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過ちは誰にでもある。問題はそれに気付いたら、素直に謝り、二度と同じ過ちを犯さない対策を立てることだ。
その意味では、船場吉兆の経営陣は失格だ。派遣やパート従業員に責任を転嫁し、自らの姿勢を正そうとしない。危機管理とかいう対症療法的な問題以前に、基本的な姿勢、料理に携わる心構えを忘れているとしか思えない。
腹ただしいのは料理を作る現場のパート従業員らを脅して誓約書を書かせようとしたことで、吉兆経営者は金儲け第一の小賢しい経営者ではあっても、食作りにプライドを持つ料理人ではない。
一介の料理人であった創業者の顔に泥を塗っているようなものだ。吉兆の拠り所、最大の信用を自ら踏みにじっていることが分かっていない。
天才料理人として知られた創業者の湯木貞一は、職人気質に支えられた日本の食文化を象徴している。神戸市内の料理屋の跡取り息子から昭和5年に独立し、戦後、茶懐石の精神を盛り込んだ料理を売り物に高級料亭へと急成長を遂げた。
料理人として初めて文化功労者に選ばれたというから、日本の食文化の大立者と言える。男子厨房に入らずと、料理人を見下してきた韓国では見られなかったことだ。
貞一は1男4女に暖簾わけして店を継がせたが、船場吉兆はグループ内で際立った存在で、心斎橋のファッションビルに新店をオープンさせたり、アイデアと多角経営で業績を伸ばす。
つまり、料理を徹底的にビジネス化したわけだが、外部発注で総菜や菓子の販売を始めた時点から堕落が始まったとみられる。吉兆で作らない料理は名義貸しのようなもので、もはや吉兆ではない。
地鶏と偽ったブロイラーや鹿児島牛の但馬牛を「さすがは吉兆。天下の絶品」と、大枚をはたいて食べさせられてきた客こそ、いい面の皮だ。
味覚の半分以上は心理的なものという見方もあるが、それだけに、吉兆と言うブランドに泥を塗った罪は大きい。日本の食文化も少なからず傷ついた。
「百貨店販売の食品はすべて自社の料理人が作っている」(本吉兆)、「社員にはいつも『金もうけしようなんてとんでもない。お客に喜んでもらうのが一番』と話している」(京都吉兆)とグループ各吉兆は伝統を強調するが、ここまで落ちた吉兆の信用回復は容易ではない。
特に、船場吉兆は解体し、ゼロから出直しすあるまい。経営者は調理場に入り、自ら料理を作ることである。
船場吉兆事件は象徴的で、同じ現象は日本の製造業全体に広がっている。
経営多角化の美名で本業から段々と離れ、中には、モノづくりの精神と背反する金融に手を染める有名メーカーもあるが、ある意味で自殺行為である。
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