河信基の深読み

読者各位様:本「河信基の深読み」は順次、北朝鮮投資開発戦略研究所(2019年4月〜所長・河信基)の公式HPへ移行して参ります。

酒鬼薔薇聖斗・教育

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 山口県光市の母子殺害事件の被告弁護団に対して5月に大阪のテレビ番組で視聴者に懲戒請求を呼びかけ、物議をかもしている橋下徹弁護士が、今度は自らのブログで、2ちゃんねる上に「殺害予告」があったとして刑事告訴したことを明らかにした。
 「2ちゃんねらーの方、大変残念ですが」との書き出しではじまるブログは、殺害予告について「100%イタズラであることが判明しました」としながらも、「内容や僕の立場,また家族のこともありますので、やむをえず刑事告訴しました」と、事務所や警察と協議したうえで告訴に踏み切ったと明かしている。
 その上で「一般市民の言論に対しては,法律の専門家として、できる限りアクションは起こしたくなかったのですが、上記の事情をご理解下さい 」と結んでいる。

 ネットでの「殺害予告」など、犯罪の温床になっている殺人サイト、自殺サイトなどの闇サイト同様に言語道断だ。単なる落書きの類であっても、ネット上に現れると影響を受ける愚か者がいるのが昨今の世情だ。
 橋本弁護士が家族を心配して刑事告訴したのは当然で、発信人を特定し、責任を問うべきであろう。いかなることにも最低限のモラル、マナーがある。

 同じ観点から、テレビ番組などで活躍している橋本弁護士がタレント活動の中で行った“懲戒請求呼びかけ”も、みだりに他人を威嚇する軽率な行為であったそしりは免れない。現に弁護士連合会に懲戒請求件数が殺到し、弁護活動に大きな支障をきたしている。
 「殺害予告」も、それにサイケリックに反応した変質者の行為、との見方も出来る。

 私は「橋下徹弁護士が呼びかけた懲戒請求は、言論テロではないのか」と批判し、“正義派弁護士”を演じているタレント活動と弁護活動を混同していないかと指摘した。著名人と匿名の一個人の違いはあるが、“懲戒請求呼びかけ”と「殺害予告」にある種の共通性があることは否定できない。
 世間に向けた扇情的な放言である。「100%イタズラ」であるとしても、社会に否定的な影響を与える可能性があり、無視できない。

 「言論の自由」を主張する橋下氏が「一般市民の言論に対しては、法律の専門家として出来る限りアクションは起こしたくなかった」としながら、いたずらと分かっていることを告訴したのは、ジレンマに陥ったからであろう。
 弁護士である以上、自己の言動に責任を負うべきで、「事務所や警察と協議した結果」などと弁解じみたことを言うのは見苦しい。
 
 プロレスと見紛うボクシング中継など、最近のメディアには、視聴率を取れば世間の注目を集めれば何でも許される、といった軽佻浮薄性が目に付く。
 ニュースや時事番組がショー化し、過激発言、無責任発言、品を欠いたヤクザまがいの言動がもてはやされ、客観的事実と個人の意見がごっちゃ混ぜになり、視聴者に誤解と偏見を植え付けている。そうした発言が検証されることもなく、言ったもの勝、井戸端会議のレベルだ。
 インターネットで視聴している韓国のテレビやラジオと比べても、異常、との感が免れない。

 新聞、テレビなど各メディアに対する人々の信頼が落ちているのは、偶然ではあるまい。
 その間隙を突くように、権力によるメディアへの監視・統制が進んでいる。NHKへの放送命令、『僕はパパを殺すことに決めた』著者への強制捜査など、すべてが一本の黒い糸で結ばれているように思える。
 日本のメディアは危機的な状況にある。その自覚に欠けることが最大の危機ではないか。

 山口県光市の母子殺害事件の被告弁護団に対して橋下徹弁護士が5月に大阪のテレビ番組で視聴者に懲戒請求を呼びかけ、日本弁護士連合会によると、懲戒請求件数が26日現在、4299件に達し、過去最多だった昨年の請求総数の3倍を上回っている。
 これに対して被告弁護団の弁護士が橋下弁護士に業務を妨害されたとして、損害賠償を求める訴えを広島地裁に起こす方針を明らかにしたが、所属する芸能事務所によると、橋下弁護士は「提訴された場合はきちんと対応する」と話しているという。

 橋本弁護士はタレントして芸能事務所に登録し、テレビで“正義派弁護士”を演じたようだが、タレント活動と弁護活動を混同していないか。

 確かに、裁判は世間の常識では分かりにくい点がある。
 母子殺害事件をめぐっては、その残虐行為で世間に衝撃を与えた被告の元少年(犯行当時18歳、現在26)が十分な反省もせず、犯行を認めた供述調書を否認し、「閻魔大王」「ドラえもんが生き返らせてくれると思った」などと証言していることが、「戯言」として人々の怒りを呼び起こしている。
 裁判を故意に遅延させるような弁護団の行為も顰蹙を買った。

 弁護方針が途中で180度転換したことが、混乱を招いた。
 当初は起訴事実を争っていなかったが、死刑廃止論者の人権派弁護士として知られる安田好弘弁護士が主任弁護人に就任してから方針が転換した。そうして、被告は犯行当時、精神的に未発達であり、母性に飢えた母胎回帰的な異常な精神状態にあったとして、殺人ではなく傷害致死、強姦ではなく死体損壊を主張した。

 個人的感情としては、被害者に同情し、被告の言動には首をかしげざるをえないが、よくよくしらべてみると、弁護団の主張にも全く根拠がないわけではない。
 被告の生い立ちは悲惨で、母親は父親の虐待で自殺、被告自身も虐待を受けて精神的外傷を負っていた。ある意味で、真の犯人は父親かもしれないのだ。
 単純に、厳罰に処せば済むといったものでもない。再発防止のためにも、一般成人の犯行とは区別して、動機の解明を徹底的にすべきである。
 人権派弁護士だから、世間の風当たりを覚悟でそこまでふんばったという見方も出来る。

 橋本氏の行為は、そうした裁判の実情を無視し、報復感情を煽ったと見られても仕方があるまい。
 弁護士の肩書きを背負ったタレントのパフォーマンス以後、ネットなどで「裁判妨害」などと弁護団への怒りが渦巻き、安田弁護士への脅迫文が日弁連や新聞社に届いたというが、これでは言論テロではないか。
 橋本氏はタレントはそんなものと割り切っているのかしれないが、弁護士としてどう責任を負うのか。

 憲法第32条は「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない」と裁判を受ける権利を保障している。
 橋本氏の言動はそれを公然と否定するもので、それこそ懲戒に該当するのではないか。

 ノルウェーでは死刑がなく、犯罪者が服役しなくとも違法に当たらない。有罪判決を受けた囚人の四分の一が服役しないという。
 そこまでおおらかになる必要はないが、昨今の日本社会は規範意識の根底が揺らぎ、ピリピリ、ギスギスしすぎている。

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 著者らに対する強制捜査に対して、日本ペンクラブは、憲法で保障された表現の自由への介入だとの抗議声明を発表したが、私も基本的に同感である。
 昨今は公権力による言論への抑圧が様々な形で行われているだけに、なおさらである。本の出版差し止めなどがあってはならない。
 以下はそれを大前提に話を進める。

 少年犯罪の供述書は、プライバシーや更正目的に反しない限り、出来るだけ公表すべきであろう。
 具体的な線引きが難しいところだが、まずは裁判官の良識に期待する。それが不十分である場合は、ジャーナリストが代わって役目を果たすのは当然であり、その意味では、草薙氏の勇気は評価に値する。

 その一方で、『僕はパパを殺すことに決めた』 というタイトルは、確かに人々の目を引く衝撃性があるが、決め付けすぎていないかという疑問が消えない。
 告訴した少年の祖母や父は、ショッキングな写真や、実母のプライバシーなどが掲載されたことと併せ、暴露的な匂いを感じ、反発しているようだ。
 それに同調する意見も少なくない。

 15日付の読売社説「調書本出版 漏えいは少年法の精神にもとる」は「表現の自由といえども無制限なものではない」として、次のように批判する。
 「草薙氏は、本の中で、警察の供述調書を含む捜査資料約3000枚を入手したと記している。調書そのままの引用部分は50か所以上に上る。父親の了解も得ていない。長男の成育歴や、事件と関係のない家族のプライバシーにかかわる話も暴露されている。人権侵害にあたるとして、父親も法務局に申し立てていた。
 草薙氏は少年の更生に与えるマイナスの影響をわからないはずがない。少年の保護育成を旨とする少年法の精神にももとる。
 少年事件の再発防止のため、事件の背景や動機、少年の心象などに関する情報を一定程度明らかにする必要はある。家裁が重大事件の処分言い渡しで決定要旨を公表するケースも増えている。
 しかし、興味本位の『表現の自由』は、情報開示の流れを歪めかねない。」
 http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070914ig91.htm

 「興味本位」は当たるまいが、行き過ぎがあったことは否めない。
 調書を流出させた鑑定医の行為は守秘義務に背くから、「公益のため」という大義がない限り罪は免れない。草薙氏も「身分なき共犯」を問われる。情報源は守るのがジャーナリストの仁義だが、何故明らかにしたのか。
 鑑定医は承知したのだろうか。それがまかり通れば、審判の非公開を規定した少年法はあってなきがごとしとなる。

 供述調書が万能であるわけでもない。その種の調書が多くメディアに流れた酒鬼薔薇聖斗事件の真相が未だに闇の部分があるように、少年事件の場合は、当事者も本当の原因が自覚できていないケースが多く、供述イコール真実ではない。
 隠すべきところは隠し、事実を超えて真実に迫るところにジャーナリストの手腕が問われるのであり、それがなければ単なる暴露でしかない。

 少年が殺すことに決めたのは、パパではなく、過剰な期待をかけてスパルタ教育を押し付け、自己を否定するパパのいやな部分であったろう。
 成長過程の少年にはよくあることだが、犠牲になったのが当のパパではなく、継母や異母兄弟であったことがそれをうかがわせる。
 少年の祖母や父親が「裏切られた」と憤っていると伝えられるのは、その辺に誤解があったのではないか。
 
 強制捜査で逆に話題となり、書き込みが激増したアマゾンのカスタマーレビューなどにも、「少年Aの供述調書は涙が出る。いかに追い詰められたかが切実にわかる」とする一方で、「供述調書に著者の補足文が付属している」「モラルなし」と著者に批判的なものも少なくなく、評価は二分する。
 少年事件とは別の問題を投げかけたことは間違いなさそうだ。
  

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 単行本『僕はパパを殺すことに決めた』に対して奈良地検が、著者と情報提供者の自宅などを捜索した。出版物の内容に関しての強制捜査は極めて異例であり、官憲の圧力で言論の自由を萎縮させないかと憂慮される。
 他方で、少年の更生を目的とする少年法の精神に照らして見る場合、踏み越えてはならない一線を巡る、宿命的とも言えるぎりぎりの攻防がそこにはあるように見える。
 
 同書は、昨年6月に奈良県内の医師宅が全焼し、妻子3人(継母と異母弟妹の三人が焼死)が死亡した放火殺人事件の犯人とされた当時高校1年の長男(17)の犯行に至る動機解明を目的に著された。
 問題になったのは、中等少年院送致になった少年らの供述調書が大量に引用されていることだ。検察は、少年審判で家裁から精神鑑定を委託された鑑定医が調書の写しを著者に提供したことが刑法の秘密漏示罪に当たるとする。少年法第22条は少年審判を非公開と規定する。
 検察も強制捜査には慎重であったが、「更正を妨げる」として告訴した少年の祖父や父親の訴えを無視することは出来なかったようだ。その意味では、言論弾圧と撥ねつけるのは大人気ない。
 
 事実関係については著者のフリージャーナリストの草薙厚子氏は争わず、法適用の妥当性について異議を申し立て、ホームページで以下のように主張する。
 「七月十二日に東京法務局から、『プライバシーを侵害し、少年法の趣旨に反する』として再発防止を求める勧告を私と講談社が受けた。少年の供述調書を引用して動機を描き出したことが「少年法の趣旨に反する」と判断された。
 これほど日本中を震撼させた事件については、動機に関わる部分はきちんと公開すべきだ。初期報道で喧伝された『普通の頭の良い子が突然、事件を起こした』という言葉だけが残されては、国民は不安に陥るばかりだ。私はこうした不安を解消する一つの方法が、『正しい情報』を公開し、検証することだと判断した。
 これまでの著作で当局の内部資料を参考にする場合は、そのまま引用することはなかった。しかし、『これはどこまでが真実なのか』と疑う人が出てくる。事件の真相を知るためには、少年がいかに追い詰められていたか、その心情を伝えることが不可欠である。そのためには、生の声を聞いてもらうのが最も良い方法だと判断した。『引用するのはダメで、地の文に溶け込ませればお咎めなし』という見解は、本質を見失った判断ではないか。」
 http://playlog.jp/atsukokusanagi/blog/

 草薙氏の問題意識は、十分に理解できる。
 私も10年前の神戸の連続児童殺傷事件で同じ疑問を抱き、『酒鬼薔薇聖斗の告白―悪魔に憑かれたとき』を著したが、何よりも欲しかったのは少年の供述調書であった。大人社会と子供の境界を取り払ったような同事件は、少年犯罪の常識を一変させ後に少年法改正につながったが、危機感を抱いた神戸地裁は家裁決定要旨や精神鑑定結果概要を公表する異例の措置を取った。文芸春秋には「少年A犯罪の全貌」と題して7通の検事調書が掲載され、物議を醸した。
 それらを大いに参考にしながら少年の人格を再構成し、犯行の動機は心理学者らが主張した性的サディズムなどではなく、母親との葛藤が引き起こした疎外感であると解明したが、実名や地名などは伏せ、ノンフィクションの形を取った。担当編集者と最後まで議論したのが、少年のプライバシーや更生のためにどこで一線を引くか、ということであった。
 疎外を克服する環境さえ整えてやれば立ち直れると予想したが、少年Aは擬似家族を与えられて更正し、社会に復帰した。どこかで読んで感想文なりを送ってくれればさらに真相解明に近づくと思っているが、それはまだない。

 草薙氏も『少年A 矯正2500日全記録』を著し、元東京少年鑑別所法務教官の立場から、「医療少年院で行われた極秘の贖罪教育・矯正教育といえる『少年A更生プロジェクト』の全容を初めて明らかにした」(「BOOK」データベース)。
 極秘資料を明かすことが特徴のようである。

 草薙氏が従来の一線を超えたことは間違いない。
 それに対して検察が動いたのは行き過ぎであり、遺憾だが、論議の余地は大いにある。

 安倍辞任のニュースでマスコミはもちきりだが、予測できたことでそれほど驚くことでもない。
 同じ日、胸をえぐられる不可解なニュースが別にあった。秋田県の連続児童殺害事件の公判での鈴香被告の証言だ。身勝手な理屈で命を奪われた豪憲君が哀れなのは言うまでもないが、実の母の手に掛かったのが事実なら、彩香ちゃんの無念はいかほどか、怒りを通り越して、悲しみが湧いてくる。

 まだいくらか救われるのは、母親の鈴香被告が豪憲君については犯行を認めているものの、実の娘については「殺意はなかった」と、過失を主張している点だ。
 嘘をついているのなら、人間としてこれ以上卑劣なことはない。
 しかし、そうではない。もっと複雑な感情が絡んでおり、最後の母性は失っていなかったと信じたい。

 検察側冒頭陳述によると、被告人はかねてから彩香ちゃんに対し疎ましさを募らせ、川を遡上する魚を見たいと強くせがまれ、いらだちや嫌悪の念が極限に達した。
 そこで、日没後、自宅から車で藤琴川に架かる大沢橋に向かった。彩香ちゃんに欄干に上るよう命じた。「お母さん、手を離さないでね」とおびえる彩香ちゃんを欄干上に乗せ、両足を外側に出した形で座らせた。そして、「お母さん、怖い」としがみつこうとした彩香ちゃんの左肩付近を押して突き落とした。
 彩香ちゃんは、「お母さん」と叫び声を上げながら真っ逆さまに落下し、川底に頭部を強く打ちつけ、溺死した。
 http://www.sankei.co.jp/shakai/jiken/070912/jkn070912020.htm

 彩香ちゃんが「お母さん」と叫び声を上げながら落下した、とする部分は涙を誘う。
 母親の殺意に気付いて落下したとしたなら、これほど残酷で憎むべき犯行はない。
 
 しかし、検察側冒頭陳述は立証が不十分で、内容も強引で無理がある。
 子への疎ましさ、いらだちや嫌悪の念は子育てをしていれば時にはありうることで、通常は愛情に包まれて消えてしまう。それが、魚を見たいとせがまれただけで殺意に飛躍するものなのか。

 他方、弁護側冒頭陳述は次のように反論する。
 欄干で彩香ちゃんが「お母さん、こわい」と左回りに半転した。驚いた鈴香は左手で払うようにしてしまった。彩香ちゃんが視界から消えた。尻もちをつき、耳鳴りや目まいがした後、鈴香は橋でのできごとについて完全に記憶をなくした。
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070912-00000931-san-soci

 この方が説明としては検察側陳述よりも無理がないが、「完全に記憶をなくした」というのはいかにも不自然だ。
 そこから豪憲君殺害へと発展するミステリーが始まるが、好意的に解釈すれば、無意識に残った過失責任の記憶に苦しみ、一種の贖罪行為として、警察に執拗に再調査を求め、マスコミ、近隣住民らに事件性を訴えたとも考えられる。
 
 それが、彩香ちゃんと仲が良かった豪憲君への歪んだ嫉妬となり、殺害へとつながった可能性もある。
 検察側陳述は豪憲君殺害の動機を「彩香ちゃんの死の事件性を訴えたことが取り上げられなかったため無視されていると憎しみの感情を強め・・・こうした感情を爆発させる対象を無差別に模索」とするが、やはり無理がある。歪んだ贖罪行為と解釈した方が、説明としてはより合理的である。
 精神鑑定を行うというが、鈴香被告の心の闇に光を当てることは賛成だ。鈴香被告は父親からの虐待、いじめなど生い立ちに不幸な面があり、トラウマが潜んでいる可能性がある。

 こう言うと「生ぬるい」と反発する向きもあろう。しかし、報復感情に駆られて糾弾するのは簡単だが、そこから事件再発防止につながる建設的なものは見えてこない。
 例えば、元夫が鈴香被告の死刑を訴えたが、無責任すぎないか。浪費癖があり、借金や浮気、暴力などで鈴香被告を苦しめて離婚し、養育費も1年間しか支払わず、彩香ちゃんと面会したこともない。

 鈴香被告に甘い、というのは誤解である。
 母親に本当に殺意があったら、最後まで「お母さん」と助けを求めた彩香ちゃんがあまりに不憫だからだ。

 さらに、母性がそこまで劣化しているとは信じたくない思いがある。
 孔子が人倫の根底に孝を置いたのは、親が子に愛情を注ぐのは当然という大前提がある。だから、子は親を敬うべきというわけである。飢餓に襲われた90年代の北朝鮮で、子のために食べ物を一切口にせず餓死した親の話を脱北者が泣きながら話すのを聞いたことがあるが、極端に言えばそれが親子の情である。
 儒教に限らず、古今東西、親子の情は人倫の基本であり、家庭や社会の秩序はその上に成り立っている。
 
 10年前に神戸で児童を連続殺傷した14歳の酒鬼薔薇聖斗は、親の押し付け的な愛情に人格を傷つけられ、弱い子供を殺傷した。山口の高校1年生は祖父の過剰な干渉に「我慢できなかった」と殺害した。
 親なり保護者の過剰な愛情が仇となったそれら不幸な事件と、子殺しを問われている鈴香被告の事件は質的に異なる。
 鈴香被告が故意に彩香ちゃんを突き落とし、しかも、精神異常でないとしたら、この国では人倫の基本が崩れつつあると言うことを意味するのである。
 いや、ひょっとしたら、近年子供虐待が増えている事実は、親になりきれない“擬似親”が私が危惧する以上に繁殖し、社会に害毒を撒き散らしていることを物語るのかもしれない。 


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