河信基の深読み

読者各位様:本「河信基の深読み」は順次、北朝鮮投資開発戦略研究所(2019年4月〜所長・河信基)の公式HPへ移行して参ります。

ピリッと世評

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

 産経新聞が今日の朝刊一面トップで「死刑執行の氏名を公表 法務省方針 被害者感情を重視」と報じた。それで連想したのが、北朝鮮で最近頻発していると伝えられる公開処刑である。
 ともに被害者感情に重点を置いた報復主義的刑事政策だが、そこに共通性があるのだろうか。

 産経新聞要旨は以下の通り。

 法務省は29日、死刑を執行した死刑囚の氏名を公表する方針を決めた。法改正などの手続きは必要なく、次回行う死刑執行時からスタートさせる。死刑囚の氏名は公式には明らかにしてこなかった。犯罪被害者の立場を重視すべきだとの世論などに後押しされた形で、死刑執行をめぐる情報公開が大きく前進することになった。
 法務省はかつて、過去1年間に執行された総数や男女別数、執行した拘置所を掲載するだけだった。現在のように執行の事実と人数を公表するようになったのは小渕内閣時代の平成10年11月以降で、死刑制度への国民の理解を得るためには可能な限りの情報の公開が必要だとの判断によるものだった。
 しかし、9〜18年の10年間をみると、死刑確定から執行までの期間が平均7年11カ月を要し、法務省によれば、死刑執行を待つ死刑囚は10月末現在で105人いる。鳩山邦夫法相が9月に発足させた勉強会で死刑執行のあり方に関して検討を進めていたが、執行された死刑囚の氏名を速やかに公表すべきとの判断に至った。
 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/071130/plc0711300146004-n1.htm

 同紙は肯定的に報じる。「視点」では、一般国民が参加する裁判員制度導入と絡め「人権団体などからの反発も予想されるが、判断理由を国民にしっかりと説明し、理解を求める努力が求められよう」と後押ししている。
 しかし、単純に情報公開の前進と評価するのは疑問だ。同紙も電子版の続報で「死刑執行公表は『省内で勉強中』 鳩山法相」と、誤報であったと認めている。鳩山法相が午前の閣議後の記者会見で「遺族・関係者や他の死刑囚の心情を考えると、今まで公表してこなかった理由はよく分かる」と訂正した模様だ。
 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/071130/plc0711301051008-n1.htm

 積極派の鳩山法相のリークを受けて報じたが、翌日の閣議で異論が出たのであろう。
 死刑執行の氏名を公表するなど、江戸時代の立札と同じ発想の一罰百戒、つまり、国民への威嚇である。獄門を復活させないだけましかもしれないが、刑事制度の後退であることは否定できない。
 鳩山法相は「アルカイダの友達の友達がいる」「日本にはテロリストがうじゃうじゃしている」と奇天烈な発言が目立つが、どこかの悪代官の影響を受けているのではないか。

 他方、韓国の人権団体「良き友人」のイ・スンリョン平和人権部長が26日に明らかにしたところによると、北朝鮮で今年に入り人身売買や殺人犯への公開処刑が頻繁に行われている。
 先月、平安南道順川で15万人の住民が集まる中、銃弾90発を打ちこまれて公開処刑された例があった。企業や外貨稼ぎ組織の代表や脱北者が狙われ、非社会主義的生活、不正蓄財、密輸、携帯電話の使用、不法越境、人身売買、国家器物無断販売、麻薬、韓国の動画CD、コンピューターゲーム、3人以上集まっての雑談が政治犯管理所などに送られるという。
 http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2007/11/26/0300000000AJP20071126002200882.HTML

 北朝鮮は発展途上国であり、人権意識は低く、生活は貧しい。政府に余裕が無く、犯罪に対しては教育刑よりも報復刑に重点が置かれ、その分、残酷になる。
 人権先進国である日本の刑罰を北朝鮮と直ちに比べるのははばかれるが、最近の日本には、「北朝鮮が核を持つなら、日本も持つべきだ」「軍備を拡大すべきだ」「徴兵制導入だ」と言った類の北朝鮮化現象が目に付く。
 死刑執行の氏名公表問題も、そうした憂慮を掻き立てるのである。

 過ちは誰にでもある。問題はそれに気付いたら、素直に謝り、二度と同じ過ちを犯さない対策を立てることだ。
 その意味では、船場吉兆の経営陣は失格だ。派遣やパート従業員に責任を転嫁し、自らの姿勢を正そうとしない。危機管理とかいう対症療法的な問題以前に、基本的な姿勢、料理に携わる心構えを忘れているとしか思えない。

 腹ただしいのは料理を作る現場のパート従業員らを脅して誓約書を書かせようとしたことで、吉兆経営者は金儲け第一の小賢しい経営者ではあっても、食作りにプライドを持つ料理人ではない。
 一介の料理人であった創業者の顔に泥を塗っているようなものだ。吉兆の拠り所、最大の信用を自ら踏みにじっていることが分かっていない。
 
 天才料理人として知られた創業者の湯木貞一は、職人気質に支えられた日本の食文化を象徴している。神戸市内の料理屋の跡取り息子から昭和5年に独立し、戦後、茶懐石の精神を盛り込んだ料理を売り物に高級料亭へと急成長を遂げた。
 料理人として初めて文化功労者に選ばれたというから、日本の食文化の大立者と言える。男子厨房に入らずと、料理人を見下してきた韓国では見られなかったことだ。

 貞一は1男4女に暖簾わけして店を継がせたが、船場吉兆はグループ内で際立った存在で、心斎橋のファッションビルに新店をオープンさせたり、アイデアと多角経営で業績を伸ばす。
 つまり、料理を徹底的にビジネス化したわけだが、外部発注で総菜や菓子の販売を始めた時点から堕落が始まったとみられる。吉兆で作らない料理は名義貸しのようなもので、もはや吉兆ではない。

 地鶏と偽ったブロイラーや鹿児島牛の但馬牛を「さすがは吉兆。天下の絶品」と、大枚をはたいて食べさせられてきた客こそ、いい面の皮だ。
 味覚の半分以上は心理的なものという見方もあるが、それだけに、吉兆と言うブランドに泥を塗った罪は大きい。日本の食文化も少なからず傷ついた。

 「百貨店販売の食品はすべて自社の料理人が作っている」(本吉兆)、「社員にはいつも『金もうけしようなんてとんでもない。お客に喜んでもらうのが一番』と話している」(京都吉兆)とグループ各吉兆は伝統を強調するが、ここまで落ちた吉兆の信用回復は容易ではない。
 特に、船場吉兆は解体し、ゼロから出直しすあるまい。経営者は調理場に入り、自ら料理を作ることである。

 船場吉兆事件は象徴的で、同じ現象は日本の製造業全体に広がっている。
 経営多角化の美名で本業から段々と離れ、中には、モノづくりの精神と背反する金融に手を染める有名メーカーもあるが、ある意味で自殺行為である。

 高級料亭や加工食品販売を営む船場吉兆の湯木社長は、同社経営陣はこれまで「パート従業員にすべて任せていた。表示偽装のような悪いことをする業者とは思わなかった」と、地鶏の偽装への関与を否定した。ところが、その業者が地鶏を全く扱っていないことが明らかになり、嘘が露見した。
 嘘の上塗りとはこのことで、現場やパートのせいにして逃げ切ろうとした浅知恵が裏目に出て、当初問題になった売れ残りの表示偽装だけでなく、仕入れからすべて会社ぐるみの偽装行為であった可能性が一段と強まった。

 社長自ら「悪いことをする」と違法性の認識があることを公言しているのだから、計画的に金銭の詐取を目的とした偽装、つまり、詐欺容疑で立件し、徹底的に膿を洗い出すべきであろう。

 赤福などと全く同じパターンである。
 今や見飽きた光景だが、現場に責任を転嫁しようとし、言い逃れが難しくなると、「すいませんでした。私がやりました」と不承不承認める。
 そこに浮かんで見えるのは、「ばれなければ、何をやってもいい」という悪徳業者の姿で、モノづくりの良心は欠片もない。
 ミートホープのような成り上がり経営者にはままあることだが、長い信用を繋いできた老舗ブランドがそこまで堕落するのは、経営姿勢や体質に問題があるからと判断せざるを得ない。

 伝え聞くところでは、モノづくりにプライドを持ち、汗水流した先祖を忘れた不肖の末裔たちは、一様に大邸宅を構え、贅沢三昧をしているという。
 守銭奴と化した経営者は、自らには甘いが、現場には一銭でも利潤を上げるようにときつく当たり、派遣、パートなどに容赦なく入れ替えて賃金コストを抑えている。
 仕入れ価格やロスのカットは日常的な“営業努力”として、従業員にプレッシャーとなって覆いかぶさってくる。

 特に、生鮮食品を扱う場合は、システム上の根本的問題がある。賞味期限があるため、大量生産、大量販売になじみにくいのだ。
 そのため少しでもロスを無くそうと、冷凍化したり、ラベルを剥がしたりしてごまかそうとする。
 偽装表示は起こるべくして起きたと言えよう。

 雪印、不二家、赤福、吉兆・・・と食品ブランドは壊滅状態だ。
 それは、「顔の見えない業者は信用するな」と語りかけてくる。
 しかし、食べないわけにはいかないし、どうすれば偽装食品から自分や家族の身を守ることができるのだろうか。

 やはり、原点に返るしかなかろう。顔の見える業者から買うように努めることである。
 顔の見える業者? その通り、地元商店街のオヤジさん、オバサンたちである。
 豆腐、魚、八百屋・・・と様々だが、人柄や生活ぶりを見知っているから何を売っているかおおよそ判断できるし、「味はどう」とか直に聞くこともできる。
 近所に住んでいる客に偽装表示など阿漕なことはしにくいし、それでもやったら怒鳴り込めばいい。

 商店街が潤えば地域に活気が戻る、という相乗効果もある。
 一握りの不心者に贅沢をさせるために、せっせと偽装食品を買い続けることもあるまい。

 倫理道徳というのは、ひょっとしたら特定集団内の規律にすぎないのではないか。
 ふとそんな思いに駆らせたのが、先ほど逮捕されたシチリア・マフィアの「ボスの中のボス」の自宅から発見された「十カ条」なる文書だ。

 「コーザノストラに忠誠を誓う。裏切れば私の肉体は始末される」は、犯罪組織ではよくある。
 「われわれの友の妻を見てはいけない」は、目と目が合って不倫に走るのを防ぐ誘惑防止策なんだろう。女を巡る争いは動物社会でよくあることだ。
 「頻繁にバーを訪れてはいけない」「妻を尊重する」も、組織の規律維持に腐心するボスの苦労がうかがえる。
 
 面白いのは、「倫理道徳にそぐわない行いをする者」はマフィアから排除する、といったくだりだ。
 イタリア最大の犯罪組織のボスで、麻薬売買などの疑いで獄中にある人物が倫理道徳の遵守を説くのは、できすぎたブラックジョークだ。
 イタリア各紙が報じたというから、イタリア国内でも、人が犬を咬んだような意外感があったのだろう。

 しかし、よく考えると、それは現代社会における倫理道徳の本質の一面を突いているかもしれない。
 国際社会では、ブッシュ大統領とイスラム過激派がそれぞれの倫理道徳を掲げ、構成員に忠誠を求めて激しくぶつかっているし、日本と北朝鮮も拉致だ過去の清算だとやりあっている。
 日本国内でも、例えば最近も、連立は是か非かと自民党と民社党がつばぜり合いをしている。頻発する偽装告発も、社内倫理と外部倫理の乖離から生まれる。
 
 そこから得られる教訓は、絶対というものはない。すべてを相対化する理性を持ちなさい、ということではないか。そうして、自己の良心に基づいて決断する。
 そうでないと、コーザノストラに忠誠を誓って犯罪を犯すジレンマに陥ることになる。

 起訴休職外務事務官の佐藤優氏が、米下院の従軍慰安婦決議に関して、「アメリカ下院ごときに何を言われようとも、謝罪をする筋合いはない。中国や韓国から何を言われようとも、公約として掲げた靖国神社参拝を小泉純一郎前総理が取りやめなかったのと同じ論理構成をとればよい」と書き、物議をかもしているらしいが、特定のロジックに拘泥し、相対化という視点が欠けているのであろう。
 断っておくが、ここで言う相対化は虚無主義とは異なる。

リストラの逆襲

 偽装事件が続発している。 ミートホープ事件で社長が「どこでもやっている」とうそぶいて世間の顰蹙を買ったが、嘘ではなかった。出るわ出るわ、蛆虫のようにあちこちから湧き出て来る。
 一昔前なら、名もないいかがわしい企業の不祥事と相場が決まっていたが、今や、一流企業も三流企業も、官民も関係ない。ブランドの経営者が雁首を並べて「申し訳ありませんでした」とやるのをみて、以前は唖然とさせられたが、慣れとは恐ろしいもので、最近は、「またか」で驚きもしない。
 食品から建築まで、あらゆる分野にわたり、「やっていない企業はないんじゃないか」と疑心暗鬼に陥っている消費者も少なくあるまい。
 
 北海道から九州までまさに偽装列島だが、どうしてこうした事態になってしまったのか。
 日本のモノづくりは世界に誇る伝統があった。モノづくりを卑しむ儒教の悪しき伝統が払拭しきれなかった朝鮮半島に欠けている文化と、まぶしく見えたものだ。
 それがどうだ。昨今は、韓国メディアがあきれて伝えるほどの偽装事件のオンパレードだ。
 明らかに、モノづくりの伝統が壊れつつある。

 システム自体の問題もあったろう。
 例えば、赤福は伊勢の古風豊かな菓子屋が本店となり、全国展開した時期から賞味期限を偽装していたという。手作りの和菓子を、大量生産に変えた仕組みそのものに無理があった。

 だが、より本質的な問題は、80年代中盤のバブル景気以降、額に汗して働くモノづくりの心、それを支えていた職人気質が日本社会から急速に消えつつあることにある。
 株、土地狂乱の陰で、汗して働くことが軽視され、儲かれば何でもして良いと言う風潮が強まる。自分の仕事にプライドを持ち、損しても客に迷惑はかけない職人的なこだわりや良心が、バカ扱いされた。
 日本のモノづくりの伝統やモラルが、この頃から壊れ始めたとみられる
 
 バブルがはじけると、矛盾が一気に噴き出る。
 経営者は、効率性や生産性、競争力向上ばかり気にして、労働コストを下げようとリストラを進め、会社に一生を捧げた会社人間が次々とゴミのように捨てられ、安くて若い派遣社員に入れ替えられた。ダミーのような派遣会社をつくって自社に送り込み、事実上の賃金カットをしている企業は、少なくない。

 その一方で彼らは、一銭でも収益を上げようと、あれやこれやの偽装を思いつくが、目先の欲に目が曇り、他に厳しく自分に甘いため、肝心なことを忘れ、社運を左右する秘密を他人に委ねる致命的な誤りを犯していることに気がつかない。
 終身雇用制の崩壊とともに会社への忠誠心が消える運命にあることを悟るべきなのだが、何故かこの点だけ昔の尺度のままで、「内部の秘密を従業員が漏らすはずがない」と高をくくっているのである。
 
 テレビでしばしば元従業員が証言しているように、偽装は内部告発で発覚する。
 労働条件の悪化で、会社への忠誠心どころか、不満や恨みを募らせる従業員が秘密を漏らさないはずがないのだ。
 
 だからと言って、経営者が内部告発者を非難するのは逆恨みと言うものだ。
 その点が理解できない経営者は、社会から有害無益とみなされ、会社は確実に倒産に追い込まれる。

 彼らに残された道は、無論、偽装をやめることである。しかし、それだけでは問題の根本的解決にはならない。
 最も大切なことは、従業員との信頼回復、連帯感と一体感を取り戻すことである。

 あらゆる価値は、従業員が汗水した労働から生まれる。
 経済の原点をおろそかにし、リストラや派遣でいじめ、偽装をする企業に未来があろうはずがない。

 それは個々の企業だけではなく、日本の社会経済全体にも言えることである。
 金融ばかり元気で製造業が衰退すれば、かつての大英帝国のような斜陽化は避けられない。
 善戦している数少ない製造業の一つがキャノンだが、いまだに偽装請負が改まらず、例のホワイトカラー・エグゼンプションのように自民党に働きかけ立法化で逃れようとしている。
 仮にそれで一時的に営業成績が向上したとしても、従業員の信頼を失ったモラルなき企業は、創造性を失い、いずれ消滅してしまうに違いない。


.
河信基
河信基
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事