河信基の深読み

読者各位様:本「河信基の深読み」は順次、北朝鮮投資開発戦略研究所(2019年4月〜所長・河信基)の公式HPへ移行して参ります。

金正恩政権の深層分析

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 開催する必然性のない第7回労働党大会は9日、4日間の日程を終えたが、金正恩が党委員長に就任した以外、目新しいものはなかった。「金正恩の党大会」と予想した通りの結果である。
 中国など外国代表団の姿はなく、国際的な孤立を際立たせてしまった。「戴冠式」と韓国マスコミに揶揄され、ここまで世界に醜態を晒すかと、かつて社会主義を標榜した国であるまじき前時代的な三代世襲体制に慨嘆を禁じ得ない。

 前回の1980年の第6回大会は李先念中国国家副主席を始め118ヵ国代表団が雛壇に並び、金日成主席が6時間以上の報告を堂々と行い、雷鳴のような拍手で度々中断された。
 今回、金正恩は外見だけは祖父を真似たが、何かを恐れるように警備員が二重三重に警備する密室状態の4・25文化会館で二日間にわたって報告を行った。その模様は当日午後10時のテレビで20数分間録画が流され、本人の声はなく、アナウンサーが代弁した。
 開会日前日から代議員缶詰でリハーサルを行っていたというから、原稿を読み間違えたり、飛ばしたりしたため録画編集で修正したと見られる。当人が生まれる前からで、実体験のない36年間の総括であり、内容もほとんど理解していなかったと読める。

 三代目披露の一種の人形劇であるが、失われた36年を象徴している。
 思えば、1980年は隣国中国でトウ小平の改革開放政策が始まった年であり、明暗分かれた今日の朝中関係を暗示している。トウ小平は共産党幹部に67歳の定年制を導入し、自ら偶像化を戒めたが(『二人のプリンスと中国共産党』参照)、いかに賢明であったかと改めて考えさせられた。

 個別的に検証すると、何よりも人事問題が注目される。
 日韓メデイアはどれも金正恩のポストの名称が変わっただけで、新指導部の世代交代が行われなかったことに驚いているが、これも私が予想した通りである。
 後述するように、海外生活が長かったため国内に自前の権力基盤を持てないでいる金正恩としては、そうするしかない。「金正恩の権力基盤は強まった」(産経新聞)との見方は問題の本質が見えていない。

 海外が最も注目したのは、核・ミサイル問題であるが、労働新聞が全文公表した決定書は「核保有国」を明記した。
 それ自体は既に金正恩が先代から譲位された2012年の憲法改正で書き加えられており、新鮮味はない。

 問題は、核廃棄を求める国際社会に挑戦状を突き付けたことにある。金正恩の「業績」と呼ばれるものは核実験と弾道ミサイル実験くらいであるから、北朝鮮支配層としてはそれを全面に出すしか、金正恩の委員長就任を正当化する名分が立たない。
 だが、国際社会は身勝手、独善的と受け取り、制裁と圧力を一段と強化することは必定である。

 金正恩委員長は核・ミサイル戦力強化で韓国、米国、日本などを恫喝し、有利な交渉に持ち込む腹積もりであるが、実現可能性はない。
 ソウル、ワシントンなど首都への核攻撃を公言した危険な相手とまともに交渉するようなことをしたら、外交は成り立たなくなる。
 むしろ、そのような脅威を除去する方途を考えるであろう。その一つが制裁の強化であり、確実に北朝鮮経済を疲弊させ、核・ミサイル開発の基盤を崩しつつある。党大会直前のムスダン発射実験の3連続失敗はそれをハッキリと示している。
 中国が最近、北朝鮮労働者への新規ビザ発給を禁止したが、事実上、北朝鮮経済の命脈を握る中国による締め付け強化は金正恩政権を根底から揺るがしつつある。
 核保有は経済破綻の原因となっており、核と経済建設の並進路線は机上の妄想でしかない。

 もう一つは実力行使で核能力を排除することである。金正恩は今回の報告で「核の小型化、多様化」を強調し、韓米日を攻撃出来る核戦力を有しているかのように誇張しているが、一連のミサイル実験失敗などから韓米当局は「実戦配備は早くて3、4年」と判断している。
 軍事戦略的に言えば、その前に物理的に除去するということになる。現に、韓米国防・外交当局は韓米安保協議(SCM)や統合国防協議体(KIDD)を通して探知、撹乱、破壊、防衛の4D作戦概念を練ってきた。昨年11月のSCMで4D作戦概念が承認され、今年3月からの韓米合同軍事演習で初めて実戦演習に取り入れられたが、挑発に対して直ちに金正恩本人を狙う斬首作戦がその一例である。
 金正恩が核開発推進の意思を明らかにしたことを受け、9〜10日までワシントンで第9次KIDDが開催され、4D作戦概念がさらに具体化されている。

 金正恩も斬首作戦を意識して警戒し、現地指導の場所、日時を隠し、所在先も隠密にしている。報告で「先に核先制攻撃をしない」と述べているのも、4Dによる先制攻撃を恐れているからに他ならない。
 北朝鮮と韓米の軍事力には圧倒的な差がある。中国の姿勢にもよるが、金正恩委員長が進んで核廃棄をしない限り、3、4年内に本人と政権は存亡の危機に見舞われる、と予測しておく。

 対話を通して北朝鮮が非核化を約する事が最良の方法であり、そのための努力を傾けるべきは言うまでもないが、実はここにも北朝鮮のみならず、韓国、日本にも大いなる誤解がある。
 北朝鮮は米国との平和協定締結を求め、平和協定は朝米間の問題との認識が常識のように罷り通っているが、間違いである。休戦協定本文を読めば明らかなように、その調印者は北朝鮮、中国、そして国連軍である。米軍はあくまでも国連軍代表の位置付けである。従って、形式上も平和協定当事者は北朝鮮、中国、国連となる。
 実質的には、平和協定当事者は南北であり、中国、米国は陪席となるしかない。不毛な論争を無くすために、その点を明確にする必要がある、と指摘しておく。

 北朝鮮としては経済的に大きく引き離された韓国に対して核で優位を保ち、統一で主導権を得たいと考えているのであるが、果たせぬ夢である。
 仮にトランプ大統領の下で米軍が撤退することになっても、その前に韓国は核武装する。日本も続くであろう。
 経済小国の北朝鮮はGDPで数十倍規模の経済大国の韓国、日本との新たな核開発競争でたちまち劣勢となり、事態は一層複雑化する。
 いかなる意味でも、核保有した北朝鮮に未来はない。

 

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 さて、大方の予想が外れた人事の謎であるが、労働新聞に顔写真入りで紹介された党常務委員以下の顔ぶれを分析すれば、自ずと明らかになる。
 常務委員は金正恩(32才)、金永南(88才)最高人民会議常任委員長、黄柄瑞(76才)軍総政治局長、朴奉珠(77才)総理、崔龍海(66才)政務局員と、金正恩以外は全て金日成時代からの古参幹部である。政治局員19人もほぼ同様であり、政治局員候補9人に新世代が何人か見られる程度だ。
 書記局に代わって党の日常業務を取り仕切る新設の政務局のメンバー9人の構成が労働党特有な組織事業上、重要な意味を持つ。これまた大半が金日成世代であり、金己男(87才)宣伝扇動部長、崔泰福(86才)、金ピョンヘ(75才)幹部部長が中心となっている。
 イデオロギーと幹部政策を担う彼らと、党組織指導部第1副部長から軍に横滑りした黄柄瑞総政治局長、趙延俊(79才)組織指導部第1副部長らが一体となって北朝鮮の実勢を形成してると私は以前から独自の分析をしてきたが、今回の党大会で改めて立証されたと言えよう。

 金正恩委員長擁立劇は、彼ら金日成世代のおそらく最後の合作劇なのである。
 委員長のポストは金日成が1949年から1966年まで占めていた。北朝鮮の国力が最も伸長した時代であった。金正恩の創作とされる並進路線の原型もこの時代にある。金正恩が報告した事業総括も全て彼ら実勢が準備したものであることは言うまでもない。

 金正恩を金日成そっくりに仕立てあげ、金日成時代の栄光を再現したいとの思いは理解できないではないが、見果てぬ真夏の夢でしかない。
 栄光の時代に国民が心から歌った国民歌謡『世界にうらやむものはない』に「社会主義讃歌」として金日成賞と金正日賞が授与されたと6日付労働新聞が報じたが、北朝鮮の実態はもはや社会主義ではない。
 社会主義経済崩壊で配給制が9割方廃止され、人々は市場経済に依存しながら生活している。貧富の差が拡大しているが、最も多くの富を独占し、贅沢三昧の生活を送っているのが金正恩自身という最大の矛盾がある。

 労働新聞4月3日、7日付記事に「共産主義」という言葉が復活している。金正日時代の憲法改正(2009年)、党規約改正(2010年)で共産主義を削除し、マルクス主義と絶縁したと見られていただけに、新たな動きとして注目される。
 北朝鮮再建には、個人崇拝による権力世襲化と支配層特権化に変質し、軍事に偏重し経済を破綻させた金正日時代との完全決別が不可避であろう。
 同じような経緯を辿って改革開放に舵を切り、世界第二位の大国に伸し上がった中国の経験と知恵に謙虚に学ぶ事が必要である。
 明日6日からピョンヤンで36年ぶりの朝鮮労働党第7回大会が開催されるというのに、ピョンヤンの一部以外は一向に盛り上がらない。
 今日の労働新聞(電子版)の1面トップの「金正恩同志の革命活動報道」の記事は先月24日付の「戦略潜水艦弾道ミサイル水中試験発射再び大成功」のままで、しまりがない。本来なら同月28日に行った中距離弾道ミサイル・ムスダン発射成功、と写真入りで飾りたいところであったが、朝晩2回試みていずれも失敗し、お流れとなった。

 強気でなる金正恩第1書記のことであるから、党大会前にでも第5次核実験を強行し、自己の威信を誇示することを考えているであろうが、事情がなかなか許さない。
 現場にはっぱをかけ、実験を強行したとしても、失敗したら元も子もなくなる。笛吹けど踊らぬ、が現状である。

 滑稽なことに、命令を出す金正恩が状況を把握しきれていない。冒頭の潜水艦弾道ミサイル(SLBM)発射実験も当人は成功と思い込んでいるが、実際は、韓国側の追跡で発射後数分でレーダーから消えていることが分かっている。
 先月23日のことであるが、30キロほど飛行した後、分離に失敗し、空中爆発したと韓国合同参謀本部は公式に発表している。

 専門知識のない金正恩が現場に無理強いし、失敗の原因となっていることは、同月28日のムスダン連続発射実験の事例がハッキリと示している。
 早朝6時過ぎに発射したが、数秒でレーダーから消えている。普通なら数ヵ月かけて原因を究明し、再試射となるところだが、同日午後7時過ぎに強行し、案の定、失敗している。

 実は、そうした事態は私が同月16日の渋谷での講演で予測したことであった。
 というのは、ちょうど前日15日の金日成生誕日を祝してムスダンが発射されたが、追跡した韓国海軍イージス艦のレーダーから数秒で消えたことが捕捉されていた。私はそれを挙げて、金正恩の焦りを指摘したが、はからずも2週間後に立証された結果となった。
 奇遇だが、同月26日の新宿の講演会の前日のことであり、「北朝鮮の核・ミサイル実験は、金正恩個人の一人芝居の様相を濃くしている」と評したが、的外れではあるまい。

 金第1書記が核・ミサイルにこだわる目的は、自己の権力世襲を正当化することにある。「米国の核に核で対抗」(リ・スヨン外相)は非現実的な方便に過ぎない。
 党大会を前に海外メデイアをピョンヤンに招請し、金日成時代の兵器工場跡に案内して、「金正恩第1書記が昨年12月にここを視察し、『こうした歴史があるからこそ、我が国は水素爆弾の爆音を轟かせる核保有国になれた』と述べた」(日本テレビ)と、現地中継で流させている。北朝鮮の「水素爆弾」実験は翌年1月6日のことであった。
 金日成の遺訓を継いで「水素爆弾」を完成させたと言いたいのである。それが党大会での報告の骨子となるであろうが、つまるところ、核・ミサイルしかないということである。

 しかし、自称「水素爆弾」は基本的には原子爆弾と同じ「ブースト型核分裂」であり、核融合ではないことが明らかになっている。
 皮肉なことであるが、北朝鮮が実験を重ねるほど核・ミサイルのレベルがデーター的に韓国、米国側に知られるようになり、「実戦化は早くとも3、4年後」が公式見解となっている。一部に北朝鮮の脅威を過大評価する向きもあるが、真の狙いは、北朝鮮をダミーにして対中国のMDやTHAAD網を築くことにある。

 「早くとも3、4年」は軍事戦略的には特別な意味を帯びている。端的に言えば、北朝鮮の核・ミサイルが現実的な脅威になる前に物理的に処理する方が得策、ということになる。
 3月7日から始まった韓米合同軍事作戦はそうした作戦概念から組まれていたことに特徴があり、「斬首作戦」はその最たるものと言えよう。
 金正恩もそれを意識していることが言動にハッキリと見てとれる。異常なミサイル乱射は半パニック状態にあるからと理解すれば納得がいこう。

 私は36年前の第6回党大会翌年に3ヶ月北朝鮮を訪問し、最高人民会議などを傍聴しながら、党大会での金日成報告の目玉とされた「社会主義経済建設の10大展望目標」の可能性を探った。
 それを定点に観察してきたが、現在に至るまで食糧、電力などどの一つも実現されないばかりか、逆に大きく後退している。
 生存を脅かす生活難に直面している人民を救う改革開放こそが北朝鮮の進む道であり、核・ミサイルで政権の維持をはかるなど本末転倒と言うべきである。

 金第1書記がそうした厳しい状況をどれだけ客観的に理解しているか、第7回党大会の報告に自ずと現れよう。過去3年の核・ミサイルに固執した猪突猛進の並進路線なら、ほぼ先は見えている。
 至極当然のことだが、金正恩のために北朝鮮という国家があるわけではない。人民が主人公という本分を忘れ、個人独裁に走るようなら、党大会は終わりの始まりになるしかない。


 
金正恩政権はなぜ核保有にこだわるのか?
核放棄させるには、その理由と是非が明らかにされなければならない。

金第1書記には独特の思い込みがあるし、外部世界にも誤解がある。一方的な自己主張をぶつけ合い、相互の不信感が高まっていくと、遠からず力と力による決着という悲劇的な事態になるしかない。
無用な流血と混乱を避け、対話による解決を図ろうとするなら、誤解を解消して理解を深め、相互に譲歩と妥協を積み重ねるしか方法はない。

誰にも目的や願望があるが、実現するには客観的な合理性がなければならない。金第1書記も無論、例外ではなく、核保有は無謀に過ぎる。
現に、“水素爆弾実験”4日後の今日正午、李ワングン韓国空軍作戦司令官とオショーネシー米第7空軍司令官が共同声明を発表し、核搭載の戦略爆撃機B52が同時刻に韓国西部の烏山空軍基地上空で韓国空軍のF15K戦闘機と米第7空軍のF16に伴われて展開している事を明らかにした。核原潜、核空母、F22ステルス戦闘機も展開するという。
単なるデモンストレーションではない。北朝鮮が第3次核実験を強行し、核・経済同時開発の並進路線を公然化した2013年10月、韓米国防長官が北朝鮮に不穏な動きが認められたら核を含む先制攻撃を行うとする新抑止戦略に署名したが、それを想定した作戦行動である。
今回の第4次核実験は、金第1書記の意図がどうであれ、客観的には北朝鮮が核攻撃を受けるリスクを高めている。北朝鮮と米国の天と地ほどの核戦力の差を考えれば、無謀というほかない。

北朝鮮は「戦争直前に追いやっている」と非難するが、自業自得と言うべきである。
朝鮮戦争以来、事実上、北朝鮮の最大の盾となってきた中国もほとほと愛想をつかし、突き放そうとしている。
“水素爆弾実験”直後、中国外務省声明で「反対」を表明し、王毅外相が池在竜北朝鮮大使を呼んで抗議する異例の強硬姿勢を示した。

しかし、この点が今後の展開を読む上で鍵となるが、中国には中国の思惑がある。
その点が十分に理解できないため、日韓の政府筋、マスコミからは「中国が韓国とのホットラインに応じない」、「制裁に消極的」といった声が漏れてくるが、全くの早とちりである。

中国が「非核化と安定」を強調し、対話重視へと軌道修正を図っていることは事実であるが、その変化がケリー国務長官が7日に「中国責任論」を唱えた直後から起きている事を見逃してはならない。
中国が甘やかしてきたから金正恩が暴走した、といったケリーの言い方に反発したのである。オバマこそ「戦略的忍耐」で中国に責任を転嫁しているというわけである。
韓国とのホットラインに応じないのも、そうしたメッセージを込め、牽制していると読める。

中国は決して、北朝鮮への制裁強化に反発している訳ではない。米日韓連携に連動する形は避けようとしている。
すなわち、対等な「中米大国関係構築」を外交の基軸に据えている習近平政権は、米主導の有志連合の形で北朝鮮に圧力を加える形は避けようとしているのである。

習政権は国連重視で対処しようとしており、国連安全保障理事会で採択される制裁決議履行には前回以上に強い姿勢で臨むだろう。

4回の核実験は結果的に北朝鮮の首を絞めている。
金第1書記は「米国の敵視政策が存続する限り核を強化する」と述べ、朝米直接交渉と平和条約締結に期待を繋げるが、オバマ政権が応じる可能性はゼロである。核恫喝に屈して米国の威信を傷付ける選択肢は戦略上、あり得ない。そもそもシリア情勢やIS対策に比べて北朝鮮問題の優先順位は低く、任期が1年を切るオバマ政権に余力は残されていない。

金正恩政権は「自衛権の行使」と核開発を正当化しているが、「戦争瀬戸際」と自ら矛盾したことを訴えているように、安保体制は一段と不安定化している。また、核強化の前提となる経済力を失いつつあり、食糧に事欠く国内状況も混沌としている。
北朝鮮の核戦力は、実は、防空能力を欠くという致命的な欠陥を秘めており、当初から軍事的な勝算を度外視している。
「自衛権の行使」というよりも、外圧を利用する政権維持が実態であろう。

金政権に残されているのは、前から指摘しているように、核廃棄をカードにした新思考外交である。それが政権を維持し、改革開放で経済を再建する唯一の道である。
遅きに失する事はない。
北朝鮮の東北部から6日午前10時頃に異常な地震波が観察された直後、北朝鮮中央テレビが午後0時半の重大放送を予告し、内外が耳目をそばだてる中、「水素爆弾実験を成功させた」と発表した。
一見して緻密に準備された劇場型核実験であるが、唯我独尊的な合目的性はあっても、それが実現される客観的な合理性は認められない。経験不足の若い最高指導者の思い込みの暴走、と言うべきであろう。

全く予測不可能な事態であったわけでもない。結果論ではなく、私が「モランボン楽団公演キャンセルと揺れる金正恩対中外交」(昨年12月14日エントリー)で予測した最悪の結果となったということである。
そこには、金日成時代の防空壕依存のモグラ型軍事路線を核戦略に誤用した悲劇がうかがえる。

核実験を強行した金正恩第1書記の真意について憶測が飛び交っているが、それを端的に物語るのは、核実験を報じた朝鮮中央テレビがこれ見よがしに大きく映し出した1つの映像である。
金第1書記が核実験命令書にサインしているが、2つのサインの最初のサインの日付は12月15日とある。モランボン楽団が北京公演を突然キャンセルして帰国した3日後である。
中国への当て付けと私は判断したが、案の定、7日の労働新聞論説にそれを示唆する一節がある。

すなわち、「どの国も助けてくれなかったし、同情してくれなかった。自己の運命は自己の力で守らなければならない鉄の真理を思い知らされた」というもので、「どの国」が中国を指すことは言うまでもない。
劉雲山政治局常務委員の訪朝を機に朝中間では核放棄と経済協力を絡ませた虚々実々の駆け引きが行われてきたが、決裂した。前述の労働新聞論説には、既存の核を温存し、経済協力を引き出そうとした思惑通りに行かなかった無念が滲み出ている。

その間の落差は大きい。朝中関係改善の動きにあわせるように、北朝鮮は核と経済建設を同時に進める並進路線に言及しなくなり、元旦の金第1書記の新年辞も自制的であった。だが、そのわずか2日後に金第1書記は“水素爆弾実験”最終命令書にサインした。
原油などの戦略資源を含む貿易の9割を依存する中国との関係悪化に対して、北朝鮮指導層内部でも相当な躊躇いと葛藤があったことをうかがわせるが、胆力が売り物の金第1書記が押し切ったということであろう。

金第1書記なりの計算もあった。
スマホを離さない若い指導者は、情報戦や心理を挑む傾向がある。前回2013年2月の核実験でも米国をICBMの射程内に置く戦略図を背景に作戦を練る様子を流し、米国を恫喝した。
今回も水素爆弾実験を装い、「米国が対北朝鮮敵視政策にこだわるほど核自衛力を強化し、戦略的忍耐政策を破滅させる」と声を張り上げ、「核保有国同士で対話し、平和協定を締結する」ことを求めている。韓国の頭越しに米国と協商し、南北統一の主導権を取り戻すのが狙いである。
南シナ海埋め立て問題で対立する米中の間隙をつき、対米接近をにおわせて中国に意趣返しする思惑もあったと読める。

金第1書記の水爆恫喝外交は一定の効果をあげるかに見えた。
日本では、テレビ、新聞が一斉に「北朝鮮、水爆実験」、「原爆の威力の数百倍」と米国の水爆実験の映像と共に流し、開会された国会では安倍首相が非難のトーンを上げるなど半パニック状態となった。

しかし、北朝鮮をつぶさに観察している韓国の軍と情報機関が「TNT6キロトン規模の核分裂であり、核融合=水爆ではない」と否定し、無人機でチリを収集している米政府もほぼ同様の見解を示した。
それと共に水素爆弾説は急速に勢いを失い、国連決議に違反した事実だけが北朝鮮に重くのし掛かり、強烈なしっぺ返しに見舞われる。

国連安全保障理事会が緊急召集され、北朝鮮への制裁を強化する決議が採択されるが、これ見よがしにメンツを潰された習近平政権が、もはや北朝鮮を庇うことはないだろう。
中国が北朝鮮との交易を断行する制裁に踏み切れば、北朝鮮経済は持ちこたえられず、大混乱に陥ることは必至である。難民流入や内戦勃発などの事態を望まない中国がいきなり断行することはないだろうが、金正恩政権を揺さぶる新たな選択肢の検討に入ることは間違いない。

金第1書記が一僂の望みを掛ける米国が対話に応じる可能性は残されているだろうか?
核恫喝に屈して対話に応じる前例を、オバマ政権が作ることはあり得ない。当面の最大の敵であるISに絶好の口実を与えるようなものだからである。

安倍政権も独自制裁を検討しているが、それ以上に強硬路線に傾斜しているのが朴槿恵政権である。
8日から北朝鮮が嫌う38度線沿いの対北宣伝放送を再開するが、与党セヌリ党の元裕哲院内代表が7日の党最高委員会議で「韓国も自衛レベルの核を持つ時が来た」と公言している。力で北朝鮮の核開発を阻止すると解釈することも十分に可能であり、親朴系の党ナンバー2は朴大統領の意中を推し量って発言したのかもしれない。
12日に予定されていた牡丹峰(モランボン)楽団と朝鮮人民軍功勲国家合唱団の北京公演が直前にキャンセルされ、楽団員らがこぞって同日午後一番の飛行機でピョンヤンへと帰国する姿が目撃された。
様々な憶測が飛び交っているが、異変は、同楽団が北京入りした10日当日から始まった。朝鮮中央通信が同日、金正恩第1書記がピョンチョン革命史跡地を現地指導し、「水素爆弾を保有」と演説したと伝えると、中国外務省スポークスマンが即座に反応し、「朝鮮半島の情勢は敏感な状況にあり、関係国は緊張緩和に役立つ行為をするように望む」と婉曲に牽制した。
その直後から水面下で朝中間の激しい外交的なやり取りが繰り広げられ、突然の公演中止となったのである。

今回の訪中公演は金正恩第1書記の訪中の下均しの狙いがあったため、劉雲山政治局常務委員訪朝で改善の兆しが見えた朝中関係に与える影響は小さくない。
結論から言えば、中国との関係改善で核保有を既成事実化しようとした金正恩第1書記の目論見が甘きにすぎた、ということである。

「金正恩訪中→第7回党大会のシナリオを読む」で指摘したように、劉政治局常務委員の訪朝時に北朝鮮と中国の間には核問題と経済協力を絡ませた一定の妥協が成立し、金正恩訪中が基本的に合意された。
金正恩の肝いりで3年余前に結成されたモランボン楽団訪中公演はそのための雰囲気作りであり、伝統的な党と党との関係の中で進められた。

だが、当初から公演観覧者の格を巡ってギクシャクしていた。12〜14日に北京の国家大劇院で3回行われる公演に北朝鮮側は習近平総書記ら中国共産党トップの観覧を望んだが、叶えられず、政治局員クラスとされた。
格にこだわる北朝鮮側はやむを得ず団長を崔輝・労働党宣伝扇動部第1副部長にランクを落とし、満を持して100人余の訪中団を送り出した。

しかし、公演直前、問題の水素爆弾発言が伝わる。
金第1書記が金日成時代に北朝鮮初の兵器工場として造られたピョンチョンの工場を革命史跡地に指定する現地指導での演説で、「我が国は自衛の核爆弾、水素爆弾の巨大な爆音を轟かせることができる強大な核保有国になった」と述べたのである。
朝鮮中央通信がさりげなく金正恩の現地指導記事の中で報じたが、中国側は見逃さなかった。
ただちに前述の外務省スポークスマン発言で牽制し、金正日時代から北朝鮮を担当してきた王家瑞前共産党対外連絡部長が慌ただしく楽団一行が宿泊するホテルを訪れ、観覧者が2ランク格落ちの共産党中央副部長クラスにすることを通告した。王らの姿はホテルで目撃されている。

唐突に公演のキャンセルが決まり、事情を知らないで大劇院に足を運んだ観客たちを困惑させたが、キャンセルが金第1書記の命令に従ったものであることは言うまでもない。
金第1書記が激怒したとの情報もある。その真偽はともかく、思惑外の事態に直情的に撤収を決めたことは、これまで再三見せてきた行動様式から推しても間違いあるまい。

思惑とは何か?
ずばり、友好的な公演と同時進行的に水素爆弾発言をさりげなく報じ、朝中間で既成事実化する形を作ることである。
それが否定され、楽団を派遣した意味が失われたというのが金正恩流の理屈と思われる。

核は放棄したくない。だが、中国の経済協力は喉から手が出るほど欲しい。
その二律背反に、金第1書記は激しく揺れていると言ってもよかろう。

金日成、金正日時代から北朝鮮には、核問題は朝米が直接交渉し、平和協定を結んで解決するという名分があった。
その主張は北朝鮮が核保有していない状況においては、正当性があった。非核保有国の声を代弁し、対米交渉のカードともなり得た。

しかし、核実験を重ね、核を保有すると韓国、日本、ロシアなど周辺国の安全保障と直結する安保問題に変質し、もはや朝米間の枠を越えてしまっている。
その為に6ヶ国協議が必要とされたのである。

さらに、金正恩政権となり、米国、韓国、日本への核攻撃を公言するに至って、事態は外交の枠そのものを飛び越え、軍事的な側面が強くなっている。
すなわち、韓国と米国は北朝鮮への核先制攻撃をオプションに盛り込んだ新抑止戦略を決め、公表した。公表したということは、ありうるということになる。

金第1書記は「核保有により核攻撃を受ける危険性が無くなった」と誇示するが、核神話に憑かれ、事態を全く理解していないと言わざるをえない。ほとんど無防備のピョンヤンは圧倒的な米国の核戦力により一瞬にして焦土化する危険性に直面しているのが、偽らざる実態である。
北朝鮮が核保有するメリットはなく、逆に、被爆のリスクが高まり、経済的困窮も深まるばかりである。

北朝鮮経済は崩壊の瀬戸際にあり、恐怖政治で繋ぎ止めている国内の社会的緊張も臨海点に達しつつある。現状のままでは遠からずシリア化するであろう。
金正恩自身も決して安泰とは言えない。私は『金正日の後継者は在日の息子』で、後継者は有力視されていた正男ではなく、高英姫の長男の正哲と予測したが、その芽も否定できない。

いずれにしても、来春の7回党大会に向けて大きな動きがあろう。
中国はモランボン楽団公演キャンセルに対して「実務レベルの意思疏通に行き違いがあった」(新華社)と伝え、極力穏便に納めようとしている。事態を必要以上に悪化させない配慮を見せながら、他方で原油供給ストップをちらつかせる硬軟両様で取り込もうとする作戦と読める。

心機一転し、核放棄をカードにして改革開放に向けた果実を最大限勝ち取ることができるか、金正恩第1書記の力量がいよいよ試される。

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