浸透し、民生が安定する。
 その一方で、明に対して巧みな外交術を駆使しながら、元時代に侵食された領土の回復・開拓に努め、北方国境線を現在の豆満江まで押し上げることに成功した。

 指導者としての世宗の特質は優れた人材活用術にあり、能力さえあれば、多少の欠陥があっても下層の身分であっても抜擢登用し、存分に力を発揮させた。
 徹底的な中央集権体制の中心で親政を振るったが、何から何まで自分が口を出すのではなく、有望な儒学者らを集めた集賢殿を政策諮問機関として活用し、分権的な議政府署事制を採用して効率化、合理化を図った。
 ちなみに、私の河の族譜には議政府の領議政(現在の総理大臣)として重責を担った人物が何人か載っている。

 世宗と比べると朴正煕は、王道政治というのはさすがに口幅ったいが、人材登用による社会経済開発戦略においては似た部分が多い。
 政治的実権を一身に集めながらも、独断に流れまいとし、自分の理念に共鳴する専門家を大胆に登用し、権限を与え、結果を出させた。経済は張基栄(チャン・ギヨン)副総理兼経済企画院長官を司令塔にし、科学技術振興のために米国留学の研究者を高給で呼び戻して科学技術院(KAIST)を設立した。
 そうして実現したのが「漢江の奇跡」であった。

 李明博次期大統領は無論、北朝鮮の金正日総書記も世宗の社会経済開発戦略を参考にすべきであろう。 後継者問題では長男ではなく次男に白羽の矢を立て見習ったようだが、経済司令塔などは早急に対策を立てる必要がある。

 韓国保守派の精神的支柱である朴正煕元大統領が最後まで気にしていたのは、“親日派”のレッテルだったのではないか。
 改めてそう思うのは、最近読んだ「韓国民芸の旅」に「王仁は生誕地の霊岩(木浦=モッポ近郊)に伝説がわずかに残っていただけだが、1972年になってにわかに脚光を浴び、75年に霊岩の聖域化事業が行われ展示館が建てられた」と書いてあったからだ。

 朴正煕は経済開発に余裕が生まれると、民族史跡の復旧工事に力を入れた。
 豊臣秀吉軍を破った国民的英雄の李舜臣将軍を祀る顕忠祠の復元・造景工事は代表例だが、迂闊にも、王仁は知らなかった。

 周知のように、王仁(ワニ)博士は4世紀頃、百済から論語と千字文(文字)を伝えた。
 江戸時代には儒教=学問の祖と崇められ、大阪の枚方市藤阪には王仁墓が残り、地域で長く祭神として祀られてきた。

 母国でほとんど忘れられた人物を朴正煕が知ったのは、日本の植民地時代に陸士に入学したからであろう。姉夫婦も日本に来ていた。
 その生誕地を聖域化したのは、日本に文化を伝えた祖先への尊崇の念があったからと思われる。そして、恐らく、“親日”以前に、そうした熱い思いが心に深く宿していることを知ってもらいたかったのではないか。
 彼は祖国近代化のために日本から多くを学んだが、日本に学問と文字を伝えた祖先を思い、精神的バランスを保とうとしていたのかもしれない。

 朴正煕は、“親日派”の過去故に必要以上に非難を浴びたことを気にし、コンプレックスを負っていた。
 彼は解放後、南労党(共産党)秘密党員になったが、南労党亀尾地区委幹部だった相煕兄の影響とともに、事実上のトップにいた抗日闘士・金日成への引け目があったことだろう。
 転向後、金日成に強烈な対抗意識を持ち、体制競争を呼びかけたのは心理的な反動形成、つまり、コンプレックスの裏返しであり、彼のプライドであった。


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