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東京・秋葉原で昨年6月、17人を殺傷したと公判中の加藤智大被告(27)が、事件で負傷した元タクシー運転手の湯浅さん(55)に謝罪の手紙を送っていた。
「私の唯一の居場所であったネット掲示板において、私が『荒らし行為』によってその存在を殺されてしまった」と犯行動機を記しているが、その存在のバーチャルな軽さに慄然とさせられる。
酒鬼薔薇聖斗が12年前の犯行声明で「透明な存在」と自己を表現したことと似ている。
酒鬼薔薇予備軍が拡散している観があるが、最近全国で頻発する凶悪犯罪もそれと無関係ではあるまい。
手紙はB5判の便せん6枚に直筆で書かれており、加藤被告の弁護士を通じて6日、湯浅さん宅に届いた。
加藤被告は「遅々として進まない裁判に皆さまの怒りも限界ではないかと考え、人として謝罪すべきだという結論に至った。どんなに後悔し、謝罪しても被害が回復されるはずはなく、私の罪は万死に値するもので、当然死刑になると考えている」と記した。
さらに事件について「記憶がほとんどないが、やったことには間違いはなく、罪から逃れるつもりはない」とし、被害者や遺族の苦痛について「私の唯一の居場所であったネット掲示板において、私が『荒らし行為』によってその存在を殺されてしまった時に感じたような我を忘れるような怒りがそれに近いのではないか。全てを説明しようと思っている」と書いた。
湯浅さんは「丁寧な字で書かれており、あんな事件を起こす人間とは思えなかった」と語ったそうだが、情念が引き起こす犯罪とはそのようなものである。
情念が消えれば、凶悪犯もごく普通の、か弱き愚かな人間の一人である。
正常に戻った人間を死刑にすることには、抑止力を期待する社会的な報復、つまり、みせしめ以上の意味はなかろう。
問題は、そのようなバーチャルな存在を生んでしまう社会である。
加藤被告の場合は直接的には人を使い捨てし、居場所をいとも簡単に奪ってしまう派遣切りがある。
その意味で、鳩山新政権には賃金ピンはねで超え太る人材派遣会社なる社会のダニを儲けさせる悪法である派遣法の早期廃棄を求めたい。
しかし、それだけで済むものでもない。
人間をモノ扱いし、人間性を否定する社会の風潮を改めない限り、根本的な解決は難しい。
強欲資本主義の本質的な危機は、金融不安よりも、そこにある。
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