河信基の深読み

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酒鬼薔薇聖斗・教育

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 秋葉原無差別殺傷犯の母親は、事件前から友人に「息子が酒鬼薔薇聖斗に似ていて怖い」と漏らしていたと伝えられる。
 この種の報道は加熱しやすいので、鵜呑みにはできないが、同年齢である両者の間に、ある共通点を認めることは出来る。
母親への強い不信感である。

 母子の関係について、週刊現代で実弟が明かしているところによると、母親は勉強や躾に厳しかったが、一部で伝えられた虐待はなかった。
 ただ、犯人が小学校高学年期に家族関係が急に冷たくなり、家庭から笑いや団欒が消えたと言う。

 ここまではよくある話だが、恐らくその過程で、幼かった犯人の中に母親との絆を傷つける何かが生じたと見られる。
 酒鬼薔薇の場合は母親の愛情が弟に向かったことから来る精神的な飢え、疎外感が原因であったが、犯人にも同様のものがあったのではなかったか。
 母親が友人に語った言葉は、それをうかがわせしめる。

 親子の絆が友人など周囲に広がり、健全な人間関係へと発展するのが普通だが、出発点でつまずいた犯人は孤独の奈落に転げ落ちていく。
 孤独でも希望があれば絶望せず、恋人・友人など新たな出会いが心の闇を晴らしてくれるが、進学高、派遣という過酷な環境が彼をますます追い詰めた。

 彼にとっては、この社会は乾いた砂のようなもので、ふるいから落とされる恐怖と屈辱感に耐えられなかったのであろう。
 早熟であった酒鬼薔薇は自ら作った神に操られ、道を踏み外したが、秋葉原の彼は神に救いを求めることもなかったようだ。

 死刑囚の刑執行を早め、刑罰をいくら強化しても、酒鬼薔薇予備軍の暴走を止めることは、原理的に難しい。

 都心の秋葉原で白昼、また無差別テロが起きた。 
 少し前に茨城県土浦で同様の事件が世間を震撼させたが、「誰でもよかった」と不満の捌け口を一般市民に向ける凶行は、イラクでのそれと変わらない。これはもう、テロというしかあるまい。

 「疲れた。世の中が嫌になった」と25歳の犯人は、動機なき動機を語った。
 まじめで無口な人間が何故?と周囲は驚くが、事件の度に見飽きた光景である。人生これからという青年たちが、疲れたと未来に絶望する姿は、政治が停滞・腐敗し、拝金主義と刹那主義に流れる閉塞的な日本社会を映し出している。

 自分が生きる証を自己の中にではなく、他人を攻撃し、殺めることでしか確認できないことほど、哀れで悲惨なことはない。
 11年前の神戸連続児童殺傷事件の犯人・酒鬼薔薇聖斗は「透明な存在」である自分が生きている証に次々と弱いものを手に掛けたが、今回の犯人も、土浦の犯人も、さらに近年続発するその種の事件の犯人たちも、ニヒリズムの極端な表現形態という共通点がある。

 しかし、酒鬼薔薇は自己の神を造って殺人を正当化するなど、それなりの心的葛藤があった。
 だが、江東区のアパートで23歳の女性を一晩で神隠しのように抹殺した犯人のように、最近は、平然と人を殺す無機質のニヒリズムが伝染病のように蔓延しているように見える。

 こうした現象は結果論的に説明するだけの臨床的な心理学では手に負えないものであり、おそらく、人生とは何か、いかに生きるべきかという根本問題を問い直す哲学の復権と、根柢からの世直しなくしては、解決できないだろう。
 とはいえ、それまで我々は、今そこにある内なるテロの脅威に無防備でいるわけにはいかない。

 新たなテロに備えた警察力の再編が避けられない。
 確率上は日々市民生活を脅かす内からのテロの方が遙かに高いのに、現在の警察力は専ら外からのテロに備えて膨大な人的物的資源を投じ、内なるテロにはほとんど無力であり、無駄が多すぎる。

 内なるテロへの備えは、威圧的なハードよりも、市民の日常生活にやさしく気配りしたソフト面が中心とならなければならないだろう。
 昔は地域社会に溶け込んだ“お巡りさん”が相談役になったりしていたが、保守政治が長く続き、人事が硬直化するなか、キャリア官僚がはびこり、現場の警官は軽視され、対応能力が格段に落ちている。一片の答案用紙で採用されたキャリアが組織を牛耳る明治以来の後進国人事は廃止し、国家警察から市民警察への脱皮が必要である。

 さらに言えば、警察予備隊として発足した自衛隊も本来の姿に再編すべきではないだだろうか。
 例えば、1両10億円の馬鹿高い戦車を数百、数千台と大量にフルモデルチェンジしているのは、世界でも日本くらいだそうだ。市街戦に備えるというのが口実だが、使う機会はなく膨大な予算が浪費されている。
 それをばっさり削減し、心を病んだ青年達のケアや、困窮から行き場を失った子供たちの支援に回した方が、社会の活性化健全化や、ひいては内なるテロの予防にどれほど有益であろうか。

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無機質なニヒリズム ケータイ投稿記事

 江東区のアパートで忽然と消えた23歳の女性について、二軒隣の30代の男が殺害を自供しはじめた。
 帰宅直後に押し入り、ナイフをつきつけて部屋に連れ込み、乱暴して殺害し、即座に遺体をバラバラにして捨てたと言う。

 恐ろしいほど手際がよい。身勝手な欲望を満たすと、まるで一個の物のように素早く処分し、証拠隠滅を図る。
 そこには、人を殺す事への恐れや躊躇いは全く感じられない。

 驚くべき虚無である。
 生体実験をしたナチのメンゲレや関東軍731部隊の石井は魔性であったが、それなりにイズムを奉じた狂気があった。
 だが、この殺人鬼には「神は死んだ」と叫んだニーチェの問題意識は無論、狂気も感情もない。倫理やモラルはスポイルされ、目的のために手段を選ばない、氷のような無機質の虚無が広がるのみである。

 シムテムエンジニアらしいが、バーチャルなゲーム感覚で、リアルなおぞましい行為に走ったと見られる。
 さらに、人間の命まで金銭に換算し、一個の商品化する現代社会で倫理の根本が崩れつつあることを示す象徴的な事例とも言えよう。

 殺人ロボットのような無機質な犯人に、人間の倫理や責任感を求めることは、原理的に出来ない。
 危険人物として予防隔離するしかないのだが、さて、裁判所はどんな理屈を考えるのだろうか。

 光市母子殺害元少年に次ぐポピュリズム判決ではないか。
 歌織被告の責任能力が無かった事を認めながら重い責任を追求した点では、より重大な問題を抱えている。
 裁判は権力が合法的に人民を支配するセレモニーであるとの説を証明したようなもので、最高裁もにがむしをかみ潰した思いであろう。

 なぜ被告は心神喪失に追い込まれたのか、その原因と未必の故意に関わる責任こそが問われるべきであった。
 この判決は一時的には国民感情を満足させるかもしれないが、シロアリのように裁判制度の土台を蝕んでいくに違いない。

 昨日は、日本中が一種異様な雰囲気に包まれていた。テレビ各局は早朝から、光市母子殺害事件の差し戻し控訴審の広島高裁に中継車を送り込み、20数人の傍聴券を求め3000人を超える人々が長蛇の列を作る様子を中継していた。
 そうした中で下された判決は、無期懲役とした第1審判決を破棄し、死刑に処するというものであった。それを受けてテレビ各局は、「当然」「それ以外はありえない」といった調子のコメント付きで繰り返し報じる。

 一人の元少年の死刑を社会全体が熱望し、裁判所がその期待に応えた判決を下し、さらに社会が一体感で熱くなる。
 こうした現象を、正義が実現したと単純に喜んで良いものだろうか。
 
 社会全体が特定個人への死刑を渇望する光景は、人民裁判もしくは社会的リンチを連想させ、決してほめられたものではない。
 歴史を振り返れば、国家が法の名で殺人を正当化する死刑制度の根底にあるのは、我々が原始社会から受け継いでいる応報感情である。
 「死には死で」とした世界最古のハムラビ法典をはじめ、歴史を遡るほどそれは露骨になる。逆に言えば、歴史を下るほど死刑制度への懐疑、反省が強まり、やがて死刑廃止論が広まる。
 昨日は、日本社会が歴史を逆行し、退化しているかのような一日であった。
 
 殺人や強姦致死などの罪に問われた元少年の犯行は残虐非道極まるもので、個人的感情としては許せるものではない。
 被害者の夫であり父が極刑を求めることにも、共感できる部分がある。
 しかし、理性に立ち返れば、今回の死刑判決には社会感情に迎合した側面があり、異議を呈せざるを得ない。

 判決は「旧供述を翻した元少年の供述は不自然、不合理である。新供述と旧供述とは、事実経過や殺害行為の態様、殺意や乱暴の犯意の有無などが全く異なっている」として、元少年の供述を虚偽と断定したが、それほど単純に元少年(現在27歳)の心を割り切れるものだろうか。
 弁護団は「被告人の心を完全に見誤った」「18歳1カ月という未熟な未成年の犯行ということを真正面からとらえていない」と批判するが、最高裁は真摯に耳を傾けるべきであろう。

 「ドラエモンの声が聞こえた」とする元少年の供述は、常軌を逸している。
 だが、実父から虐待を受け、母親が自殺に追い込まれた環境で育った少年の心理としては、幻想や幻聴はありえないことではない。だから、常軌を逸した行動に走るのである。

 「誰でもよいから殺したかった」と無差別通り魔凶行に走る青少年の心理とも、全く無関係とは言えまい。
 他に危害を加えることでしか自己の存在を確かめられない酒鬼薔薇予備軍が、暴れ始めたように見える。

 それへの根本的対策をおろそかにし、対症療法的に応報刑を強化し、応報感情を満足させ、恐怖心を再発への抑止力とする考え方が有効であるとは思えない。
 暴力は暴力、報復は報復を招き、モラルは崩壊し、社会はますます殺伐としたものとなろう。
 その意味で、「死刑を自動化する」と公言、就任以来在庫処分するように死刑執行命令に署名し、すでに10人を処刑した法相の存在は、全くのブラックジョークである。

 少年犯罪の厳罰化に抗するように、凶行後も何の反省も示さず、「人を殺せば死刑になれると思った」とうそぶく青少年たちの心の闇にもっと目を向けるべきであろう。
 その心の闇は、元少年に対して「殺せ!」「殺せ!」と合唱する群集心理や、死刑囚を在庫処分する非人間的行為と、人間疎外の深淵でつながっているのである。

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